外山正一

とやましょういち(1848-1900)

詩人、翻訳家、科学者。江戸小石川生まれ。明治維新のため英国留学から帰国し、1870年に外交官と
して渡米。帰国後、開成学校、東大教授として化学、心理学、哲学、社会学と幅広く教えた。1882年、
矢田部良吉、井上哲次郎とともに欧米の訳詩、創作詩を集めた『新体詩抄初篇』を刊行。従来ほとん
ど見られなかった詩形と内容だけに大きな反響を呼んだ。1895年には『新体詩歌集』を出した。また
矢田部良吉らとローマ字会を設立して普及につとめた。/「日本現代詩辞典」より


【郭公】

勇ましや郭公
小さなる身體にて
限りなき大ほ空を
獨り自由に翔り行く

勇ましや郭公
かよわなる翼にて
下の世界を省みず
雲居の内に翔り行く

勇ましや郭公
葦より細きのどなるに
テツペン迄となく聲は
幾百萬の人も聞く

  勇ましや雲居の内になく鳥は
    身は死しぬとも名こそ殘らめ

1891.6作


往け往け日本男兒

    一
往け往け日本男子   千歳の一隅ぞ
開關の昔より     鍛へたる我の腕
試すは今の時     失ふな此機會
~の敵人の敵     うち殺せこの腕で
起て丈夫往け丈夫   往け往け天下に周く
               武勇をしめせ

    二
知らざる歟我敵は   大惡の人非人
大國とこれ誇り    小國をこれ侵す
野蠻をばこれ極め   非道をばこれ盡す
不義の賊詐僞の賊   亡ぼせやほろぼせや
起て丈夫往けますらを 往け往け天下に周く
               武勇をしめせ

    三
惡むべし我敵の    惡虐は比類なし
辜なきを虐殺し    婦女子をば辱かしむ
汝には母なき歟    汝には妻なき歟
泣く姉妹なく子あり  其聲を聞かざる歟
起て丈夫往けますらを 往け往け天下に周く
               武勇をしめせ

    四
敵軍の兵卒は     強盗か豺狼か
彼は我母の敵     彼は我妻の敵
我姉妹女子の敵    ~國の清き血を
敵軍の畜生に     穢さすることなかれ
起て丈夫往け丈夫   往け往け天下に周く
               武勇をしめせ

    五
うちころせ大砲で   文明の大敵を
衝き崩せ劔をもて   蠻族の巣窟を
東洋の文明を     進むるは我が力
撃て/\突け/\   君の爲め國の爲め
起て丈夫往け丈夫   往け往け天下に周く
               武勇をしめせ


【我が海軍】

    一
朝日に輝く日の丸の旗    閃く皇國の軍艦共よ
千島の果より沖縄迄も    開關この方異國の敵に
一度も今迄穢されざりし   貴き海岸守れや守れ
敵の軍艦幾百あるも     千尋の底へと沈めて志まへ

    二
亞細亞に又なき此島國に   天の惠で生れし者は
幼き時より海には慣れて   暴風も恐れず波にも怖ぢず
我をば攻めんとする者あらば 武勇を比べん怒濤の中に
敵の軍艦幾百あるも     千尋の底へと沈めて見せむ

    三
風吹き浪立つ嵐の時も    妻子の爲には沖へと出でゝ
命を惜まぬ日本男兒     何ぞや恐れん敵の軍艦
浪をば枕に死ぬるも覺悟   君あり國あり又墳墓あり
敵の軍艦幾百あるも     千尋の底へと沈めて見せむ

    四
弱き船にて大海渡り     異國の海岸荒して廻はり
鬼~なりと呼ばれし者は   大膽不適の汝の祖先
彼より受けたる武勇を以て  天晴守れや我が~國を
敵の軍艦幾百あるも     千尋の底へと沈めて見せむ

    五
水雷大砲甲鐵艦を      自由に扱ふ非凡の手練
皇國に仇なす敵のあらば   萬里を隔つる國なりとても
一々汝の力で懲らし     國旗の威厳を天下に示せ
敵の軍艦幾百あるも     千尋の底へと沈めて志まへ


【忘れがたみ】

風の音さへ聞えず
いと靜かなる冬の夜の
星月夜なるは何となく
哀れなる心地せられけり

夜の更け行くまゝに
ゆき通ふ人も次第に途絶え
庭に鳴く露の命の蟲の音は
絶え/゛\にこそ聞えけれ

丑三には尚ほ程あれども
晝のかせぎに疲勞(ツカレ)たる
賤(シヅ)の身は手足を伸して
はや熟睡(ウマイ)せるも尠(スク)なからず

明日の竃の細き烟は
立や立たずと行燈の
僅かなる賈溜の
錢を算ふる夫婦の者あり

乳呑子に乳房をはませ
脊を叩きて寐かしつつ
子の行末を案じ煩らひ
夜の更け行くも志らざる親あり

~に願かけ佛に祈り
藥よ灸よと手に手を盡し
我れは死すとも最愛の
子の命をば助けんと
心を碎きし甲斐もなく
命數已(スデ)に盡きしにや
玉の緒の絶えて果敢(ハカ)なく
消え失せし子のなきがらに
抱き付きて今は早や
此世に生くる甲斐もなしと
よゝと啼き入る母親あり

百年の後までも
老いたる親に孝行盡し
海より深き大恩に
行末ながく報いんと
誓ひしことも水の泡にて
まだ萬分の一だにも
盡さぬうちに親ハはや
歸らぬ旅に門出したれば
夢かと計り思へども
偖(サテ)あるべきにあらざれば
泣く/\ゆくわんを爲し終り
戀しき親のなきがらを
今や柩に斂(おさ)めんと
氣を勵ませど若者は
せきくる涙せきあへず
只茫然として彳(タゝズ)みたり

蝶よ花よと掌の中の
玉の如くに育てらる
獨り娘の明日は目出度き婚姻にて
其喜びと支度のために
家内は上を下への騒ぎ
父母は疾くけふの夜の過ぎ去りて
明日の來たるを待ち兼ぬるに
恍惚子氣(オボコギ)の慚かしさにて
何事をなせども更に手に付かず
寐ても寐られぬ娘あり

明日は主君の面前にて
侫人原の惡事をあばき
事宜によりては差違へ
我れも共々相果てんと
忠義の覺悟は金鐵にて
只一心に君の爲を
思ふてねたばを合する武士あり

實に人は果敢(ハカ)なきものなり
今日の夜はまだ過ぎ去らざるに
ひたすらに明日明後日のとにのみ
兎角心を移しがちにて
如何なる天の災が
すぐ眼前に迫ればとて
一寸先はやみの譬へ
明日ともいはず今宵のうちに
深き淵瀬に陥る身とは
露志らずして百年の
計をなすこそ哀れなれ

風なく雨なくいと靜かなりし冬の夜は
忽ちにして奈落の底を見るに至れり

泣く者も笑ふ者も
喜ぶ者も怒れる者も
舞ふ者も唄ふ者も
樂しむ者も悲しむ者も
均しく一度に聞きたるは
地底に聞えし大山の
崩るゝ計りの響きなりけり

すさまじき勢にて
大地は下より突き上げられ
地上はさながら激浪(オホナミ)の
打つが如くに震ひ動けり

安政二年十月二日
時刻は夜の亥の刻かとよ
地裂け天落るかと驚かれたり

見る/\百萬の人家
倉庫~社佛閣
倒るゝあり崩るゝあり
家に志かれ瓦に打たれて
死せるは幾許なるやを志らず

一時に落ち來る千萬の瓦
一時に崩るゝ百萬の家の響は
泣き叫ぶ老若男女の聲に和して
譬ふるにものあらざりけり

暫らくして地の震ひ稍(ヤウヤク)をさまり
崩るゝ家の響薄らぐに随ひ
あとに殘りて聞えしは
親を呼ぶ子の聲なり
子を尋ぬる親の聲なりけり

近くにも遠くにも
殊に哀れに聞えしは
次第/\に細くなる
助けてくれ助けてくれの聲なりけり

理りなる哉
梁に壓さるゝ者あり
柱に挟まるゝ者あり
土に埋まるゝ者あり
壁に志かるゝ者ありて
さなきだに苦しむ者は多かりしに
地の震ひ動くこと
未だ息むか止まざるに
四方の天は一面に
次第/\に明かるくなりて
さながら晝の如くになりしは
所々方々の潰れ家より
火は炎々と燃え出し
焔が天を焦が志しなり

家に潰されて身は動かず
悶え苦しむ其所に
燃え來る火の爲に
烟に咽び熱さに耐へかね
遁れんとしてあせれども
のがるゝとは叶はねば
聲を限りに叫べども
助けに來たる人はなく
無間の地獄阿鼻の熱
無慚といふも餘りありけり

此夜僅かの時の間に
死したる人の其數は
幾萬なるかを志らざるが
中にはいとも哀れなる
死にざまの者も多かりけり

運強くして不思議にも
其身は萬死を遁れしも
親兄弟の無慚の死を
漫(ソゝ)ろに悲しむ者もありけり

枕を並べて臥し居たる
夫婦にてありながら
夫は梁に壓し潰ぶされしも
妻は根太の抜けたる爲めに
下に陥り不思議にも
命を助かりたるもあり

梁に志かれし吾妻を
助け出さんとあせれども
力及ばざる其内に
あたりは一面火になりて
看す/\妻の燔死(ヤケジヌ)のを
殘して去れる夫もあり

妻子は如何なしつると
崩れ家を取除け見ればこは如何に
妻は穴藏に半ば埋まり
片手には稚子(ヲサナゴ)の足を抓み
恨めし氣なる顔つきにて
色青ざめて死せるもありたり

左れば此夜の不運の者には
或は祝ひの席に於て
或は悲しみの最中に
寐耳に水に死せるなど
語るも哀れなる者ありしが
是等は人の身の上なり
我れにも此夜の話しあり

父は此夜は宿直の番にて
家を守り三人の
子を護りしは母なりけるが
上なる子二人は
母の左右に寐ね
末なるは乳母に抱れて
枕邊に臥志居たりき

有るまじき事なれども
すは地震よといふとひとしく
乳母は抱きし子を捨てゝ
我れのみ外へと逃げ出たり
母は啼く子を抱きあげ
右と左に寐たる子を
ゆり起さんとあせりしかども
稚子をかゝへし身にて
大浪にゆらるゝ如く動きつゝ
片手で起す左右の子は
冬の夜の寐入りばなにて
起せども/\
いつかな/\起くればこそ

幻(ウツゝ)にて母に連れられ
外へ出たる其時は
地のゆるゝのもやみしあとにて
四方の天は火事の爲めに
既に眞赤になり居りたり

實に危ふかりしは
我々親子の命なりけり
■も安政の地震には
水地なる舊家の
潰れぬものは希なりしが
我等が住ひしふる家も
潰れぬ計りに傾きたりけり

今に於て想ひ起すも
身の毛のよだつは此夜のとなり
此地震にて我等が家の
もしや潰れもしたらんには
我が兄弟(ハラカラ)は死したりとも
誰をも恨むべきならねど
もし母が死したらんには
我等が罪にてありたるならん

左りながら此夜もし
我等親子が死したるならば
何故母が死せしかは
世に知る人はなかりしならん
生くべかりしを子の爲めに
死せしなりとは誰か知るべき

今も尚ほ忘れざるは
久しき昔の此夜のことなり
實に有難きものは母の愛なり
母は其身の危ふきをも
顧みずして一心に
子を助けんと爲志しものなり

實に深きは親の恩なり
我れに今日あるは
かゝる愛を以て育て呉れたる
母ありたるが爲めなり

我れは自ら志らざれども
我が母が此夜の如くに
其身の命の危ふきをも
顧みずして我々の
身をば護りてくれたるは
幾度なりしか志れざるならん

此夜のことは亡き母の
我れには忘れがたみなり
此夜我々親子より
運拙くして死せる者には
助かるべきを子の故に
死したる母は幾許なるらむ

此夜のことは亡き母の
我れには忘れがたみなり
此夜の如き天災の
もし今日の夜に起らんには
助かる命を子の爲めに
棄てんとするの母親は
幾許なるか志れざるならん
實に深きは親の恩なり
忘れ難きは母の愛なり

1891年7月作


【迷へる母】

背負ひたりし子は何地(イヅチ)行きけむ
抱きたりし子は如何なりつる
待てども待てども歸り來らず
呼べども呼べども答を爲さず

他處の母は子を背負へり
他處の母は子を抱けり
我にも背負ひたる子はありしに
我にも抱きたる子はありしに

駈來るは我子なるか
近づけば我子にあらず
遊ぶ子は我子なるか
よく視れば我子にあらず

笑ふ子は我子なるか
哭く聲は我子の聲か
迷へる母のあだの夢なり
我子は早や哭きもせず笑ひもせず

子に別れたる母親の
冬の夜に獨り欝々
物を思へばともしびの
光もくらく哀れなり

何やらむうつゝ心に
抱き寄すれど物はなし
悲嘆に沈む寢顔に涙
如何なる夢をか見しならむ

1892年5月作