山本露葉

やまもとろよう(1879-1928)

東京根岸生まれ。金満家の長男。本名三郎。1895年慶大から東京専門学校(現早大)に転じ、のち文学科を中退。
1895年に春風会を結成、「もしほ草紙」を発刊。三山・露葉の号で河井酔茗、伊良子清白らと詩や美文を書き、
「新小説」でも活躍。詩集『
風月万象』(児玉花外・山田枯柳との合著)に「葡萄の葉蔭」15篇を載せ、自然と
の静かな交感や青春の夢想をうたった。「小天地」「明星」に寄稿。『わか草』などの合集に「無絃琴」「静
なる日の海」などを発表。明治末からは小説家に転進。
山本夏彦の父。/「日本現代詩辞典」より

詩集『風月万象』より

こゝに蒐めたるひと巻は、おほかた舒情の詠なり、吾れ
等が過ぎし短き生涯のうち、あるは造化のいみじき力に
おどろきあるは万象の限りなき變化に懐ひをはせたるも
の即ちこれなり、かりに人生をながき樂譜にたとはゞ、
吾れ等はそのひとふしを歌ひしに過ぎず、必しも音調の
人をうごかすものあるにあらず、よし、みだれしふしな
らんとも、たゞ響きだにふかゝらば以て足れりとせん、
あゝ藝術の園にはたえば異香の人をとゞめしむるものあ
り「吾れ等のその園に達することの尚ほ遠きみちにさま
よふをや
      雨しめやかなる根岸の草盧にて
                   山本露葉

 葡萄の葉蔭

神、 大空を流るゝ雲の時として黄となり時として紫と
   なり青となり紅ゐとなり黒となるを見しことあり
   や
われ、さなりぶだう葉にみどりの露のしたゝる秋の夕べ
   なりきはてしなき空にうつりゆく雲を葡萄の葉か
   げにあふぎしことあり
神、 汝は常に悲み常に歓び常に怒り常に懼るゝにあら
   ずや
われ、然りたとはゞ彼の夕雲の黄に紫にみだるゝが如し
神、 さらばかぎりなくうつろふ雲のうちにいみじき星
   のひそめるを知れりやそはすべてのものゝうるほ
   ひなりいのちなり
われ、吾れはいくたびか彼の光を眺めいくたびか彼の光
   をのぞみ見たれどあまりにそのかゞやきのかすか
   にして吾が姿を清き泉にうつすに足らざるをうら
   めり
神、 汝の心のうちにもそのかすけき光ありやもしみ空
   の星を光よわしとせば汝の心の光りもかげくらし
   と言はざるべからず汝は尚ほすみれの匂ひにたへ
   ざるものなり汝の姿の泉にうつるをもてたゞちに
   星の光りをあざやかなりとなすなかれまづ眼をあ
   げてしづかに星をあふぎ見よ星よりほとばしる靈
   水はいましを青草の如くうるほさん

      青梅の葉がくれにみのる頃、
                      ろえふ


【ぶだうの葉かげ】

  一
足は小草の露を踏み
眼は夕づゝを眺めたり
かの枯葦のなるごとく
唇もるゝ聲やなに

君はも誦すかから歌を
あまりに調のひくければ
きこえやはする川浪の
岸邊にふるゝ音のみして

  二
今よひ汀にまとひして
心なぐさに只みたり
かたりあふべく定めしは
夕づゝ見ゆる頃なりき

はや一つ星かゞやきて
河Pに光りしづめつゝ
はや二つ星見えそめて
葉末の露にやどりつゝ

草葉草葉の草かげを
おぼろにうつす三つ星も
すでに彼方にいでたれど
吾がまつ人は見えざりき

  一
砂にしるしゝ友の名の
よせくる浪に洗はれて
深きよどみにながれしも
あゝ數ふればいくそたび

舟子(かこ)あまたゝびたちかへり
ゆるき流れに棹さして
舟やる歌を高らかに
歌ひ行きしもいくそたび

利根の川面(づら)霧こめて
音のみ高しさゞれ浪
ゆきゝの小舟あとたえて
歌もきこえずなりにけり

  二
見よ川隈の杉森の
ほのかに水に影さすは
今し新ひ月のぼりけん
野邊の千草も色づきぬ

きけばあやしやものゝ音は
かのふくろふのものゝけか
すだまにおぢてから聲に
友をよぶにも似たりけり

君こゝろみに石とりて
音あるかたにうちて見よ
人まつ今のつれゞれに
こも折からの興なれや

  一
つぶてなげうち草がくれ
行く手はるかにうかゞへど
音はいよいよさやかにて
吾れ等のかたに近づきぬ

吾れあやまてり彼の友は
舟あやつりて來るらん
さらばあやしきもの音は
浪間にひゞく櫂ならん

  二
友來るらし耳なれし
口笛近く起りけり
共に手をとり月かげに
彼の姿を迎へんか

渚の葦に風たちて
うつれる月はくだけたり
くだけし月はゆらめきて
はるかに遠くたゞよひぬ

  一
小舟つなげよ柳かげ
ありしみどりはうつろひて
水にちりうくひと本(もと)の
柳にとめよみなれ棹

君まつことのけうとさに
利根の川邊をいくかへり
ざえこざかしき野狐は
はやものろひぬ森かげに

夕べをつぐるむら鳥の
もろの翼はおさまりて
眠りをさそふぬか星は
見ようるはしくみちけるよ

かあをの水はあふれいで
ひゞきは高し夜の浪
わたるか鐘もわびしらに
さでうつ人のかげもなし

  二
川邊のぶだう色づきて
葉がくれみのるひとふさよ
干ける胸にそゝぐべき
あまきしづくはしたゝれり

色紫の野ぶだうを
汝れがいとしの妹とみよ
ちぎらばいかにあまからん
葉かげに來りあふぎみよ

  三
今よひぶだうの下かげに
星の光りを身にあびて
心々や歌誦して
うさなぐさめの物語

これ興あれど誰かまた
もたひの酒をくみかはし
樂しき春の夜ににたる
夢もとむるをいなまんや

年ごろひめしふるがめに
酒のかをりはあふれたり
わらうだつくれいざ今宵
むかしの吾れにかへらなん

あゝ誰か知る吾が壺に
わきたつ酒のうま味を
あゝ誰か知る吾が胸に
炎と燃ゆるかなしみを

炎をあげよ胸の火よ
潮はかへるわだつみに
たち行く夏の日の如く
空のはてまで燒きつくせ

空にきらめくぬか星よ
時世(ときよ)おなじくかゞやかで
一度はおちてうつし世の
罪のむくろを燒きつくせ

歌なからめやきりゞりす
か細き体(から)に節づけて
野末に迷ふ小羊の
おそき歩みもとゞめしよ


【流星】

そは趣味多き戀ひがたり
かの七夕の夕まぐれ
雲うつり行く中空に
星の光りを見るに似て

星の光りにゆあみして
たくみの園に遊ばずば
などうるはしくしたはしき
戀のおもひに醉はるべき

空しきわざをすてしより
いくそのうれひ身をさりて
はれてものなき高み空
春の光りも眺めしよ

夕逍遥の小野川べ
木々の青葉の色ふかく
しづ枝(え)したゝり地におちて
匂ふみどりは白露か

干きにたへでその露の
あまきしづくをくみしとき
さやげる星のたゞ一つ
青葉の森に流れしが

いづちおちけん深みどり
あふぐみ空に群(むら)星の
またゝくかげはしづかにて
ことにさやけき夕づゞ

さだめの神の乳房より
流るゝにがき酒に醉ひ
魔神吹きなす角笛の
みだるゝふしに耳しひて

身は秋の葉のそれなれど
夕べ流星見てしとき
わかき血汐のわきたちて
天のこんづのあふるごと

あゝかの星ぞ戀しけれ
星を思へば身はさらに
運命(さだめ)のしもとのがれいで
園にさまよふ心地すに

ゆるせ流星なを戀ふは
いのちを戀ふにひとしきに
なれ天
漿をもたらして
吾れいのちあり朝ぼらけ

+---------+
(註)
 ■天漿=石榴の別名=多産=生命感


【吹笛餘韻】

  詩人

此の夕暮の靜けさに
吹けやひとふしほがらかに
彼のぶだう葉の蔭にして
乙女の歌をきく如く
なつかしきかなそのしらべ


  友

二人して行く野のみちに
とびかふはなにきりゞりす
木々の落葉の音たてゝ
風はむなしく吹きわたり
秋はわびしき眺めかな


  詩人

しづかに歩め白露の
葉末にうさをかこつらん
高き音になくこほろぎは
みだるゝ露におどろきて
まづひそみ音にうれふらん

胸にあふるゝ悲みを
せめては笛の音にこめて
君新しき聲をなせ
匂ひも深き橘の
花咲く森にたちよりて


  友

さなり森かげたづねゆき
秋聲の賦をこゝろみん
よし拙くも吾がふしは
吾がまことよりほとばしる
たとはゞ天のまな井なり


  詩人

高き調べのひとふしは
執着ふかきくちなはの
燃ゆる焔も消すといふ
君がいみじき調べには
藝術(たくみ)の神も舞ひでこん


  友

あふげば木々の葉をもれて
星はみ空にかゞやけり
夜の香りは神近く
花なつかしきおもひして
人の心の迷はしむ


  詩人

流れも清き大川は
ふかきみどりをたゝへつゝ
ゆるやかに行く草がくれ
碎けておつる月影は
二人の姿うつしけり


  友

きけ秋の葉のさゝやきを
一葉の桐のしらべこそ
響きを傳ふ小琴なれ
一つの絃(いと)に聲あらば
よろづの絃に聲あらむ

桐の一葉の琴柱(ぢ)にふれて
あめとつちとの万象(ものみな)を
かすかにわたるひゞきあり
などかりの世の人の身に
悲き歌のなかるべき


  詩人

吾れあまたゝび森にきて
落葉の音になれしかど
今宵の如き月の夜に
いとしづかなるさゝやきを
きゝし事とてあらざりき


  友

秋たけゝらし花芒
葦より高く穗にいでゝ
悲しく人をいたましめ
風自ら草を吹き
鴫は汀を離れけり


  詩人

たゞひとふしの竹なれど
きれば七つの律呂(こゑ)をなす
悲みの曲樂の歌
いかれるときは笛の音の
律もみだれてきこえけり

小草かたしき笛とりて
思ひの程を吹きすませ
梢にかゝる新ひ月も
今し雲間にかくるらし
なれがたくみの妙技(ちから)もて
しばしとゞめよ行く雲を




吾れに愁ひの心あり
笛もさびしき音やたてん
夜のまもりの大神よ
しばしはゆるせ森かげに
笛ふきすさぶうつし此の身を


【戀】

せゝらぎ走る若鮎の
まだ戀しらぬ身なれども
清きに水のすみゆかば
やどりもとむる心あり

夏の日ざかり山行かば
小百合花咲く岩かげに
脚絆(あゆひ)ひもときたちよりて
清水掬(むす)ばんおもひあり

紅ゐあせし唇に
かの花の香をうつしては
甘きにうゆる吾が胸に
露をそゝがんねがひあり

あら野淋しく日は暮れて
木枯いたくすさむとき
よしや光は遠くとも
灯のぞまん風情あり

紅涙(なみだ)たゝへて乙女子の
高きみ空の月影を
ひとり眺めてわぶるとき
誰かは戀をしらざらん

猶太の野なるベツレヘムに
かゞやく星の光りみて
遠きに来る人々の
心に戀はなからずや

うゆるにあらず吾が心
かはくにあらず吾が心
あゝあゝ戀といはゞいへ
人には告げじまことをば


+------------+
(註)
 ■猶太=ユダヤ(当て字)


【あるとき】

白日(まひる)の夢はむなしくて
身よさちうすき夕まぐれ
神にいのりをさゝぐとき
いのちにかへれ若きいのちに

人の力のよわくして
吾が世の菫花しぼみ
かの世に菫かおるとき
いのちにかへれ若きいのちに

おなじいのちの朝ぼらけ
うたもうたはでたゞひとり
消えゆく星を數ふとき
いのちにかへれ若きいのちに

すくひの歌の譜はふりて
神のつかひのあたらしき
ひゞきもたらし來るとき
かへれいのちに若きいのちに

小琴なげうち鐃拔(ねうはち)を
耳もしひよとならすとき
さだめよいかにゑむらんか
かへれいのちに若きいのちに

あゝ人の身につばさなく
あゝ花鳥にこゝろなき
たくみのすべを思ふとき
かへれいのちに若きいのちに


【靜なる日の海】

ふかどよむ海かこは──手力のこは海か
漂蕩の白流
さやさやと鳴り來てはうち開く海の胸
けざやかに目覺めたり

くら海のほの白み、伏し沈む寂しさを
ひたひたと搖るがしぬ
朝やげに浮く花藻、貝の葉も笑みまけて
碧瑠璃の若よそひ

ほのぼのと日をまとひ銀の立姿
海姫のけやけさや
淺緑敷き展べて遠き世の靜けさに
溶けてゆけ朝潮も

底凪げる海の胸濃情のどよめきや
夢みるか、淡々と
夏の日のいきざしも朝じめるものゝ香も
戀うて來ぬ──その胸に

法音の海の音に吾が靈をさそへかし
日は照るや燦くや
淺緑、深緑、白光や、金色や
吾が生を埋めかし