尾上紫舟

おのえさいしゅう(1876-1957)

岡山県津山町生まれ。本名八郎。一高在学中、落合直文の浅香社に入る。1901年東大国文科卒。
1902年『叙景詩』をだし、金子薫園とともに「明星」の恋歌に対抗していわゆる叙景詩運動を
推進した。これは短歌の運動であったが、この前後、新体詩人としても活躍し、訳詩集『ハイ
ネノ詩』(1901年)、詩歌集『銀鈴』(1904年)、詩集『金帆』(1905年)がある。ロマンチックな
うちに知的な思索味のこもる詩風。/「日本現代詩辞典」より


詩集『
金帆』より


 序

遥けき岸を恋ひそめて
理想(おもひ)の島を夢にみし
楫あげむとていくそたび
われは磯辺に立ちにけむ

花藻のゆらぎさだまれば
また海鳥の羽ばたきよ
潮さわぎて風あれて
夕日は波にながれたり

砂(いさご)に落つる涙もて
小さき歌はしるしつゝ
黄金を浴びて過ぐる帆に
将来(のち)の運命をうらなはむかな

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(註)
 ■楫(しゅう)=原文は手偏(揖)+戈(ほこづくり)
   =かじ、かい=舵・櫂のこと。


【声】

鴎むれ飛ぶ岩の上
のぞみに満ちてわが立てば
あしたの風はさゝやきぬ
「夢みたまへよあはれ君」

入日さしそふ島のかげ
思ひしづみてわが行けば
ゆふべの波はさゝやきぬ
「夢みたまへよあはれ君」

風と波とをよそにして
思になれし室(へや)のうち
何とはなしに額づけば
たふとき声はひゞきゝぬ

波よりもはた風よりも
まことの声はたかきかな
「夢みるなかれ夢みるな
夢よりなれる人の子よ」


【村】

朝の香たかき岡に立ちて
とよめく村のこゑきけば
むかしのわれにかへるかな
青葉につゝむ紫の戸の
中よりひゞく梭の聲
朝燒うつる里川の
末にはめぐる水車
鍛治(かぬち)の鎚にまじりつゝ
騎兵の蹄とゞろくよ
黍つむ車入りはてし
森よりおこる銃(つゝ)の音
賑はしきかな朝のこゑ
豊かなるかな朝の村
あゝ故郷もかくありし


【汝が心を】

汝が心を信ずるなかれ
夜の神闇の手高う拡げ
牧場も古沼も森も谷も
一つ沈黙(しじま)にかへしゝとき

くるしき夢をさ霧のめぐり
おもたき額を夜の気のうたば
汝の勇気はみるみる消えて
汝は恐怖の奴隷とならむ

汝が友をば信ずる勿れ
共にしあらむの契はかたく
手をとり入りたる広間の中
金燭銀燭燃ゆるのとき

一たび舞踏の楽の音ひゞき
小さき唇来てさゝやかば
汝にそひたる汝が友は
忽ち汝を離れて去らむ


【白鳥】

夕やけに翼をそめて
雪よりも白き水鳥
池のおもに今ぞ下りくる

葦かげに舟さしかくし
独わがうかゞひをれば
いひしらぬ思ひぞおこる

雪しろき山のあなたに
一くきの笛手握りて
さまよひし野のあさぼらけ

星消えて花紫に
鳥のこゑ水のさゝやき
人の世のあゝものならず

藻の花のしろきをわけて
しろがねの楫(かい)とる少女(おとめ)
まぼろしに見てしおもかげ

わが笛に舟はより来ぬ
わが笛を少女は吹きぬ
かくてわれ我等となりぬ

あさなあさな舟さしよせて
われ漕げば少女は吹きぬ
われ吹けば少女は漕ぎぬ

あゝ時よ何の力ぞ
おのが手に人の手はなち
楫はなちこゝに幾年

水草の花くひもちて
わが方によりて来る鳥
その人の使者かあらぬか
       魂かあらぬか


詩歌集『銀鈴』より

【往くべきもの】

往くべきものを往かしめよ
運命(さだめ)を人はいかゞせむ
地(つち)におちゆく樫の實は
神も梢にかへし得じ


【孤獨】 作/尾上柴舟

幸ある人と君はしも
戀人の手に急ぐらむ
われたゞひとりしかは云へど
われ惠むもの伴へり

そは碧なる大空よ
花にかざれる牧場よ
千年ふりたる森の夜を
さびしげに啼く鶯よ

そは靜なる白雲よ
生けるが如き水の音よ
高フ畑にたつ波よ
かろく飛び交ふ群鳥よ

薔薇なす人の唇に
腕(かひな)に君が息ふとき
ひとり上衣を夕風に
打ちまとひても我は行く

さまよふ人の影たえて
鳥はねぐらに歸りにし
暗の夜すがら光ある
夢見ながらもわれは行く