湯浅半月
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ゆあさはんげつ(1858-1943)
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| 群馬県碓氷郡生まれ。本名、吉郎。同郷の先輩新島襄を慕い同志社に入学。学友の池袋清風に和歌を学んだ。 普通科・神学科卒。卒業式に自作の新体詩(旧約聖書に取材した雅言五七調全六章からなる叙情長詩)を朗 読、これが近代詩史上初めての創作詩集となった(『十二の石塚』)。さらにオベリン大学・エール大学に学 び、帰国後、母校の教授や京都平安教会牧師のほか図書館関係の公職を歴任。第二詩集『半月集』のほか旧 約聖書の研究・翻訳や随筆、演劇誌の発刊などの業績もある。/「日本現代詩辞典」より |
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『半月集』
| 【十二の石塚】 ▼ 一回緒言 和歌の浦の磯崎こゆる しら浪のしらぬむかしを 松陰の真砂にふして もとむともかひやなからん 玉津島姫 久かたの天つみそのに むれ遊ぶ聖霊の鳩の 錦翼にのらしめたまへ 我神よいざ行て見む ユタヤの国原 岩はしるヨルダン川の 柳かけ高かやがくれ かせ立てさゞなみ凉し 千尋の青淵 朝日さすエリコの城の 高楼もうづもるばかり 椰子の葉のしげるも深し 七里の白壁 千早振神の紀念と ギルガルの岡べにさける 百合花のたてるも高し 十二の石塚 荒野 水枝さす楓のわか葉 影見えて池のほとりの すゝしさに驢馬引とゞめ 休ふは母にやはあらぬ その子かも十二のいしを ゆひさして誰の記念ぞ こは何ぞその故あらば しらまほししらしめたまへと 間ひし子の顔みてえみつ たらちねの母のうれしさ 岩が根の草のみどりに いすわりてうちかたらふは 久方の天地つくる 神の友信仰の父 エブラハムイサクヤコブの むかしよりイスラエルびと ずみ馴し牧場もあとに エジプトの国をしいでゝ いにしへのヨセフを知らぬ 夷等の軍車も 焼太刀もなまりの如く 紅海の波に沈めし 神の僕モーセの歌を うたひあげて打や皷は 音高し舞や処女の 花かさね袖ふき返し 浜風も凉しくなりぬ 夕日影残れる椰子の 木がくれの岩井くみにと つとふめり荒野の原に 朝露のとくおき出でゝ 鶉かり「マナ」をあつむる 民草もなひく自由の 風はやみ照らしも果ぬ 稲妻や峯とゝろかし 鳴神のエホバの山を あはとみておとろくまでに いちしろくめもかゝやきて 雲間よりさすや日影の のとけくも花野にあそぶ 蜂のみつ牛のちゝさへ 野に岡にながるゝ国は わが国と契約重く いや高き雲の御柱 行けばゆきかえれば帰り 大御箱神のまに/\ 司ぴと貝ふきならし 武士に弓とりもたし 二つらにわかれつらなり ねりゆけば妻は子を負ひ 老人は杖つきたてつ おくれじといそぎに急ぎ いそくなりさればや敵の 山といふ山をばこえて 川といふ川をばわたり 四十歳のながき旅路も はてにけり果にしものを 沙烟またや野嵐 立ちくらんあしき民草 枯れしよりモーセアロンも 空蝉の此世に見えず なりにけるかな 二回古塚 なつかしきカナンの国の 山のすゑ水の行衛を はる/\とうちながむれば エリコより二人のつかひ 帰り来て敵の本城も その路もしられにけりな 唐錦旌旗ひるがへし 雲なして槍と槍とは 朝日さす林のごとく くろがねの楯と楯とは 岩垣のかたくつらねて 武士のますら武男は 大将ヨシアのあとに したかひて水際に下る おりしもあれ百雷の 落るごとひぴきし滝の 音もたえ千尋の淵の 底みえてひだりみぎりに しらなみの立分れ川に 一筋の道ぞいで来ぬ 司人荷ふ黄金の 大御箱てらす御前を 通むもかしこけれども いまはとて十二の族 つき/\にすぎはてぬれば 大将ヨシアの御命 いと重き紀念の石を つみをかば此古塚は 何故ぞと後世のうまごや こと問むヨルダン河の 岩はしる水さへせきし 我神の今日の恩を 百世にも千々の年にも かくながくいやとこしへに いひつぎて伝んために 族よりとく一人づゝ いたしねといへばそのとき 我族ベニヤミンより ゑらぴしはいとゞ奇しく 思ふらめど身まかりたまひし 父なりきされば十二の 人たちは聖き石をば 青淵のふかき底より 荷ひあげ一つの塚を ひんがしの水畔にたてつ またさらに十二の石を ゑらみとり今も我子よ 古柳なびくあたりを よくもみよ根白高がや 生茂る西の岸より さゝげ来てこの石塚となん なしにけるいざやきけかし 昔こそうたてかりけれ 賤の男が渡る野川の 石橋となされしみれば 日の神は男神なりけん 処女子がつとふ岩井の 敷石とふまるゝ見れば 月の神女神なるらじ 野の芝生森の下陰 偶像のたゝざる里は なかりしといかに我子よ 大御神いからせたもふも 宜ならずや御命かしこみ 武土はエリコの都 アイの城白波さわぐ ガリラヤの海辺の舟も 洞のうちに住北山の 敵までもやきうちなしつ こゝよりは雲井に見ゆる ヘルモンの峯の雪かも 我国はうら清らかに 治りぬユダヤの国の あけがたに独きらめく 星なれや横雲消て 出る日の光の中に かくれにしヨシアの遺す 鳥の跡ふりぬることも 新事もたゞ一巻に つかねおかば十二のさつ矢 折るものはあらじとぞ思ふ おもひきや住家もとむと 峯を越え谷をへだてゝ おのかしゝ族/\に ならむとは春のなが雨の とき過て夏来にけらし 路のべの草花も枯れ 谷陰の青葉もしぼみ 水無月の照日くるしき アラビヤの荒野のかぜの 音とのみ聞にし物を 人馬のあゆみのひゞき いや近くヨルダン川の あなたより浅瀬渡りて 襲ひ来るモアブの山の 野牛てふエグロン王を ふせぐとて我族より むらきものこゝろふりおこし いとさはに丈夫いでぬ 思ひみよ秋の山路の 菊の霜冬の岡べの 松の雪みだれ世にこそ 忠臣の名をもしらるれ そがなかに汝が父殊に たけかりけん太刀風あらく あだ浪のよせくるごとに うち砕き追返しつゝ 岩岸の堅くも立ちて あまたゝぴ戦ひたまへど 久方の雲にそぴゆる 高楼のたをるゝ時に 一本の柱のいかにさゝゆ べきあたり見廻し 今はとて両刀の劒 とりいでゝ僕をまねき いひけらくこは短くも 我家にながく伝ふる 形見とせむまたもや敵の よせ来なば我はや死なん やよやとくこゝをのがれて かならずも妻子にこれを 渡せかしまたいましにも幸福 あらんときゝて僕は 言葉なく何んといらへも しら露のたゝ涙のみ おちこちにうたれし躯 よこたはり血潮流れて 槍はおれ楯もうもるゝ 沙の上に両手つきてぞ 頭さへしはしえあげず 居たりけるかくてははてじと あゆみよりことばせはしく 更にまた父はいへらく 我僕時おくれなば かひぞなきましてや汝は 奴隷なりなからへばとて 恥あらじまた神のため 人のためつくさむときの なきことかはとくたゝずや いまこゝに死ぬるばかりを 忠とはいはじとく/\ゆきねと みことはもそのことわりも いや高きかさね/\の 命をばいなみ得ずして みつるぎを腰にとりはぎ ゆく僕かへりみしつゝ 足引の山路にいりぬ 今はしもこゝろ安しと あげときの声すさまじく 遠近の谷にひゞきて 人馬の足並とゝのへ つぎ/\に車おし出し 夷等の群来るなかに きりいりてかげこそ見えね 沙けふりけふをかぎりと 戦ひけんたちいでたまひし み姿のすごくもあるかな みぎひだり二人の敵を わきはさみあはやけわしき 岸べよりとぶよとみれば 音たてゝみどりの淵に しづみけりこのありさまに こゝろなき敵すらおそれ 駒とめてなり物やめつ そがまゝに軍ははてぬ 名にしおふ神の民なる イスラエルのますら武男の よしや身は底の水屑と 汚るともヨルダン川の かは波のきよき名こそは さゞれ石の苔むす岩と ならんまで千歳の下に 流るめれと人はいふとぞ かなしくも父と国との 仇なれまた此塚は ありし世の神の恩の 記念なり忘れなゆめと いひおはり岩根を立て 夕日さす池のみきわの うろくつをおどろかさじと 静にも今朝咲初し 花蓮一枝手折り 真白なる驢馬引よせて わらはべに手綱とらせつ 岡越の径にしげる 無花果の青葉がくれを かへりゆくこはベニヤミンの 族なるゲラの独子 エホデに尚こゝのつの ころかとよ母にひかれ 梓弓春の遊に いでしなりけり 三回山村 奉る国の貢と 千々の玉万の小金 さゝげゆく御使なれば なほざりの旅路ならずと 僕みな一間につどひ 三日月のかくるゝしらで 山の端のをくらくなるは もしやまた雨もよひかと 窓をあけふりさけみれば 天の原星こそ降らめ 一むらの浮雲もなき 夏ひでり簑はきずとも 笠ぬきて面やかすなよ 玉ほこの道行ながら 立ねむりねむりて杖は すつるともまたきりとらむ 枝おほき木蔭に来れば 凉しくも岩間よりわく 水くまんうつははなけど 手にむすぴのむよしあらむ 今宵よりその手をぬぐふ 手拭は枕べちかく よせおけとさけびあいつゝ 大かたに旅のそなへや 果にけむ庖厨のかたは ねしつまり軒の声ぞ 高かりける時にエホデは 臥房より両刃の剣 とりいでゝ忍ひ/\に 屋のむねのたか階なかば 上りけり窓のともし火 きら/\と影さしわたす 中庭の木の葉の色の あをやかに匂も凉し むぱ王のやみ夜の風に 麻蚊帳のかたよるみれば こはいかに卯の花いろの 白かさね玉の帯さへ まだとかずまはゆきばかり しろ妙の夜床の下に たゞひとりひさおりふせて いませるは母にぞありける あゝ神よイスラエルびと 罪あらばその罪ゆるし 今も猶エグロンつよき 手のあらばその手をくじき 我民を救ひたまへと 祈るらしいのりのすゑに かならずも我身のことを くをふらんかたじけなさに せきあへず落るなみだは 残露かも袖ぬらしつゝ のぼりゆけば夜やふけぬらん 我かどの苔むす路に 立犬の遠声いとゞ ものすごく蔦はふ壁を はなれつゝ蝙蝠ちかく 飛かよふ高屋がうへを 立ありきエホデひそかに 思へらくむかしのことは かねてより母のつげさせた もふにて我よく知りぬ あはれわれふたりの親の 思ひ子と生れし日より あらきかぜ露にあてじと いだきもちはごくまれにし たらちねの袖をしみれば 行んとてかたいざりせし ころとかや身まかりたまいし 父きみは母にいへらく この剣もしもち帰る 僕あらば彼を奴隷の くぴきよりゆるしてやりね いざさらばとこれを名残に 戦場へはやかけいりて エグロンといたくたゝかひ すゑついに淵の水屑と なりたまふあはれかなしきかも そがために自由の民と なされしかば山路をめぐり 宝剣をさゝげ帰りし 僕すらまたは汝にも幸 福あらむと仰せたまひし 御言葉をくりかへしつゝ いまもかも父がむかしを なつかしみ神のためとて 青淵の底に沈みし 玉なればおしとはいはで 音になきぬあはれかなしきかも その頃より石か枯木か 目はあれど頭頂にあざる 群鳥をおいもはらわず 手あれど膝間に萌出る 芝草をぬきも得やらぬ 偶像の世とはふたゝび なりしとぞあはれかなしきかも 今霄はや明日にあけなん 国の敵父の仇も 神のため刺にさゝれず いくそたひ形見の剣 ぬきみてもなほぬきみまく ほし月夜くつぬきすてゝ 神の前ひざまつきてぞ いのりけるふもとの里の 庭鳥の八声もたえて 天の戸のいつ明にけむ 橄欖のは山しげやま みあぐれは雲居に高き エルサレムふりぬる城の 石垣にさし昇る日の 影をうけて空に群立つ 山鳩の数ぞしられぬ みおろせば貢物の重荷 つき/\にはや荷ひいで 僕らは大路せましと 並ゐたりさればエホデは 人しれぬみきの腰なる 宝剣を上衣のしたに かくしもち高屋を降り 僕らをさきにおくりつ いまはとて別るゝときに やよエホデ腰の宝剣に こゝろせよと母はいひつゝ 気高くも興にぞいりぬ 子を思ふ鶴の一声 武男のこゝろもいとゞ みたれ蘆の葉がくれみれば かなしくも帰らぬみづの 底深みそこのおもいを いかにして母やしりけん しかはあれど神にまかせつ 貢物荷ふ僕等 したがへていまやエホデは 椰子の城エリコをさしてぞ いそぎゆくそもエリコなる 古城はヨシアのときに ほろぼされ野獅子山猿 住家なす椰子の森とも あれにしを十まり八歳の その昔エグロン王は新 城をふたゝびこゝに 建しとぞヨルダンかはの 川原にて敷石ゑらみ レバノンの谷よりはこぶ 槙柱ふとしき立る 殿の内にエヂプトの画を きさむとて指環の小金 襟の玉イスラエルより うはふとやあさましきかも 大殿の御座あたゝかく 綾錦たるゝ帷に 雪の日も冬をおほえず 奥庭の御階すゝしく 白玉のぬける簾に 水無月も夏をわすれて 暮すめり霞をわくる 佐保姫もしられぬ春の 花盛霧にかくるゝ 立田姫またみぬ秋の 紅葉狩めつらしからぬ 物ぞなかりき 四回旧城 はる/\とふもとを見れば 深みどの木の間/\に 白壁のわずかに洩れし 大城の正門まぢかく なるからに貢の重荷 おろさせて塵うち払ひ 汗ぬぐひ暫時エホデは 道のへの葡萄の棚下に 凉しくも皆僕等を いこはせてひとり正門の 鉄門にゆき案内をこいつ 門守の後よりいれば 門毎に槍をよこたへ 楯をもち兵士あまた たちならぶいなゝく軍馬の 立つみれば戦車ぞ備へ たる広庭過て 大殿の御階の下に いたりしにエグロン王は 御座に在りちかく侍ふ 勇士は狼のごと みかへりて蝮のごとく 疾視たる面様こそはお そろしけれ白き山羊の 皮きたる狼ならずは くれなゐのいばら花さく 園にいる蝮とやいはむ からにしき身にしまとへば 中/\に夷の風体ぞ 見えまさるいかにもなして 御座近くのぼらん物と 棒げこし国の貢物の 奇玉や黄金ならねど 千々に思ひ万にこゝろ くたけともせんすべをなみ しかはあれエグロン王に いと厚く欸待されしを 僥倖としてエリコの都 いでにけり時にエホデの いゝけらく我猶思ふこ とあれば暫時こゝに とゞまらん速くながともは かえりねといとねむごろに 仰せられなか/\おもひ わきがたくおん顔色も たゞならず見ゆる物から 何処までもまけて御供 いたさんといらへ申せば とく行けといきまきたまへば 僕等も皆家路にぞ のぼりける空とふ鳥も ねぐらとる一本高く 椰子の樹のたてる山路を 越くれは岩根あらはれ 水無月の枯野の原に 咲百合の賤が朝餉の 烟とも明日は消なん 花ながらこれにくらべは 宮人の袖のにしきも 光なく一枝手折り 敷島の大和の兄弟に おくりなばいかにあはれと 詠むらん物思ふ身は はかなきはゆくともなしに 花鳥の惰もしらず 何時の間に人里遠く なりしにや近く聞ゆる 澗水の音におどろき なかむればはやキルガルの 岡にきぬ看れは十二の 石の振聴けはヨルダンの 波の音いつれにしても 父君の昔をしのぴ 我神の旧恩を思ふ 便りる木陰にたふれ あゝ神よ父の仇とのみ おもはずおたゞ国の敵と おもはせよ名誉の念を うち消してまことの勇気 たまはれと祈祷おはれば かしこくも神の聖霊や 光臨けん再びエリコに はせのぼり御階の下にて 我王につげ申すすべき 秘事あり人をしぞけて きゝたまへいと幸福あらむ あはれとくこのよし聞へ あけられよと高らかにいへば しはし待ねと近習 奥にゆきやゝ時過ぎて 出来りいざこなたへと いざなふて御階を昇り 庭にいでなかき廊下 すきはてゝ凉殿まで 案内なしもと来し方へぞ かえりける芭蕉の広葉 ひるかへし吹入る風の 凉しさにエグロン王は 北窓の隙戸おし開き 藤牀に猶うち臥して いませしかエホバの神の 御命なりといふ一声に おとろきて身をかへす間に 上衣もておほひしみぎの 腰よりぞあはや右手に 宝剣をばぬくよとみしが はや王の胸板にふかく 刺通し鋩脊に あまりける菅のまくらも 真白なるかやのむしろも くれなゐの血しほに染て 凄しくげに肥へふとる 白牛を屠るが如し 思ひきやベニヤミンなる 族には多しと聞けど エホデまで左手利捷にて 我神の奇しき器と ならむとはエホデひそかに 立いでゝ凉殿の戸 かたくぢ廊下つたひ 庭をすぎ御階くだれば 夏の日は午の暑熱の たへがたく唾りやすらむ 御垣守楯をまくらに 槍をすてところ/\に いたりしもみとがめらるゝ こともなく城の門外まで いでにけりたゞちに椰子の 林よりはやしにいりて 西山のすそ野の原に かけゆけば何事ぞやと 羊牧者顔み合せて 行先に立ちふさがりぬ 我エホデ今日エグロンを 刺ころせりいまよりゆきて エフライムのますら武男等 かりあつめ今宵エリコに くたるべしとく汝等も 野に山に腰の角笛 ふき鳴らし我族より 殊更に多くあつめて ヨルダンの津にくだり 川上の浅瀬をゑらみ 石をつみ沙をはこぴて 行水をせきとめおきつ 敵人のわたるに便利 よくなさばなか/\奇しき 功あらむとまたかけ出し 山路より山路にかゝり はせ去りぬ之れをばきゝて 羊牧者かたみにいざと いゝかはし分れちりしが 近遠の峯もとよみて 吹たつる角笛の音に 山彦も声うちそへて すさましきかも 五回渓流 御垣守二人いで来て みぎひだり立分れつゝ 廊下の敷石の上を 立ありきいま凉殿を み廻りしに人声もなく 戸は閉たりはや青年は 帰へりしやと問へは一人が いらへしていつかへりけん しらねども王には猶ほも 神言を独おもふて いますらんさなくは例の 午睡して国に残しゝ 姫君の夢やみるらん やよやみよ西の高峯に 日はいりぬとにかくけふは おそからずやみゆるしなくも 凉殿いざ明てみんと 立よりて楯と槍とは かたはらの一人にわたし 槙の戸をおしあけ見れば 蝉の羽のうすき御衣も しろかねのおん冠も血 にそみて躯はしたに たよれありこはそもいかにと かけ上り厳しくならす 高楼の鐘のひゞきに 何事ぞとあわて噪ぎて おく庭の凉殿へと つとひ来るおりから聞ゆる 鯨波の声はまさしく イスラエルの国人なるらめ 門守をとく/\めして 問すやと喚る声も 果ぬ間に夜嵐はげしく 火おこりて殿より殿に もえうつり城は焔となり にけり烟をくゝり 火をふみてエホデはさきに 進みいりゑらみうちして 敵ぴとのにぐるを追す 戦ふたりそのひゞきには 山もさけその光には 空もこげエリコの城は うつセみの此世ながらの 地獄かも見るまに灰とぞ なれりけるさてのがれゆく 夷等のかへりみすれば 山の端にいる弓張の 月ならぬこゝろぼそくも むば玉の夜路にくらく やう/\に津をたづね 川岸におりたちみれば 水浅し今霄の僥倖は これのみとなかば渡りし おりしもあれ石のくずるゝ 音高くよせくる激浪に ながされて岩にくたかれ 叫びおふソトムゴモラも かくありけんこれよりさきに 川辺まて敵追下し ひそかにもエホデはいそき 水上に積みにし 石をくづさせてまた岩岸に のほりたち角笛たかく 吹ならせばいくらともなく たきいたす蘆火の影の きら/\と波にうかびて 敵人の行衛さやけし 名にしおふ死海のうみに 潮かぜのからもとゝめず しづむらし西の岸には イフライムの勇士多く 椰子の葉をかたに荷ふて ひんかしの岸にはあまた べニヤミンの武士たちて 橄欖の枝を手にもち 年少きエホデをあげて 国民の士師と あふきつゝモウセの歌を 三たぴまでうたひあげたる よろこひの声猶澗に 残りけり皆もろともに エホデをばゲラの家まで 送らむと山辺を遠く 見渡せば夜もはや明て 朝日影さしむかひたる ギルガルの紀念の石の あたりより空に群立つ 山鳩のその数十二 あるぞあやしき あわれ我その鳩のごと 翼あらはユダヤの国は いにしへの神の恩恵を つげむためいざかえらなん うらやすの国に 明治十八年の六月 湯浅吉郎 『半月集』より 【松と藤】 【戀】 【愛犬】 |