吉野臥城

よしのがじょう(1876-1926)

宮城県角田町生まれ。本名甫(はじめ)。東京専門学校(現早大)卒。「少年園」「青年文」などへの投稿期を経て
1899年、「東京独立雑誌」に『鬼の歌』ほかの詩を発表、社会主義的傾向を示す。1900年、新韻会を組織し、詩
歌革命運動を開始、雑誌「新韻」(1904)を発行する。その後、
土井晩翠とともに律詩(八行詩)を試作、1908年に
児玉花外らと都会詩社を結成した。詩集『小百合集』(1901)『野茨集』(1902)などのほかに、編詩集『明治詩
集』(1908)『新体詩研究』(1909)などがある。/「日本現代詩辞典」より

詩集『小百合集』より


<はしがき>
過ぐる29年頃の作より32年の秋までの作を蒐めて、小百合集と
は名づけぬ。もとよりみちのくの野の草がくれに咲ける小百合
の色も香も浅くして、大方の目にとまるべくもあらじ。然はあ
れど自刈り捨てむことの惜しさに、散りなむとする花片をあつ
めたるのみ。
こを世に出すに當りて注意を與へ、旦力をつくされたる内村鑑
三氏の厚情を謝す。
後集は折を得て世に出すべくなむ。
  明治34年4月20日
               櫻花さく窓の下にて
                      吉野臥城織す

【秋の歌】

秋は葎生露しげき
庵をめぐりてほゝゑめる
朝顔の香に口吸ひて
廣葉に氣息(いき)の觸るゝかな

恥しとてや朱紅(くれなひ)を
片頬そむる柿の實に
世のあぢはひを含ませて
一葉をさそふ朝ぼらけ

日のかげにほふ高棚に
戀ひしゆかりの色に出て
ふくらむ葡萄房肥えて
葉分の風にふるひけり

靡きもはてぬ稻の穗の
波のあやおる
佐保姫
まよひの霧をかき分けて
夢おどろかす牧笛(くさぶえ)や

山路に椎の實はおちて
笹に聲ある日の晝に
枝うつりする
山雀
歡喜(よろこび)をしも歌ふかな

年の半(なかば)はすぎの戸を
さすがさやけき夕月に
こぼるゝ露のさゝやきは
萩にはたおる秋の虫

いづれあはれは八千草の
露か霜かの有明に
老いて白髪とならむ時
こゝに大悟(さとり)の光明(ひかり)あり


【冬の歌】

冬の使にこがらしの
叩きてすぐる
柴折戸
かゝる時雨の音さえて
門の杠谷樹(ひゝらぎ)に愁ひあり

銀杏の霜葉黄に落ちて
楓樹はあかく茶鼠に
桑の葉散りて野べ山べ
世の寂しさも見ゆるかな

垣にかゝれる蔓草の
いつしか枯れてその骨を
朝日に晒す下かげに
あはれ水仙花ぞ咲く

白きは何ぞ霜消えて
殘るは花のかをりなり
夕日にはえてくれなゐに
落つる南天色ぞ濃き

冬をさびしと誰れかいふ
秋にさとりの光みて
こゝに名利の花をすて
ゆきて又くるかりの聲

雪は野山を埋むとも
松はみどりに杉黒し
枯木の枝の夕がらす
鳴くも詩趣(おもぶき)なからずや

仁王は寺の門の邊に
りきみておはす寒さにも
痩せぬは風の聲にして
氷は清きものなるを

きよくて濁る世の中の
夜の巷をゆく月に
寒しといひてむせぶあり
春にうかれて笑ふあり


【花の歌】

花にかゝりて花にゑみ
雨にひらきて雨にちる
くしき心は天地(あめつち)の
まよひを覺す詩なるかな

花になびきて花に消え
雲にかをりて雲にちる
くしきこゝろは曙の
まことを歌ふ畫(え)なるかな

花にむつびて花とまひ
蝶にかをりて蝶とちる
くしき心は夕ぐれの
まことを歌ふ畫なるかな

花にねぶりて花に醒め
月にかをりて月にちる
くしき心は眞夜中の
眞(まこと)をうたふ畫なるかな

花に狂ひて花と飛び
蜂にかをりて蜂と散る
くしき心は日の中の
まことを歌ふ畫なるかな

花に迷ひて花に笑み
風にほこりて風に散る
くしきこゝろは天地の
大悟(さとり)を開く詩なるかな


愛猫を葬る歌

あはれ強食弱肉の
世のことわりに洩れずして
いとしの「たま」は儚くも
あしたの星と消えしかな

蜂蝶花に狂ふころ
東の家に汝(な)は生れ
燕子軒端を巣立つころ
西の庵に育ちにき

仇なす鼠族狩らむとて
敏鎌(とがま)に似たる爪をとぎ
飼はるゝ恩を謝せむとて
技を練りけり真夜中に

ねびし姿に逞しく
かしこき色もあらはれて
にこのにこ毛に美しく
をかしき光澤(つや)もそひにけり

あゝたのもしの猫やとて
ほめてたゝへていつくしみ
行末さきくあれかしと
望めることや仇なりし

愚には幸ある浮世にて
賢に幸なきうき世とか
有望の身はとく亡び
無智百歳の壽を保つ

汝(なれ)はかしこき猫ゆゑに
里の魯猫に悪(にく)まれて
まだ一年(ひととせ)もたゝぬまに
爪牙の電と失せしかな

遺恨の双歯くひしめて
閉ぢもはてざる眦(まなじり)に
残る涙のひとしづく
いかなる意味を寓すらむ

世は無惨なる禍津日(まがつひ)か
運命の鉾提げて
ふるゝがまゝに斃すなり
あたるがまゝ屠るなり

浮世をかくと悟りなば
せめて恨むること勿れ
神の光にてらされて
とはの眠をもとめよや


+------------+
(註)
 ■ねびし-成熟する。経験豊かになる。
 ■魯=愚か
 ■禍津日=禍津日神=邪悪禍害をつかさどる大枉津日
(おおまがつひ)
        八十枉津日
(やそまがつひ)の二神。
        記紀によれば、いざなきのみことが黄泉の国から帰って
        禊
(みそぎ)をしたとき、その汚れから生まれたという。
 ■斃す=斃(たお)す=倒す
 ■屠る=屠(ほふ)る=鳥や獣の体を切り裂く
バラバラにする。


【病】

精神五体衰へて
元氣いづくに潜むらむ
世を罵りし舌枯れて
藥をよばふ聲ほそし

無念の双齒くひしめて
男兒(おのこ)の眼ひかるのみ
豊頬朱唇色あせて
少女のかひな動くのみ

老はあしたの風に泣き
幼はゆふべの星におづ
泣くもおづるも樫の實の
ひとつの生命をしめばぞ

人生五十の坂こえて
さてもうき世や捨て難き
いまだ三四の關も經で
すつる浮世や惜しからぬ

唯運命の手に委して
生死の道をわきかねつ
なやむ現ぞあはれなる
わづらふ夢ぞあはれなる


【蜘蛛】

五月雨はれし夕ぐれの
蜘蛛のふるまひ汝(なれ)見ずや

軒より竹にひとすぢの
絲引きはへて縦横に
張るやいくすぢ白絲の
網はなりけり精巧の

勉めてならぬことやある
まいて享け得し其の技を
揮へば奇しや幾角の
形おのづとそなはりて
さも清げなる住家かな

何を目的(めあて)の住家ぞと
かつは怪む彼方より
吹くや夕風さらさらと
渡ればかゝる虻ひとつ

虻はくるしむ網の中
蜘蛛は勇みてふりあぐる
利器にさしもに暴虐の
舌をふるひて民の血を
吸ひたる彼れも斃れたり

さすが光明(ひかり)をはづらひて
葉裏にひそむ毒蝶の
暗にまぎれて舞ひ出でむ
罪の翼のあへなくも
鋭き爪に刺されたり

時に罪なき蜻蛉の
網にかゝれる蚊を追ひて
生命を隕すことあるも
きよきこゝろは神ぞ知る

げにおもしろの蜘蛛の巣や
この世のさまを飾りなく
うつす鏡にあらざるか

あらず醜き毒蝶の
暗に時めくごとくにて
血を吸ふ虻のわがまゝに
雲にとび入り草に舞ふ

たれか夕の蜘蛛となり
正義の網を世に張りて
偽善を斃し不義を刺す

壓制つゞく五月雨の
霽(は)るゝや雲のちりぢりに
裂けて自由の夕光
かゞやく空によろこびの
聲のとゞろくその時を
おもへば堪へぬ涙かな