佐藤惣之助

さとうそうのすけ(1890-1942)

川崎市生まれ。1907年、暁星中学仏語専修科に入学し、一年間フランス語を学ぶ。千家元麿と交友を結び
同人誌「テラコッタ」「エゴ」を発行して詩作をはじめ、それらをまとめて第一詩集『正義の兜』を刊行。
これは当時の時代思潮であった白樺風の人道主義を高唱し、同時に台頭しつつあった民衆詩派風の作風を
示したものであった。第二詩集『狂へる歌』以後、『満月の川』『深紅の人』を相次いで刊行し、1922年
には、『荒野の娘』『華やかな散歩』『季節の馬車』『琉球諸嶋風物詩集』と四つの詩集を出して旺盛な
創作力を示し、詩作のピークを迎えた。白樺派や民衆詩派の人道主義的影響から脱して、独自の詩的世界
を形成し始めるのは第三詩集『満月の川』以後で、独特の多彩・豊麗な感受性を発揮した感覚主義の方向
に進み、才気に富んだ、軽妙にして華麗な比喩、陽気で屈託のない饒舌をまき散らして生命の讃歌を奏で
る独自の世界をきりひらいた。以後も詩作は旺盛で 『TRANSIT』など生涯に22冊の詩集を編んでいる。昭
和に入ってからは民謡・歌謡曲の作詞家として知られ、【赤木の子守唄】【人生劇場】【湖畔の宿】など
がある。他に句集や随筆集、戯曲、小説もあり多方面に才能を示している。『佐藤惣之助全集』(全三巻)
がある。/「日本現代詩辞典」より

 

【華やかな散歩】

 村の娘達とつれ立つて
虹色した五月の雑木山へ
誰に戀するといふともなく
みんなで圓い花甕をつくつたり
蜂のやうにちらばつたり
情熱を昂めて歩きにゆく

 おしやれな奴をあとにして
おしやべり娘を先にして
牡牛のやうな氣位ゐになり
多くの熱い身體を馬車にして
あかい心臓が炎を焚く
元氣な肉體を運んでゆく

 風はあをあをと健康な旗となり
日は黒い眼を細微な光りの花粉で染めだし
麥は色づいた情感の密度をもつて
娘達をおぼろ氣な焔のやうに見せる
私はこの八人の肉體から發情する光りの蜜がほしい
その熱烈な夢の醗酵力がほしい

 しかし私は地獄の町から來て
あまりに年をとりすぎてゐる
壯年の太陽は
眞赤な花びらには強すぎて
むしろ暗黒にくるしめられる
年齢は色彩の骸骨を
われわれの間にふしぎな空氣をもつて映し出す

 間もなく私はこの花やかな散歩から
ひとり雑木山の谷へそれてしまふ
私はもう妻帶者だ。
右手に戀愛のインクを刺し
左手に生活の墓を抱いて
娘達より一歩先の
強い生存の廣場に進入してゐるのだ

 雑木山よ、名もない寂廖よ
君はやつぱり私の友だ
八人の娘達のあの熱い肉體を
早く草叢でかくしてくれ
そして君は私のまへに
ただ一つの燃ゆる春の日と
蒼穹の悲哀を入れかへて
平和な人間にきたへてくれ。

【海邊消息】

 亜亜、亜亜、亜亜と
海の鴉が啼くとほり
もう時計はとまり、晴雨計もこはれてしまつて
らんまんたる陸上の春も
岩のとつ端にきて薄日にやつれすぎた。
そこに無為と無聊の遲々とした思想のなかから
いやうやうたる濤のけむりがのぼり
さつさと古い認識は台風鹹(しお)風にもろけきつた
まるで私は一つの帆影さへもたぬ流刑人のやうに
僻地の狐かたんぽぽすら戀ひしたい心持がする。
日はながれ、いたづらに椿があかい
どこに祝祭の週日がめぐつてゐるのか
もうこの岩の望樓からは雙眼鏡もききやうがない
たつた一人地球のとつ端の夢の市街に坐つて
雲の沙漠と海流の線畫をながめ
今日も白日の賦をおのれに題するのだ。
亜亜、亜亜、鴉よ
この安逸と遊眠の亜熱帶のはてに
どんな生涯の春分點が展望されようとも
私の奥底からのぼる神韻たる生氣は
南極をわたる影も形もない游禽のやうに
みんな空中にとび去つてしまつたのだ。

+------------+

(編集部註)
 ■游禽=水面に浮かんで休息したり餌(えさ)をさがす鳥類の総称。


【自然の武器】

枝のき栗を
枝より捩(も)がんとすれば
荊の毬は
枝の上に溌剌と揺れ
これは又
荊の毬のほとりに、
毬とならむで
碧の蟷螂。

折からの露滴に
荊と斧
日はらんらん
清緻な、清緻な
うつくしや、向きあひ、差しあひ
鋭として
針と薙刀、自然の武器が二つ
枝と葉にからまるさやけき風に
やあ、更々烱々(きらきら)とした。


【家】

この泥の地上に家をたつる
あはれ、紙と木との家をたつる。

まこと紙と木に風雨をちりばめ
軒に花を置き
小さき月の谷間をつくり
わが世の夢の枕を置くのも
いつかはこの地が
發光する星であると信ずるが爲めだ。

あはれ、われら家をたつる
紙と木をもて家をたつる。


【湖畔の宿】

山の淋しい湖に
ひとり來たのも悲しい心
胸のいたみにたへかねて
昨日の夢と焚きすてる
古い手紙のうすけむり

水にたそがれせまる頃
岸の林をしづかに行けば
雲は流れてむらさきの
薄きスミレにほろほろと
いつかの涙の陽が落ちる

ランプ引きよせふるさとへ
書いてまた消す湖畔の便り
旅のこころのつれづれに
ひとり占ふトランプの
青い女王のさびしさよ