長谷川春草

はせがわしゅんそう(1889-1934)

東京芝に生まれる。本名金之助。年少にして俳諧を知り、時に新體詩流行の機運に會し「文庫」に詩
を送り、これが作數篇あれど勞する事纂くして止む。後に籾山梓月の知遇を得て「俳諧雑誌」の編輯
に任ず。師事せしは渡邊水巴。詩集『水のふるさと』の他に歿後『長谷川春草句集』が刊行される。
                                 /「昭和文学全集41」より


詩集『水のふるさと』より

「序にかへて」

わが盛れる夢のうまざけ
盃にあふれみちたり

しろじろと月のウオツカ
ほのぼのと曇るシエリイ

さびしさはあふれこぼるゝ
盃の夢のうまざけ

わかうどよ灯かげ靜かに
ともどもに酌みて醉はずや


【水のふるさと】

水のふるさと うろくづは
波のふすまを みなかづく

蒼き夢路の はかなさに
なみだながしてさまよはゞ

千尋の底に 珊々と
眞珠は 光り失なはむ

しづかなれ 水のふるさと


【今戸橋】

黒き外套ふかぶかと
椋鳥の身をつゝめども
すみだ渡つて來る風が
昔しのべとそとさゝやけば
落つる涙をなんとせう

今戸の橋の雪あかり
昔ながらの夕ぐれを
やるせない眼にながむれば
翅が冷えるかあれ都鳥
波のまにまに飛ぶばかり


【窓の灯かげ】

わが住める町の家並の
窓五つともしび五つ
宵闇にひかりをなげぬ

うすうすと寒き灯こそは
やすらけき老の侘住み

ほのぼのとあでに染めしは
戀知りのひとのかくれ家

あかあかと澄める灯こそは
こと足りてたのしきめをと

かゞよひてときめく灯こそ
富を追ふ毒の花園

四つならぶ家並の末に
さめざめとわが泣く窓の
灯の色よありとしもなし


【すみだ川】

すみだ渡るは
さびしいものよ
心はろばろ身はひとつ

わたるすみだに
かはりはないが
けふは波間の影ひとつ


【雨】

雨が降ります
今戸の橋に
けふも明けたとさめざめと

雨が降ります
慶養寺の社に
けふも暮れるとさめざめと


【待乳聖天】

待乳聖天あら~さまよ
思ひ出草に
詣らりよか

思ひ出草にまゐるなよいが
心あら~
身も殺ろそ


【うそ】

うそのなさけに
ほだされし
ほんにおまへは
おろかもの

壁にうつりし
影を見て
さびしと云ふは
得手勝手


【春の旅】

つい今のさき
知つた人
下りてしまへば
知らぬ人

たゞ乗合のあだめきに
汽車はゆくゆく
春の旅


【おさがり】

窓がぬれそろ お降りに
ぬれてさむそな
汽車の窓

そさまの胸も
つめたかろ
霰小紋の春すがた


【かんぜより】

無理は男のつねながら
ひとの心もしらかみや
よつてくだんのかんぜより

ぢれたへうしのそらどけと
知つてゐながらきれよとは
てもあんまりな云ひがゝり

えゝなんとせうぜひがない
よりをもどしたその上で
いつそこんどはこまむすび
それがよいよいよいやさ


【生きわかれ】

お酒三本 盃二つ
コールビーフにハムサラダ

春によく似たあたゝい
師走の宵は更けたれど

さてなんとせうこゝを出りや
右と左へ生きわかれ


【影法師】

逢ふた影ならわかれにやならぬ
添ふた影ならはなれにやならぬ
さびしがるまい夕月夜

いつそひとりで どこまでも
踊れ 踊れ 影法師

ひろい夜道を どこまでも
踊れ 踊れ 影法師


【小鳥】

小鳥よ 小鳥よ なにをしに
月夜の園におきやるぞ
花つやゝかのかゞやきに

小鳥よ 小鳥よ なにをしに
闇夜の園におきやるぞ
蕊をこぼるゝ香高さに

小鳥よ 小鳥よ なにをしに
風吹く園におきやるぞ
花が散ろかと えゝまあそゞろ


【歸雁】

春が來たとて
雁が鳴いて歸る
遠い野山の空かけて

泣いてゆく身に
かはりはないが
わしのゆくては
雲ばかり


【月夜鴉】

月夜鴉がなにさみしかろ
どうで阿呆のにくてぐち

木々の夜風がなにさみしかろ
どうで空吹くよそごゝろ

更けた雨夜がなにさみしかろ
ぬれる相手のないひとり


【十九】

わたしや十九よ
でもねえ
男なんぞは大きらひ

あれ今朝かけた
葛ひきの
白くも寒くも
知ることか


【合歡】

ねむの寢顔の
愛らしや
蜻蛉がのぞく
つぅいつい

ねむの夢路は
もゝいろか
枝がおもかろ
眼をさませ


【月見草】

誰に見しよとて
月見草
宵の化粧を
することぞ

闇のふかさに
ほろほろと
露のなみだが
いぢらしや


【紫陽花】

雨が降るとて
色かゆる
まあま うわきなあぢさゐ

空が蒼いとて
色かゆる
まあま うわきなあぢさゐ


【らくがき】

おまへと わたしの
名がふたつ
黒塀に書いて あつたとさ

どこに
どこに

どこか知らねど
うき世のすみに
      さあさ


【男より】

うそぢやないぞへ
今日このごろは
戀もなければ
愚痴もなし

さむい夜風に
街へ出て
お酒飲むのも
出來ごゝろ


【女より】

ひとりがよいと
口ぐせに
云つてゐながら
時雨降る
宵々ごとの茶碗酒

落すなみだは
えゝ なんぢややら


【千鳥】

雪のすみだの屋形船
帶がとけそろ
博多の帶が

戀路の闇に帶どめの
銀の千鳥が
     飛ぶわいな


【河原の月】

河原の月にすゞむなら
銀のかむざしやさゝぬもの

ぬけて落ちたら
ちやりゝと鳴つて
ひとが見かへろ
      はづかしや


【夜半の寢ざめ(1)】

ひとり寢の
夜半の寢ざめぞ
はかなけれ

戀しきひとの
おもかげは
闇にありても
ほゝえまず


【夜半の寢ざめ(2)】

チャルメラの
呪ひの歌も
更けしかな

「昔戀ひにし
ひとり ひとり
仇しをとこと
みな寢たり」


【夜半の寢ざめ(3)】

音高く
柱時計は
四つ鳴りぬ

眠りかねたる身を
あはれみて
枕時計よ
もの云はぬ


【夜半の寢ざめ(4)】

このまゝに
いつそ起きよか
また寢よか

ひとを思ほか
よしにしよか

えゝ
寢ざめごゝろのまゝならぬ


【虫q】

やり虫qの
虫qの戀こそ
ほのかなれ

ふたりが中に
ひらひらと
落ちてくるまを
いろにでて


【まり】

袖ふかく
かくせし毬を
見たきかな

かゞれる中の
くれなゐの
糸の亂れの
ありやなしや