兵隊
【兵隊】
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(1)
兄弟!何を考へてゐるんだ。
銃を握つた手に葉蔭が戲れてゐる。
掃除が出來たら銃口をのぞいてみろ。
ラムネ玉のやうにつまつてゐる空で
梧桐の葉が鶏を酎ナくのがきこえる。
そこでお前は思ひを皆んな故郷へまで發射させろ。
その銃身の西洋錐のやうにねぢれた光にそうて。
俺は湯になつた水筒の水を飲んで、
鐵(かな)臭い匂ひの中で、水道と女の齒を思出すのだ。
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(註)
■梧桐(ごとう)=アオギリの異名。
■西洋錐=ボールトキリ、クリコキリ
【漁夫】
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(2)
夜明けだ!
夜明けだ!
夜明けだ!
黒インキの水のなかへ漬けて置いた
錨と俺達の心を引上げよう
洗面器のやうにい朝霧に顔を洗はせつゝ
俺達のからだをバリカンの齒のやうに組合せよう。
長い櫓がいうねりを庖丁で切り
胸は鐵の機械のやうに休みがない。
兄弟!俺の腹に響くお前の腰の力
俺もお前と同じことを考へてゐるのだ。
女が太股をはだけて雨戸を繰る頃だ
帶を結び換へるために乳房をぶるぶる振はせる頃だ。
女、女、女……俺たちは還つてゆく。
間もなく岸壁が霧の中から
鯨のやうに現はれるだらう
岩の上の女達の髪を朝の陽が染めてゐるだらう
兄弟!今日繋留索(もやひづな)を投げつけるのは俺の番だ。
だが俺達は互に心を隱して、
雪のやうな泡の中へ魚籃とともに飛び下りるだらう
女の眼にはこの褌の白さが痛く沁むだらう
俺の鼻先で舟を押す女の尻が大きく動くだらう。
瓦斯燈のやうな魚の光りで、俺は女の顔を讀むだらう。
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(註)
■雨戸を繰る=さて、マンション育ちのあなたには不明か?
【獵師】
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(1)
この徑は樹根が多いから
肩で鐵砲がとび上る
その度に俺は女を思ひ直してゐる。
白犬(しろ)!おまへはよくはずむ護謨玉だ。
よし、もつと急がう。落葉達の聲を呼び醒しながら
徑に落ちた木漏れ陽の猪ムを浮立たせながら。
白犬!お前の耳を枯葉のやうに動かせろ!
雉子だ……昨日も雉子だ。一昨日も雉子だ。
だが、今日の俺の尻をたゝくのはまだ煙草入ばかり。
いまいましい思出だが、しかし淋しいぞ
倒れ木の葉から尻毛の見えた夫婦(めおと)雉子
二窒セつたことが打つのを躊躇はせたのか?
椎の木肌に推しつけた心臓が冷々と縮んだためか?
精液に似た樹液の香に咽せたためか?
然し俺は鐵砲を身がまへると父親(おやじ)そつくりになるのだ。
白犬!
そのとき、眼と耳とに精鋭な氣魄を表はし、
銃口から俺の火がとび出すのを
白犬!お前もどんなに待つだらう。
俺は白い煙の間は、弾丸のやうなお前を見たではないか!
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(註)
■護謨玉=ゴム玉。当て字
■雉子=きぎし。キジの古名。きぎす。
公園
【浴場】
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銅の湯槽が私のものになつた。
タイルの白い床にざあざあと溢れる湯が
ガラスのせゝらぎを作つて朝を流す。
女の兒がゴム人形になつて坐り
桶に被せたタオルを風船玉の頬が吹いてゐる。
トンボの眼玉のやうな石鹸玉がもれ上り
天井の色硝子を映して女の兒の瞳へ近づく。
幼い頃は自分の夢を作るのが上手だな!
からだ中を眞白な石鹸にしたので
私も南洋土人になつた。
皮膚には生毛の感情が甘へてゐる
ぷすぷす不平を云つて消えるものがある。
感觸を失つた思ひは流して了はう
……鏡の前で私だけが俄雨にたゝかれる。
顔にひつついた髪毛の中を水の感情が流れた。
私は小鼠のやうな自分の……を見る。
【朝】
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このポンプ井戸は嫌な泣き方をする
私はまた首をひねられる鶏を思ひ出す。
水の束が泣く兒のやうに洗面器を踏み鳴らし
樹漏れ陽が濡れた足の爪をなめる。
葉蔭一杯の洗面器から雀がきこえる。
水底の陽炎へ兩手を挿入れると
手首は水際から切り取られて
白い琺瑯に描いた果物のやうに曲つて光る。
これが女の手を握るのに餘りに醜かつた手だらうか!
私は嬰兒のするやうに手を陽に翳した。
皮を剥いだやうな指に女の血が流れてゐる……
水が胸を傅つて腋の下を擽つた。
【旅】
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走るばかりの汽車は信用がおけない。
私の頭腦から揺り出される女、女、女……
空氣枕ではゴム臭い乳房が弾み
硝子の中では髪と齒ぎしりの音
白い朝が硝子の外を走りつゝ眼を覺した。あくびだ。
硝子戸が窓から畑へ飛び下りると
朝は白い手をぬつと差入れる。
私の頭を壓へてゐた莨の煙は猪ムであつた。
皆消えてしまつたので少し可哀さうだよ。
錬齒磨は白いので終りまで押出したくなる
鏡を見れば女の齒だ。
顎鬚よりこはい毛が私の齒をこすつた
私の顔は鏡をゆがめた。旅だ。
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(註)
■壓へて=壓=圧の旧字=押えて
■莨=たばこ
【W.C】
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洗面器のやうに白い便器の中で
勢のよい一本の放げがナフタリンを弄ぶ。
大膽な放尿ほどこころよいものはない!
私の齒は莨の吸口をくたくたに咬んだ。
眼鏡の下から煙とアンモニアが眼にしみる。
漆喰塗りの壁の中を汽車が通つてゐるらしい。
廊下をわけの解らぬことを喚いてゆくものがある
どうせ地下室だ。地震がきたら終ひさ!
放尿は頭脳をよくするか!
洗ひ流しの水で便器が合嗽を始める。
便器よ。くだらない心配をみんな飲み下してくれ。
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(註)
■大膽=だいたん=大胆
■莨=たばこ
■合嗽=嗽=うがい
【犬】
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犬よ。紫の舌を垂れた野良犬よ
あばらを蹴られたので舌が長くなつたのか!
植込の濡れ葉が男と女の瞳をまねする
噴水の中ではい電燈が泣いてゐる。
白い皿の上で骨のやうなフオークが鳴り
卓の下の薄闇で足と足が觸れ合つてゐる
犬よ。卓をくゞつてきたので眼が悲しいのか!
お前の濡鼻の前の私の靴は
今日の興奮に電燈を映して白い。
大理石の斑に零れたビールの泡がつぶれて
皿にあるのは汚れたキヤベツばかりだ。
白いエプロンよ。私と犬を暫く追出さないやうに
私の犬よ。お前のラムネ玉で見上げないでくれ
尻尾で瀝を掃くことをやめてくれ
情をかけることは私に怖しい。
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(註)
■瀝=れきせい=炭化水素からなる化合物の一般的総称。
アスファルトやコールタール
【雨】
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引いた硝子戸が電燈を辷り落して
私の背中を後からドンと押した。
荒々しく傘を開いて弱い心をまぎらす。
一つおきに前に出す靴に雨が飛びつく
雨水が傘の柄を傅ひ下りてそつと私に悲しみを握らせる。
今頃歸つても電燈を消して寝てゐるだらう。
私は酒をのむと頭が冴えてしかたがない。
舗石が急に明くなり
自動車がビクターを鳴らして通る。
これから家までまだ一時間はかゝる
私は再び白いテーブルが抱きたくなつた。
+------+
(註)
■辷り=すべり
【ミシン】
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期の空氣は頸と足の爪に冷く
蝉の衰弱をきくに耐へない。
女よ。ミシンを踏んでまぎらしてくれ。
力の罩つたミシンの響をきゝつゝ
目にもとまらない針の働きを眺めてゐると
針が私の頭を差すやうで氣持がよい。
女よ。もつと激しくミシンを踏んでくれ。
私に僅かな空想を追ふことを許してくれ。
その間にお前の指が小魚のやうに針を避けて
薄い縞セルに秋を縫込んで了つてもよい。
女よ。ミシンを踏んでくれ。
+------+
(註)
■罩つた=こもった
■縞セル=セルジの略。「セル地」と解して「地」を略したもの
サージ。合着用和服地
【げんごろう】
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私の机は髪よりもKい
原稿用紙のやうに電球にうつる障子の秋。
女よ。私は今もコップに水を握つて
電燈にくるげんごろうを待つてゐる。
……げんごろうはKいラムネの玉
休むまなく沈んでは浮き上り。
水の中で遊んでゐるかたくなで純な心よ。
女よ。そのKい瞳でこの水を覗かないか!
げんごろうがいま動かない泛子だ。
げんごろうのバネが壊れて了つた。
私の指がなんべんもKい釦を突いてみる……
げんごろうは本當に死ぬかも知れない。
女よ來てその細い指で觸れてくれないか!
+------+
(註)
■泛子=泛=浮
【眺望】
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凭りかゝる幹の皮を剥きながら、
このまゝ血管を爽かな樹液で置換へ
私は松樹の生と位置を換へてもいゝと思ふ。
海が常に今日のやうにいならば。
焚火
【炭酸水】
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樹影が卓子掛をレースにする
白の上に微風が薄紫を揺する。
い水平線で
二つの白帆が二本の指のやうに靜かに近寄る
私の友の瞳がそれを追ふのを見る。
勢よくはねる炭酸水の栓の音。
細かい飛沫が噴く爽かさ!
二つのコツプでは細い噴水を入交へる。
友よ。コツプの雪が檸檬にならぬまに。
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