大杉 栄

おおすぎさかえ(1885-1923)

香川県丸亀の生まれ。父は軍人。名古屋の陸軍幼年学校を中退、上京して東京外国語学校フランス語科に学ぶ。
在学中から幸徳秋水、堺利彦らの平民社に出入り。卒業後社会運動に身を投じてたびたび入獄、そのつど一犯
一語を目標に外国語を習得。1912年、荒畑寒村らと「近代思想」「平民新聞」などを創刊、アナーキズムの中
心人物としてめざましい文筆活動を展開した。おもな著作は「生の闘争」「労働運動の哲学」「クロポトキン
研究」等。関東大震災の混乱の際、妻伊藤
野枝と共に甘粕憲兵大尉に殺された。 /「ちくま文学の森3」より


社会か監獄か

お互いに
君と僕と恐れている。

お互いに
君は僕に対して、僕は君にに対して、
自分を保護するために、
ここに社会という組織を作った。

君は僕の敵だ。
僕は君の敵だ。

君は僕がやるに違いないと思い、
僕は君がやるに違いないと思う、
あらゆる悪意と暴行に対して、
民法や刑法の幾千箇条を定めた。

これが
君と僕の社会だ。
君と僕の監獄だ。

「近代思想」1913年4月號に発表


【Sans-Patrie の祈祷】

 おれが選んだのでもない、
おれが造ったのでもない、
ただ偶然がそこにおれを生んだ、
このドイツ国に。

 しかもただそれだけの理由から、
俺の生命の出費の下に、
盲目の服従と忠誠を強いる、
このドイツ国に。

 希くば、邪悪の神よ、
永遠の祝福を垂れさせたまえ。


【奴等の力】

なるほど奴等は力を持ってる。
ちょっとでも刃向えば殴りとばされる。
いかにも奴等は強そうだ。
だからみんな奴等の前にへこたれてる。

だが本当に奴等は強いんだろうか。
そんなに奴等は力があるんだろうか。
これは事実上問題にならん問題のようだ。
しかし僕等にはどうも疑われてならん。

僕等はだいぶん奴等に当って見た。
そしてそのたんびに僕等は負けた。
だが僕等はただ負けてしまったんじゃない。
負けるたんびに僕等の心に勝利が萌してた。

奴等は弱いんだ。奴等は力も何もないんだ。
ただへこたれてるみんなで奴等の力を作ってるんだ。
今に僕等が奴等の弱いことを見せてやる。
奴等の力を支えてるみんなをどけてやる。


【自由の前触れ】 フローベル

 魂は今眠っている。他人の言葉に酔っている。
 けれども、やがて狂乱的覚醒の時が来て、解放の喜悦
に耽るようになる。その周囲には、もう何の礙げもなく
なる。政府もなくなる。宗教もなくなる。何の法式もな
くなる。
 立法を組織して修道院のような社会を建てようと夢み
ている、あらゆる流派の共和制主義者等は、私には、世
の中のもっとも野蛮な先生のように思える。
 私は、これと反対に、いっさいの規則はなくなり、障
壁は覆えされ、土地は平にされてしまう、と信ずる。そ
してこの混乱が、恐らくは自由を前触れるのである。
 いつでも先駆けをする芸術は、この歩みを、少なくと
も、あと追うて来た。
 今立っているものに、何の詩があるか。


【むだ花】

生は影響の闘いである。
自然との闘い、社会との闘い、他の生との闘い、
永久に解決のない闘いである。

闘え。
闘いは生の花である。
みのり多き生の花である。

自然力に屈服した生のあきらめ、
社会力に屈服した生のあきらめ、
かくして生の闘いを回避した
みのりなき生の花は咲いた。
宗教がそれだ。
芸術がそれだ。

むだ花の蜜をのみあさる虫けらの徒よ。


【野獸】

また、向う側の監房で、荒れ狂う音がする、
怒鳴り声がする、歌を唄う、
壁板を叩いて騒ぎ立てる。
それでも役人は、知らん顔をしてほうって置く。

いくど減食を食っても、
暗室に閉じこめられても、
鎖りづけにされても、
やっぱり依然として騒ぎ出すので、
役人ももう何とも手のつけようがなくなったのだ。
まるで気ちがいだ、野獣だ。

だが俺は、この気ちがい、この野獣が、羨ましくって仕方がない。
そうだ!俺は、もっと馬鹿になる、修業をつまなければならぬ。

「近代思想」1913年9月號に発表


【みんな腹がへる】

みんな腹がへる。
自然の法則だ。
みんなが食わなければならぬ。
正義の法則だ。
みんな食う。
待たれる法則だ。

改良!
平民のための改良!
平民のための監獄改良!

 こっちの定住者からあっちの定住者へ、
 その贅沢品を背負って運び廻る、
 なるほど君は身軽なそして自由な旅人だよ。
 どうだい、小剣!


【道徳非一論】

おれの舟のへさきが
打砕き打起して行く波の行衛は、
おれにも誰にも
末の末まで分らない。

砕かれた波の、起された波の
波の行衛に控えはない。
波は波自らの運命を
辿ってゆく、拓いて行く。

おれはただ、
おれ自らの道を求めて、
おれのいっさいを賭けて、
未知の彼岸に漕いで行く。


【この醉心地だけは】

   エ・リバタリアン

 彼等は彼等じゃなかった。
 彼等はさらに他の彼等に巧みに掩いかぶせられた幾重もの殻に
包まれていた。そして彼等は、その中身の彼等自身をあるいは他人
だと考えさせられ、あるいはまたその存在をすらも忘れさせられてた
だその上っ面の殻だけを彼等自身だと思い込まされて いた。

Wah! Wah! Wah!
Bara-bara! Gara-gara! Doshin!
Wah! Wah! Wah!
叫喚、怒号、○○、○○、○○、

 いま、彼等は彼等だ。中身だけの彼等だ。
 彼等にはもう教えられた何ものもない。強いられた何ものもない。
瞞しこまされた何ものもない。すべてを彼等自身の眼で見る。彼等
自身の心と頭とで審く。彼等自身の腕で行う。彼等自身の魂を爆発
させる。

Wah! Wah! Wah!
Bara-bara! Gara-gara! Doshin!
Wah! Wah! Wah!
叫喚、怒号、○○、○○、○○、

 彼等はまた旧の彼等に帰るだろう。彼等自身じゃない彼等に帰る
だろう。そして再びまた彼等自身を忘れてしまうだろう。

 短かい酔だ。しかし、彼等が彼等自身に帰ったこの酔心地だけは…


【入獄から追放まで】

魔子よ、魔子
パパは今
世界に名高い
パリの牢屋ラ・サンテに。

だが、魔子よ、心配するな。
西洋料理のご馳走たべて
チョコレトなめて
葉巻スパスパソファの上に。

そしてこの
牢屋のおかげで
喜べ、魔子よ
パパはすぐ帰る

おみやげどっさり、うんとこしょ
お菓子におべべにキスにキス
踊って待てよ
待てよ、魔子、魔子。