瀧澤秋曉

たきざわしゅうぎょう(1875-1957)

長野県上田市生まれ。本名彦太郎。「少年文庫」の投書家として出発。上京して美術学校に学んだが詩文の才を
認められ「少年文庫」(後「文庫」)の記者となった。文庫派の中心人物として重きをなし、
横瀬夜雨小島烏水
伊良子清白、千葉江東(亀雄)らの新しい才能を発掘。1902年、滝沢家を訪れた清白は名作『秋和の里』を書き、
1947年、秋和を訪れた佐藤春夫とは詩の贈答をした。詩文集『有明月』、散文集『愛の解剖』などがあり、没後
『滝沢秋暁著作集』全一巻(1971.3)が刊行された。/「日本現代詩辞典」より

 

詩文集『有明月』より


【新情人】

くれなゐそむる東雲の、
かなたにこゝろはせぬれば、
白波さわぐ「ばるかん」の、
出じまに夢はのこしつゝ。

  * * *

雲井はるけし「おりんぱす」、
「ぎりしや」の山に跡たれて、
千とせふりゐる島々の、
みそらに花も降らしゝか。

  * * *

翡翠のまなこ清らけき、
美(よ)き技士(わざびと)のかひなには、
そゝぎてとらす
橄欖(かんらん)の、
油にかをる鑿のあと。

  * * *

かれがかなづる「ばいをりん」に、
荒れたる獅子をしづむとき、
さとれ五百重の雲のへに、
興をもらせる「う゛えなす」を。

  * * *

さすがかはらぬわだつみの、
むかしと殘る浪模様、
春はしづけき水とりの、
うきねの夢もやすらかで。

  * * *

野に生ふまゝの民ぐさの、
朝夕すゝるましみづに、
おつる濁りもしげゝれば、
もつ花さへに十惡の。

  * * *

紫にほふあやぐもゝ、
かきやみだせる神のみ座、
月はつとめて澄みぬれど、
いづこに影やおとすらむ。

  * * *

こさゝが洞(ほら)に爪をとぐ、
魔獣がまなこ輝けば、
千代に一たび現化する、
星も下界におりかねて。

  * * *

何を汚すぞかいなでの、
「ぼんち」つくりのゑだくみが、
かぎり知られし「ぱれつと」の、
こゝろいやしき鳶色は。

  * * *

たゞかりそめに彫(え)らるべき、
色のみ皎(しろ)き石膏の、
かしらにこむるたましひは、
操賣るべき神の像(かた)。

  * * *

祭りの贅のくさゞさに、
をこのねぎごとたはれ男が、
媚びてはさゝぐ光輪の、
浮きたる戀は寄するとも。

  * * *

いのちさゝげん
桂男の、
雲の通路中たえて、
いたづら臥の枕べに、
涙のつらゝ溶けなくに。

  * * *

「ゑるろーろーず」色あせて、
春はいにけり「ぱり」の里、
「ろーま」をてらす秋づきの、
くもりは長し五百年。

【秋思客】

   もと是れ載筆觀光の遊にあらず、
   俗眼俗趾、借問す這間什麼の
   感興を得んとかする。

 狗兒

晩稻(おしね)實れる小山田の、
露置く畦も白ければ、
今朝の命は惜まれて、
捨ても得せずに狗の兒よ。


 木犀

小里さびしき長雨の、
ぬかりをたどる旅人の、
傘は菅かやまひさしに、
落ちて聲なし
百里香


 鮒

水かさはまさる五百川や、
干沼の藺草花散りて、
あやなき闇の
うばたまに、
陸(くが)こそ溯れもみぢ鮒。


 水

小溝の堰を放たれて、
落足早し五十瀬川、
柳がもとのうろくづの、
栖(すま)にや淀まむ秋の水。


 
藻刈舟

河づら渡る聲冴えて、
君や足らざるわが舟の、
刈藻をなかば分たんに、
いざ宿せたまへ情郎(こひびと)よ。


 鱸

むら雲迷ふ水の上、
蘆分小舟漂ふは、
濁らぬさきの片時を、
鱸(すずき)の味にとめんとか。


 大河

雨を催ほす夕闇の、
河は流れのゆるければ、
九十九間(180m)は水ながら、
さやかなりけり岸の聲。


 栗

ことし墾きしこの畑の、
あるじが許をおとなへば、
きのふ拾ひし山栗を、
すはや煮るなり賤が妻。


 茸刈

行けかし松は若かるぞ、
落葉朽葉の深からば、
鎌もてかけよはつたけの、
いたいけ笠の落ぬまで。


  (前四首常陸にて、後五首下總にて)


【あらぬ浮名】

あらぬうき名の立たば立て、
水より清きわがこゝろ、
塵のにごりもなきものを、
立つとてなどか厭ふべき。

人目をつゝむくらまぎれ、
稻村影やなやのおく、
忍びてかはす仇まくら、
憂かるは人の戀なりし。

五月のそらの長雨(ながめ)して、
濁らぬ水とてなけれども、
岩のはざまや谷のおく、
苔にしたゝる清水あり。

わらは愚かの身なれども、
女子の道もいさゝかは、
知りてこそ在れ今更に、
惜からぬ名のあらめやは。

閨の板戸はゆるくとも、
籬(まがき)はよしやあらずとも、
心にしむる下紐を、
許すことかはあだ人に。

かりにかざれる笑眉をば、
何と見るらむしれもの等、
柳とうけてわれ在れば、
なめなることもいひ出でゝ。

憎しやわれをうき草の、
さそふる水のありもせば、
いぬべきものとひたすらに、
うたて心にはかりけむ。

われさへかくてあるものを、
引く手多かる身なるから、
正しき道をさす竹の、
君はふまへり一とすぢに。

よしや曇れる大空に、
その濡衣の干(ひ)がぬとも、
君とわれとのかくあらば、
あらぬ浮名の立たば立て。


【我がイヽゼル】

つたなき手わざほめたまふ、
君がなさけのあつきをば、
はやも汲みけりさてこそは、
かくまで落つる涙なれ。

かくまで落す涙をば、
女々しと君は見たまふか、
女々しかるらんしかはあれど、
男の子のうちの男の子ぞと、
常にはゆるす身ながらも、
かくは女々しくふり落す、
涙の雨のゆゑよしを、
あはれと君も見給へや。

驚き顔にわがおもを、
守りたまふは其ゆゑの、
わかでおはすと覺えたり。

さらばわが君ねがはくば、
つたなき繪づら近よりて、
いまひとたびは見そなはせ。

青葉繁れる森影は、
あつき心をそのまゝに、
夏としかけりその森の、
こなたに立てる男の子をば、
君は誰とか見給へる。

われに似たりとの給ふか。

小川の水の清ければ、
冷けさいかにと忍ばるゝ、
世には脂も溶けぬべき、
温泉(いでゆ)といふもあるものを、
などてにかくは冷やけき。

このま清水の冷けきを、
忘れたまふなその水の、
ま中に立てる乙女あり、
そがひになりてありぬれば、
眉目(みめ)は見えねど黒髪の、
かくいつくしく肉付(しゝつき)の、
かくもゆたかに見えぬるは、
世にまたありとおもほえず。

男の子が顔にかぎりなき、
愛となやみを見給へね、
今しも動く唇は、
何をか語りかくるらむ。

かたりかくれどこなたには、
何のいらへもあらずとよ、
餘りといへばつれなきを、
君はいかにと見たまふぞ。

つれなき人を戀ふる身の、
かれがこゝろの苦しさと、
また悲しさは如何ならむ、
君は清けきこゝろより、
おろかとさみし給ふかや。

死するはかたき事ならじ、
死するにまさる苦しみを、
沸へもかねてひたすらに、
えとげぬ戀にあこがるゝ、
愚かの彼のあはれさよ。

しれにしれたるしれものよ、
慾より成れるうき世ぞと、
悟りてしばし森影の、
こゝらわたりに避けつゝも、
胸のほむらは消えずして、
わが今かける此繪をば、
美術の眞にかなはずと、
こぞりてそしるそが中に、
ひとりほめけむ情けをぞ、
せめて半ばは戀の上に、
分ちてこそとむさぼれる。