【秋の午後】
▼
遠くかすんでゐる
寂しい山脈の姿をわたしは思ふ・・・・・・
秋草がわたしの場所に匂ひこぼれ
そこでわたしは長閑な食事をしてゐる
わたしはかわいた喉をうるほさねばならなかつた。
遠くかすんで
山脈は青くみづみづしく輝きそめ
わたしの感情は
蒼天の悦びにふるへてゐる
この秋らしく澄んだ景色の中で
しかも白日(まひる)の食事の後で
わたしはつめたいひとつの果物を求めてゐる。
【浴後情景】
▼
暮れがたの湯上りの肌に
わくわくと落ちつかぬあやしきこころをもて
ひいやりと薄らつべたい庭の面の
ひとつの敷石のかげに見入つてゐる
仄白い肉体に飛ぶ蛍だ。
ああ ひときれの纏ふものもない
湯上りのなまめかしきこころをもて
この暮れがたどきの
しつとりと重たく濡れた空気の底から
えならぬ香りをむせばしはじめた
悩ましい肉体をかすめて飛ぶ蛍だ。
薄ら暗がりのもの寂しい静けさをしのんで
蛍もしつとりと重たい息をついてゐるのだ。
【秋魚】
▼
水にさざなみ立ち
魚は水の中に棲む
わたしは魚の心を知つてゐる。
さざなみは哀しい魚のこころをのせ
微風はさざなみをおさへてゐる
秋は魚のこころも疲れてゐる。
ちらちらとかげ落す
昼のみなそこ
青ざめた鱗にきらめく陽の鈍いろ
無言の魚に言葉はない。
ああ 水の中は動かない
そしてさざなみだけは限りがない。
【哀しい薄暮】
▼
黝んだ憂鬱の森をつらぬいて
はや 行列の先頭は
生温かい薄墨いろの野の雪にたち迷ふ
眺むればこはいたましい人間の葬列。
ああ かなしくも雪は降りいで
えんえんと延びゆく行列に
かなしくも雪は降りいで
無言の行列の足並に
雪は薄暮の喪服を纏ふ。
ああ かなしき薄暮の吹雪に消えゆく
こはいたましい人間の葬列。
+------------+
(編集部註)
■黝んだ=あおぐろんだ=青黒んだ
【皮膚】
▼
わたしはわたしの皮膚の上に
荒れ果てた生活の匂ひを嗅いだ
それは朽葉のやうに色艶もうせて
むなしく残る秋の景色だ。
わたしはわたしの皮膚を見てゐる
遠い野末の空の色を見てゐる。
【墓】
▼
おれは働きながら掻き集めてゐるのだ
ばらばらに散りこぼれてゐる人骨を
おれは次第に氷のやうな寒けを肌に感じ
そのまゝ蒼白い苔の上に
がつくりと膝を突いてしまつたのだ。
ああ、おれはおれ自身のばらばらになつた骨を
残らずその裏表まではつきりと眼にしてしまつたのだ。
おれはおれの眞近くに一つの墓を見たのだ
新しく刻まれたばかりの文字をその上に読んだのだ。
【菊を作る人】
▼
菊を作る人は
自らも花の香をおもひにこめ
にごれる己が魂をあらうてゐる
花ひらくその日は遠いが
けふの日はみじかく暮れてゆくのだ
さうして明日の日もそのやうに。
菊を作る人は
自らをその葉の上にきざみ付けてゐる
しづかに育ちゆくものの心性に触れてゐる
我と我がおもひの中に酔うてゐる。
【雲の間】
▼
葉の落ちつくした梢の上に何があるのか
何もないのだ
空には夕方の雲がうかんでゐる
その高い高い雲の合間から
自分を呼んでゐる声がする
わたしは立ちどまり
その声をきいてゐるのだ
それは赤子の泣く声だ
その声は遠い我が家の方からひゞいて来る。
【地上】
▼
美しい夕暮の空に
遠い地上からの物音が響いてゐる
一旦地に落ちたものが
またも遥かの空へと駆けのぼつてゆくやうなその物音
あはたゞしいが
しかし奥深い落着と秩序を感じさせる遠い物音
その物音にしづかに耳を傾けてゐると
かなしみある者はいよいよかなしみに洗はれ
よろこびある者はいよいよよろこびに溢れてくる
そしてこの世とあの世との隔てが
紙一重のやうに感じられてくる
そのやうに美しい夕暮の空を日毎に眺め
ひとりしづかにきいてゐる。
【雲と人】
▼
人が死んだり生きたりしてゐる
そのたびに雲の上では燈火が点いたり消えたりしてゐる。
*
雲はたかい處にあるので
誰もその奥を覗いて見ることはできないのだ。
*
人はこの世を離れこの世を捨てて
また遠い雲の上にかへつてゆく。
【雲の詩】(断片)
▼
(1)
雲はたゝかふ
雲は剣をかくしてゐる
雲は戦車のひゞきをたてる。
(2)
雲は天使と共にある
雲はまだ翔ぶことを知らぬ幼い天使達のために
綿の翼をかしてやる
温い寝床もつくつてやる
さういふとき雲は老人のやうに親切でやさしい。
(3)
何ものにも拠らぬ雲
何ものにも隋かぬ雲。
(4)
雲は時々地面の近くまで降りて来る
何處かに子供でも泣いてゐると
直ぐにその側へ飛んでゆく
そして様々の美しい虹のすがたを現はす
すると子供の涙はいつの間にか乾いてしまふのだ。
(5)
泣いた後の子供の瞳(め)をのぞくと
そこには碧い空のいろと
雲のすがたが絵のやうに映つてゐる。
(6)
雲をおさへてみたい
群がる雲の中をかき分けて
ずんずん歩いていつてみたい
ゆき着くところまでいつてみたい
いくら年をとつてもかまはない
歩きながら雲の中で死ねるなら死んでみたい
死んだらまたわたしは地面の上に墜ちて来るかも知れぬ。
(7)
風のない日の雲は凝乎(ぢつ)としている
雲は少しもうごかぬ、うごかれぬのだ
雲はぢりぢりしてゐるやうだ
何者かに挑むやうな格好をしてゐる
今にも割れ裂けて
掴みかゝつて来さうな気配を見せてゐる
だが雲はうごかぬ
うごかれぬのだ
(8)
一坪の庭の上にもやつて来る雲
その小さい雲の影が落ちてゐる。
(9)
雲は荒々しい
雲が怒り殺到する時
打ち合ふ鋼鐵(はがね)のやうに火華をあげる
それゆゑ人々は雲を怖れてゐるのだ。
|