田山花袋
◆
たやまかたい(1872-1930)
◆
| 栃木県邑楽郡館林町(現群馬県館林市)生まれ。本名録弥。1881年上京して京橋の書店の丁稚となる。18 85年より漢詩を投稿し始め、翌年から英語を学ぶかたわら西欧文学に接した。またこの頃から小説も始 め、1891年文壇的処女作『瓜畑』を発表。以降しばらく雑誌・新聞で活躍。1897年、國木田獨歩、松岡 國男、宮崎湖處子、太田玉茗らと新体詩集『抒情詩』を刊行。この詩集は清新な叙情性を示し『若菜集』 と並び日本の新体詩運動の中で一期を画したものである。なお花袋はここに「わが影」40篇を載せてい る。また翌年に『山高水長』にも「つかね緒」 9篇を載せている。初期の花袋文学は空想と感傷が濃厚 でロマンティックな傾向が強いが、自ら徐々にそれを剔抉せんと努め1899年以降、結婚等を機にゾライ ズムの影響や写実主義的傾向への傾斜を見せ始める。 /「日本現代詩辞典」より |
| 【妹の君】 ▼ 訪ひてつれでかどの邊に こひしき君はあらずして いとうつくしくよそほへる いもとの君ぞたゝずめる こひしききみに逢ふよりも われはこゝろをうたれけり をさな姿のひのひとを 見たるがごときこゝちして ―抒情詩『わが影』より― 【まごゝろ】 ―抒情詩『わが影』より― 【孤岩】 ―抒情詩『わが影』より― 【人づま】 ―『つかね緒』(山高水長・所収)より― 【林の奥】 |