詩集『羊城新鈔』より
【旅鴈抄】より
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珠江の水は東し西し
淡く濁り、
いづくに流れ
いづくに去るともなく。
舟をうかべて東し西し、
水に生まれ 水に消えてゆく子供たち。
江のほとり、頽れた家の籬に
咲いて散る かっ香(かはみどり)。
珠江の水は東し西し
詩集『縹緲』より
【香澳詩鈔】
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○
窓の硝子にさはる 椰子の葉、
窓下の遠くの家に
唱歌をうたふ 子供らのこゑ、
この
部屋のなかは
曇り日の光に陰つてゐる、
私はじつと見まもる
Nangazagiuの立山の
フランシスコ派聖人の
殉教圖、
かがやく蒼穹のもとの 槍の穗先、
海には帆船も見えてゐる、
大人にまじる 彌撒(みさ)答への子供たち
アントォニオや トマス小崎、
さうして十二歳のルイス、
その顔に喜びの色さへ浮べて、
デゥスのもとに去つた魂、
ゼズス、マリヤよと叫ぶ人々の聲と
その慟哭の聲とは
天の星座にまでも達したと、
この
薄暗い隅には
うつらうつら睡る
混血の葡萄牙人(ポルトガルじん)。
1939年初夏
澳門博物院にて
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(註)
■Nangazagiu=不明
■殉教圖=殉教図
■彌撒(みさ)=ミサ
【沖縄島】
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○
驟雨のあとで
水のたまつてゐる貝殻、
眞珠のやうな反射が ふるへてゐる。
縹緲とひろがる海に
珊瑚礁はかくれさうになる、
かくれようとしてはまた現れて
見えないところに
女たちの 笑ひさざめく聲がひろがる。
沖縄島にて
○
月の光か 夜明けの光か
記憶のはてに茫とかすんで
暫くは いきづまるやうな靜寂、
そのうち
K地に金の箔のある蝶が飛びたつ、
つひには 騒然たる聲が起つて
何もかも
深い霧にとざされる。
珊瑚座にて
○
雨の中を發つてゆく双發機、
翼は濡れて 光つてゐる、
一きは鮮かな赤と白。
かの時は
香港は啓徳飛行場、
重慶行の大型機、
機體の點検をする 暗鬱な顔の支那人の年、
朝の一(ひと)ときを 賭博に耽る
英國人の教官たち、
雨に冷いティルーム、
ガブレンツ機を待ちうけて
私たちは 靜かにお茶をのんでゐた。
うつり變る 空と光と。
もう見えぬ、
私は濡れて佇つてゐる、
今も。
那覇飛行場にて
+------------+
(註)
■縹緲(ひょうびょう)
かすかではっきりしないさま。果てしなく広いさま
詩集『豹紋蝶』より
【村】
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街道に 並び立つ
欅の若葉、
日がさせば 透きいるほどの酷Hり、
月の夜は 靄にけぶり
風ふけば 葉うら 輝く。
いつの日か この大樹のもとに
「むかし むかし ぢぢとばばとありけり、
ぢぢは山へ しばかりに
ばばは川へ せんたくに」と
昔がたりをなせし人々。
この街道を 花嫁の馬にてゆくを
見送りし 幼き者。
彼等はねもごろに祭祀をいとなみ、
村をつくり、
防人となり、
母となり、
名も知られず、
遠く遠くへ去りながら
靜かに 多くのものを 傳へていつた。
遠く村を離れた者は
日を重ねれば 重ねるほど、
並木の村の美しさを 偲んで、
時には聲もなく 泣き出しさうになる。
さうしてはまた 蘇り、
生氣づき、新鮮になる。
街道の欅のあたりに むらがる人、
そこに 小さいながらも 幸福な
昔ながらの村がある。
遠くにいでてゆく人たちの起點となる
うるはしい世界の團欒(まどゐ)がある。
故郷を有する者にのみきこえる
永遠の母の歌がある。
【冬】
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月のあはい夜であつた、
藪かげに雪はのこり
道のべの枯草のもとに
氷薄く、
私はどこから 提灯をさげて
かへつて來た。
私はランプのかげに
祖父がつくつてくれた罫紙をあてて
「常陸は本(もと)より志す方なれば
御志ある輩、相計ひて、義兵強(こは)くなりぬ」と、
むかしの文章の一節を寫しとつた、
すぐに私の手はかじかんだ、硯の水も凍つた。
長い年月を經て、昔の人は みんな 遠くへいつてしまつた、
物悲しいすすりなきのやうな聲がきこえて、
それも次第にかき消え、
今は鋲をうつ 槌の音が いよいよ高まる、
祖父が私に教へようとしたことは何であつたか、
寒さのうちに 槌の音は いよいよ高まる。
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