『定本 筒井菫坡詩歌集』より
【かかる日】
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もの麗かのかかる日は妹が部屋なる
繪襖の番ひの孔雀抜け出でて
匂へる庭の若草に彩窒ミきずり
籬の外を遠ありきして歸るらむ
ものうららかのかかる日は丸山がくれ
ふる里に似し里ありてすぎし夜の
夢に見し子もうちまじり我が品評(うはさ)など
かたりつつあらむ思ひに氣羞かし
ものうららかのかかる日は昔住みにし
浪華津の宿に移れる人妻の
餌がひの鳥に聞き惚れてわが凭り馴れし
おばしまに小肘かけてやまどろむ
ものうららかのかかる日はなごめる海を
われ思ふ美くし人は友禪の
袂帆にして紫の幾島よぎり
笑まひつつ來らむ心地になづかしき
【銀行】
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かたかたとおろす轅(かぢ)棒
甃(いしだゝみ)駢(なら)ごし俥
扉を押して入れば煖爐(すとーぶ)
あたたかに富をおぼえぬ
網張りし窓の榜(かけふだ)
公債や爲替貸附
収入や支拂預金
いづれみな忙しげなり
腰掛けてまてる丁稚や
葉巻吸ふ眼鏡の紳士
赤毛布(あかげつと)、大工、船乗
辮髪の支那の商人
算盤や銀貨のひびき
入る寶出づる寶や
瞬く間山なし積まれ
ここぞげに黄金世界
ふとわれは手形の僞造
贋札を巧むやからの
おそろしきこころを思ひ
身顫ひぬ紙幣(さつ)よみつつも
【京の春】
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大比叡の雪解けて
都吹く春の風
うち晒す友禪に
華やげる加茂の水
東山夢さめて
ゆたに吐く薄霞
息吹する層塔(あららぎ)の
若やげるほほ笑みや
ほの芽萌(めぐ)む柳縫ひ
大原女の臀ふりて
ありきゆくそれも畫(ゑ)よ
しかすがに京なれば
【針】
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七いろの虹にかもにる友染の
花にこそひらけ針山に
針どもあまたざれ遊ぶ
みな一やうにしろがねの
衣をまとひて老いたるは
ま白き髪を若者は
黒きを垂れてあるは立ち
あるは横臥し物がたる
時しもききぬ遠砧
冬來明日よりはげまむと
かくして針は翕然と
世を縫ひわたる――衣の波
【冬ざれの舞鶴】
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埃だらけの仕事着もいたくほころび
椶櫚のごと頭髪みだれし箒賣
皺嗄聲に呼びゆくや冬ざれ街を
とぼとぼと朝鮮沓の音さびし
今、濱通り魚市場人こそぞめけ
漁れだての大鰤あまたそこここに
鮪、赤えひ、かぶと蟹、章魚の入道
腥さきなかを脱け出てたどたどと
われは來りぬ、五大力つくろひすると
大工らが煙草やすみの戲れ話
雪催ひする丹後富士寒げにながめ
鉋屑猛に燃やせるほとりへと
また詣で寄る濱社高麗犬(こまいぬ)默し
風防けの樹ごしに見ゆる網かけ場
あちらむきなる鯊(はぜ)釣の頬冠りうちて
笛鳴らし宮津がよひの蒸汽出づ
【机上の牡牛】
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聖母が乳の凝りけらし
白きは石の大理石
ある日彫匠(たくみ)が驗を得て
刻みて成りし牡牛哉
牛はもとより置物の
さは巨きうもあらねども
尖れる角にきほひみち
踏みたる四肢に力あり
みどりの帛(きぬ)を蔽ひたる
机の上を野邊とみて
二尺はなれてながむれば
生あるものに肖たりけり
【漏刻博士】
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辛うじて息する
寮窓の灯は
寂寥を悄(うれ)ひて
殘光を滅せり
曉のみ~は
黄金雲さうぞき
白駒に鞭して
夜の幕ゆ潜りぬ
曉は來れり
美くしき夢より
萬衆を覺すと
白妙の衣に
緋の冠つけたる
漏刻(ときもり)の博士は
朗らかに高宣(たかの)る
一日の占さだめ――(鶏を)
【東天を望みて】
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日暮れぬとおろかの
迷雲のゆきかひ
銀河(あまのかは)ななめに
穹窿(きゆうりゆう)を劃(かぎ)りて
流れ星頻りに
昧人を弄ぐる
初秋の空かな
東峰に立ちたる
陰陽(おんみやう)の博士は
天邊を仰いで
おほきなる宇宙の
掌(たなぞこ)を觀むとや
懷をさぐりて
明鏡を出しぬ
【阜螽(いなご)】
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くはし稻葉を害(そこな)ひて
飽くことしらぬ汝が祖(おや)は
ある日召されて罪すると
唇鐵獎(くちおはぐろ)をさされしが
其子親の子性を享け
百萬石の田を荒らす
親にも劣(ま)けぬ横暴や
いで懲らさんず足か手か
否否~のみ情けに
飛ぶことのみは宥れにしが
妻よぶこともかなはざる
蝗(いなご)は遂に唖となりぬる
【寄居虫】
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磯うつ浪におののきて
岩に潜みし寄居虫(やどかり)も
海士が月こふうたきけば
ふたたびいでて髭砥ぐと
かけさらぼひしうつせ貝
うらぶれはてし身をよせて
わがもの顔の汝はしも
世の奇人(くしびと)に似たるかな
松風きよき連歌の濱
ある夜ひそかにさまよひて
眞砂に彫りし戀歌の
潮に花とや咲きにけむ
金波銀波とかがやけば
海老偕老の曲を舞ひ
新居の家のはなやかに
今宵戀妻小蟹を娶る
【新年】
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かりに挿したる寒梅の
白きに夜ははなれたり
今朝あらたまるはつ春の
風あたらしき文殿や
小窓あくればひんがしに
初日昇れる山みれば
山は霞める山裾の
小村大村おしなべて
煙たなびくむらさきの
いまか翔けゆく初烏
平和の聲を地にやれば
人は希望のほゝゑみに
このよき年を讃ふなり
【水ごころ】
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五月雨はれし池の面
むらさきの鬢そよがせて
緑衣すゞしうゑませるは
かの燕の子の妹従にて
起居振舞しとやかに
縹緻(きりやう)すぐれて美しく
芳紀のそれよ一八か
二八十六あやめ姫
こなたは無位の殿蛙
小かへるあまた引具して
漫ろ歩きのあかときを
なまめく姫がまなざしに
戀といふものおぼえしか
胸の大波高搏たせ
双手をついて恍惚と
せちに眼をしばたゝく
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