吉川則比古

よしかわのりひこ(1902-1945)

奈良県五条市生まれ。青山学院卒。在学中から正富汪洋創刊の「新進詩人」を編集し同社のパンフレット「薔薇
を焚く」を出し、さらに三木露風の許で詩誌「高踏」を同志と11冊刊行。1933年から1945年まで大阪で「日本詩
壇」を発行した。難解な漢語を駆使した高踏的な詩風で、没後『吉川則比古詩集』が出た。数冊の訳詩集もある。
                                      /「日本現代詩辞典」より
学生時代に「新進詩人」同人として活動。1925年詩集『薔薇を焚く』を刊行。1928年三木露風を仰いで月刊詩集
『高踏』を大鹿照雄名義として刊行。1930年桐子と結婚。大阪府下で教師をしながら「詩章」「日本詩壇」を編
集した。1945年幾種かの著書構想しながら結核のため永眠。/「
日本詩人全集 第11巻 昭和篇(5)」より

 

【幻の橇】

       胸内の妹によする

基督降誕祭(クリスマス)も近い冬の夜
御身は、無心に眉伏せて
私のためにい毛絲のくつしたを編む。

暖爐の炎(ひ)は、赤く燃え熾(さか)つて
部屋は温室のやう、
頬うるませて編棒を持つ御身は
五月の葩(はな)よりもあえかに美しい。

ゆく年を悼み悲しむ私は
信仰の祈念(いのり)薄く
異國の盟友(とも)に書くペンをとどめ
そぞろに立つて、窓帳(カアテン)を絞る。

そとは薄らな月明り、
蒼白い地平に、風嘯(うそぶ)いて
白じらと渦巻きつつ散りかかる粉雪。

妹よ、ごらん! 編物をおいて
まどべ近くよつて御覧!
ああ私の心は、いまその裡に
幻の橇となつて
寂しい原野を、幽かに滑走(すべり)ゆく。

―『薔薇を焚く』より―


【秋身唱】

落葉に磨かれたるき表玻璃の歩道

哀し、貌影(かげ)喪失(うしな)ひて
碧落(へきらく)水のごとく流るる己(わ)が秋の裸身。――

―1928年版月刊詩集『高踏』より―

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(註)
 ■き表玻璃(きへうはり)=‘き’は「ひかげ」という漢字一文字


【懐古】

遠い樹の間の靄……
薄紗(うすぎぬ)の喪服……
徂徠(ゆきき)する、優しい幽靈(フアントム)。

愁ひ臥す
丘の横顔(プローフアイル)。
落葉に縋る鐘の反誦(リフレーン)。

季節の、華奢な手は
盲ひた窓に
蓬(ほほ)けた夢を燭(とも)す。

―1928年版月刊詩集『高踏』より―


【清貧】

街頭、秋思に醒めて
徒(ただ)に寒し、漂白素琴の性身。

明眸、飢ゑて拾ふなし
淡(うす)れゆく、虚空金貨の月。

―1928年版月刊詩集『高踏』より―


【夜雪譜】

燈火(あかり)が憶(おも)ひ出の譜を描く………

清冷な額が、病める鍵盤のやうに
K髪のかげに仄白く烟つてゐる。

「眼に近く、こゝろに遠く………」
うそ寒い歌の言葉を噛みしめて。

默つた二人の心の距離を
夜の雪が寥々と埋めてゐる。

―1933年「東海詩人」創刊号より―


【冬】

色硝子の中で
わたしの呼吸(いき)は凍(ご)える。
温室の灯も遥かに消え………
幽(とほ)い花の記憶の中で
睡眠(ねむり)が雪のやうに白い注ェを擴げる。

―1933年「東海詩人」創刊号より―