野口雨情

のぐちうじょう(1882-1945)

茨城県多賀郡(現北茨城市)生まれ。本名英吉。1902年、東京専門学校(現早大)中退。中学時代から「文庫」に俳
句を投じたり民謡体の詩を創作し始めていたが1905年、最初の創作民謡集『枯草』を刊行、1907年1月から4月ま
でに童謡『七つの子』の原型といわれる『山がらす』を含む月刊民謡集「朝花夜花」を刊行。同年3月 人見東明
三木露風・相馬御風・加藤介春らと早稲田詩社を結成した。この間に石川啄木と交わり
西川光二郎と知って社会
主義思想に触れたりした。1907年から1908年には「早稲田文学」「趣味」「太陽」「文章世界」「中央公論」な
どに詩を発表している。1915年離婚。1917年「詩話会」の会員となる。翌年再婚。『船頭小唄』はこの頃の作品。
1919年「茨城少年」を創刊し童謡運動を始めた。また詩集『都会と田園』を刊行。この頃から「こども雑誌」な
どに童謡を載せ始め、翌1920年に北原白秋、西条八十らとともに近代童謡の基礎を固めていった。1921年には民
謡集『別後』、童謡集『十五夜お月さん』をそれぞれ刊行。この期になると我国の近代童謡運動も「赤い鳥」の
隆盛などと相俟って盛んになり名作が相前後してレコード化されている。1923年に『沙上の夢』、翌年には『極
楽とんぼ』『青い眼の人形』『雨情民謡百篇』などを刊行。雨情の民謡と童謡は反都会的な情緒を骨格とし抒情
性にあふれたものとされ、かつそれを自ら‘土の香り高い自然詩’と呼んでいる。/「日本現代詩辞典」より

詩集『都会と田園』より

曼陀羅華

何処から種が飛んで来たのか
畑の中に
曼陀羅華(まんだらげ)が生えてゐる

百姓は
抜いて捨てようと思つてゐる中に
夏が来た

曼陀羅華は
葉と葉の間(あはひ)から
白い花を咲かうとしてゐる

百姓は
花なんか咲かせて置くもんかと
独言を云つてゐた

たうとう秋になつて了つた
曼陀羅華の花は
すつかり実になつてゐる

百姓は憤つて――手をかけると
皆んな実は畑の中へ
ぱらぱらはじけて飛んだ

【小さな出来事】

足の短い狛犬はポチに噛ませてやりませう
糸のたるんだ風船と空気のぬけた護謨毬(ごむまり)は
タマに噛ませてやりませう

弾機(はね)の廻らぬ自動車は鉄葉(ぶりき)の台へ載せたまま
馬車に轢かせてやりませう
翼(はね)のゆがんだ木兎(みみづく)は牛に踏ませてやりませうか、
馬に踏ませてやりませうか、うしろの沼へ捨てませうか
飛べなくなつた飛行機と共に窓から投げませう

硝子の中の人形も明日はお暇(いとま)やりませう
何(ど)つかの島へ着くやうに
島の人形になるやうに
桐の小函に帆をかけて――大川の水に流してやりませう


縁側

彼はお針をしてゐる細君に
爪の伸びた手を出して
鋏を借せと云つた
鋏は細君の膝のあたりにある

若い細君は
彼の手を眺めるやうに見て
笑ひながら
鋏をとつて渡した

彼は日の当つてゐる縁側に胡座をかいて
パチリパチリ切り初めた
爪は遠くまで飛んで
皆んな庭の上に落ちる

細君はそーつと彼の後(うしろ)に来て
顔を覘いてゐた
彼は爪の綺麗になった手を出して見せた
若い細君は黙つて立つて笑つてゐる


百姓の足

百姓の足は怖いから
見たら逃げろと
親蛙が咄(はな)して聞かせた

子蛙は毎日
畔の上に匍(は)ひ上つて眺めてゐたが
百姓の足は来なかつた

ある夕方
子蛙が沼の端(はた)で遊んでゐると
百姓が鍬を担いでやつて来た

百姓の大きな足が
子蛙の後(うしろ)から
ずしんずしんと地響を打つて歩いて来る

子蛙は堪らなくなつて
沼の中に飛び込んで顫(ふる)へ顫へ隠れてゐた
百姓はずんずん行って了つた

子蛙が眼子菜(ひるも)の茎に捉(つかま)つて泣いてゐると
親蛙は田の中から跳ねて来て
一所に連れて帰つた

怖い百姓の足が毎日田の中に這入つて来た
百姓はたうとう子蛙の居所までも
跡方なしに耕して了つた

それでも子蛙は生れた田の中が
自分の家だと思つて居たら
皆な怖い足の百姓のものだと親蛙に聞かされた


【己の家】

 一、その頃

己(おれ)が東京から帰つてゆくと
鶏小舎の側に
無花果が紫色に熟してゐた

己の家の穀倉には
米と麦が
向ひ合つて重ねてあつた

己は背戸の杉山に
懸巣が来て鳴くのが
うれしくて堪らなかつた

己が馬に乗つて野にゆくと
頬白は
藪の上に囀つてゐた

己は座敷の丸窓を開けて
紅い芙蓉の花を眺めながら
毎日、本を読んで遊んでゐた

丁爺が餅を搗(つ)いて持つて来て呉れた
己が飛行機の話をすると
ほんたうとは思はずに帰つて行つた

己は巻莨(シガー)を吹かしながら
村の子供等を集めて
庭の植込の中を歩き廻つて遊んだ

己は日暮方になると
裏の田圃の中に立つて
バーンスの詩の純朴に微笑んでゐた

己は百年も二百年も
斯うして生きてゐたいと思つた


 二、篠藪

蝸牛(でゝむし)よ
黙り腐つた蝸牛よ、渦を巻いてゐる蝸牛よ
何が恋しい
篠藪に
さら、さら、さらと雨が降る

夢現(うつつ)に
己は暮らした
蝸牛よ
己に悲しいコスモスの
花と花とに雨が降る

もう、己の家は最終(おはり)だ
蝸牛よ
田も売らう、畑も売らう
篠藪に
さら、さら、さらと雨が降る


 三、

厩の前の葱畑に霜が真白に降つてゐた
己が顔を洗つてゐると
鵯(
ひよどり)が来て
南天の実を食つてゐる

己が売つて了つた馬を
博労が下駄を穿いて牽きに来た
馬は博労に牽かれて門を出ながら
悲しさうに厩の方を振り向いて見てゐた

己は門の外まで駈けて行つて見た
冷たい朝日がさしてゐる
田圃の中を
馬は首を垂れて博労に牽かれて行つた

己は茫然として縁側に腰を掛けてゐた
鵯が南天の木から
囲垣の椿の木へ飛んで行つて
己の方を向いて鳴いてゐた

己の家の囲垣は樫の木を売つて了つてから
ほんたうにみそぼらしくなつて了つた
緑青の食(は)んだ銅(あかがね)の門の垂木から
霜解(しもとけ)の雫がじたじたと落ちてゐる
+------+

(註)
 ■博労=牛馬の売買や斡旋をする人


 四、何処へ

己が売つて了つた田の中で
水鶏(くいな)が鳴いてゐる
己は悲しくなつて田の方を見ないで通つて来た

元己が家の畑の中に
青々と麦が育つてゐる
己は悲しくなつて畑の方を見ないで通つて来た

己が借金(かり)の為めにとられた杉山が
真黒になつて茂つてゐる
己は悲しくなつて山の方を見ないで通つて来た

己は悲しくなつてもうこの村には居られない
己は何処へ行かう
何故己は死ねずに
この村に居るだらう


 五、

己が持つてゐた亡父(おや)の形見の煙草入を
質屋の隠居が
毎日持ち歩いて吸つてゐる
己は、それを見るたび胸が一杯になつた

己が着てゐた夏外套(なつインパ)を
古着屋の婆(おばゞあ)が
毎日負ひ歩いて見せてゐる
己はそれを聞くたび胸が一杯になつた

己の家で飼つて置いた鶏を
己が売つてやると
すぐ縊られて喰はれてゐる
己は鶏の羽根を見て胸が一杯になつた

己はもう希望も欲もなんにも無くなつて了つた
生きたくも死にたくもなんともない
この村にさへ居なかつたら
己の心はのんびりしよう


 六、風が吹く

己の家のうしろの沼に風が吹く
実にしみじみ風が吹く
見れば見るほど
風が吹く

山の方から風が吹く
広い河原の
砂利石に
風は鳴り鳴り吹いて来る

己が生れたこの村の
井戸の釣瓶に
風が吹く
風は鳴り鳴り吹いてゐる