【濤聲】
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小湊へ二里、勝浦へは六里、此のあたりすべ
て水清ければ清海村と云ふ。守谷は其の小字に
て濱庇淋しくならべる東海の漁村なり。
さても今を距ること遠からぬ程のことなりと
かや、守谷に多かる少女のなかに、ことさら美
女の譽、寄せてはかへる浦の波の音と高きがあ
りて、心をかよはす若者の數知れず。
こゝにまた磯山一つ越えて興津と云へる宿に、
年頃この少女が念ごろにせる男ありてかたみに
深く契合ひぬ。
男、余かの高き丘に登りて松明を燈さば、其
の宵必ず御身と磯の岩陰にあはむ、かまへてそ
の火影を二人が戀の烽火とすべしと約言しけれ
ば、かの丘に紅き燈火をのぞむ宵は、少女必ず
定まれる磯の岩かげに戀人を待佗ぶるならひと
なりぬ。
師走の空は雪模様となりて、夕日淡き薄暮の
山に、明き燈火を見てしより、はやも降りそむ
る白きものに磯の黄砂の埋れし頃、例の岩かげ
には戀に醉へる少女の姿ぞ立てる。
この戀の敵なる若者あり、かねて二人が約を
知り、今宵たくみて磯山の頂に瞋恚の焔を燃せ
るなりき。
かくて夜は更けまさり雪は降りしきりて、あ
はれや少女遂に凍死えぬ。
波は碧に白砂の磯の曙、花やかにさせる日光
を浴びて、夢みるものゝ如く横はれるはかの少
女なり、何にや 微笑める、美しさはありし昔
に露かはらざりしとぞ。
己れ一と年の夏を此地に暮してきゝけるは、
此の悲しき蜑少女の戀なり、藻鹽燒く老蜑女が
物語りぬ。
一
藻の香薫ずる磯濱の
苫屋の陰に生れてし
少女が戀ぞ悲しき。
上總の清海村の
鹽木拾いてかくばかり
やさしく死にし運命よ。
二
冷たく冬の日は暮れて
晦なれば吹く風の
翼は黒き死の色、
碎くる潮の音さへも
しばしは斷へて磯山の
雪になり行く宵なり。
三
靜かに空を眺むれば
花のやうなる幻の
ゆらめく山の頂、
火影は波に映りて
戀の烽火と冬の夜を
少女が瞳に耀(て)りぬ。
四
光に憧れ磯にをり
磯の邊(ほとり)の岩に立つ
姿よ波にほのめきて
さながら夢みるものか、
美形優れし海の姫、
そゞろや戀のまどはし。
五
波が生みたる磯濱の
冬の戀慕の花草を
嫉みて敵が燃やす
惡謀(たくみ)の炎としらで
あはれ少女の立ちつくす
岩かげ雪にうもれぬ。
六
雪は降れども冬の夜を
少女は夢にあくがれて
光の波に浮べる
白熱眩ゆき島の
春の園生におひいでし
彩ある戀の花鳥。
七
夢みる人は朔風(きたかぜ)を
詩歌の吹雪樂音の
流れがさかまき寄する
みそらの戀の秘譜とや、
唯にきくらむ微笑の
やは息今はかすかに。
八
潮の飛沫うつくしく
夢みる人の頬に散り
七色虹の霧こめ、
そこにも戀の凱歌(かちどき)
渦旋(ま)き起る心地して
四方(あたり)は銀の花降る。
九
紅燃ゆる炎の光
金蕋(ずゐ)搖れて芍藥の
かゞやく戀の驕樂、
淋しき清海村の
吹雪亂るゝ冬の夜の
少女が夢のあはれや。
1907年3月「藝苑」(第2年巻3)収載
【陽炎】
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美しき春の眺や
虹の小車音たてゝ
花野を廻ぐるいさゝ
陽炎岸に蘇へり
岸の柳によりそひて
淋しと水をうかゞひぬ
陽炎よ何を怖るゝ
うばらの影に走りゆき
汀の葦の若緑
瑞緑芽をつみとりて
吹けばよき音の野の笛や
これ青陽の春の曲
終日(ひねもす)長き陽炎が歌
一
花蔭の手枕に
うつら見し
眞晝の夢にあくがるゝ
戀の巡禮春の野を
美少年(をぐな)は今日もさまよへり。
夢なればまたも見る
美少年やあはれ。
日光に映る
赫耀の
花の香凝りて幻の
錦は園をめぐりつゝ
とみればうれし
花に浮びて姫が面影。
二
いま天地の蠱(まじ)凝りや
緑玉のみ空ゆ
こなたざま春野の
白熱の光する
魔の輪旋轉(めぐ)りて閃きて
夢なれば美少年は醒めぬ。
はらへば花の襖にて
うまし甘睡(うまい)のあとはたえ
散るを惜むか諸聲に
はや鳴き渡る百鳥の
春の輓歌をきくときは
滅びし戀の今しばし
落花の裡に蘇へり
光いさよふ朝日子に
匂ひいづるよ。
三
美少年はつひに夕より
野越え山越え川越えて
行衞もしらにまよひしが
春を羨み花を戀ひ
消えにし夢を呼び悶え
あまりに熱き心より
若き姿は火に燃えて
狂ひ亂るゝ陽炎の
焔の絲と化(な)りにしか。
あはれ陽炎狂ひては
流るゝ風にゆく水に
淋しく飛べる蝶の窒フ
白きに映る秋の日や
翼生ひたる幻の
影が漂ひ浮ぶ野に、
目にこそみえね冬の杜
怖れ惑ひの小走りに
消え殘る古歳の
雪を恨みぬ。
折しもや
水を掠めて燕(つばくろ)の
聲渡り
河原蓬がさゆらぎに
陽炎の歌はとだえぬ
虹の小車音たてゝ
花野をめぐるいさゝ川
陽炎岸に滅びけり。
つかのまの滅亡(ほろび)よ
げに美しき春の曙
陽炎が夢なぐさむと
花も咲きぬ鳥もうたひぬ
水も流れぬあだなれや
夢ぞ古りける陽炎が
しらべに長き春の終日。
1906年2月「藝苑」(巻第2)収載
【石塊】
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石塊(いしころ)はころ/\と
工夫等が鶴嘴に
掘出され轉がり出でぬ、
百年の美睡(うまい)なり
夢もなし~無月
時雨降り寒き晝過ぎ。
風吹きて地に落ちし
毬栗の四つに裂(わ)れ
はじかれてこぼれたる
實は五つ、工夫等は
鶴嘴を地に投げぬ、
われがちに栗を拾ひぬ。
石塊は掘出され
路傍(みちばた)になほも眠りぬ、
風吹けば森はゆらゆら
いが栗はまろがり落ちぬ。
* *
つくづくと思へど盡きぬ
わが戀は千年の流れ、
北極の海豹吠ゆる
氷山の住處を出でゝ
南洋の果に歩めり。
つくづくと思へどつきぬ
わが戀は天(あめ)なる星の
一瞬の閃光なれど
億劫の日數を急ぎ
人の世にいたりつくごと。
【山姫】
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秋の森風立ちて
千葉の落葉雨、
黄昏の薄明に
木の間ぐれ鈴鳴らし
歸りゆく牧の童(こ)が
おぼめける影を見て
山姫の歌ふやう、
小羊は落葉の
黄の海に白帆あげ
浮びぬるあまをぶね、
山住の浦島か
牧の童は手だれもの。
1906年12月「藝苑」(巻第12)収載
【浪速の友に】-浪速高校寮歌-
1929年
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麥生の床に百鳥の 声は平和をなのれども
ベルダンの野に夏草や 強者どもの夢の跡
血にコクリコの花咲けば 文化のほこり今いづこ
問ふや吾が友うら若く 今はた人は人をはみ
かたみにうばふ国と国 男子四方の志
この妖氛を掃はんに 若くものなしと知るや君
浪速の浦の楫枕 三年の日々よいざさらば
彼の天日を指して 友に盟わん世を照らす
光亜細亜歌の東より 友よ我等ぞ光よと
吾ほほゑみて歌ふとき 友眉あげてうなづきぬ
さらばと友の舞うに連れ わが歌聲は朗らかに
光亜細亜歌の東より 友よ我等ぞ光よと
【暁寄する新潮の】-一高西寮々歌-
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暁寄する新潮(にひしほ)の その浪高く鳴る所
四海の闇は影ひそめ 愉快ならずや億劫の
塵に眩ゆき光あり
空に無限の座を占めて きらめき出づる明星に
劫風夕べ鳴を止め 四大の荒(あら)び収りて
千歳春の歌を聞く
嗚呼彼の聲に亡びざる 望はとはにこもらずや
嗚呼彼の歌に萎まざる 榮の花は開かずや
醒めよ迷の夢醒めよ
春向陵の月に散る 花に吉野の名は殘れ
自治の根ざしに青年の 理想の泉涸るゝ時
五寮の甍光なし
嵐荒みて大空に 一つの星の消ゆる如
吾世の夢を破るべく 勤倹尚武黙(もだ)すとき
五寮の夕べ人もなし
まだ春浅き岡の上 若葉の影に一張の
千すぢの琴ぞ懸りたる 其緒にめぐる若き血の
たぎるや高き自治の歌
見よ紫の雲間より 望の光さし始(そ)めぬ
十三年の曙を 彌生が岡の若櫻
瑞枝に躍る旭影
葉末にそよぐ風の音か 海に逆巻く大濤か
十三年の曙を 千すぢの琴は鳴り出でぬ
力ある哉自治の歌
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