島崎藤村
◆
しまざきとうそん(1872-1943)
◆
| 筑摩県第八大区五小区馬籠村(現長野県木曽郡山口村馬籠。2005年の合併後、岐阜県中津川市馬籠)生まれ。本名春樹。 1881年上京。91年明治学院を卒業。同校在学中にキリスト教の洗礼をうけた。1893年には、北村透谷らによる「文学 界」の創刊に参加。当初は、劇詩を書いたが、やがて明治時代の代表的浪漫詩集「若菜集」を刊行、新体詩人として の名声を高めた。以後、「一葉舟(ひとはぶね)」、「夏草」、「落梅集」の詩集を世におくりだした。1899年に教師 として信州の小諸義塾に赴任した頃から散文を志すようになり、のちに「千曲川のスケッチ」としてまとめられる写 生文を書いている。同時に小説執筆にもとりかかり、被差別部落出身の主人公、瀬川丑松(うしまつ)の苦悩と告白を えがいた「破戒」を自費出版し、最初の本格的な自然主義の小説として激賞され、作家としての地位を確立した。そ の後自伝的な小説「春」「嵐」などを発表。また、幕末維新期の歴史と木曽の自然を背景にしながら、父正樹をモデ ルにした大作「夜明け前」を完成させた。さらに「東方の門」の連載をはじめるが、未完のまま脳溢血で死去した。 /「つれづれの文車」より |
![]() |
『落梅集』より……1901年刊行第4詩集。藤村最後の詩集
| 【小諸なる古城のほとり】 ▼ 小諸なる古城のほとり 雲白く遊子(ゆうし)悲しむ 緑なすはこべは萌えず 若草も藉(し)くによしなし しろがねの衾(ふすま)の岡辺 日に溶けて淡雪流る あたゝかき光はあれど 野に満つる香も知らず 浅くのみ春は霞みて 麦の色はづかに青し 旅人の群はいくつか 畠中の道を急ぎぬ 暮れゆけば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛 千曲川いざようふ波の 岸近き宿にのぼりつ 濁り酒濁れる飲みて 草枕しばし慰む 【黄昏】 【拷A】 【罪】 【胸より胸に】 【椰子の実】 【千曲川旅情のうた】 |