筒井菫坡

つついきんぱ(1878-1908)

本名斉。京都府舞鶴生まれ。「文庫」などへの投稿を中心に俗語の使用を試みるなど意欲的に新詩歌
制作に励み、選者の河井酔茗に認められてその選に成る詞華集『青海波』に採用された。文学上の友
人も多く得て、岡山の「白虹」その他の地方発行の文芸雑誌にも協力し「文庫」に伴う文学運動の担
い手の一人として、自身の詩集『東天紅』も刊行したが、夭折のため作品としては未熟に終わった。
                                 /「日本現代詩辞典」より


『定本 筒井菫坡詩歌集』より

【かかる日】


もの麗かのかかる日は妹が部屋なる
繪襖の番ひの孔雀抜け出でて
匂へる庭の若草に彩窒ミきずり
籬の外を遠ありきして歸るらむ

ものうららかのかかる日は丸山がくれ
ふる里に似し里ありてすぎし夜の
夢に見し子もうちまじり我が品評(うはさ)など
かたりつつあらむ思ひに氣羞かし

ものうららかのかかる日は昔住みにし
浪華津の宿に移れる人妻の
餌がひの鳥に聞き惚れてわが凭り馴れし
おばしまに小肘かけてやまどろむ

ものうららかのかかる日はなごめる海を
われ思ふ美くし人は友禪の
袂帆にして紫の幾島よぎり
笑まひつつ來らむ心地になづかしき


【銀行】

かたかたとおろす轅(かぢ)棒
甃(いしだゝみ)駢(なら)ごし俥
扉を押して入れば煖爐(すとーぶ)
あたたかに富をおぼえぬ

網張りし窓の榜(かけふだ)
公債や爲替貸附
収入や支拂預金
いづれみな忙しげなり

腰掛けてまてる丁稚や
葉巻吸ふ眼鏡の紳士
赤毛布(あかげつと)、大工、船乗
辮髪の支那の商人

算盤や銀貨のひびき
入る寶出づる寶や
瞬く間山なし積まれ
ここぞげに黄金世界

ふとわれは手形の僞造
贋札を巧むやからの
おそろしきこころを思ひ
身顫ひぬ紙幣(さつ)よみつつも


【京の春】

大比叡の雪解けて
都吹く春の風
うち晒す友禪に
華やげる加茂の水

東山夢さめて
ゆたに吐く薄霞
息吹する層塔(あららぎ)の
若やげるほほ笑みや

ほの芽萌(めぐ)む柳縫ひ
大原女の臀ふりて
ありきゆくそれも畫(ゑ)よ
しかすがに京なれば


【針】

七いろの虹にかもにる友染の
花にこそひらけ針山に
針どもあまたざれ遊ぶ
みな一やうにしろがねの
衣をまとひて老いたるは
ま白き髪を若者は
黒きを垂れてあるは立ち
あるは横臥し物がたる
時しもききぬ遠砧
冬來明日よりはげまむと
かくして針は翕然と
世を縫ひわたる――衣の波


【冬ざれの舞鶴】

埃だらけの仕事着もいたくほころび
椶櫚のごと頭髪みだれし箒賣
皺嗄聲に呼びゆくや冬ざれ街を
とぼとぼと朝鮮沓の音さびし

今、濱通り魚市場人こそぞめけ
漁れだての大鰤あまたそこここに
鮪、赤えひ、かぶと蟹、章魚の入道
腥さきなかを脱け出てたどたどと

われは來りぬ、五大力つくろひすると
大工らが煙草やすみの戲れ話
雪催ひする丹後富士寒げにながめ
鉋屑猛に燃やせるほとりへと

また詣で寄る濱社高麗犬(こまいぬ)默し
風防けの樹ごしに見ゆる網かけ場
あちらむきなる鯊(はぜ)釣の頬冠りうちて
笛鳴らし宮津がよひの蒸汽出づ


【机上の牡牛】

聖母が乳の凝りけらし
白きは石の大理石
ある日彫匠(たくみ)が驗を得て
刻みて成りし牡牛哉

牛はもとより置物の
さは巨きうもあらねども
尖れる角にきほひみち
踏みたる四肢に力あり

みどりの帛(きぬ)を蔽ひたる
机の上を野邊とみて
二尺はなれてながむれば
生あるものに肖たりけり


漏刻博士

辛うじて息する
寮窓の灯は
寂寥を悄(うれ)ひて
殘光を滅せり
曉のみ~は
黄金雲さうぞき
白駒に鞭して
夜の幕ゆ潜りぬ
曉は來れり
美くしき夢より
萬衆を覺すと
白妙の衣に
緋の冠つけたる
漏刻(ときもり)の博士は
朗らかに高宣(たかの)る
一日の占さだめ――(鶏を)


【東天を望みて】

日暮れぬとおろかの
迷雲のゆきかひ
銀河(あまのかは)ななめに
穹窿(きゆうりゆう)を劃(かぎ)りて
流れ星頻りに
昧人を弄ぐる
初秋の空かな

東峰に立ちたる
陰陽(おんみやう)の博士は
天邊を仰いで
おほきなる宇宙の
掌(たなぞこ)を觀むとや
懷をさぐりて
明鏡を出しぬ


【阜螽(いなご)】

くはし稻葉を害(そこな)ひて
飽くことしらぬ汝が祖(おや)は
ある日召されて罪すると
唇鐵獎(くちおはぐろ)をさされしが

其子親の子性を享け
百萬石の田を荒らす
親にも劣(ま)けぬ横暴や
いで懲らさんず足か手か

否否~のみ情けに
飛ぶことのみは宥れにしが
妻よぶこともかなはざる
蝗(いなご)は遂に唖となりぬる


【寄居虫】

磯うつ浪におののきて
岩に潜みし寄居虫(やどかり)も
海士が月こふうたきけば
ふたたびいでて髭砥ぐと

かけさらぼひしうつせ貝
うらぶれはてし身をよせて
わがもの顔の汝はしも
世の奇人(くしびと)に似たるかな

松風きよき連歌の濱
ある夜ひそかにさまよひて
眞砂に彫りし戀歌の
潮に花とや咲きにけむ

金波銀波とかがやけば
海老偕老の曲を舞ひ
新居の家のはなやかに
今宵戀妻小蟹を娶る


【新年】

かりに挿したる寒梅の
白きに夜ははなれたり
今朝あらたまるはつ春の
風あたらしき文殿や
小窓あくればひんがしに
初日昇れる山みれば
山は霞める山裾の
小村大村おしなべて
煙たなびくむらさきの
いまか翔けゆく初烏
平和の聲を地にやれば
人は希望のほゝゑみに
このよき年を讃ふなり


【水ごころ】

五月雨はれし池の面
むらさきの鬢そよがせて
緑衣すゞしうゑませるは
かの燕の子の妹従にて
起居振舞しとやかに
縹緻(きりやう)すぐれて美しく
芳紀のそれよ一八か
二八十六あやめ姫

こなたは無位の殿蛙
小かへるあまた引具して
漫ろ歩きのあかときを
なまめく姫がまなざしに
戀といふものおぼえしか
胸の大波高搏たせ
双手をついて恍惚と
せちに眼をしばたゝく