木村好子

きむらよしこ(1904-1959)

新居浜郡新居浜町(現新居浜市)の生まれ。旧姓白川。白川渥の姉。新居浜の瑞應寺に来ていた赤松月
船から詩を学ぶ。宗教運動家伊藤証信の他力主義・利他主義を説く無我愛運動に共鳴して上京。1927
年、詩人で美術評論家の遠地輝武(木村重夫)と結婚、日本プロレタリア作家同盟、プロレタリア詩人
会に参加。中野重治の妹で詩人の中野鈴子とほぼ同世代であり、「中野鈴子に通じる詩風」「庶民的
で平明な表現のなかに秘められた強靭な抵抗感覚」があると評されている。ガンに倒れた闘病中に夫
によって編まれた『極めて家庭的に』が第一詩集で遺稿でもある。他に作品は『1935年詩集』に【落
葉】、『日本プロレタリア詩集』に【洗濯デー】、『日本現代詩大系・昭和期』にも高橋新吉、伊賀
上茂らとともに収められている。/「愛媛県百科大事典」より


『 日本プロレタリア文学集39・プロレタリア詩集2』より

【落葉】


落葉よ、落葉よ、
秋風に吹かれて、
お前がカラカラと鳴り乍ら
井戸端に水すすぐ私の手元へ、黄色く、
舞いこんでくると、
おお、私は胸ふたがれる!

何一つもたらすことなく、
過ぎ去った日の一日一日を
ただ、えいえいと
つづれつくろい、米かしぎ
凡ての希みも、よろこびも、
かなしみさえもおき去りにして
生涯をただ貧しく終えゆく無数の私らの生命のように、
ああ、お前は散ってゆく、
秋風になぶられて、舞い乍ら……

空は、
こんなに青く、深く、
豊かにみのっている穂波もあろうに。
落葉よ、
お前のそのカラカラと鳴る音は
どんなに、私の胸をたたき、
あわれを――、
はきよせられ、すて去られるものの上にはせさせるか!

ああ、ひょうひょうと舞い乍ら、
むなしく散りゆく落葉よ!
けれども、
お前のそのつもりつもった骸が、豊饒な土壌をつくり、
やがて、来る春にそなえるように、
私たちの、このいためられた生活が
失ったものが、
地上にみちあふれ、天地を包むとき、
そこに、
新らしい世界が……

おお落葉よ、落葉よ、
私らのもみくちゃな生よ、
苦悩のカラよ
秋風にたたかれて、激しく、
散れよ、散れ!

「詩精神」1935年11月・12月合併号に発表
(1936年1月前奏社刊『1935年詩集』を定本)


【洗濯デー】

ぷんとにおって来る力強い体臭!
おお この汚れ物のにおいこそ
獄内の闘いのはげしさを語る
あの人達の生々しいいぶき――

さあ みんな 元気で初めよう
あたしはポンプ押し
千代ちゃんはすすぎ役
みんなそろって
ごし ごし ざあざあ
うらみをこめて洗い流す
奴等のテロルに汚された垢を油汗を

空は秋晴れ
あつらえ向きの洗濯日和
なかでがんばる同志達に
せめて小ざっぱりした物を着せるため
妾(わたし)達の胸はあつく腕に力はこもる!

「プロレタリア詩」1931年11月号に発表

(註)
 ■テロル=テロリズム(独語:Terror)


【兄ちゃん】

吹きっさらしの田圃には
もう、村の誰も出ていない
だのに、私の家では麦蒔きがすまない
取り入れ半ばに兄ちゃんが召集されて
あとに残った女手二つ
私とおっ母とであくせくと麦蒔き

毎日、朝早くから晩おそくまで
かたい刈株をうちかえし、うねをつくり
せっせと蒔きつけを急ぐ私達――
かよわい女手で、夕方、ぐったり疲れて家に帰れば
地主の奴が、がみがみ年貢を取りたてにやってくる

おお兄ちゃんが満州へ引ったてられて行ってから
急に、めっきりやつれたおっ母
老いさらぼけたそのやせ腕に
ふり上げる一鍬一鍬!
私の胸は戦争への憎しみを深める
勝っても、負けても、戦争が私達に楽な生活をよこしはすまいに
働き盛りの貧農の息子を奪って
み国の為にと殺し合せるなんて………

あああの寒い満州でたたかう兄ちゃん!
兄ちゃんの身は無事かしら
私はおっ母をいたわりはげまし
兄ちゃんのかわりにせっせと働くけれども――
戦争への憎悪で、全身わななく。

「プロレタリア詩」1931年12月号に発表


【メーデーを待つ】

うす暗い長屋のすみで、毎日、
私と坊やは糊まみれ、
糊にまみれてせっせと渋団扇を張るけれど
戦争にあなたを奪われた私の生活
張っても張っても追っつかない
苦しい暮しの真ただ中で――おお早や五月
闘いのメーデーが来る!

おお戦争と白テロの渦巻く中
今年のメーデーはどんなにすごかろう
それにつけても忘れられぬあなた!
去年、あのだらしない葬式(とむらい)行列に
組合の人達と一緒に割り込みの先陣をうけもったあなた、
あなたは今何処に?
引ったてられて行ってからもう三月(みつき)
どこにいるやら便りもない
おお何の便りもよこさないあなた!
戦争はしつこくながびき
侵略の陰謀に折づめされた
あなたの便りは聞かれぬけれども
――忙しい仕事の合間合間に
訪ねてくれる組合の人とも語る
あなたは腕のある組織者(オルグ)! どこにいようと、
きっと仲間を集めて逆襲にそなえているであろう。

おおあくことなく信頼するあなた! 愛する私の夫!
木々の芽はのび、戦いの五月は迫ってくる
此頃――組合の人達はせっせと準備している
組合の人から聞きおぼえた
坊やのメーデー歌も片言まじり………
苦しい暮しをけとばして、示威(デモ)るその日を、
そうだ! 坊やも私と糊にまみれて待こがれる。

「働く婦人」1932年5月号に発表

(註)
 ■
白テロ=共産主義者によるテロを赤色テロ、
      アナーキスト側によるテロを黒色テロ、
      権力側によるテロを白色テロと呼称して区別する


【極めて家庭的に】

すそを吹き上げる
北風は凍り
おおいのない、野天の井戸
洗い物をしぼる手はまっ赤
お前は温順
お前は過去の女
ぱっと冷いしぶきがとびかかる
私は天を仰いだ
くらくらと瞼をおおう
おもい冬空

生活はつづく
新しいものと
古いものが
ごっちゃになってどんでんがえり
新しいモラルの前では
或る女たちが特権を以て針を折り
ひしゃくを投げすて
昨日のくびきをふりほどく

そこには
栓をひねればお湯がとび出す
手をよごさずとも
夫に清潔なカラーをつけさせることが出来る
御馳走も思いのままに……
ゆたかな温床が用意されている

特権をもたない女たちは悲惨だ
自我を失い
個性を失い
文化に背を向けて
パチパチ炭火を煽って飯をたき
あかがね色の庖丁で
菜っぱをきざむ
己れをきざむ
古いわだちにすべりこみ
極めて家庭的な荊棘の冠をいただかねばならない

お前 だがほこりもて
家庭の女よ
やさしく、つよく
冬空の下で、洗え
洗え………
日本の女の無知と蒙昧を――

「詩人」1936年2月号に発表


『日本詩人全集7巻』より

【太陽のやうにかへつて來た】


太陽のやうにかへつて來た
饑餓と燒土の街へ
灰色にうごめく人民の胸の中へ
その胸をたゝき、幸福をかたり
光りと眞實をもたらすために
ふたゝび、太陽のやうにかへつて來た
偉大な人々、燒けつくされなかつた眞理よ!
私たちは目をかゞやかせ
ふかい歡喜と感激に胸をふくらませる

おゝながい闘ひ、ながい忍苦
苦難の火を守つて生きぬいてくれた
つよい人々、尊敬する人
私たちは思つた。はるかに
あの怖しい戦争、はげしい空爆にさらされながら
愚民として壕にうづくまり
ふいに、かわくやうに思つた
眞實は?
理想は否定されおゝひつくされてしまつたのだらうか
つぎつぎにうばはれる肉親、
銃火の中でくりかへされた虚僞、
かなしみにうづまく、くらい、ながい空白の夜よ、
それは、ついに明けた、
正しきものは勝利した、
燒けつくせなかつた眞實よ、美しさよ!
うちにはじけるよろこび、わきかへるちから
太陽はふたゝびかへつて來た
人民の胸の中へかへつて來た!
(1945年10月を記念して)

「新日本詩集」1948年版より