塩井雨江

しおいうこう(1869-1913)

兵庫県豊岡町に生まれる。本名正男。東京帝国大学国文科卒業。日本女子大学国文科教授を経て、1910
年奈良女子高等師範学校の教授に赴任する。翻訳にスコットの長詩『湖上の美人』があり、「帝国文学」
による赤門派詩人。詩は『深山の美人』が知られている。/「日本現代詩辞典」より

美文韻文『暗香疎影』より

【深山の美人】

   その一
おぼろ月夜に あこがれて、
 よし野の奥に わけいれば、
さくら吹きまく 山かぜの
 花のまぎれに さそはれて、
ふみまよふらむ 谷のくま、
 家路もわかず なりにけり。

   その二
駒をとゞめて たゝずめば、
 誰が世をしのぶ 庵ならむ、
軒もかきほも、ふりつもる
 花のはだれに うづもれて、
たゞ一すぢに すみわたる
 かけひの水の おとすなり。

   その三
「あるじやおはす、もの申す、
 はなのふゞきに 路はとぢ、
かへりわづらふ 旅の鳥、
 あはれ、こよひは、花のやど、
君が木ずゑに たのまなむ。
 願ふ」とよびて、たゝけども、
しばし應答は、なかりけり。

   その四
さすがに人は 住みぬらむ。
 「誰れ待つ宿に あらねども、
むぐらの門は、さしもせず。
 小屋の軒端の此のすゑを、
厭はずあらば、いざたまへ。
 いざ」との答へは、たわやめの
よそにもにほふ 花のこゑ。

   その五
いづくの里も いつの世も、
 人のこころの うれしやと、
つもるも深き しろたへの
 花のころもで 打ちはらひ、
いざなふ儘に 立ち入れば、
 見るも涼しき すゞむしろ。

   その六
をとめは籠を 取り出でゝ、
 木の實に添ふる わらび草、
「わが身のみなる おく山の
 世ににぬ饗」とすゝめつゝ、
ほゝゑむ袖の やさしさは、
 この世ながらの あまつ姫。

   その七
げにや玉しく 都だに、
 住み憂かる世と きく者を、
こは白雲の かゝる山、
 かゝるさびしき 笹の庵、
むすび初めにし 手弱女の
 こゝろの奥の なつかしや。

   その八
いぶかしみつゝ 言とへば、
 をとめは軈(やが)て ほゝゑみて、
「人は玉とし うたへども、
 都は塵の ちまたぞと、
思ひ知りたれ、われこそは、
 いはねの床を 敷きてより。」

   その九
なほ語るなり、たわやめは。
 「雲の八重立つ 奥山の
おどろの奥の あけくれを、
 柴のあみ戸の しばしだに、
さびしきものと 思ひしは、
 すまぬ昔時の 我がこゝろ。

   その十
「春さりくれば、おのづから、
 のきの木末も ほゝゑみて、
かきねの草も ほころべば、
 鳥も來鳴きぬ、窓さらず。
花もかをりぬ、床ちかく。
 宿はかすみに うづもれて。

   その十一
「夏としなれば、またさらに、
 みねの小松の かげきよく、
谷の小川の おとすみて、
 なくや古巣の 時鳥、
きくや嬉れしき 篠のかぜ、
 宿は緑りに 木がくれて。

   その十二
「秋さりくれば、おもしろや。
 もゝくさ千ぐさ 露ちりて、
あさぢが庭も 色ふかく、
 つまどに間なく 鹿もよび、
よひ/\ごとに 月も訪ふ。
 宿は紅葉に うづもれて。

   その十三
「冬としなれば、いつしかも、
 おち葉も雪も 降りつもり、
あるかなきかの ましば垣、
 なほまつ風の をり/\は、
訪ふや水鳥、谷づたひ。
 宿は氷りに とざされて。

   その十四
「思ひ入りてを ながむれば、
 塵かきくもる ちまたより、
人くさしげき 大路より、
 みねの月日ぞ 晴るゝなる、
まなくかゝれど、雲かすみ、
 つねにつもれど、花もみぢ。

   その十五
「うき世の人に くらべなば、
 みやこの友に くらべなば、
花鶯や 勝るらむ、
 草木のかげや まさるらむ、
ものいふ色に あらねども、
 こととふ聲に あらねども。」

   その十六
「げにおもしろの 言の葉や、
 はかなき物と、人はいへど、
時はたがへね、峯の花、
 をりはかへざる そらの鳥、
思ひて見れば、なか/\に、
 都の友ぞ、岩木なる。

   その十七
「さはさりながら 手弱女よ、
 憂をばうしと 知りながら、
なほ捨てがたき 憂世をば、
 みこゝろ強く おもひたち、
むすび初めにし いはし水、
 床しきもとの しづくやな。

   その十八
「昔時きかまし、さりしよの。
 由縁とはまし、ありしよの。」
幾たびそたび 問ひよれど、
 をとめは、たえて 應答なく
こゝにも散るや、花ふゞき、
 ほかげに匂ふ くれなゐは。

   その十九
「いはねのもとの うもれ水、
 埋れ果つべき 身にしあれば、
音に立べくも あらねども、
 あさざは沼の あさき世を
君もいとふと 聞くからに、
 深きこゝろの なつかしや。

   その二十
「いまそかりせば、父母の、
 わも、なでし子の 若葉ぐさ。
塵だにすゑぬ ものとのみ
 おほしたゝれし 其の時は、
雲ならなくて、よし野やま
 かゝらむ世とは 思ひきや。

   その廿一
「げにちゝのみの 父のため、
 あなはゝそばの 母のため、
我れや根ざしの 姫小まつ、
 たゞ一もとの ひめ子まつ、
千代の眺めと かしづかれ、
 時なきいろに はやされぬ。

   その廿二
「わらはが十歳 春のころ、
 野邊の蝴蝶と あこがれて、
芽花(つばな)すみれに 日を暮らし、
 かへりゆく門 まもる母、
『千代や待たれつ、我兒來よ。
 汝れにあはせむ 人のある。』

   その廿三
「ふりわけ髪を かいなでゝ、
 父は云はれぬ、母もまた。
『こや汝がための 兄うへと
 むかへうけたる まもる君、
なが行く末を まもるぎみ、
 千代な忘れそ、汝が名なる。』

   その廿四
「おなじかきほに、隔てなく、
 若菜つむなる はらからを、
よそのみ庭に 見るにつけ、
 うらやましくも 思ひたる
をさなごゝろの、事もなく、
 兄を嬉れしく おもひしを。

   その廿五
「眞茂留(まもる)と呼びし 其の人も、
 おきふし露の いとまなく、
いつき仕へて、父母に、
 まなびの窓の ひまあれば、
あをもともなひ、月花に、
 人はやさしく おぼえしを。

   その廿六
「父なる人も、母なるも、
 學びのみちに すさまれつ。
『もの知るからに 人といふ。
 まことの人に ならまくば、
ふみこそ學べ、わが子よ』と
 いはれし事の 平生(つね)にかも。

   その廿七
「こゝろ盡しの さるからに、
 皇國のみちは、あもふみぬ。
眞茂留の君は、ことさらに、
 唐土の道にも 分け入りて、
尚ほまのあたり 見むといふ、
 すゑはるかなる西のくに。

   その廿八
「いかでいなまむ、父上も。
『流石に我が子 おもしろや。
汝れが學びの 道ゆゑに、
 いとふことかは、家たから。
疾く行けかし』と、の給ひぬ。
 學ぶぞ人の たからとて。

   その廿九
「思ひたちたる たびごろも、
 人のかどでの ありし日は、
わらはが二七、春半ば。
 朦朧げながら、よのこゝろ、
すみれ摘む野の 友とのみ、
 おもひし昔に 似ざりけり。

   その卅
「父はいはれぬ。『やよ眞茂留、
 日の入る浦の すゑ見るも、
汝が出づる日の もとの峯、
 かへす/\も わするな』と。
人もいらへぬ、繰りかへし、
 『ふみはたがえじ 本すゑを。』

   その卅一
「母はさすがに、わかれ路の、
 いとの細げに おはしゝが、
わが身がかざす 花取りて、
 『眞茂留の君よ、忘れでよ、
このひともとの 花を』とて、
 旅荷のはしに さゝれけり。

   その卅二
「花取りあげて、其の人も、
 『今よりむかふ 外つ國の、
まなびの窓の 春秋の、
 おもひ出にせむ、この花を。
わが名にかけて 守らむ』と、
 かざしてよろこび 給ひしを。

   その卅三
「なにとはなさの 悲しさに、
 わらはは泣きて、ありけるが、
『たつ田の山に あらぬに』と、
 『きこえし事は おぼえたり。
『大和は越えじ』と、其の人も
 いはれし事は きこえけり。

   その卅四
「八重の潮路の はてなれど、
 沖ゆく舟の 往きかひに、
文は來たりぬ、たえまなく。
 父をあふぎて、かげながら、
 あをも教へて、みづぐきに。

   その卅五
「春は花にも さきだちて、
 軒ばににほふ 文のいろ。
秋は雁をも 待ちがてに、
 とぼそにおつる玉のこゑ。
『ひと夜や千代の思ひぞ』と、
 いつもいはれぬ、言の葉に。

   その卅六
「年はふたたび 暮れゆきて、
 三とせの春は あけにけり。
つねには似ざる 鳥のあと、
 花ちるまでも 音はなく、
青葉が末に なりてより、
 はつかに聲は きこえけり、

   その卅七
「學びのみちの 奥ふかみ、
 おもひの外に うつにゆく、
月日の空と 聞くからに、
 しぐるゝ庭の あさぢふに、
おくれてたよる 秋のふみ、
 ことわりふかく 思ひけり。

   その卅八
「みなとをめぐる 蒸汽船(くろふね)の、
 煙りは間なく たなびけど
雲のたえ/゛\ 玉章は、
 彌(いや)たまさかに 成りにけり
學びのまどの 雪ふかみ、
 文のかよひ路 かたしとて。

   その卅九
「四とせにつもる 旅ごろも、
 たつき無き身と 思ふから、
夜寒をいとひ 暑さとひ、
 つゝがなかれと 送りけり、
乞ふにまかせて 黄金をば、
 あるにまかせて 白金を。

   その四十
「わらはが親の やどとても、
 玉しくきはに あらざれば、
塵のみふかく なりにしを、
 『なほ一とせ』と のぞむまゝ、
父はひさぎぬ、家倉も。
 教へぞ人の たからとて。

   その四十一
「まなびの海も、つゝがなく、
 花のみなとに 舟はてゝ、
春はかへると つげ來せば、
 舟路の代と よろこびて、
母はひさぎぬ、からぎぬを。
 わらはも去りぬ、玉かざし。

   その四十二
「こゝにも思ひ わたりたる。
 八しほのなだの 浪こえて、
かなたは著きぬ、難波津に。
 生みのみ親の まつの戸を、
なほ一夜さの 假りまくら、
 明日は吾妻と 報げ來しぬ。

   その四十三
「父はかどべに、母は外に、
 わらはは軒に たゝずみて、
ながむる一日 またいく日、
 待ちわびにたる 夕まぐれ、
『つゝがのありて 日數ふ』と、
 きくかひも無き 人のふみ。

   その四十四
「つゝがを何にと しら雲の、
 こゝろも空に 迷ひ出でゝ、
父ははる/゛\ こゆるぎの、
 磯のいそぎに 來て見れば、
なにはの假り屋、春ふかく、
 蝴蝶に似たる 人のかげ。

   その四十五
「よもの毛だ物 すらだにも、
 もとの情緒(こゝろ)は あるものを、
きくもあさまし その人は、
 つゝがも無くて、難波津に、
今を春べと ながめたり、
 外國(よそ)の花さへ 折り添へて。

   その四十六
「人のこゝろは、はなごろも、
 移るものとは 聞きにしが、
人のこゝろは、浮ける雲、
 頼めぬものと 聞きにしが、
おもはざりけり、其の人を。
 おぼえざりけり、斯く迄に。

   その四十七
「ものは離縁(さり)ぬと、潔ぎよく、
 父はさすがに のたまへど、
おほしたてたる わか竹の、
 みさほの色の かへてより、
霜はふかくぞ なりにける、
 殘るよも木の 髪のうへ。

   その四十八
「母のなげきは、なほさらに、
 なにといふべき 方もなく、
思ひつもへつ、かげらふの、
 やがてはかなく なりに鳧。
おなじ空へと あこがれて、
 間も無く父さへ みねの雲。

   その四十九
「たらちの親の 露なくば、
 あさぢが庭の ひめ小まつ、
千代は誰れをか 頼むべき。
 戀ひしや父母、なつかしと、
こゝら戀慕(した)へば、なほ更に、
 犬じものなる 人にくし。

   その五十
「たのむよしなき 難波かぜ、
 惜むこゝろは 無けれども、
いはで消えにし 吾妻路の
 草葉のかげの うらみをば、
一葉なりとも きこえんと、
 さして出でたり、難波津を。

   その五十一
「雲にかすみに うづもれて、
 とがたと知らず まよふ路。
來し方行くへ 見えぬまで、
 ふりしく花に、おもはずも、
うき世の空の わすられて、
 むすび初めにし 谷の水、
本のしづくは かゝりけり。」

   その五十二
かくと語りて、たわやめは、
 「あな何ならむ、をかしさや
いはがき清水 いはでのみ、
 すみはつべくも 思ふ身の、
よしなき音には 咽びつ」と、
 はらふもすゞし、袖のつゆ。

   その五十三
「こはいとほしの千代の君。
 わが身を一とせ、其のひとと、
學びのまどに 在りしとき、
 うらやましくも 思ひける
かざしの花の ゆかりとし、
 思ひあはせば なつかしや。

   その五十四
「千代はものかは、萬づ代も、
 世に見まほしき 姫小まつ。
かゝる深山のうもれ木と、
 よそに見すてゝ 歸りなば、
われもあだしと 謡はれむ、
 こゝろしあらむ 世の人に。

   その五十五
「なにはの浦は つらくとも、
 なほ住み吉の 岸もあらむ。
いざ給へ」とて、すゝむれど、
 をとめはたえて、言葉なく、
とざさぬ窓に さしのぼる、
 朝日のかげを ながめたり。

   その五十六
今は誘はむ よしもなみ、
 袖をしぼりて、立ち出れば、
かなたも流石 をしからむ。
 「花さくをりは、またたまへ、
清水むすびて 待ちてむ」と、
 おくるもあはれ 門ちかく。

   その五十七
さらばといひて、幾たびか、
 路をたづねて わかるれば、
駒も心の ひかるらむ、
 なくやふた聲 また三こゑ。
手綱ひかへて 見かへれば、
 露がくれに 蝴蝶とぶ。


【やぶれ琴】

   一
柴こりくらし かへる子の
 笛のね遠く かきくれて、
あらしになり行く 深山べに、
 今宵も、月は すみのぼる。

   二
誰が思ひ入る 奥山の
 しのぶを琴の 音なるらむ、
吹きしく霧に、しめればや、
 いともかすかに かよふなり。

   三
ふもとの谷に 吹き沈む
 颪(おろし)と共に、音は消えて、
いはねにかゝる 瀧の糸の
 しらべぞ、獨り すみわたる。

   四
よわるとすれば、吹きあれて、
 木の葉を下す 山風に、
また一としきり はら/\と、
 ゆかしき音の きこゆなり。

   五
いぶかしみつゝ とめゆけば、
 ありし音色は また消えて、
彼方に遠く、さを鹿の
 今ぞなくなる、つまどひに。

   六
なほ分けゆけば、一としきり
 おどろさや立つ 山風に、
またさや/\と、琴糸の
 いよよ亂るゝ 音すなり。

   七
いつべの里の つま琴を、
 こたへやすらむ、山彦が。
ひゞきは、またも かき消えて、
 なくや梟、聲さむし。

   八
いよゝのほれば、いや近く、
 一とむらしげる 笹がくれ、
またきこゆなり、琴のねは、
 露ちる風に 亂れつゝ。

   九
聲するまゝに わけ入れば、
 笹野は、もとの まがきにて、
何時より嵐に まかしけむ、
 まばらに殘る かやが軒。

   十
昔はすみも つれにけむ
 秋の夕べの 月かげも、
やつれはてにし 窓のべに、
 誰が殘しけむ、あづま琴。

   十一
誰が手ならしの あづま琴、
 なれにし人は。いかにせし。
誰れにおくれて、汝れ獨り、
 嵐のやどに むせぶらむ。

   十二
絶えぬばかりに、琴糸は、
 一ときは悲しき 音をあげて、
たまらぬ軒の 夜嵐に、
 またもや、しのに 亂れゆく。

1989.1作


【深山の花】

   その一
世を離れにし 山人の
幾代の友と なりにけむ、
苔にうもるゝ 岩が根の
松のしらべも 音さびて、
秋は殊更 すみわたる
三輪の川波 かげさむし。

   その二
あらき嵐の 吹くなべに、
千草の花も こゝかしこ
やれにし岸の 草がくれ、
つゞれさせとて 鳴く虫の
あはれも露も いとせめて、
ことわり深き 秋のくれ。

   その三
ふもとの里の 遠ぎぬた、
うつや親ゆゑ 少女子が、
夫(つま)ゆゑうつや たわやめが、
うつや子ゆゑに 人親が、
いづれも急ぐ しづぎぬた
しでうつ音ぞ しきるなる。

   その四
人に知られぬ 誰がための
袖の夜寒を いとふらむ、
たつた姫はも 昨日今日
手染めの糸を よりかけて
からくれなゐの 濃く薄く
きゞの錦を こゝら織る。

   その五
朝倉の宮 朝たちて
ゆく/\野邊の 狩場(かりくら)に
狩りくらしたる 天皇(すめらぎみ)
なほはる/゛\と 三輪川べ
水のまに/\ とめゆけば、
まぢかににほふ 花の少女、
ふく風さへに かをるなり。

   その六
夕日にむかふ 川のべの
紅葉が下に 下り立ちて、
あらふや衣(きぬ)を 唯一人り
光るばかりの 少女子が、
玉としくだけ 雪と散る
清瀬の水を くみあげて。

   その七
きぬ取りもちて 洗ふ手も
袖も面も にほひいでゝ
ひかり耀く 其のさまは
これや山姫 たつた姫、
ちかきしはほの 頂きに
おろせる雲も 影ゆかし。

   その八
鳴くや一聲 こゑたかく、
のばしゝ頸 ふりあげて、
駒もあゆみを 留むれば、
天皇もしばし 鞍ながら
少女が方を まもられぬ、
彊※(きょう)とる御手も 忘られて。 ※糸偏

   その九
いなゝく聲に 驚きて、
あふげば高き 天皇(すめらぎ)の
みゆきの袖の まぢかきに、
おぼえず布を うちすてゝ、
のぼりもあへず 少女子は
岸のまさごに ひれふして、
こゝろにあふぐ、君が影。

   その十
天皇(みかど)は駒を 下り立ちて、
親しく岸に 寄らせられ、
「こやめづらしの 少女子や。
きかまし汝が名、名乗りてや。
朕(まろ)がしるなる やまとべの
少女にあらば 名のりてや。」

   その十一
「あはれかしこき 御言はや。
おのれは此處の 里の子の
名は引田部の赤猪子」と、
つぐる言葉は あやしきも、
聲はやさしき 糸の音の
月に澄みゆく 如くにて、
ひき入る袖も あはれなる。

   その十二
「しこのしこ草 いざ知らず、
かゝるやさしき、にこ草を、
こゝらの淺茅の あさましき
露にまかせむ 人やある。
やがて迎へむ 朕が庭に、
雲の八重がき つくらせて。

   その十三
「必ずむかへむ 汝(な)れを朕。
朕がたよりの あらむまで、
待ちてや、汝れも、必ずよ。
靡きなはてそ、かりそめに。
うつりなゆきそ、徒らに。
さそはむ風は 多くとも。

   その十四
「この一本の 此の篠矢
しばし預けむ、汝れが手に。
思ひさしたる 一すぢの
道より外の あだし道
いゆきもいでも 絶てせぬ
朕がこゝろの しるしぞや。

   その十五
「人にな折られそ、此の篠矢、
かたく守れ」と のたまひて、
わたさせ給ふ まかごやを、
こゝら敬ひ いただきて、
言葉はあらぬ 少女子の
袖に一片 ちりかゝる
紅葉の色ぞ あはれなる。

   その十六
岸の千草も 紅葉ばも、
去年の儘なる 色に出でゝ、
秋は歸へりぬ、三輪川べ、
おなじ岩ねに 衣さらす
少女が袖も うらかへで。

   その十七
里の擣衣も 虫の音も、
きゝにし儘の 音に出でゝ、
またも歸へりぬ、三輪の秋、
今年も衣を あらふ子の
袖はいよ/\ 色ふかく。

   その十八
岸の玉藻も かげ添へば、
底のさゞれも 苔むして、
こゝらかさねぬ、三輪の秋、
おなじ水岸に 少女子の
下り立つ袖は 丈のびて。

   その十九
いはねの下の 姫小松
ふくなる風も 音さびて、
こゝらの秋は 又くれぬ、
なほ伴なくて 岸のへに
今日も下り立つ 手弱女の
髪のみどりは 色ふけて。

   その二十
八十の年波 立ち/\て、
たぎつ早瀬は 淵とうつり
みどりの淵は 瀬となれる
三輪の川水 くみあげて、
なほも伴なく 唯一人り
きぬ洗ふなり しづの女が、
花とにほひし 衣手も、
今日は枯木の 袖さむく。

   その二十一
「人には折られそ、我爲めに
かたくまもれや 少女よと、
天皇がたまへる 床の篠矢、
塵だに据えぬ 物とのみ、
いつき仕ふと せしひまに、
いるが如くに 八十歳の
かへらぬ月日ぞ すぎにける。

   その二十二
「雲居に立てば 八重がすみ、
いまや御使 下るらむ。
空にわたれば 秋の雁、
今日や玉章 たまはらむ。
門のまつ虫 おなじねに
八十の秋さへ 暮れにけり。

   その二十三
「夕べはかきねの 草もあれ、
野邊の蓬も けさかれぬ。
あすは軒端の 忍ぶ草
うつろはむとや 色動く。
いつまで草の いつまでを、
わがよもかくて あるべきか。

   その二十四
「待てとは天皇の 御言なり。
まつが儘にて 枯れゆかむ
われは惜しむに あらねども、
固く守れと のたまひて、
あづけたまへる 此の篠矢
かへさずならば いかにせむ。

   その二十五
「あすは都に まうでゆき、
かへしまつらむ、此の篠矢。
天皇の御言の まに/\に
かたく守りし 一すぢの
わが眞心は、やがて此の
かへす篠矢を しるしにて。」

   その二十六
天皇の寢殿 ひらかせて、
今や出で立ち 給ふらむ、
玉の宮居の いちじるく
光りのぼれる 日のみかげ、
いづくの里か 朝戸いでゝ、
あふがぬ民の、袖あらむ。

   その二十七
ほの/゛\にほふ 朝倉の
あしたの御庭 露きよき
御階の下に ひれふして、
けさこそ篠矢 さゝぐなれ、
泊瀬の山を、おうなごは
夕べに越えて、はる/゛\と。

   その二十八
おうなが方を、つく/゛\と
まもらせたまへる 天皇をば
なほ數多たび うちあふぎ、
「八十とせむかし 秋のころ
三輪の川べの いでましに
とゞめたまへる 此の篠矢。

   その二十九
「みぎはなりける 賤の女を
よばせ給ひて 御手づから
あづけたまへる 此の篠矢、
『都のむかひ あらむまで、
朕が心の かたみぞや、
固く守れ』と のたまひて。

   その三十
「御言のまゝに かしこみて、
やその春秋 たゞひとり
まもりくらしゝ 此の篠矢
今こそかへし まつるなれ、
おどろが宿の 霜ふかみ、
枯れなむほども 近ければ。」

   その三十一
「あなあやまちぬ、誤ちぬ。
思ひ出れば いにし年
朝な夕なの かりくらに
あこがれ出でし 三輪川べ、
ゆくりもあらず あひにたる
少女が袖を なつかしみ、
むすびきにたる 我が言を、
われと忘れし うたてさよ。

   その三十二
げに誤ちぬ、あやまちぬ。
薫りすぐれし たわやめの
花の盛りを いたづらに
淺茅が下に うもらせて、
ちらしはてたる 朕が罪、
かへらぬ事を してけり」と、
みけしの袖を うちかへし
うちかへしてぞ なげかるゝ。

   その三十三
「いともかしこき 御言はや。
よにためしなき 大君の
みゆきの袖に かゝりつゝ
ちりにし花の 盛りこそ、
よにためしなき 此の老木、
深山に殘す ほまれなれ。

   その三十四
「深山の花の ほまれや」と、
さすが涙に かきくれて、
みけしの裾に ひれふせば、
かしらの霜を かいなでて
むせぶか、風の 色白く、
朝日の影も おぼろなり。


【さ夜時雨】

   (一)
やよや、忍ぶの 村時雨、
 さな音たてそ、みだれ來て。
ひとりぬる夜の さ夜枕、
 さらでも淋しき ねざめなり。

   (二)
いづれの灘に 漕ぎくれて、
 人はまくらむ、浪枕。
いたくな荒れそ、沖つ風。
 今宵舟路の 人ぞある。

   (三)
今の夢路に あひにたる
 おぼつかなげの 一葉舟、
さ霧も波も たちまよふ
 青海原の 末遠く。

   (四)
わが思ふ人の 舟にやと
 よぶまもあらず 夢さめて、
影もとゞめず なりにたる
 舟の行方の おぼつかな。

   (五)
あな心なの 村時雨、
 またも軒端に 亂れ來て。
しのにしをるゝ 玉の緒の、
 今や絶えゆく 心持する。

   (六)
絶えでよ、あはれ、玉の緒は、
 行きにし人の 立ちかへり、
ふる屋の時雨、今一度
 おなじ枕に きくまでは。