『夜濤集』より
【招魂賦】
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我は天地に客となり
月にうそぶき雪に和し
處定めずかけめぐる
名も年も無き夢人なり
こぞの秋よりいにしへの
都の花に遊びしが
都の人に飽きたれば
あづまのかたへたどるなり
花の都もしばらくは
花の香も無き冬の色
何を慕ふて來る雁に
我はかはりて出でゝ行く
關に關守る琵琶法師
名のみ響きて影も無き
闇のみづうみ打ち渡り
眠る朝日をまつばらや
賤が嶽吹くこがらしに
草も爭ふ關が原
岐阜に肴は殖えたれど
醉ふ間短き酒の味
名古屋の城に雲落ちて
散るは葵か大鳥毛
はざま破れて三河より
白き野末は遠江
中走り行く天龍の
つばさ借りたき世の中に
道は幾たびまた越ゆる
いのちあやしき小夜の山
あとも行く手も降り埋む
雲も氷も山水も
流れ爭ふ大井川
今も人無き宇津の谷の
うきはうつゝか夢さめて
駿河の國に立ちにけり
雪は止みぬ
風も止みぬ
見渡せば山白し
海白し天白し
そよや招かん山の魂
海の魂天の魂
出でよ共々語らばや
おもひ/\を云へ聞かん
山 の 魂
さわがしやさわがしや
時の小魔のあと追ふて
處のひとやかけめぐる
人てふものぞさわがしき
いかにいつまで騒ぐとも
ひとやは堅く魔は早く
及ばぬものをかげろふの
印度の國は今いかり
グリイスもまた花散りて
羅馬は畫師の筆となり
セントパウルの壊るゝを
想ふものさへひとりかは
二世と續かぬ秦皇の
城は万里と延ばしゝも
嵐一時飛びかへる
野山かけ行くボナパアト
五十余年の長旅の
はては苦しき戸に笑う
小魔の聲も聞かざらん
昔が今に幾人か
死しては生れ生れては
死する爲にや生るらん
生る爲にや死して行く
生死の中のさわがしさ
靜なるもの無きや無き
我に似たるは無きや無き
海 の 魂
騒がばさわげ立たば立て
騒がばさわげ立たば立て
城と誇れるいくさぶね
唯一打に沈めなん
天を侮るたかどのも
唯一打に碎かなん
町も都も國郡
唯一打に拂はなん
騒ぐと云ふもをかしやな
我わだつみの一しづく
水より淡き獲物さへ
奪ひ奪はる呉越より
藻くづ引き合ふはらからや
鱗さかだつ親と子は
蟹のはらわたあらなくに
蠣の殻にも浪立てゝ
涙かゞやく胸の星
血汐いろどる倉の壁
虫の住家の幾まきや
塵の塚にも道つけて
あはれいつまでくりかへす
わづかなる業ぞ卑しき
おろかなる胸ぞをかしき
いつはりの聲ぞ憎き
動くならば我の如
騒ぐならば我の如
六合震ひ動かせや
宇宙亂して騒げよや
天 の 魂
騒ぐといふも地の事よ
靜といふも地の事よ
天より見ればをかしやな
人の騒ぐをあざわらふ
山も海もいつまでぞ
いつまで動く靜なる
見よや天には暦無く
いづく境と限無し
晴るれば青き海の色
曇れば高き雲の山
風吹けばとて浪立たず
壞れば早く立ちまさり
光かゞやく日の宮や
照らぬ隈無き月の園
星のちまたのにぎはしく
雲の霰の花舞へば
雨のはやしにいかづちの
車走らすいなづまや
あまの河原の砂清く
虹の橋行くをかしさよ
我より見れば山は豆
海は夜露の余りにて
地とは手鞠のひとつかや
突きて落さず觸れぬ間も
吹かば散りなんあはれさよ
笑はゞ壞る姿かな
山は元より動くと見えしが
海は底より震ふと見えしが
山立上り海吹い
天打てば天碎け
亂れて散るは月か日か
星か霰か雪か雨
土くれ木の葉浪の花
あなすさまじや面白や
此有様を見るは唯
我ばかりかと云ふ間も無く
飛び來る雲の火に乗れば
我も炎と燃て飛ぶ
『寢覺草』より
【花賣】
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一
けさはうれしや鶏より先に、
里を出て行きや雲雀もまだか。
山は朝霧、日はやう/\と
載せた重荷の露照らす。
重荷載せても花ならよかろ、
花のかんざし、小露の玉や。
蝶もうか/\町まで來れば、
京の娘はまだ醒めぬ。
花は入らぬか、入らぬか桃は。
雛の節句もあしたか、けふか。
わしは御殿もほしうはないが、
人形一つは抱きたい。
京の娘は友禪重ね、
花見、遊山と化粧に暮らす、
わしは花賣り山家に暮らす、
せめて土産に紅ほしや。
紅もつけぬがわしには似合ふ。
賣れぬ花でもあたまへ載せて、
山へ歸るを呼ぶのは花か。
花も、姿も冩すとは。
姿はづかし紺地の木綿、
帶も淺黄や、赤いは襷、
白い脚絆につかぬか塵は、
吹くも春風二里の路。
二
けさはうれしや鶯鳴て、
里を出て行きや燕もかける。
吉田通れば降る春雨に、
載せた重荷の花濡らす。
花は濡れても身は濡れぬ、
梅の花笠、柳の簑や。
蝶を入れても浮名は立たぬ、
京の娘は何こわい。
花は入らぬか、入らぬか櫻。
嵯峨の櫻も雨にはなやむ。
花の心はわしこそ語ろ、
心聞きたきや一枝を。
花のたよりか、またわしの身か。
雨の姿は尚はづかしや。
畫にもかくなら花だけ冩し、
わしは手拭顔隠す。
隠す手拭吹く春風の、
憎くや畫筆にゑくぼも書て、
頬に紅さし花、紫の
濡れた姿は誰が姿。
をかし、美くし、畫姿出來た。
わしの顔より畫姿かはい。
わしもかはいとなぶるは厭ぢや。
わしは山路のすみれぐさ。
三
けさはかなしや人より遲う、
里を出て行きや鳴くほとゝぎす。
春は過ぎたか、かたみの色香
載せた重荷は尚重い。
載せた重荷に此身も痩せて、
姉に問はれて花よと云へば、
花のしづくか、涙の露か。
京の娘に何習た。
花は入らぬか、入らぬか姿。
花の畫姿よろづの人に
見られ、ほめられ、もてはやされて、
わしの姿は誰も見ぬ。
さまは今頃何冩してぞ。
御所の姫君、祇園の舞子、
長い振袖、友禪重ね、
花見、遊山に行く所。
長い振袖一しほかはい、
花見姿は賣るよりよかろ。
わしは手拭顔隠しても、
花のしづくの口濡らす。
花のしづくか、涙の露か、
京の娘に何習はねど、
花の畫姿、心も取られ、
花も入らぬよ、身も入らぬ。
【畫の夢】
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薔薇はなさく陰に臥して、
詩(うた)を枕に仰ぎ見れば、
詩の心は花に入りて、
笑むよ花びら、笑むよ、笑むよ、
笑みて、笑みて、詩となるよ。
薔薇ほゝゑむ陰に臥して、
詩を懷(いだ)きて睡り見れば、
花の姿は夢に入りて、
舞ふよをとめの、舞ふよ、舞ふよ、
舞ひて、舞ひて、戀となるよ。
をとめ舞ひ舞ふ袖にふれて、
戀を歌ひつ我も舞へば、
夢の心は姿ぬけて、
散るよもろとも、散るよ、散るよ、
散りて、散りて、花となるよ。
【花の涙】
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むらさめ晴れし夕暮、
うしろの園を覗けば、
入日に木の葉笑む中、
薔薇の目には涙か。
きのふは姉を摘まれつ、
けふは妹を摘まれつ、
翌は其身や摘まれん、
薔薇の目には涙よ。
薔薇の色はさめねど、
かざす甲斐無きゆめびと、
隣にありて應へず、
をとめの目には涙や。
【夢のまこと】
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雲雀につれてみ空に
登ると夢に見たりき。
醒むれば低きくさむら。
雲雀の聲はみ空に。
戀ひしき人の手を執り、
語ると夢に見たりき、
醒むれば遠く離れて、
戀ひしき人はふるさと。
醒むるに早きうれしさ、
過ぐるに遲きつらさに、
まさる夢こそまことや、
うつゝばかりのいのちか!
【木蓮の一ひら】
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紫の一ひら、
誰か書く戀の字。
白砂の一ひら、
我書きぬ死の字を。
夜嵐は吹きたり、
殘れるは一ひら、
白砂は皆散り、
戀の字の一ひら。
【芭蕉の葉】
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詩興起るに任せて、
一筆墨を含ませ、
芭蕉のそり葉寄すれば、
あはれ風に裂けたり。
きのふの一句變へんと、
細筆朱を染めつゝ、
芭蕉の破葉探れば、
あはれ雨に消されて。
文字無き書を讀まんと、
薄雲垂るも厭はで、
芭蕉の巻葉開けば、
あはれ月の痕あり。
絃無き琴を聽く中、
玉の闇に止むに、
芭蕉の廣葉覗けば、
あはれ露のまろびて。
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