竹久夢二

たけひさゆめじ(1884-1934)

岡山県邑久郡生まれ。本名茂次郎。早稲田実業専攻科在学中、一時同居した荒畑寒村の紹介で平民社の「直言」にコ
マ絵を掲載。その後新聞や諸雑誌に挿絵を掲載するようになり、1906年には
小川未明編集の「少年文庫」の挿絵を担
当。一方、「平民新聞」に誌や川柳、反戦的な挿絵を発表、日露戦争後の庶民的な反骨精神と、後の夢二調を思わせ
るロマネスクへの傾斜が見られる。1907年
岸たまきと結婚。たまきをモデルに所謂夢二調の女絵を発表。1909年に画
集『春の巻』を刊行したのに続き、『夏の巻』『秋の巻』『冬の巻』『野に山に』『都会の巻』などを刊行して人気
を集める。1913年、「宵待草」等の小曲を集めた詩画集『
どんたく』『昼夜帯』を刊行。その抒情は、挿絵と融合し
た甘美な感傷の中にいわゆる「やつし」「細み」があり、大正時代を風靡した夢二調のスタイルを確立した。1914年、
笠井彦乃と知り合い、後に京都で同棲するが彦乃の両親に仲を裂かれ、彦乃は1920年に胸を患い没する。この間の悲
哀は歌集『
山へよする』に詞書きを交え切々と歌われている。1931年、欧米へ外遊するが途中で病を得て没。詩歌集
としては他に『歌時計』『夢のふるさと』『露台薄暮』があり、多くの肉筆画も残した。その詩は絵と相俟って、大
正時代のロマネスクへの郷愁を、今日なお誘うものが多い。/「日本現代詩辞典」より

青い小径』より

【くれがた】

約束もせず
知らせもなしに
鐘が鳴る。

約束もせず
知らせもなしに
涙が出る。

【靴下】

あなたのための
靴下を
白い毛糸で
編みませう。
もし靴下が
やぶけたら
赤い毛糸で
つぎませう。
けれども
遠い旅の夜に
あなたの心が
破れたら
あたしは
どうしてつぎませう。


【鶯】

春に別れた鶯は
海のあなたのセルビヤへ
花をたづねてゆきました。
あちらむいてもはあな花
こちらむいてもはあな花。

花で鼻をぶつゝけて
気狂鳥になりました。


【無】

それは「無」といふ
小つちやな家に
「無」といふ
お婆さんが住んでゐました。

一人の男が欠伸して
さうして
口をふさいだら
家もお婆さんも
なくなりました。


【みどりの窓】

あなたのために
窓をあけ
あなたのために
窓をとぢ
みどりの部屋の
卓のへに
青い花を
さしませう。

あなたのために
窓をあけ
あなたのために
窓をとぢ
みどりの窓の
日あたりに
青い小鳥を
かひませう。

あんまりはやく
幸福がきて
あんまりはやく
幸福がゆかぬやうに
私達は
待ちませう。


【虹の橋】

若い娘のふところを
あんまり見てはいけませぬ
ほんに小琴であつたなら
音がみだれて鳴らうもの。

若い娘の小袖をば
風さへよけてふくものを
真珠の露であつたなら
草にこぼれて散りまする。

それはたとへば虹の橋
わたるためしはないものに。


【手紙】

サンタクラスおぢさまへ
あなたは今年のクリスマスにも
あたしに何か贈物を下さいますか?
去年はヴアオリンを下さいましたね
一昨年はお人形を下さいました
その先の年にはリボンでしたわね
今年は何を下さいます
あたしは十六になりました
あたしはもう玩具も人形も
ヴアオリンもほしくはありませんの
ほうなぜねつてお聞きなさるの
その訳は聖マリア様が御存じです
それは手で遊んだり眼で見たり
耳で聞くものではありません
何か下さるのだつたらどうぞ
聖マリア様にお尋ね下さいな
            さやうなら
十二月五日          しづ


【鐘】

鳴らない鐘の
あることを
知らずにゐた日が
しあはせか

知つたこの日が
しあはせか
引けども
鳴らぬ鐘ならば
いつそ
引かずに
おいたもの。


【ノック】

けふも
私の室の戸を
ノツクするのは
誰だらう。
きのふもきたが
開けなんだ
城の后の御使か
それとも
青い小鳥なら
開けて呼ばうか
あけまいか
もしや悪魔の
使なら
……やはりあけずにおきませう。


【春を待つ】

縫ふ手をやめて
おもふこと
五月の朝の森の径
袖にみだれた青い花

縫ふ手をやめて
おもふこと
ゆふくれかたの灯の影を
はぢらひがちにみたことの

書く手をやめて
おもふこと
心に傷をつけぬため
思ひすごしをせぬやうに

書く手をやめて
おもふこと
泣いてゐますと書いたなら
もしもあなたを泣かそかと。

  【ものおもひ】

風に吹かれりや
きえるかと
野に出て見たが
きえもせず
うつり香ほどの
ものおもひ。

【手】

右の手が
書いた手紙を
左の手は
知らない。

右の手が
握手したのも
左の手は
知らない。

だが
左の手の指の指環が
何を意味したか
右の手は
知つてゐる。


【春はとぶ】

あの日の
まゝで
またいつ
逢ふやら
逢はぬやら
たんぽぽが
散るに
そつと
おかへり。


【留針】

あなたが
忘れていつた
留針が
蒼ざめた馬」の
中から出てきて
今日もまた
ひとりの
夕方になりました。


【読本】


とわたしがいへば

とあなたがいふ

といへば

といつた。
二人がかうして
読本をよんだ時は
もう過ぎた。
ユニオンリーダアの
「母が最後のキス」をよむ時
あなたはいかに屡々
わたしの手へ涙をかけたらう。

時は二人を
遠く追ひやつた。
わたしが
Cといへば
あなたもあるひは
Cといふだららう
またまるつきり
Dといふだらう。
どちらにしても
もはや二人で
読本をよむ時は
過ぎました。


【最初のキツス】

五月に
花は咲くけれど
それは
去年の花ではない。

人は
いくたびこひしても
最初のキツスは
いちどきり。






【泉のほとり】

若い娘が泉のはたで
あんまり暇をとらぬもの
もしや泉でぬれよもの。
若い男が灯のつく時に
橋の袂へたゝぬもの
肩に柳が散らうもしれぬ。


【花火】

紺青のほのめく空に
つい/\と花火はのぼる
いさぎよくちるや
らんぎく
やなぎ からまつ
かぎや たまや
うつくしきものは
なべてはかなし
水のほとりのかはたれに
柳をひきて
ひとの嘆かふ。


【川】

はじめ二人を隔てたのは
ほんに小さい川だつた
それを二人は苦にもせずに
両方の岸を歩いてゐた
いつの間にか川は大きくなつた
そしてたうたう越すことの出来ない
大きな川を隔てた
もはや二人のための舟も橋も今はない
どちらかが水へ飛込まねば
二人が逢ふ時は永久にない。


【丘の家】

私の窓から
丘の家の
一つの窓を
今夜も私は
ぢつと見て居る。
丘の家には
どんな人が住んでゐるのか
私は
知らない
昼はガランスローズの窓掛を閉ざし
夜は青い灯を見る
夜毎に私はあの窓を見る
それは約束しない約束のやうに――
昨夜はまだ宵の早い時
一時間ばかり坐つて見てゐた
灯はつかない。
いくら待つてもつかない
約束をしない約束を
破られた心はいたはるすべもなかつた
それから三日目の午后
丘の家から葬式が出た。