高島 高

たかしまたかし(1910-1955)

富山県生まれ。昭和医専卒。1935年前後に北川冬彦の「麺麭」、吉野信夫の「詩人時代」等に作品を発表し始め、
その後長尾辰夫らと「昆侖」を興した。「文学層」「早稲田文学」「詩原」や「スバル」などにも寄稿。戦後南
方から復員して「文学国士」「北方」を編集、「時間」「日本未来派」などに参加。北国の風土に根ざした詩活
動を続けた。詩集に『北方の詩』『山脈地帯』『北の貌』などがある。/「日本現代詩辞典」より


詩集『北方の詩』より

【北海】

あの雲の背の上では太陽が輝いてゐるとは誰れも思ふまい
太陽が輝いてゐるのだが見えないだけだと誰も思ふまい
たゞ雲だけあるのだと思ふだらう
天いつぱいをかけめぐりかけめぐり
いまにも墜ちるかと見られる一面の雲

【北方の詩】

山脈を駈けてゆく白馬のむれがある
空は虹のパンセを孕んでか
朝あけは雲など呼んで
いま山麓の雪を踏む牛群
草は見えない
この冷却の皮膚下に
草は生きている
このひろびろとした高原は生きている
ほのほするものは――氷だ
はりつめてこわれそうな


【北の貌】

   ――親不知附近の未明――

   1
 飢ゑてゐる海のむかふは暗く壁畫のやうに
唖默つたまま不安げな眉を寄せ合つてゐる。
冷えた灰。灰の屍。白い齒等は組み合ひつ噛
み合ひつ碎けに碎けちるであらう。

   2
 皮膚病の海は皮膚病の治癒に近き落屑期の
粗面がむづがゆいのであらうか。絶え間なく
落屑の上には落屑が積み重ねられてゆく……

   3
 沈んだ廢園。死面(デスマスク)。手……

   4
 死面の齒列は諧調の宿命ゆえに絶え間なき
笑ひを粗雑な死面に與へねばならぬのだらう
か。粗雑な笑ひはときには皮膚病の海を角度
のむかふで吠えさせる。靄のむかふで。怪獸
のやうに、怪獸のやうに。白く白く銀蛇はの
がれにのがれてゆく……

   5
 遂に銀蛇は眠りこけてゐる巖等に挑みゆく
のであらうか。挑まるれば巖等は獸類のやう
に眼を怒らせる。

   6
 獸類の眼に明るむ灰色。皺を抱く海。海を
抱く皺。うづまけばうづまいたまま漂泊され
てゆく皺等は次第に漂泊されてゆく皺等の上
にひろがりゆく……

   7
 夜明けよ、夜明けよ、


詩集『山脈地帶』より

【雪の湖(北方五光景)】

めぐりの雪をうつしてゐるので
雪はいまにも落ちこみさうにしてゐる
ここだけに世界があるといふやうに
それは平明な鏡だ


【北アルプス幻想】

ガラス窓のガラスに冴えた白蝋色の山脈が見え
その襞のわづかな陰影が見え
凍つた湖のごとき天空が見え
ガラス窓のガラスにうつる
火鉢の灰にまみれたわづかな炭火が見え
雪が全く晴れ上つた
僕の眞白なスケッチブックが見え


詩集『北の貌』より

【雪ふる晝に】

なごやかなるものは
愛すべきである
しづかなるものは
尊むべきである
いつか人々の心が
そこにかへる日
かの人間のふるさとの美しさ


詩集『続・北方の詩』より

【続・北方の詩】

光りはじめる外輪山の頂
オパールが刷毛で
朝陽がだいだい色にひろがる
ただよう紫雲は一つの思想
それは古代アラビア人のような神秘
剣岳が見え
立山が見え
一つの思惟のように風が走る
氷の原に
燃えるもの
生の拡張
いのちのたたかい
風景は生きる
風景はいどむ
「精神と生における距離の接近へと」
力のモンタージュ
平等主義への抵抗
一本の短剣が
すでに僕の胸憶の中で鞘走る
すでに怯懦なるものは存在でないと
一本の短剣はすでに僕のものであろう
僕の自在であろう


常願寺川

午後の天はしかめっつら
エーテル風の気流もくもり
遠山の頂々(みねみね)は
もうその境界さえおぼつかない
中でもベテラン立山・剣は
もうすっかり機嫌をこわしてしまい
その暗い雨雲のヴェールをたらして
見えやしない
何をぶつぶつ云っているのであろうかというように
常願寺川途方もなく
空のかなたまでひろがりひろがり
暗く陰気にオルゴールを鳴らしながら
四月の小雨の中
その片隅から雪解の水を走らせている
いったいこれは川なのか
いったいこれは誰がつくったのか
ひと山をこわして撒きちらしたような小石原ばかりかと思うと
やはりこれは川ですしかもおそろしい川ですというように
曲線風の子川をいつも申しわけのように駈けさせ
充分無気味にしずまりかえる
こういうことは無気味だが
やはりおもしろいことなのだ
この親川全部が
おこり出したらもう手がつけられない
あそこの土堤も松林も畑も家も
あったものじゃない
だが安心するがよい
今日は常願寺川悠々と小雨の歌にひたりながら
気海丹田の坐禅をたのしみ
おれはおれの人生のためにそれらを興味をもって
少しまなび
がたがたの郊外電車で
ごうごう四分も通り過ぎてゆくだけだ