峠 三吉

とうげさんきち(1917-1953)

大阪の豊中生まれ。五児の末子。母は短歌をよくした。広島市大手町小学校に入学。教師に若杉慧がいた。
広島県立商業時代から詩作を始めるが、卒業後胸を患って療養生活を余儀なくされる。「俳句文学」同人
となって佐部赤城子に師事。1942年25歳の時キリスト教に入信。1945年8月6日、被爆。彼の詩はもともと
象徴主義的な抒情詩であった。それが被爆を契機に様々な詩の社会的実践活動や内部格闘の過程で「モノ
ローグ的でなくダイヤローグ的」になってゆき、抒情の変革にむかったのである。1953年、肺葉切除手術
を受けたが手術台の上で死亡。死後追悼詩集『風のように炎のように』が出され、1970年になって『峠三
吉全集』が刊行された。そして1975年の『峠三吉作品集(上下二巻)』の刊行によって、(原爆詩以外の)
峠三吉の全貌がほぼ明らかになった。/「日本現代詩辞典」より


峠三吉作品集『抒情詩集』より


抒情詩集(1) 1936〜1943

【夏祭】

汐の香が夜風にのってそっと
私しを誘ふ
月が窓からのぞいて私しの胸に
うす青い灯をともした、
ツルゲェネフは瞬間が永遠だといった
けれど、
 お月さま
あの時が私しの永遠だったので
せうか――
花火があがる、わたしはもう
長い間病んでゐる。

【美しい日は去る】

少年の日は去った、
少年の日は去った、
  コスモスの花の倒れるやうに――
  僕の頬の青ざめるやうに――

洋館の校舎には見知らぬ生徒が通ひ
 へう へう と、哀歓に鳴り渡るポプラ……
ぐみの実は凋み、ああこの川の水の冷たさ……

少年の日は去った、
少年の日は去った、
  銀の絃(いと)の錆びるやうに――
  血の色の褪るやうに――


【夏の花】

軟らかな 青い たそがれ、
紅づいた 石榴のたわみ枝(え)、
水に浸けた わたしの 指の白さに
われがちに寄って来る 金魚の中の一尾を
たなごころに重く のせるとき
頭の上の空は薔薇色に燃え初めます、
静かに 鮮麗な わたしの たそがれ――。
 樹蔭のアンターレスが南に廻り、白鳥座が追憶にそのうなじを
 伸すと、幾万光年の星雲を窺(のぞ)き
 木星がいくつかの月の無韻のロンドを観れば、
更けて おそろしい 人の世ではありませんか……
青い衣に、青い袖に、
私は寂び寂びと 神を祈るのです。


【くすり詩抄】

 1
駱駝の臍
執念の白墨
猛獣の軟らかさを持つ汝(な)が古びた背の
罪障の汚(けが)れをみよ
悪徳の不平が発散させる緬羊の
息吹の醜怪さを嗅げ
されど鉛雲垂れ込めたる眩暈の夜
蓬生の暗闇の中を白々と列んで
動乱の冥府へ出動する汝(なれ)らには
声無き歓声を送らねばなるまい
トロンブリンよ。

 2
先生僕はやっぱり病気になって
しまひました、
そしてやはりこの肝油を飲んでゐるのです、
プラタナスが映る静かな小学校の片隅で
も一度先生に肝油をのましてもらひたい
も一度先生の服にしみたくすりの匂を
かいでみたい、そしたら先生はきっと
にこにこしながら僕の手にドロップスを
二つのせてくれるでせうね、
今日も初夏のすごい青空です。

 3
 遠い水平線で宵の星明が重苦しく
嘆いてゐる時――アミノピリン
 お前は楽しげに微風との和音にみちて
さらさらと私の魂の上にこぼれた、
だがお前の紗衣(しゃい)の胸に燃えてゐる
紅い花をみると私はお前が恐い
 お前のその海藻の蔭から見上る
人魚の涙のやうな瞳につい誘れて
お前を一遍に愛してしまひたくなる
私が恐い――
 ああ乳の様な月光の中にほのぼのと
続くお前の砂浜を影のやうに辿って来た
私しがこらえきれず泪に冷えた頬をお前の
中に埋める時、その時こそさらさらとおおさらさらと
お前の気の済むだけ
私のぬけ殻の中に流れこんでおくれ
 月の光と一緒に、――何時迄も何時迄も――。

+---------+
(註)
 ■トロンブリン=臓器製止血剤
 ■アミノピリン=解熱鎮痛剤


【潮と浮標と】

おまへのゆらめきは
人知らない遠い水平線の彼方より始められ
いきなり飛沫をあげて周囲を愕(おどろ)かす、

おまへは濃みどりの頭(かしら)に
白い泡立ちを激しくきらめかせ、最早私の力の
届かぬところにその手肢を跳ね返してゐる、

私の色褪せた胴体をゆすぶってかるくそむいてゆき
私の重い鎖を突きあげては疾く馳け過ぎる叫喚の
そのこころ……

そして耐え難い響きを持って寄せ返し
かつて傍で優しく囁きつづけた頃よりも
強く烈しくぬれた其の心!

ああ 来らむとするものに応へ
通り過ぎる巨大な翳に顫えつつ
悩む二十歳のいのちよ、

古びた錨を曳く私を置き、ふる里の港を離れ
ながく輝く潮流となって
何時の日に発(た)ち行かうとするおまへなのか、

今宵もひとり馳けめぐるおまへに眼ざめながら
風止まぬ月の空に
私は静かにゆすられゆすりあげられている

+---------+
(註)
 ■潮と浮標=潮(うしお)と
浮標(ぶい)


【らっきょうに寄せて】

――が 僕に食べさせやうと
送ってくれた
らっきょうを
 今日も食べるよ、
 頬をほかほかほてらせて、

一つ宛(ずつ)食べる らっきょうの
両端が――きつと君だね?
丹念に切つてある、
 霜焼け易い手が見える

らっきょう は 横に噛めば
つるり 滑つて茶碗を鳴らす、
たてに噛んだら さくり と噛めて
ぷん と匂つた、

小春の空に 瞼も ほてるよ、
掌を交(く)めば て もあったかい
とんびも鳴いて 日向の布団がふくれ返る
万両の実もまろまろと 日陰にのぞいて、

胸はづむ思ひも 遠く、
かなしみ は さらに とほく、
真ひるま、溢れるひのもとに、
 主婦となつた 君もお坐り、
 らっきょう のやうに、
 らっきょう のやうに。


【心に】

広葉いっぱいに 濡れて
ぱさと垂れた 雨の日の篠懸(すずかけ)を潜って
行く ときも
 心よ! 寂しがってはいけない、
一週毎に 此の並木を通った人の
深みどりの傘を 搏(う)ち触れたであらう
その同じ 枝葉であっても、

晴れた日 堤路を 歩みながら
対岸の街並みごしに
静かに
川面に影をつらねる
山脈(やまなみ)に 手翳す ときも
こころよ! 寥(さび)しがってはいけない、
山麓の 小家に住んだ人が
朝夕に 眸をやったであらう
その同じ 山容であっても、

 さあ! 心よ! 思ふのだ、
此の振り仰ぐ碧空は
踏みしむる土は、其の人のいまも現に
強く祟(たか)くと生きつつある土地、
幸ひを歌ひ降らしつつある
輝く碧空であることを!


【立札】

この街角の土に
永い年月馴れて育った
八つ手の樹
慈愛に満ちた大きな葉に
庇はれながら
八つ手の蕾は多い
兄弟のやうに首をならべて
親しい夕靄と 遊んでゐる、

半ば亀裂の入った 石壁の面(おもて)を
うす黝(ぐろ)く汚しながら
身をのり出した 煙突は
少し宛ゆらめき昇る あたたかい
けむい言葉で
夕ぐれ空に
家の内の夕餉の様子を
語ってゐる、

ああ 夕ぐれ
この街角の僅かな土に
どんな孤児の少年が
悲しみの墓標を刺して行ったことだらう
どんな 兄を失くした少女が
追憶を埋めていったことだらう、
そして 私も 小さな立札を
今、八つ手の蔭に立てて去らう、
「ココデ待ッタ」と書きつけて
ひとり去って ゆくために。


抒情詩集(3) 1946〜1947

【手紙】

夕明かり み空に残り
貝殻の 雲は ちらばふ

しのびやかに ポストに 手入れ
祈るごと 放せば
かさりと 底に収る
わたしの 手紙

その時
海を越えた
向ふの 貴女の心の上に
かさりと
白い羽根が
重たく かさなる

わたしの 分身の
白い羽根が
重なる


【霧闇】

仄暗き 潮騒の途次
胸につきあぐる 情炎の中で
ふと女笹 青臭き。

 降る霧に 昏れ迷ひ
 影ゆれみだれる 笹浪の
 そが陰に
 冷え冷えと 汝をし捉え
 ふと 鮮(あざ)ら
 そん゛群葉の縞立ちも――。

仄暗き 奈落の 夜を
よるべなき 情炎の そびらに
ふと女笹 青臭き。


【再会】

双頬の艶やかな林檎を
もぎ取ったのは 誰だ、
嫩(やわ)らかな 顎の笑ひを 消し去ったのは 誰だ!

めっきりと 色蒼褪め
おほきく瞠(みひら)いた瞳の奥に
妖しい焔を焚きながら

貴女は そろそろと
霊(たましひ)のやうに
私しの前を 通り 過ぎる。

+---------+
(註)
 ■嫩(やわ)らか=嫩(わか)い=若い


【灰碧の花】

遺して行った、
貴女の 黒いヂャケツの胸に ちりばめられた
灰碧の花模様――
私しはそれを胸にあて 晴朗な愛によろはれ、
それを腕(かい)なに握りしめ 狂熱の念(おも)ひにしめつけられ、

花よ! 様式 と均勢 の 眼差しよ!
溜息 深い夕ぐれの空が 夜に入って
底暗い 苦悩を 経つくし
既に 然も なほ まじり無く
己れを 己れと 定め
暗黒の 拡がりに 立ちつつ
ちりばめた 星によってのみ 無言の眼差しを送るに似て――

ああ私しの内部の牆壁に
日に夜に満ち高まって来るものの力に対して
それはあまりに巧みな 無垢の技巧だ!

私しはそれを胸にあて、それを腕なに握りしめ、
ああ、いかに焦燥の 苦い泪を 流すことか!
それは応えない姿態をもって 意志を 誘なひ
それが透けて想はせられる 貴女の肉体の ふくらみが
可能の前の限界に 私しを釘づけして――、

匂はない、感じられない、
それでゐて 然も貴女は そこにゐる!
されるまま 自由にされ、然も 果ない 仮象の高貴!

ああ 花よ! 不思議な 眼よ!
ひとを 愛し ひとから 愛され
命ち堪え難く 希薄してゆく中で
それを胸にあて それを腕なに握りしめ
私しは叫ぶ 私しは叫ぶ
天(そら)から来たお前を憎む、と。