大石喜幸

おおいしよしゆき(1910-1941)

高知県香美郡生まれ。1929年、川田和泉、今井嘉澄らと「樹林」創刊。 2年後に「南方文学」を発刊、【鍋釜の
歌】などプロレタリア傾向詩を書いた。「湾」にもかかわるが1934年以降、ナルプ解体後に中央で出る「詩精神」
「詩人」に参加、【水の思想】【射ぬかれた烏】【ぶらさがってくる奴】など強い意志を示す詩を書いた。プロ
レタリア詩人との交流も深まり、数度特高の取り調べを受けた。1940年、病気回復の見込みたたず望んで妻と離
別。1941年1月30日、洋服職人として死去した。                 /「高知県人名事典」より



【嵐の中で】

     ――伊井千歳に贈る――

嵐は今日も街々をかけずりまわっている
君は一度でもこの嵐の原因について
考えたことがあるんですか
それよりも もっと もっと
大きい嵐について
もっと現実的な
人と人とのつながりにおいて
人間個々において
人類全体において
水平線的な 風雨の原因について――
嵐の日の何もできない一日を
じっと反省の思惟にふけるがいい
君はきっと
希望の駿馬にまたがり
倫理の手綱をにぎることができるのだ

君はそのつぶらな瞳を輝かせるがいい
その瞳は星をあおぎ
詠嘆に曇らせてはいけない
君が今立っている地上
一尺平方周囲から観察すべきである
そして 一尺一尺拡大してみるがいい
君はそこで自分一人の
環境の愚痴はこぼせまい
君と同じ生活の
君以下のどぶ底にもがいている女性の
二人の三人の六人のかぞえきれないほどに
日本 最初の最後の女性として 人間としての
あえぎを あえいでいるではないか
嵐の後の草木が頑強に大地をふまえて
生きぬいているではないか
弱い葉ッぱと枯枝は
無惨にもふきちぎられている
強くなれ 強くなれ と
はんらんして河は呼びかけている
一滴一滴の水が集り集って
大きな力で動いているではないか

光りは闇より
良心の悩みこそ
輝く未来への掛橋でなければならない
一夜 嵐にさいなまれた
バラスの道を眺めるがいい
ごみとあくたは洗われて
今朝は まさごまさごの本性が
色とりどりに ほほえんでいる
きたわれ きたわれた もののみが
生きる
喜びの
青天に
青葉 青葉を
かざしている
根をはっている

『詩人』 1936年9月号に発表


【朝の出発】

あわたゞしい朝が私の夢の中に飛び込んでくる
寝床の上にはすでに新らしい新聞紙が匂つてゐる
食器の音が無理に私を起しに来る
私は体温を忘れて立ち上る
時間の風車はようしやなく廻る
ハミガキの粉雪を散らして小さくふるへる私
即ち洗面器を取つて頭から冷水にしびれる
そして 私は―
今日の船に乗り込む しかして舵棒をにぎる
二間四方の室内航路を走る私の眼
昨日の如し今日も平和であるために


【山の方】

黙々として幾千年の沈黙ぞ
この巨大な山脈は今尻から切りとられてゆくのだ
あゝ赤いでこぼこの傷瘡よ
見上げる断面から流れ出るのは血だ

今日も土方四五人あかず
カチン/\梃で打ち下し跳返す
彼等の面(つら)や腕は太陽にやけた赤土に染んでゐる
破けたシャツの裾で泥のついた面をこすつてゐる
頭上をかすめ 腹を横切る燕の方へ
ベツトつばを飛ばしてゐる

時に山は曇天に向って雨を呼び
南は風を 忽ち暴風雨は山々を村々を渦巻き
夜に入って轟々となだれ落ちて来る断面
朝泥々の中から冷めたい男を掘り出して来た
ふるえつゝ からみつく土方達
人間一匹 土を掘り返し荷車を引かねば乾物になるだけだ

山―
その脊(せ)に青葉を飾ったとて何にならう
最早や いやされぬ傷だらけだ