中野逍遥

なかのしょうよう(1867-1894)

漢詩人。愛媛県宇和島生まれ。東大漢学科卒。大学予備門時代から漢文に秀で、大学に入って杜甫や
シラーに傾倒して漢詩を多く書いた。漢詩という古い形式の中に青春の情熱と憂悶を奔放に歌い、浪
漫詩人の本質を示した。遺稿漢詩文集『逍遥遺稿』が出るや大町桂月や田岡嶺雲がこれを激賞。島崎
藤村も『哀歌――中野逍遥をいたむ』を書いて追慕し、逍遥の「思君十首」を冒頭に掲げて紹介した。
「思君十首」に代表される失恋の詩が多い。/「日本現代詩辞典」より

 

【思君十首】

思君我心傷、思君我容瘁、中夜坐松蔭、露華多似涙、
思君我心悄、思君我腸裂、昨夜涕涙流、今朝盡成血、
示君錦字詩、寄君鴻文冊、忽覺筆端香、窓外梅花白、
爲君調綺羅、爲君築金屋、中有鴛鴦圖、長春夢百禄、
贈君名香篋、應記韓壽恩、休將秋扇掩、明月照眉痕、
贈君雙臀環、寶玉價千金、一鐫不乖約、一題忽變心、
訪君過臺下、清宵琴響搖、佇門不敢入、恐亂月前調、
千里囀金鶯、春風吹緑野、忽發屋頭桃、似君三兩朶、
嬌影三分月、芳花一朶梅、渾把花月秀、作君玉膚堆、
書聲入機聲、鶯語交笑語、春風八百街、與君住何處、

君を思うて我が心傷み。君を思うて我が容瘁す。中夜松蔭
に坐せば。露華涙よりも多し。」
君を思うて我が心悄し。君を思うて我が腸裂く。昨夜涕涙
流る。今朝盡く血と成る。」
君に示す錦字の詩。君に寄す鴻文の冊。忽ち筆端の香しき
を覺ゆ。窓外梅花白し。」
君の爲めに綺羅を調へ。君の爲めに金屋を築く。中に鴛鴦
の圖有り。長春百禄を夢む。」
君に贈る名香篋。應に韓壽の恩を記すべし。秋扇を將つて
掩ふを休めよ。明月眉痕を照す。」
君に贈る雙臀の環。寶玉價千金。一鐫約に乖かず。一題心
を變ずる勿れ。」
君を訪うて臺下を過ぐ。清宵琴響搖ぐ。門に佇んで敢て入
らず。月前の調を亂さむことを恐る。」
千里金鶯囀り。春風緑野を吹く。忽ち發く屋頭の桃。君に
似たり三兩朶。」
嬌影三分の月。芳花一朶の梅。渾べて花月の秀を把り。君
の玉膚の堆と作さむ。」
書聲機聲に入り。鶯語笑語を交ふ。春風八百街。君と何の
處に住まむ。

 譯文は『譯文逍遥遺稿 笹川臨風(1870-1949)・金築松桂(?-?)』岩波文庫本による


【道情七首】

我擲百年命、換君一片情、仙階人不見、唯聽玉琴聲、
長安市中水、總是卓姫香、染上相如筆、文章萬丈光、
與君住瑤臺、與君分鏡面、欲共百年春、階前花片々、
雙燕巣朱屋、兩鴛棲碧池、上曰共不老、下曰長相思、
東嶺半輪月、西廂一抹雪、或比君眉清、或比君肌潔、
紅豆了前契、緑絲繋後縁、花願長生樹、水思不老泉、
我有菱花鏡、贈君示意濃、猶向夜夢裡、分明得相逢、

我が百年の命を擲ち。君が一片の情に換ふ。仙階人見えず。
唯玉琴の聲を聽く。」
長安市中の水。總べて是れ卓姫の香。染め上す相如の筆。
文章萬丈の光。」
君と瑤臺に住み。君と鏡面を分つ。百年春を共にせむと欲
す。階前花片々。」
雙燕朱屋に巣ひ。兩鴛碧池に棲む。上に曰ふ不老を共にせ
むと。下に曰ふ長く相思はむと。」
東嶺半輪の月。西廂一抹の雪。或は君の眉清に比し。或は
君の肌潔に比す。」
紅豆前契を了し。緑絲後縁を繋ぐ。花は長生の樹を願ひ。
水は不老の泉を思ふ。」
我に菱花の鏡有り。君に贈りて意の濃かなるを示す。猶ほ
夜夢の裡に向つて。分明に相逢ふを得む。」