『抒情詩』 「いつ眞て草」より
<序>
詩とは何ぞや、無形の想、之を現はすに有形の物を以てす、是を是詩と
いふなり、故に既に詩といふや、形を離れて想獨り存することを得ず、
想を離れて形獨り存することを得ず、必ずや想形相待て、爰に始て詩の
存するものとす、然して彼想なるものは虚なり、形なるものは實なり、
故に又詩を作らんとするものは、必ず此虚實の妙用を知らざるべからず、
蓋し虚は猶實の如く、實は猶虚の如し、虚々實々、實々虚々、玄の亦玄、
妙の亦妙能く之を究め、之を盡せるものにして、始て妙詩を作ることを
得べし、昔人シヱクスピヤ、ミルトン、バイロン、プウシキンの如き、
よく鬼神の巧を奪ひ、造化の腕を扼して、千歳不滅の名作あるものは、
實に此虚實の妙用に達せるに由らずんば非ず、後の詩を作るもの、宜し
く此に鑑むべきなり、因て以て序となす。
於時明治卅年二月中旬、落葉ちる浮世の嵯峨の屋の破窓下に
小むろ識
【山蔭の翁】
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山蔭のはにふの小屋を
誰歟(か)いふ浮世の嵯峨と
板びさし月も洩るるなり
葎(むぐら)はふ窓を開けば
うき我にもの思へとや
冷まさる野寺の鐘
かう/\と無常を語る
はら/\と落る木葉を
時雨かと嵐にとへば
から衣うつ音とかはる
ながらへて世を忍べば
ふり注ぐ涙の雨に
敷妙の袖も打ゆく
あゝ浮事を誰に語らん
すみわたる月に向ひて
語らひし友はと問ば
木枯の果にと答ふ
鳴渡る雁を呼びて
契にし人はと問ば
苔むせる塚の下といふ
あゝ戀命一夢なりけり
【厭ふ浮世】
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紅葉するゆふべの山に向ひては
何を歟(か)しのぶ我心
ふり注ぐ暮山の雨に對しては
何を歟うらむ我心
思へば/\神よ汝は
何とて我を生みにけん
思へば/\浮世とは
浮める雲の世をやいふ
世を棄つ世に棄られつ
幾歳をふるさとの月
忍べどもまた忍べども
昔に返す由もなし
いざさらば名利の二ツ
斷てぞ入らん山の奥
うゐの風のふかぬ山蔭
眞如の月を友として
【白髪翁】
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散てゆく花の蔭に
わが身の春は消ゆきて
うき世の秋の身にぞしむ
あしたゆふべの風さむし
山をも抜んいにしへの
力も今はおとろへて
猪をも打ん古の
血氣も今は影もなし
世を秋風の髯を吹て
K髪の雪とかはれば
戀故もえし胸の火も
空しくもえて消にけり
闇の惡魔のわれに來て
ゆふべの夢をおどろかせば
苦や樂やみだれ/\て
心の海に波をあぐ
甲斐なきものは老の身よ
昨日のうきを送りては
今日の悲しみむかへつゝ
何をまつとて世には住む
嗚呼戀命そをしも知らず
人の身の幸そをしも知らず
一生を仇にくらして
月影のかたむく今
何を悔て身を恨む
打よ煩悩の犬
ふるへよ斷妄の劒
世の覇絆きりはらひて
一心に彌陀をたのまん
南無阿彌陀佛々々々々々々
【荒野の曙】
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東雲に殘月消て
朝風に霧の晴れば
面白し萬里の平沙
蓬枯て風寒く
人跡絶て霜白し
山あり左手に聳ゆ
杉あり嶺に長ず
鷲あり天空を舞ふ
大なる哉沙漠の眺
天高く地ひろし
【おさなご】
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塵の世の塵にそまぬ
おさな兒の心ぞきよき
すや/\とねむるゆふべ
燈火の影に見れば
うちけむる眉の匂ひ
露たる/\頬の笑顔
びいなすの神の化神耶(や)
人を戀ふ夜半のなげきも
きぬ/゛\の別の涙も
つれなきを恨む思ひも
戀も無常も露知らず
春を待つ胸のねぎ言
おちぶれし日のうき貧苦
餓、凍、世のいつはり
其をしも露しらず
小やかな二布の蒲團に
清やかな夢を結びて
罪もなき寝貌のやさしさ
神ぞ可愛き我愛よ
守らせたまへ我神よ
【かたみ】
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散てゆく花一片の命にも
造化の力こもりぬと
思へば愛のまさるらむ
捨てある反古一枚の紙なれど
友のまごゝろこもりぬと
思へば愛のまさるらむ
うつろはぬ花の昨日を思ひては
なき人の身の忍ばれて
盛なる友の昔を慕ひては
昨日の花の忍ばれて
かり染の書捨ながらなき人の
形身となりし反古一枚
涙の種となりにけるかも
【述懐】
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酒はのめども心は醉はず
花は見れども氣は浮ず
月に碎けて露に散る
涙のそこのこの思ひ
戀歟(か)無常耶(や)無常耶戀歟
人に言はれず我身に知れず
世は春ながらひとりねの
床にねざめの浮苦勞
つもり/\て軒の雪
はらふひまなき涙かな
【露を哀む】
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朝貌の葉末に宿る露の玉
そよふく風もかたきにて
けぬ間を頼む命哉
庭にたはむるおさな兒よ
汝がもぎどうな袂をば
かごと斗も葉末にふれ勿
ふれなば露の玉と散る
【もの思ひ】
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さみだれの晴間をまつの月ふけて
ひとりくよ/\もの思ふ
戀ぞ心の亂れなる
山寺の鐘も無常の音さへて
此處も浮世歟(か)時鳥(ほととぎす)
君を戀しとないてゆく
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