大塚楠緒子
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おおつかなおこ・くすおこ(1875-1910)
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| 東京麹町生まれ。本名久壽雄。東京女子師範付属女学校を首席で卒業し小屋保治と結婚。才色兼備の夫人との聞こえ が高かった。小屋保治は東大哲学科卒。東大に邦人教授として初めて美学・美術史講座を担当した。16歳の時、佐佐 木信綱のもとへ入門して以来終生歌作を続けた。のち新体詩・小説・翻訳・戯曲等、幅広く執筆。1895年発表の軍歌 『泣くな我子』は作曲されて流行し1905年、「太陽」発表の厭戦詩『お百度詣』は与謝野晶子の『君死に給ふことな かれ』と並んで有名。/日本現代詩辞典より |
| 【すて石】 ▼ 冬は枯るれど春芽ぐみ、 夏は繁りて秋みのる、 この天地をよそにみて、 同じ処に同じ影、 同じ形に同じ色、 雨の降る日は雨に濡れ、 風の吹く日は風のまゝ、 鳥をとまらせ、鳥來れば、 人を休ませ、人來れば、 育ちもやらず減りもせず、 花も咲かねば實も生(な)らで、 倦まず動かず道ばたに、 寝てか醒めてか圓き捨石。 【お百度詣】 【忘れはてしと】 【淡き夢】 |