落合直文

おちあいなおふみ(1861-1903)

宮城県気仙沼生まれ。幼名亀治郎。仙台の中教院、東京の二松学舎、東大古典講習科に学ぶ。「孝女
白菊の歌」を「東洋学会雑誌」に発表し愛唱される。また、森鴎外と共訳のバイロン・シェッフェル
の詩『於母影』を出したり、浅香社を結成し、大町桂月、与謝野鉄幹らを擁して短歌革新を行ったり
した。/「日本現代詩辞典」より


【孝女白菊の歌】

井上巽軒氏のものせられたる白菊の詩ありこの歌それにな
らへりさて今の歌に古言をのみ用ゐるはたかへりかつ長歌
は五七のしらべにてうたひくるし短歌はことばすくなく思
をつくしかたしされは今よりはたゝ今樣のみやおこなはれ
なむおのれ兒童の唱歌にもと宇佐のつかひ檀の浦のたゝか
ひ吉野のみゆき湊川の子わかれなとあまたよみおけりいつ
れもみつから考へ出たるしらべなりつきつきにのせて人々
のヘをこはむこはそのひとつなり


その一
阿蘇の山里秋ふけて
なかめさひしき夕まぐれ
いつこの寺の鐘ならむ
諸行無常とつけわたる」
をりしもひとり門に出で
父を待つなる少女あり」
袖に涙をおさへつゝ
憂にしつむそのさまは
色まだあさき海棠の
雨になやむにことならす」
父は先つ日遊獵(カリ)に出で
今猶おとつれなしとかや」
軒端に落る木の葉にも
かけひの水のひゞきにも
父やかへるとうたかはれ
夜な夜なねふるをりもなし」
今宵は雨さへふり出てゝ
庭の芭蕉の音しげく
鳴くなる虫のこゑこゑに
いとゝあはれをそへてけり」
かゝるさひしき夜半なれは
ひとりおもひやたへさらむ
菅の小笠に杖とりて
いてゆくさまそあはれなる」
八重の山路をわけゆけは
雨はいよいよふりしきり
さらぬもしけき袖の露
あはれいくたひしぼるらむ」
俄にそらの雲はれて
月の光はさしそへと
父をしたひてまよひゆく
こゝろの暗にはかひそなき」
遠くあなたをなかむれは
燈火ひとつそほのみゆる
いつこの里かわかねとも
それをしるべにとめてゆく」
松杉あまた立ならひ
あやしき寺のそのうちに
讀經の聲のきこゆるは
いかなる人のおこなひか」
籬もなかばやれくつれ
庭には人のあともなく
月の影のみさえさえて
梢のあたり風そふく」
門へに立ておとなへは
かすかに應ふ聲すなり」
まつまほとなく年わかき
山僧ひとりいてきたり
しはしこなたをうちなかめ
あやしみ居たるさまなりき」
少女はそれと知るよりも
やかてまちかくすゝみより
妾はあやしきものならす
父をたづねてきつるなり」
あはれゆくへをしらしなは
いかてをしへて玉へかし」
少女の姿をよくみれは
にほへる花の顔に
柳の髮のみたれたる
この世のものにもあらぬなり」
山僧こゝろやとけぬらむ
少女をおくにさそひゆき
ぬしはいつこのたれなるか
つはらにかたれわれきかむ」
をりしも風のふきすさひ
あたりのけしきものすこく
軒の梢にむさゝびの
鳴なる聲さへきこゆなり」
少女はいよいよたへかたく
落る涙をうちはらひ
妾(ワラハ)はもとは熊本の
ある武士の女(ムスメ)なり」
はしめは家もとみさかえ
こゝろゆたかにありけれは
月と花とに身をよせて
たのしく世をはおくりにき」
ひと年いくさはしまりて
き千草も血にまみれ
ふきくる風もなまくさく
砲のひゝきもたえまなし」
親は子をよひ子は親に
わかれわかれて四方八方に
はしりにげゆくそのさまは
あはれといふもあまりあり」
この時母と諸共に
そこを出て立ちはるはると
阿蘇のおくまてのかれきて
しはしそこにはすみにけり」
後にしきけば父上は
賊にくみしてましますと
いふよりいとゝ胸つふれ
袖のひるまもあらさりき」
あけくれ父を待つほどに
はやくも秋の風たちて
雲井のかりはかへれとも
おとつれたにもなかりけり」
母はおもひにたへかねて
やまひの床につきしなり
日こと日ことにおもりゆき
つひにはかなく世をさりぬ」
父の生死もわかぬまに
母さへかへらすなりぬれは
夢にゆめみしこゝちして
おもへは今猶身にそしむ」
いかにつれなきわか身ぞと
思ひかこちてありつるに
去年の春またゆくりなく
父は家にそかへり來し」
母のうせぬときゝしより
たゞになげきてありけれは
世のならはしとなくさめて
この年月はすきにけり」
さきつ日かりにと出しより
まてとくらせどかへらねは
またもこゝろにたのみなく
かゝる山路にたつねきぬ」
妾の姓は本田なり
名は白菊とよひにけり」
父は昭利母は竹
兄は昭英その兄は
行あしく父上の
怒りにふれて家出せり」
風のあしたも雨の夜も
しのはぬ時のなきものを
いつこのそらにまよふらむ
今猶ゆくへのしれぬなり」
これをきくより山僧は
にはかに顔のけしきかへ
ものをもいはす墨染の
袖をしほりて居たりけり」
しはらくありて山僧の
少女に向ひいひけるは
夜もはやいたくふけぬれは
あくるあしたをまたるへし」
すゝむることはにおのつから
ふかき情の見えければ
さすかに少女もいなみかね
一夜はそこにかりねせり」
ねふるほとなく戸をあけて
あやしく父そいりきたる」
枕邊ちかくさしよりて
こゑもあはれに涙くみ
われあやまりて谷におち
今は千尋の底にあり」
谷は荊棘のおひしけり
いてゝきぬべき道もなし」
明日さへしらぬわかいのち
せめてはこの世のわかれにと
おもふおもひにたへかねて
なくなくこゝにはたつねきぬ」
ことは終らぬその先に
裾ひきとめて父上と
呼はむとすれはあともなく
窓のともし火影くらし」
夢かうつゝかあらぬかと
おもひみたれてあるほどに
曉ちかくなりぬらむ
木魚の聲もたゆむなり」

その二
夜もやうやうに明はなれ
こゝろもなにかありあけの
月のひかりの影おちて
庭のやり水音すごし」
少女は寺をたち出て
またもの暗き杉村を
たとりてゆけは遠かたに
きつねのこゑもきこゆなり」
道のゆくての枯尾花
おとさやさやにうちなひき
ふきくる風の身にしみて
さむさもいとゝまさりけり」
岩根こゝしき山坂を
のほりつおりつゆくほとに
み山のおくにやなりぬらむ
人かけたにもみえぬなり」
梢のあたりなくなるは
いかなる鳥のこゑならむ
木陰をはしるけたものは
熊のたくひにあるならむ」
こゝは高根かしら雲の
袖のあたりをすきてゆく
わか身をのせてはしるかと
思へはいとゝおそろしや」
はるはる四方をみわたせば
やままた山のはてもなし
父はいつこにおはすらむ
かへりみすれとかひそなき」
をりしもあとよりこゑたてゝ
山賊あまたよせきたり
にくる少女をひきとらへ
かたくその手をいましめぬ」
あなおそろしとさけべとも
人なき山のおくなれば
山彦ならでほかにまた
こたへむものもなかりけり」
山のかけちををれめくり
谷の下道ゆきかよひ
ともなはれつゝゆく程に
あやしき家にそいたりける」
やれかゝりたる竹の垣
くつれかちなる苔の壁
あたりは木々にとざされて
夕日のかけもてりやらす」
うちよりしれものいてきたり
をとめのすかたをみてしより
めてたきえものとおもひけむ
ほ手うちはらうさまにくし」
かねてまうけやしたりけむ
酒とさかなをとりいてゝ
のみつくらひつするさまは
世にいふ鬼にことならず」
かしらとおほしきものひとり
少女のもとにさしよりて
ひげをなてつゝいひけるは
われはこの家のあるしなり」
汝のこゝにとらはれて
きたるはふかき縁なり」
今よりわれを夫とたのみ
この世のかきりつかへてや」
わか家に久しくひめおける
いとも妙なる小琴あり」
幾千代かけてちきりせむ
今日のむしろのよろこひに
かなてゝわれにきかせてよ
うたひてわれをなくさめよ」
かりにもいなまむその時は
劒の山にのほらせて
針のはやしをわけさせて
からきうきめをみせやらむ」
少女はいなとおもへとも
いなみかたくやおもひけむ
なくなく小琴をひきよせて
しらべいてしそあはれなる」
風や梢をわたるらむ
雁やみそらをゆくならむ
軒はを雨やすきつらむ
岸にや波のよせくらむ」
いとも妙なるしらべには
かしこき神もまひやせむ
いともめてたき手ふりには
ひそめる龍もをとるらむ」
嵯峨野のおくにしらべたる
想夫戀にはあらねとも
父のゆくへをしのふなる
こゝろはなにかかはるべき」
みねのあらしか松風か
たつぬる人のことの音か
ひとり木かけにたゝすみて
きゝゐし人やたれならむ」
たつぬる人の妻音と
いよいよ心にさとりけむ
しらべの終るおりしもあれ
きりていりしそいさましき」
刃のひかりにおそれけむ
とみのことにやおぢにけむ
きられてさけぶものもあり
おはれてにくるものもあり」
きりていりにしその人の
すかたはそれとわかねとも
身にまとひしはすみそめの
ころもの袖としられたり」
わなゝく少女の手をはとり
月の影さすまとにきて
なおとろきそおとろきそ
われは汝の兄なるそ」
いざこまやかにかたらはむ
心をしつめてきゝねかし」
父のいかりにふれしより
こゝろにおもふことありて
東の都にのほらむと
つくしの海をは船出しぬ」
あらき波路のかちまくら
かさねかさねて須磨明石
淡路のしまをこきめくり
むこの浦にそはてにける」
こゝより陸路をたとりしに
ころは彌生の末なれば
並木のあたり風ふきて
ころものそてに花そちる」
都につきしその後は
たゝ文机によりゐつゝ
朝夕ならひし千々のふみ
はしめて人の道しりぬ」
父のめくみをしることに
母のなさけをしるたびに
くやしきことのみおほかれは
なきてその日をおくりけり」
こゝろをあらため仕へむと
ふるさとさしてかへりしに
いくさのありしあとなれは
そのさひしさそたゞならぬ」
みわたすかぎりは野となりて
むかしのかけもあらしふく
尾花の袖もうちやつれ
露の玉のみちりみたる」
こゝやわか家のあとならむ
そや父母の死體(カラ)ならむ
てらす夕日のかけうすく
ちまたの柳にからすなく」
たのみすくなきわか身ぞと
思ひわぶればわぶるほと
うき世のことのいとはれて
かの山寺にのがれけり」
朝夕讀經をするごとに
はかなきことのみかこたれて
よみゆく文字の數よりも
しけきは袖のなみたなり」
たちまちそなたのたつねきて
ことのよしをはきゝし時
そのうれしさはいかなりし
そのかなしさやいかなりし」
たゝにわか名を名のらむと
おもひしかともしかすかに
名のりかねたる身のつらさ
名のるより猶つらかりき」
あかつきふかくわかれしを
道にてこともやありなむと
あとをおひきて今こゝに
汝をかくはたすけたり」
そなたをたすけし上からは
こゝろにのこることもなし
この後なにのおもてにて
父にふたゝびまみえまし」
かの世にありてまたなむと
いひもはてぬに劒太刀
ぬく手もみせず一すちに
はらをきらむのさまなりし
少女はみるよりこゑたてゝ
かたくその手をおさへつゝ
なきつさけひつなぐさむる
こゝろのそこやいかならむ」
をりしもそらの霜しろく
夜半のあらしの音たえて
雲間さえゆく月影に
かりかね遠くなきわたる」

その三
四方にきこゆる虫の音も
あはれよわるときくほどに
あり明月夜かげきえて
みねのよこ雲わかれゆく」
しづかにそこをたち出て
あたりのさまをながむれば
軒のまつ風聲かれて
あれたる庭に霜しろし」
手をばとられつとりつして
かたみに山路をすぎゆけば
夕の賊のむれならむ
あとよりあまたおひてきぬ」
山僧それとしりしかば
はやくもをとめを遁しやり
ひとりそこにはとゞまりて
きりつきられつたゝかひつ」
しげる林ををれめぐり
谷のかけ橋うちわたり
少女はからくにげたれど
あとにこゝろやのこるらむ」
きられていたではおはせぬか
兄上さきくましませと
はるかに高ねをうちながめ
しのぶこゝろぞあはれなる」
道のかたへにしめゆひし
小祠はたれをまつるらむ
なみだながらにぬかつきて
いのるこゝろを神やしる」
そこに柴かる翁あり
なくなる少女をみてしより
いかにあやしとおもひけむ
こなたにちかくよりてきぬ」
ことのよしをばたづねしに
まことかなしきことなれば
翁はをとめをなぐさめて
わが家にともなひかへりけり」
ふかくとざしゝ柴の門
なかばやれにし竹のかき
かた山里のしつけさは
ひる猶夜にことならず」
木々の木葉のちりみだれ
まがきの菊のいろもなく
あらしは時雨をさそひきて
むしのなくねもいとさむし」
父のゆくへに兄の身に
朝夕こゝろにかゝれども
ふかきなさけにかまけつゝ
しばしとそこにとゞまりぬ」
ひまゆくこまのあしはやみ
二とせ三とせは夢の間に
はかなくすぎてまたさらに
のどけき春のめぐりきぬ」
み山の里のならひにて
髮もすがたもみだるれと
しつか垣根に咲梅の
かほりゆかしとたれもみむ」
里の長なるなにがしも
ほのかにそれときゝつらむ
媒人ひとりたのみきて
ながきちぎりをもとめけり」
翁はいたくかしこみて
こへるまにまにゆるしたり」
をとめはかくときゝしとき
そのおどろきやいかならむ
袖もてなみだをおさへつゝ
たゞになきてぞ居たりける」
おもひまはせば母上の
この世をさらんそのをりに
妾をちかくめし玉ひ
いひのこされしことこそあれ」
ある年秋の末つかた
み墓まゐりのかへるさに
つゆけき野路をわけくれば
しら菊あまたさきみてり」
にほへる花のそのなかに
あはれ泣く子の聲すなり」
かゝるめてたき子たからを
いかなる親かすてつらむ
かなしき事にてありけりと
ひろひとりしはそなたなり」
菊さく野邊にてあひたるも
ふかきちぎりのあるならむ
千代に八千代にさかえよと
やがてその名をおはせにき」
更につぐべき事こそあれ
汝はたえてしらざれと
汝の兄ともたのむへく
夫といふべき人こそあれ」
はやく家出をなしてより
今にゆくへはわかねども
老いたる父もましませは
かならずかへりくへきなり」
かへりきたらむそのをりは
ゆくすゑかけてちぎりあひ
夫といひ妻とよばれつゝ
この世たのしくおくりてや」
母のいまはのことの葉は
今猶耳にのこるなり
いかでかヘをそむくべき
いかでかヘにそむかれん」
さはいへこゝに來てしより
翁のめくみはいとふかし
とやせんかくと人しらず
おもひまとふもあはれなり」
かれをおもひて泣きしづみ
これをおもひてうちなげき
おもふおもひはちゞなれど
死ぬるひとつにさだめけり」
をりしも媒人いりきたり
をとめにおくりしそのものは
にしきの衣にあやのそで
實にもまはゆくみえにけり」
をとめのこゝろのかなしさを
あたりの人はしらざらむ
みつゝ翁のよろこべば
隣の嫗も來ていはふ」
雨ふりいてててる月の
かけもをくらきさ夜中に
いつこをさしてゆくならん
少女はしのびて家出しぬ」
村里遠くはなれきて
川風さゆる小笹原
死をいそぎつゝゆきゆけば
水音すごくむせぶなり」
雲井をかへるかりかねも
小笹をわたる風の音も
にぐる少女のこゝろには
追手とのみやきこえけむ」
胸つふれしはいくそたび
胸いためしはいくたびか」
橋のたもとに身をかくし
わがこしかたをなかむれは
遠里をのゝともし火の
影よりほかに影もなし」
下になかるゝ川水の
底のこゝろはしらねども
少女か死をやいそくらむ
あはれかなしき音すなり」
死ぬるいのちは惜まねと
かくとしらさむその折は
さこそなけかめ父上の
いかにかこたむわか兄は」
父上ゆるさせ玉ひてよ
兄上うらみなし玉ひそ
この世をわれは先だちて
母のみもとに待てあらむ」
南無阿彌陀佛と言すてゝ
とばむとすれは後より
まちてとよひて引とめし
人はいかなる人ならむ」
おぼろ月夜のかげくらく
さやかに夫(それ)とわかねども
春秋かけてしのびてし
兄と少女はしりにけり」
夢かうつゝかまぼろしか
おもひみだるゝさ夜中に
里のわらべのふきすさぶ
笛の音遠くきこゆなり」
とひつとはれつこしかたを
きゝつきかれつゆく末を
一夜かたりてあかせども
猶ことのはゝのこりけり」
わがふる里のこひしさに
道をいそぎてかへらむと
野こえ山こえゆきゆけば
かすみもなびき花もさく」
日數もいくかふる雨に
ぬれてやつるゝたび衣」
家にかへりしそのをりは
五月ころにやありつらむ
山ほとゝぎすなきしきり
かどの立花かをるなり」
しける夏草ふみわけて
軒はをちかくたちよれば
むかししのふの露ちりて
袖にかゝるもあはれなり」
妻戸おしあけ内みれは
あやしく父はましましき」
こなたの驚きいかならむ
かなたの嬉しさ亦いかに
父上さきくと音なへば
子等もさきくと答ふなり」
ことをこまかに聞てより
父もあはれとおもひけむ
兄のいましめゆるしやり
妹のみさをゝほめにけり」
親子の三人うちつどひ
すきにし事共語りあひて
くむ杯のそのうちに
うれしきかげも浮ふなり」
われあやまちて谷におち
のほらむすべもあらされは
木の實を拾ひ水のみて
なかき月日をおくりにき」
ある日の朝おきいでゝ
峯のあたりをみあぐれは
ながくかゝれる藤かつら
上に猿(ましら)のなきさけぶ
なくなる聲のなにとなく
こゝろありげに聞ゆれは
神のたすけとよちのぼり
始めて峯にのぼりえつ」
嬉しとあたりを見渡せば
さきのましらは跡もなく
木立のしけき山かげに
蝉のこゑのみきこゆなり」
浮世のならひと言ながら
うき世の常とは聞ながら
人になさけのうせはてゝ
獸にのこるぞあはれなる」
父のことはをきゝ居たる
二人の心やいかならむ
うれしと兄のたちまへば
たのしと妹もうたふなり」
千代に八千代といひいひて
ともに喜ぶをりしもあれ
後の山のまつがえに
夕日かゝりてたつそなく」


『楠公の歌』より

【櫻井の訣別】


葉しげれる櫻井の
里のわたりの夕まぐれ
木の下かげに駒とめて
世の行末をつくづくと
しのぶ鎧の袖の上に
ちるは涙かはた露か」
正成なみだをうち拂ひ
わが子正行呼びよせて
父は兵庫におもむかむ
彼方の浦にて討死せむ
汝はこゝまで來れども
とくとく歸れ故里へ」
父上いかにのたまふも
見すてまつりてわれ一人
いかで歸らむ歸られむ
この正行は年こそは
未だ若けれもろともに
御供仕へむ死出の旅」
汝をこゝより歸さむは
わが私のためならず
おのれ討死なさむには
世は尊氏のまゝならむ
早く生ひ立ち大君に
仕へまつれよ國のため」
この一刀(ひとふり)は去にし年
君の賜ひしものなるぞ
この世の別のかたみにと
汝にこれを贈りてむ
ゆけよ正行ふる里へ
老いたる母の待ちまさむ」
ともに見送り見反りて
別れををしむ折からに
又もふりくる五月雨の
空に聞ゆるほとゝぎす
誰かあはれと聞かざらむ
あはれ血になくその聲を」


【敵軍襲來】

遠く沖べを見渡せば
浮べる舟のそのかずは
幾千萬ともしら波の
此方をさして寄せて來ぬ」
陸はいかにとながむれば
味方は早くも破られて
須磨と明石の浦づたひ
敵の旗のみうちなびく
吹く松風かしら波か
よせくるなみか松風か
響き響きて聞ゆなり
つゞみのおとに鬨のこゑ」


【湊川の奮戰】

いかに正季われわれの
命すつべき時は來ぬ
死す時死なでながらへば
死するに勝る恥あらむ」
太刀のをれなむそれまでは
敵のことごとかたへより
斬りてすてなむ屠りてむ
進め進めといひいひて
かけいるさまの勇ましや」
右より敵のよせくるは
左のかたへと薙ぎ拂ひ
左の方よりよせくるは
右の方へとなぎ拂ふ
前よりよするその敵も
後よりするその敵も
見ては遁さじのがさじと
奮ひたゝかふ右ひだり
とびくる矢數は雨あられ」
君の御ためと昨日今日
數多の敵に當りしが
時いたらぬをいかにせむ
心ばかりははやれども
刄はをれぬ矢はつきぬ
馬もたふれぬつはものも」
かしこの家にたどりゆき
共にはらをばきりなむと
刀を杖にたちあがる
身には數多のいたやぐし」
戸をおしあけて内に入り
共によろひの紐とけば
緋をどしならぬくれなゐの
血しほしたゝる小手の上」
こゝろ殘りはあらずやと
兄のことばにおとうとは
これみなかねての覺悟なり
何かなげかむ今さらに」
さはいへくやしねがはくは
七度この世に生れ來て
にくき敵をばほろぼさむ
さなりさなりとうなづきて
水泡ときえしはらからの
こゝろもCきみなと川」


『萩之家遺稿』より

【陸奥の吹雪】


一、
白雪深く降り積もる
八甲田山の麓原
吹くや喇叭の声までも
凍るばかりの朝風を
物ともせずに雄々しくも
進み出でたる一大隊

二、
田茂木野村を後にして
踏み分け上る八重の坂
雪はますます深うして
橇も動かぬ夕まぐれ
せんなくそこに露営せり
人は垂氷の枕して

三、
明くるを待ちてまた更に
前へ前へと進みしが
み空のけしき物すごく
たちまち日影かき暗し
行くも帰るも白雪の
果ては道さえ失いぬ

四、
雪降らば降れ我々の
勇気をここに試しみん
風吹かば吹けさりとても
行く所まで行かでやは
さは言え今は道もなし
あわれ何処ぞ田代村

五、
君のためには鬼神も
取りひしぐべき丈夫も
国のためには火水にも
入らば入るべき武士も
今日の寒さは如何にせん
零度を下る十八度

六、
身を切るばかり寒ければ
またも露営と定めしが
薪の無きを如何にせん
食のあらぬを如何にせん
背嚢銃身焚きつれど
そもまた尽きしを如何にせん

七、
雪のこの夜の更けゆきて
寒さはいよいよまさりたり
凍え凍えて手の指の
見る見る落ちし者もあり
神いまさぬかあなあわれ
命迫れり刻の間に

八、
居ながら死なんそれよりは
いずこへなりと行き見んと
山口少佐を初めとし
二百余人の兵が
別れ別れに散り散りに
たどり行きけり雪の道

九、
烏拉爾(ウラル)の山の朝吹雪
吹かれて死ぬるものならば
西伯利亜(シベリア)原の夜の雪
埋もれて死ぬるものならば
笑み含みてもあるべきに
ああ哀れなり決死隊

十、
ここの谷間に岩陰に
はかなく倒れしその人を
問い弔えばなまぐさき
風 徒に吹き荒れて
うらみは深し白雪の
八甲田山の麓原