矢田部良吉

やたべりょうきち(1851-1899)

詩人、翻訳家、植物学者。伊豆韮山生まれ。1877年、東大最初の植物学教授となった。東大の同僚の
外山正一、井上哲次郎らと1882年『新体詩抄初篇』を刊行、(尚今居士の筆名で)作品をよせた。従来
の日本文学にはない長詩型のほぼ最初の試みとして注目され以後この詩型が普及した。形体・表現と
もに未熟ではあったが、後の抒情詩の流行を生む契機ともなった。またローマ字表記を提唱して、ロ
ーマ字会を興し、賛否の議論を生んだ。1899年夏鎌倉で遊泳中溺死した。/「日本現代詩辞典」より

 

【カムプベル氏英国海軍の詩】

イギリス國の海岸を     固く守れる水兵よ
一千年のその間       汝が建つる大旗は
戦争のみか嵐をも      支へ得たれば此後も
敵を受くともたゆみなく   勇氣の限りひるがへせ
軍烈しくあらばあれ     嵐も強く吹かば吹け

立ちくる海の浪間より    汝が祖先あらはれて
汝を援けたまふべし     蓋し祖先の軍艦の
其甲板はてがらの場     大海原は其墓場
大ネルソンやブレーキの   死にし處は人しのぶ
軍烈しくあらばあれ     嵐も強く吹かば吹け

四方海なるブリタニヤ    とりでも城も用はなし
山とたちくる波とても    千尋のそこの淵とても
慣れて我家に異ならず    いかづちなせる大砲を
船より放ち轟かし      波をわけつゝ進み行く
軍烈しくあらばあれ     嵐も強く吹かば吹け

国の光とたてし旗      益ゝ光り輝きて
危難も都て解け去りて    太平の日にもどるらん
其時汝つはものゝ      いさほし譽て諸人が
歌に唱ひて悦びて      安樂限りなかるらん
烈しき軍すみし時      強き嵐のやみし時


我邦ニ於テハ西洋ノ詩歌ヲ翻譯スル人甚ダ少ナシ葢シ
其趣向ノ我詩歌ト同ジカラザルガ爲メナルベシ又適々
翻譯スル人アルモ之ヲ支那流ノ詩ニ模擬スルガ故ニ初
学ノ輩ハ解スルコト能ハス余之ヲ慨スル久シ以爲ク西
洋人ハ其學術極メテ巧ニシテ精粗到ラザル所ナシ其詩
歌ニ於テモ亦之ト均ク能ク景色ヲ模冩シ人情ヲ穿チ讃
賞ス可キモノ多シ且ツ其句法萬種ニシテ韻ヲ蹈ムモノ
アリ蹈マザルモノアリ緩漫ナルモノアリ疾急ナルモノ
アリ其語勢ノ變化殆ド捉摸ス可ラズ而シテ其言語ハ皆
ナ平常用フル所ノモノヲ以テシ敢テ他國ノ語ヲ借ラズ
又千年モ前ニ用ヒシ古語ヲ援カズ故ニ三尺ノ童子ト雖
モ苟クモ其國語ヲ知ルモノハ詩歌ヲ解スルヲ得べシ加
之西洋人ハ短キ詩歌ヲ好マザルニハ非レドモ亦長篇ヲ
尚ビ尋常ノ日本書ノ如キ薄キ冊子ヲ以テスレバ一篇ニ
シテ十餘冊ニモ上ルモノ少ナシトセズ頃日學友丶山仙
士ト相謀リ吾人日常ノ語ヲ用ヒ少シク取捨シテ試ニ西
詩ヲ譯出セり余素ヨリ詞藻ニ乏シト雖モ既ニ譯シ得ル
所数數篇ニ至ルヲ以テ今其ヲ擧ゲテ江湖諸彦ノ高覧ニ
供ス幸ニ其詞藻ノ野鄙ナルヲ笑フナカレ
                尚今居士 識


【グレー氏墳上感懐の詩】

山々かすみいりあひの    鐘はなりつゝ野の牛は
徐に歩み歸り行く      耕へす人もうちつかれ
やうやく去りて余ひとり   たそがれ時に殘りけり

四方(よも)を望めば夕暮の  景色はいとゞ物寂し
唯この時に聞ゆるは     飛び來る蟲の羽の音
遠き牧場のねやにつく    羊の鈴の鳴る響

猶其外に常春藤(つた)しげき 塔にやどれるふくろふの
近よる人をすかし見て    我巣に寇をなすものと
訴へんとや月に鳴く     いとあはれにも聲すなり

かしこには楡(にれ)又こゝに あらゝぎの木ぞ生茂る
其下かげにうづだかく    苔むす土の覆ひたる
壙(あな)に埋まれこの村の  古(ふる)人長く打眠る

のきの燕もにはとりも    木魂に響く角笛(くだぶえ)も
あさぼらけにぞなりぬれば  かまびすしくはありつれど
冥土(よみぢ)の人の眠をば   覺すことこそなかりけれ

死にたる人のはかなさよ   身を暖むる爐火(いろりび)も
妻のよなべも誰(た)が爲めぞ 愛(めづ)るわらべがかたことに
爺(てゝ)の歸りをよろこびて 小膝にすがることもなし

曾てこの世に居(ゐ)し時は  麥も小麥も其鎌に
山もはたけも其くはに    手荒き馬も其むちに
繁れる森も其斧に      まかせて君が儘なりき

功名とても浮雲の      過るが如きものなれば
この古人の世の益と     ほねをりするも不運をも
わびしき妻子の暮しをも   笑ふべきにはあらずかし

富貴門閥のみならず     みめうつくしきをとめこも
浮世の榮利(えのり)多けれど いつか無常の風ふかば
草葉の露もおろかなり    黄泉(よみぢ)に入るの外ぞなき

苔にうもれし古人は     墓場の上に寺をたて
あたりまばゆき屋の内に   頌歌の聲に合すなる
樂器の音を聞ずとも     身の不コとな思ひそよ

ひつぎ肖像美を盡し     人の尊敬多くとも
ひとたび絶えし玉の緒を   つなぎとむべき術(すべ)はなし
へつらふ人のほめ言も    長き眠は覺すまじ

考へみれば廢れたる     此古墳(ふるづか)の古人も
世にすぐれたる量ありて   國を治むるコを具し
詩文の才も多けれど     あらはれずして失せける歟

學びの海は廣けれど     わたる船路を知らざれば
心の性(さが)は賢きも    身は賤しくて貧なれば
世のほまれをば聞かずして  空しく鄙(ひな)に終りけり

深き水底(みなそこ)求むれば  輝く珠も有るぞかし
高き峯をば尋ぬれば     かをる木草の多けれど
千代の八千代の昔しより   人に知られで過ぎにけり

實(げ)に此墓に埋もれて   業(わざ)はおとるもハムデンに
詩は拙くもミルトンに    國に軍を擧ずとも
クロムエルにも比ぶべき   人のかばねやあるならん

議院の議士を服さしめ    人のおどしも外(よそ)に見る
國の安危を身に委ね      高き譽望を民に得る
此等のわざはおしなべて   古人何ぞあづからん

惠みはひろく及ばねど    又常々のふるまひに
不コもいとゞ少なしや    人を殺して王となり
民をなやめて利をあみす   夢にもみまじさることは

まことをかくすそら言に   恥るを忍ぶ心の苦
且つ巧なる詩文もて     富貴に媚る世のならひ
是は都の弊なれど      未だ此地に及ぼさず

此處(こゝ)に生れて此處に死に 都の春を知らざれば
其身は淨き蓮(はす)の花   思ひはCめる秋の月
實(げ)に厭ふべき世の塵の  心に染みしことぞなき

されど收めしなきがらの   しるしの爲と側近く
建し石碑は今もあり     文は拙く彫(え)りざまは
醜しとてもたび人の     憐を爭で惹かざらん

碑面にえれる名に年齡(とし)に 記しゝ文字は拙くも
記念の功は有ぞかし     又有がたき經文の
文句を引きてえりたるは   人に無常を諭す爲め

葢し此世に生れ來て     程なく死るその時に
別れの惜しきこともなく   浮世の花お榮をば
心の外に打捨てゝ      去り行く人はなかるべし

眼の光り止むときは     戀しかるらん身のやから
たましい体を去るときは  いたく慕はん妻子ども
たとひ燒くとも埋むとも   人の思ひは消えはせじ

偖又此に古人の       いはれは書けど余とても
いつか歸らぬ旅にたち    過ぎ行く後は世の人の
如何せしやと思ひやり    たづぬることも有るならん

しからん時は此さとの    頭に霜を重ねたる
老人斯くぞ曰ふならん    我儕(わなみ)は彼れが朝早く
昇る旭を見ばやとて     岡に登るを常に見き

又彼處なる川ばたの    枝伸び垂れし山毛欅(ぶな)の木の
わだかまりたる根の側に   身を横たへて晝いこひ
流るゝ水に打臨み     其常なきをかこちけん

又彼處なる常葉木の    木立の下にさまよひて
かしら傾けうでを組み   知る人なさの歎かしさ
とゞかぬ戀の口惜しさ    世のうさ抔をかこちけん

さるにひと日は彼の人を  慣れし岡にも樹陰にも
絶て見ることなかりけり   其翌朝になりぬれど
野にも森にも川邊にも    身をば現はすことぞなき

又其次の朝ぼらけ     屍送る歌きけば
まさしく彼の爲めなりき   君は字を知る人なれば
彼の山櫨(さんざし)の陰にある 碑文を讀みて識りたまへ


   碑 文

土に枕しこの下に      身をかくしたる若人(わかうど)は
富貴名利もまだ知らず    學びの道も暗けれど
あはれ此世を打捨て     あの世の人となりにけり

仁惠深き人なれば      天も憫み報いけり
憂き人見れば涙ぐむ    (外に詮すべなき故に)
ひとりの友のありしとよ (外に望みはなかるらん)

これより外に此人の     善し惡し共になほ深く
尋るとても詮はなし     たましひ既に天に歸し
後の望みをいだきつゝ    神にまぢかく侍るなり


【テニソソ氏船將の詩(英國海軍の古譚)】

暴威を以て下を馭す     人は此世の鬼なるぞ
天地も容れぬ罪なるよ    其過ちの深きこと
阿鼻の地獄も及ばじな    若しや今しも壓制を
嗜まんものゝあるならば   わが此歌をよく聽て
其身を深くいましめよ    曾て勇々しき武士の
將たる船の乗組は      自由の空氣吸ひなれし
英吉利國の人なれば     勇のみならず信あれど
其船將の壓抑を       深く怨みて措かずとよ
將が性質猛くして      慈愛の心露ほども
無きのみならず針ほどの   罪も巌しく糺し問ひ
免すこと無し斯て世に    將が暴威はいやつのり
船人どもの心中に      燃る怒のそのほのほ
消るひまなくなか/\に   をりさへあらば燃え出でゝ
人をも身をもゝろ共に    燒かんとすなり然れども
船將常に望むらく      いつか勲功あらはして
わが船の名を轟かし     古今未曽有の英雄と
千萬人に呼ばれんと     一途にこゝろ傾けて
湊に廻り岡に沿ひ      岬を廻り島を歴て
北に南に何處となく     殘るくまなくたゞ渡り
大海原の真中にて      北をはるかに眺むれば
帆を打揚げて來る船は    是ぞ正しく佛蘭西の
軍の船にまぎれなき     わが船將の面色は
喜び外にあらはれて     言葉もいとゞいそがはし
船人どもゝ銘々の      心にたくみありければ
眼の中におのづから     喜ぶ色の見えたりし
將は聲色高らかに      ものども船を追ふべしと
一と號令を下すまゝ     風にまかせて我舶は
敵にまちかく進みゆく    こゝに乗組一同は
常に怨みし大將を      にらみて腕を乂きて
大砲はなつものはなし    されど敵の大砲は
實にいかつちの落るごと   轟きわたるおそろしさ
天地も破裂するばかり    横木も折れて波に落ち
帆架もわれてこな微塵    甲板裂けて容なく
銃丸繁くふりきたり     雨かあられか怖ろしや
甲板のみか帆柱も      人の脳やら血汐やら
生きとし生けるもの共は   右に左にうち倒れ
もの言ふこともかなはねば  倒れしまゝに顔と顔
見合す姿凄まじく      血汐の中に玉の緒の
絶えんとしつゝ船將を    見かへる眼おのづから
嘲り笑ふ氣色あり      將は功名立てんとて
頼みし人もことごとく    我を嘲りにらみつゝ
われを賣りしぞ口惜き    心のうちは堪へられぬ
辱と恚のせりあひに     顔色青く赤くなり
齒がみをなして叫べども   終に痛手の疵おひて
かばねの上に倒れけり    嗚呼壓制よ嗚呼暴威
實に怖るべし惡むべし    數多の勇士いたづらに
失ひしこそはかなけれ    其のち多く年月を
經ぬとはいへど船將や    船人どものしかばねは
水屑となりて海底に     今も沈みて殘るらん
さりとも見えぬ波の上に   浮べる鴎二三四


【勸學の歌】

昔し唐土の朱文公      よに博學の大人ながら
わが學問をすゝめんと    少年易老の詩を作り
一生涯は春の夜の      夢の如しと嘆きけり

國の東西世の古今      人の高卑を問はずして
學の道に就くものは     いかに才能ありとても
同し多少の感慨を      起さぬことのあるべしや

春の初花秋の月       夏のみどり葉冬の雪
渾て此世の物事に      心をとむる時あらば
わが學藝を省みて      過る月日を思ふべし

池のみぎはの春草の     みじかき夢も覺ぬまに
軒端に茂るきりの葉は    吹く秋風にさそはれて
此年も半ば過ぬるを     ふみ讀む人はしらずやは

年の月日は長けれど     難波入江の村あしの
ひとよの如く思はれて    わが身の上のはづかしさ
螢や雪の光りにて      ふみは讀めども業ならず

昔の人の學問は       唯一すぢの道なれど
なほ賢人の嘆きあり     今は學術多端にて
枝に小枝に末葉まで     いかで凡夫の能すべき

さは云ふものゝ諺に     山のはじめは一塊土
海のはじめはひとしづく   いかに急げど詮はなし
心をこめていつまでも    怠らぬこそよかりけれ

たとひ多くにわたらぬも   唯一藝を修めなば
身の爲となる多からん    蜘蛛に藝あり網をはり
蜂に能あり蜜つくる     何とて蟲に及ばざる

勉め勉めよたゆみなく    進み進めよよどみなく
難き事とて厭ふなよ     學の海に舟路あり
教の山にしをりあり     丈夫何かは怯るべき


西洋諸邦ハ勿論凡ソ地球上ノ人民其平常用フル所ノ言
語ヲ以テ詩歌ヲ作ルヤ皆心ニ感スル所ヲ直ニ表ハスニ
アラザルナシ我日本ニ於テハ往古ハ此ノ如クナリト雖
モ方今ノ学者ハ詩ヲ賦スレバ漢語ヲ用ヒ歌ヲ作レハ古
語ヲ援キ平常ノ言語ハ鄙卜爲シ俗ト稱シテ之ヲ採ラズ
是レ豈謬見ト為サヾルヲ得ンヤ
夫レ我邦人ノ漢學ヲ修ムルヤ殆ト皆ナ所謂變則ナルモ
ノニシテ漢土ノ本音ヲ以テ其文ヲ讀下スルモノ甚少ナ
シ然シテ韻書作例等ニ因テ平仄韻字ヲ學知スルモ之ヲ
用ヒテ詩ヲ作ルニ當テハ既ニ本音ヲ發スルニ非ザレバ
到底室内ニ游泳ヲ試ムルガ如クニシテ隔靴ノ憾ナキ能
ハズ何トナレバ凡ソ詩歌ハ意義ノ優美奇巧ナルハ素ヨ
リ望ム所ナレ■音調ノ宜シキヲ得ル■亦極メテ肝要ナ
レバナリ而シテ音調ナルモノハ自國ノ語又ハ他國ノ語
ナレバ其音聲ヲ暁熟スルニ非ザレバ其眞趣ヲ翫味スル
能ハザルヤ明ケシタトへハ變則流ノ洋學書生ガ辭書ニ
據リ作例ニ従テ音聲ノ強弱ヲ學ビ詩ヲ賦スガ如シ誰カ
其迂ヲ笑ハザラン又古言雅言ヲ以テ長歌知歌ヲ作リ並
フルモ吾人常ニ用ヒザル所ナレバ稍外國語ニ類スルガ
故ニ之ヲ以テ精密ニ我衷情ヲ述ベ我思想ヲ■スコト或
ハ難カラン
果シテ然ラバ余以爲ク宜ク平常ノ語ヲ少シク折衷シ以
テ稍新體ノ詩歌ヲ作リ充分ニ吾人ノ心ニ感スル所ヲ吐
露スベキナリ然レ■之ヲ言フモ爲サヾレバ人或ハ目シ
テ妄誕漫言ノ徒ト爲サン故ニ余■劣ヲ顧ズ頃者試ニ西
洋ノ詩數首ヲ譯シ既ニ其一二ヲ新聞雑誌ニ載セシコト
アリ今復此新紙ノ餘白ヲ借テ拙作二首ヲ掲ゲ江湖諸彦
ノ一粲ニ供ス其一ハ自作ニ係リ(但シ始ノ一節ハ大佛
財法日課勸進之序ヲ取捨シテ作レルナリ)其一ハ西詩
ノ譯ニ係ル余素ヨリ文事ニ疏ク詞藻ニ精シカラス江湖
諸彦ノ幸ニ我微意ヲ諒察アランヲ乞フ
                尚今居士 識


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【鎌倉の大仏に詣でゝ感あり】

今をさることかぞふれは   六百年の其むかし
建長のころ鎌倉に      稻多野局が建られし
總青銅の大佛は       御身のたけは五丈にて
相好いとゞ圓満し      見者無厭の尊容は
何れの地にも此類なし    さるに明應四年とや
由井のつなみの難により   大殿破壞の其後は
紫磨金仙も雨に濡れ     風に暴されたまふこと
殆ど此に四百年       こはこれ人に聞くところ

余もこのころ鎌倉の     古跡尋ねてをちこちと
杖を引きつゝ大佛に     詣でゝ心おちつけて
しかと尊顔見上れば     はちすの花もおよびなき
浄き如來の御心は      外に見はれ何となく
涅槃てふ語の思はれて    凡夫不覺の余とても
しばしの間胸の雲      霽れて無明の夢は醒め
眞如の月の圓かなる     影を見たるにあらねども
見ゆるが如き心地せり

夫れ物事のなりたちは    頓にとゝのふことぞなき
昔し羅馬の帝國は      シーザルひとり智を奮ひ
起りしものにあらずかし   徳川氏の繁昌は
家康ひとりコありと     成りしものとな思ひそよ
時勢人情やうやくに     運びて此に至りてき
鎌倉山の大佛も       浮屠氏の教へ渡り來て
千百年を過ぎし後      人の信仰厚くなり
鑄ものゝ術も具はりて    初めてなりしものならん

稻多野夫人の時代には    此大佛に打向ひ
精~こめて手を合せ     天下太平安穏と
わが後生とを祈りしも    今の明治の聖代に
生れし人は然はせず     佛の面を打眺め
昔の事を思ひやり      其鑄工の巧みなる
業をほむるの外はなし    かはればかはる時勢かな
秋の空にも劣るまじ

昔の人の是といひし     事も今では非とぞなる
今日の眞はあすの僞     あすの教はあさつての
非理邪道とやなるならん   天地萬物一定の
規律に由りて進化すと    學者は謂へど是を之れ
聢と心に認めたる      人は果してなかるらん

嗚呼盛んなる大佛よ     六百年もたつた川
からくれなゐのもみぢ葉と  流るゝ水を年々に
人の譽むるに異ならず    尊體此處に在ます間は
如何に時勢の變るとも    年々人の尋ね來て
歎賞せざることなけん


【シャール、ドレアン氏春の詩】

春の景色のゝどけさを    いかで好まぬ人あらん
冬の物事さびしきも     春は心のをのづから
とけて樂み限りなし     雪もみぞれもふる雨も
人をなやますことぞなき   のどけき春の來る時は

北風強く吹く冬は      野邊には深雪木はつらゝ
雨もこほりていと寒く    障子ふすまを建廻はし
爐火近く團居して      ねぐらの鳥にことならず
されど嵐も雪も歇む     のどけき春の來る時は

曇りがちなる冬の空     日影もうすく晝くらし
されど春にもなりぬれば   喜ばしくも雲はれて
光りのどけき天を見る    いぶせく降りし雪霜は
跡も殘らず消えうせぬ    のどけき春の來る時は


【ロングフェロー氏兒童の詩】

来れわらはべかたはらに   汝が遊ぶさま見れば
我等が多年苦みて      なほとけざりし疑は
忽ち解けて露ほどの     曇りも胸に止まらず

汝が遊びたはるゝを     見るは恰も東なる
窓打あけて日に向ひ     さえづる鳥の聲聞て
清く流るゝ川水に      臨むが如き心地せり

流るゝ水も鳥のねも     照らすあさひも汝等の
心の如くゆたかなり     されど我等の心中は
かなしさ秋も過去りて    寒き雪霜ふりにけり

わらはべ無くば世の中は   如何に苦しきことならん
わらはべ無くばわれ/\は  後ふりむくも憂さばかり
前を望むもうばたまの    闇の夜中に異ならず

知らずや茂る森の木は    いと美はしきみどり葉に
清き空氣や日の光      其作用を施して
善き汁液を造り成し     幹と枝とを養ふを

知れよのどけき気候をば   うけて早くも感ずるは
幹にはあらで軟かき     緑の葉にぞありぬるを
森を此世にたとふれば    葉はわらはべに比ぶべし

來れわらはべかたはらに   のどけき天を吹く風も
花に戯れ啼く鳥も      汝が清きこゝろには
何如なる事を告るやを    我耳近くさゝやけよ

思慮をめぐらし智を竭し   我等が成せるわざとても
我等が書けるふみとても   汝が樣のかはゆさに
汝が面の楽しさに      比ぶることのなるべきや

人の賞する詩や歌は     世に數多くあるなれど
完至無虧の汝等に      及ぶべきものあらずかし
汝は生ける詩歌なり     他は皆死にし言葉のみ


【春夏秋冬】

   此詩ハ句尾ノ二字ヲ以テ二句ヅヽ韻ヲ踏ミタル
   モノナリ例ヘバ「よろこばし」「暖かし」ノ如シ


春は物事よろこばし     吹く風とても暖かし
庭の櫻や桃のはな      よに美しく見ゆるかな
野邊の雲雀はいと高く    雲井はるかに舞ひて鳴く

夏は木草の葉も茂り     百日紅も咲きにけり
夕暮かけて飛ぶ蟲は     集まり來たる軒のきは
人は我家を立出でゝ     なほ涼むらんさよふけて

秋は尾花にをみなへし    桔梗の花も開くべし
晴れて雲なき青空に     照らす月影明かに
されど何處も同じこと    寂しく見ゆる家の外

冬は雪霜いと深く      冷ゆる手足を暖く
なさん爲とて爐火に     近く團居をする時に
風は吹き入る戸のあはい   外の方見れば銀世界