『夕紅葉』より
「憶舊の賦」
【邂逅】
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花にたはるゝたをやめは
都大路に多けれど
月にうかるゝ少女子は
鄙の片戸に澤なれど
わが世の春の朝ぼらけ
おもひあふるゝ心根を
さゝげむ人のあらざれば
ひとり影をば描きつゝ
惡魔はあらび龍いかる
愁の淵に臨みては
愛の天使の聲ならで
たれか闇世をさますべき
生けるも同じ人の世に
いくその人か相知れる
縁の奇しき無かりせば
いかで一樹の蔭に見む
にほふは花か、花よりも
すめるは月か、月よりも
まだうら若き君が身の
罪と穢に染まざれば
迷ふ心の夢うつゝ
われに寄り添ふ俤は
げにもやさしき小羊の
情をふくむそのまみよ
蝶は蝶とし群れて飛び
鳥は鳥としならび棲む
あゝ寂寥は生ける身に
力を添へむよしもなし
あはれみ玉へ塵の子の
世に伴もなき此身なり
一たび君を見てしより
希望を得たる我が身なり
【盟約】
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あはれ、やさしき汝が心
あはれ、ゆかしき汝がおもひ
世にうらぶれし我が身には
汝のみ人とおもふかな
富貴と驕奢にさそはれし
世の盛衰は問はずあれ
知らずや、ひとり平和の
はにふの小屋に花咲くを
夢もたのしき青春の
血しほも燃ゆる心地して
喘の後よ、ほゝゑみの
甲斐ある身とは今ぞ知る
水さかしまに流るとも
朝日西より出づるとも
世の轉變をよそにして
ふたり心は、かはらじな
これのみ~に許されて
おもかげ殘る天の園
戀は靈なり誠なり
愛は熱なり力なり
をはりの勝利を理想にて
けふ戰につかるとも
僞ならぬ慰藉の
汝が同情に我活きむ
うしほに暗きわだの原
照らすは星の光にて
わたるにつらき世の波に
たすけを得たる我が身なり
昨日の淵は今日の瀬か
わづらひ多き社會に
たとひ頭の霜添ふも
ふたり心は老ひずあらなむ
【逍遙】
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そらも醉へりや薄がすみ
風もにほふや花ざかり
管絃聲の聞こゆるは
誰が歡樂の莚かや
世は今春よ、菅の根の
ながき日、まこと、たのしくば
花咲くかげに手を執りて
今日の一日を歌はむか
君知るらむか此心
一たび凝れば石のごと
羅綺いたづらに飾れども
うまし少女も見ざりけり
もゆる血しほに頬を染め
やさし聲音にさゝやけば
花も色なくおもふかな
鳥も聲なくおもふかな
移りやすきは花の色
ながめする間を待たなくに
榮華の夢の跡もなく
世のはかなさも知られけり
見よ樓門の夕まぐれ
鐘入相を告ぐるとき
愁ふる空の風さむく
しづ心なく散る花を
あゝ花ちれば星落ちむ
いたましいかな世の終
あらゆる星の轅なす
北斗ぞ常に美しき
げにや眞理をさとるごと
世の状態にくらべても
反省すれば意義ある
二人が中の恩情かな
【情緒】
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君、よろこびの頬の邊に
ほのかに染めし色見れば
園生に咲ける花薔薇
われ香に醉へるおもひあり
君がいかりのまなじりに
世を甲斐なしと眺むれば
月日も消ゆる心地して
われ夜に惑ふおもひあり
君、かなしみの黒髪に
かざしの花のしほるれば
夕しぐるゝ深山路に
われ行き惱むおもひあり
君、たのしみの聲清く
たへなる歌を誦するとき
千代を壽く菊の酒
われあくがるゝおもひあり
君、愛を知る目の光
くしく涼しくかゝやけば
希望をさそふ朝の日や
われにうれしきおもひあり
君がにくみの唇に
ありし笑の消えむとき
~の御前に罪の身の
われおそろしきおもひあり
君、物もとむ眞玉手を
心ありげに延べむとき
珠だにさぐる志度の海士
われ身を捨てむおもひあり
われ戀すてふ君なれば
七の情とり/\に
美しきかな花よりも
清らけきかな月よりも
【別離】
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いづれも同じ人の世の
老を若きに嘆かむは
あつき涙に、この命
もろく消えむの恐れあり
おもひは如何に朧夜の
花咲きにほふ欄干に
黒髪長き汝を見て
しばし愁を忘れつゝ
酌めども盡きぬ酒甕の
泡咲く春に歌ひしは
夢に醉ひぬる夜半にして
汝もろともに幸ありき
四つの袂の色褪せて
はかなき悟、今ぞ知る
快樂を咀ふ魔の多き
浮世の戀は涙なり
今、高樓の夕まぐれ
遠き別のかなしきに
酒よ、むかしの味もなく
沈める澱も、いと苦し
泣いて別れて末長く
くるしき情しのばむは
我が世常なき人の子の
薄き命に堪ふべしや
さらば歌へよ、聲あげて
我等の幸を祈りつゝ
「~の心に許されし
不變の戀は力なり」
又の逢瀬を契りつゝ
ながるゝ涙拭ふ間に
もゆるか、しばし唇を
汝が頬の邊に觸れしめよ
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