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高濱長江

たかはまちょうこう(1876-1912)

鳥取県生まれ。本名謙三。明治法律学校卒。日清・日露戦争に従軍。その当時の詩は1905年に『小羊』
にまとめられた。1908年には児玉花外とともに「火柱」(ほばしら)を創刊。また、マラルメ・ヴェルレ
ーヌ・ロセッティの訳詩を収めた詩集『煉獄へ』が1912年に刊行された。その他1911年の『酔後の花』
『草雲雀』などの詩文集もある。初期の頃は七五調・五七調の定型詩であったが、後期は象徴詩に近い
ものを含めて殆どが自由律に変わった。/「日本現代詩辞典」より


【クエカ信徒の信念を懷ふ】

咲き亂れたる花蔭に
青春(わか)き血潮を躍らしゝ
ふる郷の春何人か
愛づる至情(こゝろ)のなかるべき。

英雄(ますらたけを)も賤女も
我が生ひ立ちし郷の秋
紫雲靉く夕榮えに
得ならぬ感懷(おもひ)は盡きざらん。

~秘(くしぶ)る業か魔の業か
怪しき夢の襲ひ來て
老ひも暫ばしは搖藍の
往にし昔に若やぐを。

あはれ「劒を執らぬ」てふ
清き誓ひは破られで
馴れ來し郷土を離れ行く
胸の思を誰か知る。

涙は止め敢えねども
「土壌」と「信念」は替え難く
讃歌哀れに歌ひつゝ
自由の他郷(くに)に移りけり。

「週刊平民新聞」1904年9月4日


【花賣娘】

冷たき石は蘚苔に老い
蔓蔦も這ふ礎に
高樓の壁光りなし
世々の塵にや染みぬらむ
自然(おのづから)なる歴史(ふみ)の跟。

迷路の如く榮えたる
都大路をうら若き
鄙の乙女の「花や花や」と
おらぶる聲は雛鳥の
餌をば求(あさ)るに似たる哉。

眞珠と紛ふ脚のいろ
緋百合詐く裾のいろ
天使(みつかひ)のごと漂らひて
黄菊白菊千日草
賣りゆく姿憐れなり。

いづれ鬱悒(いぶせ)き賤が家に
夕べ花束結びつゝ
晨(あした)花籠背負ひつゝ
果敢く世にも生ひ立ちし
運命をいかに歎つらむ。

黄金の鞍に珊瑚珠の
鞭を振りつゝ走りゆく
駒の蹄に雲のごと
湧き來る塵に塗れては
華客(ぬし)なく棄つる花もあり。

華客なく棄てし花束の
解けて散りたる水の面に
猶ほ浮き出づる泡沫や
塵に染まれる奇しき文(あや)
下へ/\と流れゆく。

天らに星いろ地に花のいろ
薫り懷(ゆか)しき花園や
雫滴る天津國
そこに世の榮限るごと
今も昔も稱(たゝ)ゆれど。

汀に立ちし乙女子の
花の行衞を見守りて
涙湛ふる眼の光り
胸に湧き來る其感懷(おもひ)
嗚呼美はしき愁ひなるらむ。


【煉獄へ】

山、崩れ
海は逆まき
天地(あめつち)も
裂けたる黎明(あさけ)――
だみだみと
濁潮流れ
雲、迷ふ。

中にただ
いざ見よ、一つ
白帆蔭――
皇妃に似たる
御君の
腕に捲かれ
接吻けぬ。

饐(すゑ)し世に
僞り人に
この愛を
遣らじと、急げ
煉獄へ――
「新世樂」を
聽かぬ間に。


【胸の響に】

枯葉散る扉の音にふと耳を
欹てたれど二の音は響かじ夜は
闃寂(げきせき)と深けゆく、――壁に冷かに
ややに停りぬ時計の音は懶氣(ものうげ)に。

わが胸の心臓の皷動に合はざりき、――
不安に満てる饐世(すゑしよ)に死を待つやうに
こんやくの強き醸氣(かをり)に餓えつゝも
ふと高馳る檳榔車!皷膜に響く。

されど又椙く音は吾胸の
心臓の皷動に合はざりし或(もしも)の心願(ねがひ)――
絶望の瞳は壁を一わたり
漂ひしかど――徒爾(そら)なりき、燈火ほそる。

――ふと目覺め、眞暗き室に唯一人
遠鳴る海の物凄き音を數ふれど
一つだに唯一つだに吾胸の
心臓の皷動に合はざりし深き吐息!


【胸に耳あて】

胸に耳あて、ふと偲ぶ
瞳つぶりて、ひたぶりて
丑満時を今ま辿る
夢の仲なる夢の文(あや)。

驚破(すわ)とばかりに訝りぬ
博士がすなる脈搏の
器取る音に、はうふつと
二十五絃も高鳴るか。

音譜は千々に引き裂けむ
愁(うれひ)、喜(よろこび)、秋、春の
曲(しらべ)かなづる君が胸
細胞走る流れには。

菩薩の息吹、蛇の息吹
名殘りて、溶けて、香ともなり
潜むか、かゝる方寸に
世は泣き、笑ひ、はた怒る。
偉(をほ)ひなるかな胸一つ
解くを許さじ猥(みだ)らには
劍に、君に、父にさへ――
久遠に通ふ靈の宮。

さてこそ人も、世も、狂ふ
解けずば月は光るとも
常闇辿る心地して
解けずば花は薫るとも。

再びあてゝ又偲ぶ
乳房を傳ふ脈搏に
坩堝流るゝ鎔鐵(くろがね)を――
かくてこそ世は榮えゆく。

今は讀めたり心なき
夫(つま)を定めて、かい抱く
母の慈(あはれ)み、子の恨み
迷ふ默考(しゞま)の二いろは。

三たび耳あて惑ふかな
夢にも夫の詩(うた)の譜を
試す曲(しらべ)や亂るゝと
我が假初めの惡戯に。

宛ら繪なり面影を
曲線あやに匂はする
灯影みやれば二筋の
燈心ぢゞと燃ゆるなり。


【唖の聲】

黎明しらむ市街はづれ――一息ごとに
その胸を得言はで惱む身慄ひか
軌々と緩びし其の刹那!横道よりぞ
あな來る二車の仲(あはひ)を裂くやうに。

旗飜へる三叉路に仲を奪ふ
舊型の一臺駛(はし)る飛ぶやうに
軋道(れいる)の轢音(きしり)、高鳴りてちん地に西へ――
高舘、皇妃の夢も醒むるころ。

日照りぬ。――かくて北、南指したる連れも
一時は一線(ひとすぢ)路に入り亂れ
緑いろ濃き柳蔭、煙ぶれる塵を
眞直(ましぐら)に縫ひつゝ進む一列(ひとつら)は。

白日くれて町々に灯れる燈火!
稍(と)もすれば影さへ見へぬ曉の二車
仲隔つる恨みにかほのほも青く
坂登る後なる輛は喘ぎつゝ。

夜深けぬ。――かくて天明(しらむ)とも永遠より永遠に
わが胸の燃ゆる思に似る惱み
一線(ひとすぢ)路を辿りつゝ得言はで止まん――
青光一息ごとに削(へ)る轍!


【なごり】

夢さめし谷の戸惑ふ朝霧を
額ほの白う彦星に袂別(わか)るゝ姿
おくれ髪(け)も手綱もつるる厩戸に
流すに似たり鬣を天(そら)ゆく雲ゐ。

瞳にも見よ、足りきと搖ぐ愛慾の
疲るるいろか夢の香か、ゆく春あはき
朝霧は湖はるか辷りゆき
連翅うつる汀に物こそ思へ。


【聖像の下に彳みて】

七彩榮ゆる鳳凰の
努力翅にうらぶれて
行くや石磴、木下陰
一鳥鳴かず澄み渡る
み空あふぎて金佛を
戀ひぬ、偲びぬ、頬杖して。

とづる瞳のまぼろしに
弓弦外(そ)れしか春の曙
ゆく雲染めし白鳩の
影――哀怨の追憶に
亡母の墳墓今ぞ戀ふ
偶像を誹る君若し。

羅馬の古廟を地に長う
斜に映す新月の
夢より淡き影浴びて
聖母の前に跪く
想へ――孤兒慄(わなゝ)くを
心の絃の亂るゝを。

朱の鐘樓に家郷(さと)や戀ふ
落暉(ゆふひ)眺むる縫揚姿(あげすがた)――
不圖はた眉を掠めたり
君に捧げし緑髪は
解けとの謎か我うれひ
乙女の胸に雛僧に。

ああ圓融の聖像(みすがた)の
おもは流るゝ夕日影
藤波匂ふ頬のあたり
無念無想の慈光(みひかり)の
星眸(ひとみ)こぼるゝ韻(にほひ)こそ
法音竭(つ)きぬ精靈(みたま)なれ。

惡聲絶えぬ京の空
瓔珞嘲(あざ)む絶筆に
世を憤る血や灑ぎ
「海潮音」の一ふしを
裳(もすそ)あたりに誌さばや
君、讃禮の人のため。

春はこれより來るらむ
香も縹渺と梅ケ枝に
散るや花片一二輪
垂乳あらはの御膝に
星影、花と粉ふころ
抱かれて消(け)なば願足る。


【虚無と西行】

虚無の郷には
足らざりき
一杖かろき
旅の空
雲は無心に
過ぎゆけど。

虚無の郷には
足らざりき
鵯(すぎ)の窒テれの
夕ぐれに
心の琴の
一指弾(ひとはじき)!

虚無の郷には
足らざりき
枯木の枝に
寒巌ヶ根(いはやね)に
有情の花の
薫りては。