野口米次郎

のぐちよねじろう(1875-1947)

愛知県津島町の生まれ。1891年慶応義塾に入り1893年渡米、詩人ホアキンニ・ミラーの知遇を得た。詩集
Seen and Unseen (1897), The Voice of the Valley(1898)を出し、ロンドンでFrom the Eastern Sea(19
01)を出版して英米文壇に認められた。1905年 帰国。慶応大学英文学教授。大正元年、オックスフォード
大学で講演(The Spirit of Japanese Poetry 1814)。中国・インドでも日本芸術について講演した。日
英文で多くの詩歌・評論がある。


散文詩集『夏雲』より

【林檎一つ落つ】

『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する・・・あ
らゆる声は十分に漲りきつた正午の胸のなかへ消え、太陽は懶く、
大地は黄金の空気で包まれ、蝶蝶は飛び去つた。樹木は自分の影
をその袖のなかへ畳み込んで仕舞つた。
『今は高潮の時だ、何か起るであらう』と私は耳語する・・・小
さい流れや薔薇はもの静かだ。『今は高潮の時だ、何か起るであ
らう』と私は耳語する。
 林檎が一つポトンと地上へ落ちた。

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(編集部註)
 ■耳語=じご=相手の耳もとでささやくこと。ひそひそ話。

【悲哀の詩】

『悲哀の詩が私の最初でしかも最後のものだ』と私は詩を作る時
いつもいふ。夕日は悲しみの矢を投げて私の魂を傷ける。
 失望と暗黒が急に世界を満たさうとする。私は悲しい思想を忘
れようとして泣く、恰も暴らあらしい海上を凝視する男のやうに、
私は沈黙の悲劇に包まれ自分の魂を見廻し見廻す。風は吹去りそ
して孤独に消えてゆく。
 私はいふ、『私は太陽に捨られ自然に保護されない児童に過ぎ
ない。私の眼は涙の路のみを見るために開いている。』


【風】

 私は風が秋草の陰で溜息するのを聞く、私は風が干潮の間に死
を溜息するのを聞く・・・秋草の陰で死んだ風は永遠に眠る。潮
は退く・・・私の疲れた空想も退きゆく。
 私は私の影を秋草の陰と干潮の間に見るであらう、溜息し溜息
する私の一つの影を見るであらう。


【沈黙の揺籃】

 沈黙の揺籃から私の愛する詩人の歌が聞える、平和と記憶の無
言の歌、年を知らない影の歌、永劫の霧の歌が聞える。私の愛す
る詩人の新しい無言の音律、春の夕の甘やかな無終の歌、睡眠の
国を照らす月のやうな愛と涙の歌を私は聞く。
 沈黙の揺籃から聞える詩人の歌は、過ぎゆく雲のやうな不安と
夢で私の胸を満たすであらう。詩人の歌は墓場の下から上潮のや
うに私の耳に聞えて来る・・・・・墓場は大きな沈黙の揺籃だ。


詩集『巡礼』より

【芸術】

そもそも芸術は、
蜘蛛の巣のやうに、香の空中にかかる、
柔かで生き生きと、音楽にゆれる。
(人生に浸潤する芸術は悲しい。)
その音楽は瞬間の緊張に死ぬる、生きる、
暗示がその生命だ。
芸術に美と夢の探求はない、(なぜといふに、)
芸術は美と夢そのものに外ならない、
(我等は理想や問題や雑談に疲れ切つた、)
現実の黄昏に光る蛾一疋だ・・・
残忍な瞬間の餌食となつて死なねばならない。
芸術は創造の驚異、(さう私はいふ、)
衝動の金線に踊る、
光と影の小鬼・・・
芸術の美と悲劇はきらめき渡る。


【向日葵】

お前は情調から破れ出る、
私共は悲しくも経験に執着する。
お前の各原子は、生命の奇蹟に燃える、
如何に充実の生命にお前は生きるよ。
日光に生きる熱情家、
誇りある青春の表象、
お前は歌を寒気に向け、影に向けようと思つたことがあるか。
お前は舞ひ上る色彩の抒情詩だ、
無言の歌にお前は飛躍する。
お前は生命の意味を呑みほし・・・
ああ、驚くべき自意識、
ああ、壮大な存在感。


【右と左】 

青い山は私の右に、
黄色の日光は私の左に、
笑ふ風はその間を過ぎゆく。

白い川は私の左に、
赤い花は私の右に、
笑ふ處女(おとめ)はその間を行く。

雲は私の右を帆走り、
鳥は私の左を飛び降る、
笑ふ月はその間に顕はる。

私は左へ向いて詩の谷へ、
私は右へ向いて愛戀の森へ、――
だが、家路へとその間の道を急ぐ。