散文詩集『夏雲』より
【林檎一つ落つ】
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『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する・・・あ
らゆる声は十分に漲りきつた正午の胸のなかへ消え、太陽は懶く、
大地は黄金の空気で包まれ、蝶蝶は飛び去つた。樹木は自分の影
をその袖のなかへ畳み込んで仕舞つた。
『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する・・・小
さい流れや薔薇はもの静かだ。『今は高潮の時だ、何か起るであ
らう』と私は耳語する。
林檎が一つポトンと地上へ落ちた。
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(編集部註)
■耳語=じご=相手の耳もとでささやくこと。ひそひそ話。
【悲哀の詩】
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『悲哀の詩が私の最初でしかも最後のものだ』と私は詩を作る時
いつもいふ。夕日は悲しみの矢を投げて私の魂を傷ける。
失望と暗黒が急に世界を満たさうとする。私は悲しい思想を忘
れようとして泣く、恰も暴らあらしい海上を凝視する男のやうに、
私は沈黙の悲劇に包まれ自分の魂を見廻し見廻す。風は吹去りそ
して孤独に消えてゆく。
私はいふ、『私は太陽に捨られ自然に保護されない児童に過ぎ
ない。私の眼は涙の路のみを見るために開いている。』
【風】
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私は風が秋草の陰で溜息するのを聞く、私は風が干潮の間に死
を溜息するのを聞く・・・秋草の陰で死んだ風は永遠に眠る。潮
は退く・・・私の疲れた空想も退きゆく。
私は私の影を秋草の陰と干潮の間に見るであらう、溜息し溜息
する私の一つの影を見るであらう。
【沈黙の揺籃】
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沈黙の揺籃から私の愛する詩人の歌が聞える、平和と記憶の無
言の歌、年を知らない影の歌、永劫の霧の歌が聞える。私の愛す
る詩人の新しい無言の音律、春の夕の甘やかな無終の歌、睡眠の
国を照らす月のやうな愛と涙の歌を私は聞く。
沈黙の揺籃から聞える詩人の歌は、過ぎゆく雲のやうな不安と
夢で私の胸を満たすであらう。詩人の歌は墓場の下から上潮のや
うに私の耳に聞えて来る・・・・・墓場は大きな沈黙の揺籃だ。
詩集『巡礼』より
【芸術】
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そもそも芸術は、
蜘蛛の巣のやうに、香の空中にかかる、
柔かで生き生きと、音楽にゆれる。
(人生に浸潤する芸術は悲しい。)
その音楽は瞬間の緊張に死ぬる、生きる、
暗示がその生命だ。
芸術に美と夢の探求はない、(なぜといふに、)
芸術は美と夢そのものに外ならない、
(我等は理想や問題や雑談に疲れ切つた、)
現実の黄昏に光る蛾一疋だ・・・
残忍な瞬間の餌食となつて死なねばならない。
芸術は創造の驚異、(さう私はいふ、)
衝動の金線に踊る、
光と影の小鬼・・・
芸術の美と悲劇はきらめき渡る。
【向日葵】
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お前は情調から破れ出る、
私共は悲しくも経験に執着する。
お前の各原子は、生命の奇蹟に燃える、
如何に充実の生命にお前は生きるよ。
日光に生きる熱情家、
誇りある青春の表象、
お前は歌を寒気に向け、影に向けようと思つたことがあるか。
お前は舞ひ上る色彩の抒情詩だ、
無言の歌にお前は飛躍する。
お前は生命の意味を呑みほし・・・
ああ、驚くべき自意識、
ああ、壮大な存在感。
【右と左】
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青い山は私の右に、
黄色の日光は私の左に、
笑ふ風はその間を過ぎゆく。
白い川は私の左に、
赤い花は私の右に、
笑ふ處女(おとめ)はその間を行く。
雲は私の右を帆走り、
鳥は私の左を飛び降る、
笑ふ月はその間に顕はる。
私は左へ向いて詩の谷へ、
私は右へ向いて愛戀の森へ、――
だが、家路へとその間の道を急ぐ。
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