野村吉哉

のむらよしや(1903-1940)


東京、神田の生まれ。麻布中学中退。1933年、詩集『温室』を刊行、近藤東と知京都市生まれ。少年期を貧窮の
うちに過ごし大正の末頃から詩作を始め、ダダイスム詩運動に参加。「ダムダム」に詩を発表。ついで「新興文
学」等に階級芸術論を展開し晩年は「童話時代」を主宰した。詩集に『星の音楽』『三角形の太陽』がある。詩
は貧窮生活の悲しみを投げやりな口調で表現し虚無的な感情を漂わせているが、第二詩集では歴史上の英雄を風
刺的に表現した構成詩に特色を示した。放浪時代の林芙美子との関係も知られている。/日本現代詩人辞典より



【魂の配達】

――おれの魂は大分すりへらされた
 注文しておかなければならない
私はすぐ電話をかけて魂を五百匁だけ注文する
いつものやうにメッセンジャボーイが
自轉車でもうまもなく配達してくれることであろう

私は早く持つてくるやうに待ちかねてゐる
すぐに注射して
ハツラツたる精神たりうるよろこびに燃えて
玄關をあちこちとあるきながら・・・。

【コ用なる月】

 ――月だつて
 食ヘネエことはないや・・・
腹のヘッタ魚は
池の中で月の影を噛つた
 ――食つても、食つても
 オシマヒにならネエ
 ナンテ、コ用にできてやがるんだらう
 エヘッ、エヘッ
魚は池の中でそんなことをつぶやきながら
ガツガツ月の影を噛つた


【求むる部屋】

春も終つたといふのに
世の中は夏になつたといふのに
私は科學者のやうな心を抱いて
今日も貸間を尋ねながら
當てもなく泥濘の町をあるきつゞける

ぱちぱちと火花を散らして
両側の店々には心臓が並んでゐる
い顔をした賣手がゐる
・・・・買ひたいけれど
買ひたいけれども私も心臓をもつてゐるし
餘計の金も無いのでね
――欲しいのは落ちつける部屋だ
その氣持ちのよい貸間はないかね?


染井墓地

わたしはまい日たそがれになると
このしめりきつた墓地の中の細い道を
ぶらぶらとうろつきあるくことがすきだ
木の葉をゆるがす風は沈黙のなかにさやかな音を立て
ならんだ墓はどれもはつきりした輪郭をみせてゐる
そして私がたちどまると
かすかな豆腐屋のらつぱの音がきこえてくる
すばらしくたくさんの靈魂がかさなりあつた
そのやはらかな土を足の裏にかんじつつ
私はこのたそがれの墓場をあゆむことがすきだ

あゝこのしめつたみちは
自分をはつきりみせてくれる
ただぶらぶらとうろつきあるくものにはほんたうにいゝ道だ


【金魚と雀】

金魚がガラス鉢で泳いでゐた
・・・・だけど、あたいイヤだなア
ガラス鉢はせまくつてキュウクツでイヤだなア・・・

金魚はかくてイロイロ苦心して空中を飛行することを研究した
・・・・諸君はかの雀が
かつてガラス鉢で泳いでゐた金魚であつたことを知るまい

モチロン先天的の雀もあるし
もとの金魚のまゝでガラス鉢の中にゐる奴も多いが・・・


【馬】

山のやうに材木を積んで馬は荷馬車をウンコラショと引つぱつた
ウンコラショ、ウンコラショ
馬は一心に、街道を進んで行つた
馬子も一心に歩くことに陶酔してゐた
・・・・ガタン、ゴクン、ゴトリと音がひびいて
それがまた妙に馬子を嬉しがらせた
馬子はそのひびきに歩調を合せて進みながら
フトをかしくなつてヘッヘと笑つた
馬はそれを横眼でながし見ながら
ニヤリとずるさうな笑ひを洩した