【愛するものの…】
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お前が愛するものの死について
信じてゐることは
死者が白いレースに包まれて
たくさんの花と一緒に
墓地に運ばれてゆき
もうお前の見知らない遠いい所にしか
居ないと言ふことだけだらうか?
いつかお前が森の中で
一羽の死んだ小鳥を手にしたとき
その魂の遠いい空の中に
あることを信じたやうに
お前の愛するものの死を
そのやうに信じられるだらうか?
さうしてお前が
日暮れに窓辺に佇むのは
死者がそこに佇んでゐるのを
確かめようと言ふためではないだらうか?
【小道】
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秋の午後の森の小道を
私は 私の戀してゐた一人の少女の母親と
二人だけで歩いてゐた。
私はその日、私の戀を母親の耳に
告げねばならないと思つてゐた。
破風のく塗られた別荘(ヴイラ)の前で
私はそのことを告げようと思つたが
私達はやがてその別荘を通り過ぎた。
アカシヤの並木道のつきる所で
私はそのことを告げようと思つたが
アカシヤの並木道もやがてつきた。
さうして私達はいつかまた私達の別荘に歸つて居た。
私は默つたまま暖爐の火を見つめてゐたが
その夜、夜更けまで明るい月の光は
細い窓掛けの隙間から
私の涙のすぢを映してゐた。
1946年作
【司祭館】
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森達郎に
白く透けた硝子戸にはフランスの新聞がはつてある。
埃りだらけの戸口にはどれも眞つKな
靴とマントと杖が置いてある。
その狭い司祭館の一部屋で
フランス人の老司祭は一人もの思ふのだ。
テーブルの上には古風な毀れた眼覺し時計が
いつも倒れたままで置いてある。
私はいつかそれを起して見たが
それは急に止つてしまつた。
司祭は笑ひながらそれを倒したが
するとそれはまた動き始めた。
こんな狭い一部屋で司祭は眠るのだらうか?
いつか司祭は寂しさうに笑ひながら
子供達にさへ小さ過ぎる
片隅の長椅子の上を指さして見せた。
テーブルの上に置かれた
い眞珠母色のマリアの像。
私はそのやうに清らかな
優しくてもの悲しい一部屋を知らなかつた。
1949年1月「詩人」より
【至高なるものへと】
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もう帰つて来てはいけない
訪ねてはならない。
若しお前が
お前の愛したものが
またお前の見捨てたものが死者であらうとも。
もう足取りは奪はれてゐる。
ただ見失つたものへの呼び声だけが許されるであらう。
さうしてお前の
お前の愛したものの
またお前の見捨てたものの魂が
たとへ獣らのやうに射殺されたとしても
ただ幾つかの呼び声だけが
あたかも耐へて異れるものらのやうに
至高なるものへと立ち昇つてゆくであらう。
1949年2月「人間」より
【花嫁の冠は】
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明るい歌声のやうにさざめいてゐた
花嫁の冠はもう取られただらうか?
さうして人生の悲しみも
もう一つくらいは見知つただらうか?
たとへば愛する者の心を見失ひかけたとか
幼い者の病むさまとか
時には神様が
それらの者をお召しにさへならうとしたとか。
さうしてもう気附いただらうか?
墓地のたくさんの十字架の下には
見捨てられた不幸せな魂も
眠つてゐることを。
そうしてもう見ただらうか?
かつて愛したものの幸せかどうかと言ふ
それらの死者達の問ひたげな眼なざしを。
1947年作
【それともそれは】
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私の心の前に
鏡に映された眼なざしのやうに
またランプの點されて見えるやうに
お前の心が映され見えるのは
お前の心に何かの悲しみがあつたためだらうか?
ただ私が街かどで
幸福な者達を見て來たためだらうか?
それともそれは
お前がもう死者であるためではないだらうか?
1947年作
【心のなかで】
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陽を受けた果実が熟されてゆくやうに
心のなかで人生が熟されてくれるといい。
さうして街かどをゆく人達の
花のやうな姿が
それぞれの屋根の下に折り込まれる
人生のからくりと祝福とが
一つ残らず正しく読み取れてくれるといい。
さうして今まで微かだつたものの形が
教会の塔のやうに
空を切つてはつきり見えてくれるといい。
さうして淀んでゐた繰り言が
歌のやうに明るく
金のやうに重たくなつてくれるといい。
1949年2月「人間」より
【心のなかの石段を】
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心のなかの石段を一段一段昇つてゆかう。
丁度、あの中世の偉大な石工たちが
築き上げた美しい聖堂を
一段一段、塔高く昇つてゆくやうに、
私達の心のなかの石段を
一段一段、空高く昇つてゆかう。
さうしてもう一度だけその頂から
曠野の果ての荘厳な落日に
僧院の庭に音立てる秋の落葉に
人々の群がつた街かどに
また愛するものの佇む窓辺に
別離の眼なざしを向けよう。
さうしていつか私達の生涯が
このやうに荘厳に終えて呉れるといい。
1949年「文明」より
【地に落ちた聖體】
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そのとき聖體拝受の人々の流れは止つた。
祭壇の前に幾たりかの
白い尼僧達が跪いたまま眼を閉ぢた。
聖體盒は祭壇に置かれ
司祭は靜かにうな垂れた。
それは幾片かの聖體が
地に落ちたのだつた。
やがてそこには二枚の白い麻ぎれが覆はれ
聖體拝受の列はまた流れ始めた。
だが私はそのとき
その二枚の麻ぎれの下に
地に臥した人の血と肉とを
地に落ちたキリストの血と肉とをありありと思つた。
さうしてやがて聖體に宿つたキリストの血と肉とは
私の血と肉とのなかに流れてゆくのを感じた。
1947年作
【死者と生者の】
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恰も、愛の甘い眠りの熟される
一部屋の壁に隣り合はせて
眠りのない言葉がまた祈が
耐えることなく囁かれてゐるやうに、
亡んだ愛の屍が
腐り果てた枯葉の間に
青い湖水の底に
また花々の間に
その甘い眠りを沈めるとき、
既にその土地と時とを失つた
死者の列と
生者の囁きと祈りとが
また天使と聖者との足取りが、
見知らない遠いい土地に
滅びることのない花々の冠と
立ち昇る歌声との間を
通り過ぎてゆくであらう。
【私の心のなかで】
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お前は私の心のなかで
なかば生者であり
またなかば死者である。
さうしてお前が死者であるのは
それは私がお前に
幸福が異つた所にあつたことを
言ひ聞かせようと言ふためだらうか?
お前は私の心のなかで
なかば幸福であり
またなかば不幸である。
さうしてお前が幸福であるのは
それはお前が私に
お前の憧れの過ちでなかつたことを
言ひ聞かせようと言ふためだらうか?
【鳩時計を】
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新聞紙の上に落される吐息のなかで
日曜日の食卓が花飾られるやうに、
お前がお前の髪を編んで
それに花挿した日の思ひ出が
また浮んで来て呉れるといい。
幼いものの泣き止んだ合ひ間に
鳩時計を螺旋巻くやうに
古びた樫の戸棚のなかに
もう蔵ひ忘れた冠を
時たままた思ひ出して呉れるといい。
さうして老いた母親の眼なざしのなかに
その花嫁の微笑みが見出されるやうに、
人生の疲れと不安とのなかで
お前の心にその旅立つた日の歌と歓びとが
また甦つて来て呉れるといい。
【まだお前は】
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時としてまだお前は
私の心のなかにゐるかのやうに思はれる。
然しそれは既に愛のためではなく
それは感謝と祝福のために。
お前は私に人生と言ふものを教へてくれた。
嘗て私の愛のために
少女らしい微笑みと憧れとが
お前の髪に花輪を置いたやうに、
今、私の感謝のために
人生の気高さと祝福とが
やがてお前の髪に
金の冠を置いてくれるといい。
【夏休み1】
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小さな花の縁飾りのついた田舎道を
二つの白い蝶のやうに
私達の自転車は走つて行つた。
それはその田舎の村に
私と一緒に暮らしてゐた一人の少女のお母さんの
絵を描きに来る友達を
町の停車場で見つけるためだつた。
だが停車場では見つからないで
一人の詩人の家だの
町の教会や水車場で遊んだりして
夕方村に帰つた時には
もうそのお母さんの友達は村に着いてゐて
二人で森に絵を描きに行つてゐると言ふ手紙が
西洋菓子の箱と一緒に
テーブルの上に載つてゐた。
【いつもカナリアの鳴いている】
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いつもカナリアの鳴いている
古びた司祭館の角口で
私が始めてフランス人の老司祭と手を握ったとき
あなたは教師かと尋ねられた。
私が詩人だと答えたとき
それは価値のある暮しだと笑いながら
司祭は私の肩にその大きな手を置いてくれた。
ある春の日暮れに
私が司祭館をまた訪ねたとき
あなたの結婚のためかと尋ねられたが
私はただ首を振っただけだった。
そうして御復活祭前の告解日がやって来ると
細い格子戸の向う側の
私の頬にすぐ近い司祭の顔には
いつもより痛ましい悲しみの色がその目に浮んでいて
思い出のように苦いパイプの匂いが
その口髯の辺りに漂っているのを思い出す。
【改心】
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神様、大きな悲しみが翼のやうに
私の心を包んだのでございました。
あの聖母座の暗い御堂の片隅で
私がお祈りを致すやうになりました日には
風に吹かれてまゐります小鳥のやうに
一人の優しい少女の笑ひ声に追はれながら
木の葉の散つてゆきます並木道を
私は御堂に急いだのでございます。
さうして私が静かにお祈りを致しますとき
ただ私には忘れることが出来たのでございます。
少女の心の優しいことを
光つた流れのやうなその明るい声を
影のやうなその微笑みを
さうして私の心の苦しいことを。
神様、今も小鳥たちは
冷い空を風に吹かれてゆくでございませう。
さうして今私はそんな小鳥たちより
どのやうに幸せでございませうか。
【忘恩】
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私はいつかフランス人の老司祭に
フランシス・ジャムの詩を習つたが
貧しい私はたつた六個のマルメロしか
それに報いることが出来なかつた。
そのことは長いこと私を苦しめたが
あるとき司祭がフランス人の間でも
稀な高徳者として知られてゐることを聞いたとき
私はやつと安心した
そのやうな高徳の司祭なら
私の忘恩の罪をも許してくれるだらうと思つたのだ。
さうしてあの暖い司祭館の戸口で
私と椅子を並べてフランシス・ジャムを読んだ
司祭の日に焼けた鳥打帽子
青ざめてもの悲しさうな唇
ボタンのとれた貧しい司祭服のうちに
私はより大きな高徳をまた思つた。
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