渡辺 渡

わたなべわたる(1899-1946)

愛媛県生まれ。北九州に少年期を過ごす。1920年九州で詩誌「びろうど」を出し、その後上京して菊田
一夫らと1926年に「太平洋詩人」を創刊、海洋詩派を唱えた。その後は沈痛の色濃い人生派風の詩に移
った。「日本詩人」「詩文学」「詩原」等に寄稿。詩集『
海の使者』『天上の砂』『東京』などがある。
                                  /「日本現代詩辞典」より
愛媛県壬生川町生まれる。1926年東京にあって詩誌「太平洋詩人」を編集し大正末期の新興詩壇をにぎ
わせた(編集には菊田一夫が協力し 萩原恭次郎、岡本潤、林芙美子、北川冬彦、草野心平、尾形亀之助
らが執筆しアナキズム系詩人のよりどころとなった)が、それより前、
房州南端の海岸にあって半ば行
者のような生活をしながら「海洋の精神としでも稱すべき種類の思惟體系を全國に説いて歩く事によっ
て一生を終えようと覺悟してゐた」ことがある。その頃の作品は『
海の使者』『天上の砂』などにまと
められている。心境の變化によって上京後は市井に生活し、多少のダダと人生派的な情感とからなる作
品を書いた。それらは『
東京』に収められている。戦時中徴用されて外地にあった。
                                /「
日本詩人全集 第5巻」より



詩集『海の使者』より


【流れゆく秋の心】

夜更けの海に
一群れの魚が泳いでゐる
寂しい旅をゆく魚の家族だ
背中に厚い苔の生えた老ぼれの魚を先頭にして
若き日の惱みに充ちた蒼白い魚の一群れは
旅愁のためにからだも沈み勝ちで
いうろこは月光にぬれて重たげに光り
をりをり
生白い腹をなやましげに裏返へして
夜更けた海を静かに泳いでゐる。
寂しい魚のいのちだ。
蒼白い集團だ
黒い海を流れてゆく秋の心だ

【古き南國の町(6)】

潮鳴りは遠くから来る
大洋の芯の響きが
海を傅つて
ひとすぢに
岸邊に歎けるものの中に
響きこむのだ
寂しい寂しい潮鳴り
古い器物の自然に壊はれるやうなはかない音
岸邊に坐つてゐる私の魂を貫いて
そしてまた どこか遠くの方へゆく寂しい唄

ここにからだを運び出して潮風に吹れてゐれば
塵の世の憂ひは着物の端にも附いては来ないけれど
私の魂を貫くものは
經典のやうに黒い感じのする
遠くからひびいて来る夜の海の唄であつた

魂の中に感ずるものは黒き静謐の洪水
永遠の海のリズムと
優しき波の運び入れる厭離の唄であつた


海の使者

私は曙に海から来た使者だ
だから 私の性格に藻の匂ひが滲みついてゐる
私の頭に薄い貝殻が填つてゐて
絶えず蒼い息を吹き出してゐる
胸に赤い珊瑚樹の枝を飾り
脇の下には生々しいうろこが四五枚残つてゐる
私の中には 黒い波がいつも打ち寄せて居り
私の心は健康な岸邊だ
波を受け取り波を返して
いつも寂しく笑つてゐる

暗い瞳をもつ陸地の住民に
明るい眼玉を 送りとどけるために来た
海の心を賣り捌くために
夜のままの黒い身装りで 唄ひながら
曙の海から出て来た


詩集『天上の砂』より


【小曲】

詩人の手で ばらは折れまい
ばらには とげがあつて
ゆびを刺す

とげをつかんで
詩人の手はこのとほりに血まみれだ

血まみれの手を青空にかざし
指と指とのあひに白雲を挟んだ
指のまたに咲いたのは天上の花だ
これはおもしろいことではないか
血まみれの紅珊瑚のゆびに
ぽつり ぽつりと
純情の野ばらの花が咲き出した


私は私を旅立つ

ざくろの果の一粒を押し拡げたやうに
美しい ざくろの果の精ででもあるのか
君は 全体で
深い輝きを しんしんと 私の中にこもらせる

君は世界への賑やかな楽器だけれど
私の中を通過するとき
少しも騒騒しくない
君は うすいナイフだ 私を刺す
私の心臓は いつも血みどろで
けしの花を胸に飾つてゐるやうだ
五臓六腑にさし入れる寂しい ナイフの音が
深夜 私のいのちを絞る

夜闇の底をさぐつて
星屑を輯める天上順禮の 砥ぎ上げた祈念をもち
妖怪じみた 君の花心を探ね當てるために
心に深く曙方の星蔭を踏んで
私は 私自身を旅立つ

+------------+
(註)
 ■輯める=集める
 ■順禮=巡礼


詩集『東京』より

【胸】

理性の砂を敷き詰めた私の胸から
霜の匂ひは取れる日はないが、
野茨の蔓は日毎はびこる。

野茨の刺は
しくり、しくりと
私の胸を縫ひ上げる。――

命の水を汲み入れる人は來ないが
霜柱結ぶ私の胸の土壌に
野茨の花は靜かに咲いた。

私の胸は一枚の板で、
寒く、暗い柩の底に
寂しい理性の砂が填まり、
紙ぎれのやうに
野茨の花が靜かに咲いてゐる。


【窓】

命とする愛人が
私に冷たく行為し
他人に敦く行為しても、
猶、いとほしき哀憐の茨の花を掻き抱くと思ふに馴れて、
街頭に出て
罪を數へる智慧も知らず、
哀願の胸に辷(すべ)り挟まる
愛の片鱗をいとほしみ、――
心の眼は靜かに開いて
絶える事ない内生の背馳を見送る。

此の夕べ窓に立つて、
双手を空の雲に投げて、
行路病者のやうに
私は、私の手で、私の壊滅を弔つた。


【草の葉を蹴る可らず】

古びた骨、千切れた肉のきれぎれが、
果敢なく集まつてゐるばかりの私の生存であります。
陰翳だらけのうすKい私の肉界であります、
愛慾の高熱に饐えた私の胸板であります。

どこに情熱の悲しい風は立つものでありませうか。
命の夜に靜かな雨は降るではありませんか。
愛の滴に痛ましくも骨が割れるではありませんか。

女の人たちよ、
草の葉を蹴つてはいけません、
霧に濡れた葉末々々を隕石のやうに墜ちてゆく
蝗(いなご)の運命を蹴つてはいけません。
足許に氣をつけて下さい。


【世紀の朝はまだ遠く】

熱いお茶を一杯だけ飲んで
私はまた冷たい寝床にはいつた。
――氷河の匂ひのする私の寝床だ。
私の生涯を通じて、
ところどころに、
この寂たる氷河の匂ひのする寝床があつた。

そして、そこに入れた足と下半身は曉まで冷たい。
かかる陰濕な寝床では、
思想も、若さも、情感も、すべて切なく氷つてしまふ。
こんな寝床で本を讀めば
頭の骨が生活生活と唄ひだす。

私の頭は無數の歴史の年代で填められてゐるために、
痩せた肱に五分間も載せておくと
世紀前への悲しい逆行汽笛のやうに
ぶィーン、ぶィーンと泣き出す。

今宵切に
私の肉體は
汗と疲れと、寒冷と、孤獨な寂情で
浮洲のやうに寂れてゐる。

世紀の前線に立つて寂れ墜ちる無情なる生存を街頭に運んで
ひようひようたる十一月末の風に吹かせて、
酢漬のやうになつて街頭に捨てようか
ここで一度私は落葉のやうな死屍となつて街頭に横はり、
胸板の折れた悲しい空箱となつて
生活の廣場に横はり、
生存の根を海邊に向けて
清潔な夜明けを待たうか。


【女は殘飯である】

君は今日の現實に深く肩布を張つた
生々として美しい牝だつた。

僕達は勤勉で素直な牡だつた。

僕達は馬のやうに快活に
草を食つて君の側で遊んだ。

僕達は元氣な後足で
健康な君の臀部を淺く蹴り野原に出た。

僕達の後足に長い君の眉目が沁みついてゐた、
そして僕達の野原は光線は速く
風は新らしかつた、
そして僕達の筋肉は
生の悦びで魚のやうだつた。

そして僕達が僚友と一緒に
野原から歸つて來た時、
君は不浄な血と
荒れた鮫膚と
茣蓙の上に缺け墜ちた肉塊だつた。

君は既に一握りの殘飯だつた。


【詩の芽】

     ――詩の困難は習俗の制約に起因する、
        詩の遂行は現世を捨離した所に成される。

     ――詩人とは宇宙から言葉を強奪する者、
        詩の新芽は靜寂から發する物。

公衆食堂の卓子の上に廣げた小さいノートに向つて
私はそつとペンを取り上げた、
私の心は嵐の中の葉つぱの樣にそよいでゐた。

     *

往来から食堂に持込んで來た林の樣な靜寂は、
食堂の中を塵の飛散る雑音に打砕かれた。
心に錠は下ろされて、詩の芽は堅い殻皮の内に閉された。
再び開くのは何年の後か――

汚れた卓子の上、豚脂の惡臭の中で
生活の幹から摘み取られた言葉の残骸が野菜屑のやうに置き捨てられてゐた
數個の言葉はノートの罫の間で枯れた。

私は命のくつついたノートを握りしめて食堂を出た
街には早春の風が吹いてゐた。