詩集『土墻に描く』より
【白い影】
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遠く遠くかなたの野から
(半島の上に白銀の劒をきらめかす兵士(つはもの)等)
喇叭の聲がい氷張りの秋空を
りゆうれうとさいて來るけれど
それにかかはることもなく
夕闇に亡靈の樣に立つ
この鮮屋の暗鬱な縁側に
五つの白い影がよりそうて
ひそひそと話し合つてゐる
恐らく彼等は夕暮前より語りそめ
今宵一夜を語り明すさへ
いとはぬのであらうに
敢てあかるい燈火を求める事もなく
靜まり澄んだ夜氣の中に
心よく息づきながら
ひたすら語り合ふのである
だが、やがて涼麗な月は
鋭い山嶺の上にのぼり
五つの白衣はしみじみと
清酒の光に濡れそめるよ。
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(註)
■土墻(どしょう・どぞう・どへい・つちかべ)=土の墻(かき=垣)
■りゆうれうとさいて來る=嚠喨と裂いて来る
嚠喨=楽器の音などの澄んでよく聞こえるさま
【眼】
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眼 眼 眼
きらり きらり
怨嗟! 呪詛!
眼 眼 眼
とろり とろり
倦怠! 沈滞!
淀む鈍色の雲かげ
或はひらめき 或は眠れる
星!
怨嗟の星 呪詛の星 倦怠の星 沈滞の星
鮮人 千万の
眼 眼 眼
光、氷の刃を
わが胸につき刺し
うそ寒い戦の影をなげる。
【闇の曲】
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はばまれる呪ひよ!
ああすべての樹木が
あの小さい野辺のぺんぺん草までも
のびのびと、手を遥かにさしあげて
琥珀と澄んだ日光の美酒のしたたりを
瑠璃と輝いた大空の碧血のしたたりを
うけとるのをみる――
だのに
重い石が上にかざされ
生き生きした樹枝や茎もはばまれ抑へられて
日光や大空のめぐみに酔ひ得ない
草木の悩みがわれらの悩みではないだらうか
つみとられる呪ひよ!
ああはばまれる呪ひならば忍びもしよう
あなたは見たことはないか
あの路傍にみぢめな運命を背負ふ街路樹を
悪童の戯れの供物に捧げられ
荒くれた馬方が馬の尻うつ鞭となるため
わずか数尺にみたぬ苗木の枝をへし折られへし折られ
やがてはふみにぢられ虐げられて
遂には生き得ない街路樹の悲しみがわれらの悲しみではないだらうか
死にきれない呪ひよ!
ああ生命を失ふ呪ひならば思ひ切りもしよう
まこと煉獄の壁は堅く、高く
獄窓はあまりに小さうして
日のめを仰ぎ得ぬ囚人の
吐息は暗鬱な霧とならうよ
五体はくぢかれ血はにじみ
なほ絶ちきれぬ生命に
蛇や蛙の異様な不気味さが
郊外の路傍でのたうつてゐるよ
げに囚人やのたうつ蛇や蛙の苦しみがわれらの苦しみではないだらうか
呪ひだ!
呪ひは遂に呪ひだ!
ああわれらの蒼ざめた体躯からは
麗はしい紅蓮の炎はのぼるまい
だが、濁流の樣に奔騰する炎よ
竜巻の樣にのぼつて
紅蓮の炎でやくよりみにくく
地上をやけ、天をやけ
よろづのものをやきつくせ
われらの心のかまどには
押へきれぬ呪ひの薪がたかれ
今や奔放かまどの口を張り切らうとする!
+---------+
(註)
■紅蓮(ぐれん)=盛んに燃え上がる炎の色にいう語
【樹木のない空】
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けさ、ふと見上げた
空のさびしさ
なにといふことだ
昨日まで聳えてゐた
樹木は何処へいつた
空虚(うつろ)な空のさびしさに
打たれて、うつむけば
しらじらとうつくしい肌を――
皮をはがれた樹木が
地上にさらしてゐるではないか
私の眼にすがしさを恵み慰めをあたへた
みどりの街路樹
それはげに行路者の何人にもうるはしい生命(いのち)の噴水とんが
めらえたらうに
何という悪魔が
ひと夜の中にかくも深い罪悪を行うたものか
横たはつた樹木のうつくしい肌も
しろつぽくぶきみな人骨の映像となつて
私の胸にかさなりかさなり
無言の悲哀を地上になげ
ああ ひろびろとなつた空のさびしさ。
詩集『カチ』より
【朝鮮よ!】
▼
何者だ? 俺を追ふ者
職を剥がれた パンを奪(と)られた
出てゆけとホツポリ出された
温突(をんどる)よ 土墻よ パカチよ 水甕よ
みんな別れだよ 白衣の人々
李君 金君 朴君 朱君
名もない街頭の戦士・乞食君
苦役の浮草・自由労働者担軍(チゲクン)
さよなら さよなら
さよなら 貧しい俺のお友達
チエツ!
追はれたつて君らを忘れるもんか
追はれたつてポプラの突立つた赭土を忘れるもんか
アイツだ アイツの聲だ
「真実が歌つてあるからいけないのだ!」
否定したアイツは巌としてゐる
凛としてゐるきつい偶像――
アイツは否定する
真実を語る者の生存を
否定するところに何が残るか
何が塗り上げられるか
欺瞞の塔が尨然とつつ立ち上るのだ
欺瞞の塔は忽然として大風にやつつけられるのだ
妓生のアリラン 靡燗のマツカリ
一抹の雲と飛散せよ
君等 貧しい俺のお友達
李君 金君 朴君 朱君
名もない街頭の戦士・乞食君
苦役の浮草・自由労働者担軍
警戒せよ!
チエツ!俺は追はれるんだ
憂鬱な煙を吐きやがる船
冷情の潮を切りやがる船
船はアイツの鞭となり
俺を玄海の彼方にホツポリ出すんだ
ホツポリ出されるもんかと
歯ぎしりすることも
舷側を握つてポタポタ涙することも
今は無用だ
再び来る日まで
アイツと君らのゐる水平線
さよなら さよなら 暫しのさよなら
(1929.6)
+---------+
(註)
■カチ=カササギ=韓国の国鳥
カササギは朝鮮で「よき知らせをもたらす吉鳥」として、
民間で古くから最も愛されてきた鳥。
秀吉の朝鮮出兵の時に、佐賀鍋島藩主が「カチ・カチ・カチ」と
鳴く鳥をみて、縁起がよいと持ち帰ったのだという説も。
■温突(をんどる)
■土墻(どしょう・どぞう・どへい・つちかべ)=土の墻(かき=垣)
■パカチ=瓢箪を2つに割って作った容器
■尨然(ぼうぜん=厖然)=豊かで大きなさま。むっくりと大きなさま
■妓生=キーセン=朝鮮の芸妓
■アリラン=朝鮮の民謡の総称
■靡燗(びらん=糜爛)=ただれる
■マツカリ=マッコリ=朝鮮の濁り酒
【キミチの季節】
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野から街へ續くのだ
キミチの季節を續くのだ
チゲで續くのだ、車で續くのだ
土の戦死の繰込だ
百姓どもの進軍だ
市場は山だ
白菜の山だ、大根の山だ
遂々市場の占領だ
みんな出て來い
用意しろ!
甕を並べよ、洗へよ
日に乾せよ
そして大根だ、白菜だ
詰めよ詰めよ、詰め込めよ
芹よし、辛子よし
野の精氣を封じ籠め
栗よし、茸よし
山の精氣も封じ籠め
貝よし、海老よし
海の精氣も封じ籠め
金の笄(かうがい)・玉飾り
典當舗(しちや)に置いても
カシーナいそげ
オモニもいそげ
さあ市場へ繰込だ
街の女軍の進撃だ
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(註)
■キミチ=キムチ
■チゲ=チゲ車=背負子(しょいこ)
■カシーナ=娘
■オモニ=母
■笄(こうがい)=髪を整える道具・髪飾り
詩集『南京蟲』より
【言葉】
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さういふ言葉を
無造作につかひすぎる
われわれはつかひすぎて來た
そしてある人々を麻痺症にしてしまつた
そしてある人々の眼をむやみに角だたせた
浪費よ呪はれてあれ
僕等はもうそれを口にすまい
するとき
あけの明星の一點として
射とめよう!
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