山本露滴

やまもとろてき(1884-1916)

歌人・詩人・ジャーナリスト。本名は喜市郎。大分県生まれ。電信技術伝習所、国語伝習所などに
学ぶ。浅香社門。北海道において「北鳴新聞」「新十勝」などに関係し、1909年「実業之北海」を
創刊した。以後さまざまな出版事業に従事したが失敗に終わった。北海道を歌った詩歌集『金盃』
と、友人岩野泡鳴編集による『山本露滴遺稿』がある。/「日本近代文学大事典」より


詩集『金盃』より

【新春十勝原頭に立ちて】
       (某氏のものせる畫に題す)


橇作(つ)けし、道の一條(すぢ)、
涯遠み、雪に起り、
雪に消えたり。

森こそは、
ひとつあれ、
遠方(をち)にうかびぬ。

たゞひと面や、しろがねの、
眩ゆき燦陽(はなび)垂れ映えて、
春よ、大陸(おほくが)。

いま、紅靄ぞ雪にもゆる、
さはれ、冷(ひえ)、
骨徹(とほ)す。

まつげも凍る、
六十里、われのみぞ、
旅にして立つ十勝原。


【秋晩十勝河畔に立ちて】

落日纎(ほそ)照る十勝河
紅樹彩湧く両林の、
散り浮く葉舟、靈誘ひ、
行くよ、ゆら/\、詩の扉に!

ゆらぎ荒さの靈冷や
穗彩の波の碧透き
縫繪浮くかも、滑ら石
とろろ、燕脂のしぶきする

六十間の遠岸(をちきし)ゆ
「暮」を案内の名なし鳥
あれ、金銀の揉瀦(やわはかぜ)
舞へば紅葉のあられして

燃ゆる緋うすれ、銀鼠(はいがね)の
雲、今、森と際を無(な)み
淺宵(さよひ)寂びぬる氣の下り
水上下流(みなかみしも)も暗青(あんじやう)や、

「忘れじ夢の跡追はむ
人」の風情をさながらに、
みだれ葉縫ひて歸れ鳥
と思へど搖(は)らず、梢塒(すゑねぐら)。

さゝやぎ恍(と)くる十勝河
薫(くゆ)る廣野の草つゝみ
コタン呑み來し大陸(おほくが)の
暗(やみ)の帳ぞ領(りやう)しぬれ。


【街の夜雨】

  社の歸り、傘はあらぬを
  インバネス被冠(かつ)げる身なり。
  待たるゝも見むもあらねば
  かへり見の眼にいる街や
  うつゝなの思ひを湧かす。
  そを興にわれはたゝずむ。

肩埋めて木皮衣(あつし)をくだる。
蓬髪を雨の雫す。
後姿(うしろで)の、メノコも行けり。
菰被(かつ)ぎ駒の背ながら。
濡(うば)れつゝ、沈想(しづ)める樣に。
すれあひし人もありけり。
濡れ砂利をきしめく車。
とぼ/\の馬の足音や。
それもはや、仄に燿(かゞ)えし。
暗の眼の彩角燈も。
横丁にそれぬる、今は。
指ながら人はあらざり。
み膝をし枕の人は。
華やぐを頬にや含む。
敗殘の種族人(いろくづびと)は。
慈悲光(みひかり)の聖園にや趨る。
倦んじたる、あゝ、初閨(うぶねや)の。
夢ならぬ夢も見あらむ。
種夢(いろゆめ)のかをりをつゝむ。
柾(まさ)屋根はむせび音艶(ねえん)に。
暗内(やみぬち)ゆ吾(あ)にぞほの寄る。
軒燈(のきのひ)はをはりのはえと。
おとろへの、雨街(あまち)をぼかす。
三つ四つの――それも消えぬる。
おもひよりさめたる眼して。
遠見れど 直ぐなる廣路。
両軒の幾十の遠方は。
ものあらぬやうにくろずみ。
「眠~」の奇しみ力に。
世はなべて覺(おぼえ)ぞ無かる。
こゝはしも。大陸(おほくが)めける
ひろ原に、新なる街の
帶廣や。その大通り
九丁目ゆ 東見たる――
春雨の夜の十二時。
吾はやがて戸をあけなまし。