夏目漱石

なつめそうせき(1867-1916)

小説家。本名、夏目金之助。江戸牛込馬場下横町に生まれる。1893年、東京帝大文科大学英文科を卒
業。1900年、文部省留学生として英語研究のため英国留学。1903年、東京に帰り一高、東大の講師を
兼任。1905年高浜虚子にすすめられ風刺小説「吾輩は猫である」を執筆。続けて「坊っちゃん」「草
枕」などを発表し、一躍人気作家となった。1907年、朝日新聞社に入社。以後の小説は朝日新聞紙上
に発表されることになる。1910年、胃潰瘍の療養のため修善寺温泉に滞在中、大量に吐血し危篤状態
に陥る。この体験は漱石の人間観、死生観に大きな影響を与えた。1915年、初の自伝的小説「道草」
を発表。1916年12月9日 胃潰瘍の発作により死去。享年49歳。最後の小説「明暗」は未完のまま遺さ
れた。/「
ウラ・アオゾラブンコ」より


【水底の感】

水の底、水の底。住まば水の底。深き契り、深く沈めて、
永く住まん、君と我。
K髪の、長き亂れ。藻屑もつれて、ゆるく漾ふ。夢なら
ぬ夢の命か。暗からぬ暗きあたり。
うれし水底。Cき吾等に、譏り遠く憂ひ透らず。有耶無
耶の心ゆらぎて、愛の影、ほの見ゆ。

1904年2月・寺田寅彦宛の端書より

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(註)
 ■漾ふ=漂う
 ■譏り=そしり


【從軍行】

    一
吾に讎あり、艨艟吼ゆる、
      讎はゆるすな、男兒の意氣。
吾に讎あり、貔貅群がる、
      讎は逃すな、勇士の膽。
色は濃き血か、扶桑の旗は、
      讎を照さず、殺氣こめて。

    二
天子の命ぞ、吾讎撃つは、
      臣子の分ぞ、遠く赴く。
百里を行けど、敢て歸らず、
      千里二千里、勝つことを期す。
粲たる七斗は、御空のあなた、
      傲る吾讎、北方にあり。

    三
天に誓へば、岩をも透す、
      聞くや三尺、走る音。
寒光熱して、吹くは碧血、
      骨を掠めて、戞として鳴る。
折れぬ此太刀、讎を斬る太刀、
      のり飲む太刀か、血に渇く太刀。

    四
空を拍つ浪、浪消す烟、
      腥さき世に、あるは幻影。
さと閃めくは、罪の稻妻、
      暗く搖くは、呪ひの信旗。
探し死の影、我を包みて、
      寒し血の雨、我に濺ぐ。

    五
殷たる砲聲、~代に響きて、
      萬古の雪を、今捲き落す。
鬼とも見えて、焔吐くべく、
      劒に倚りて、眥裂けば、
胡山のふゞき、黒き方より、
      銕騎十萬、?として來る。

    六
見よ兵等、 われの心は、
      猛き心ぞ、蹄を薙ぎて。
聞けや殿原、これの命は、
      棄てぬ命ぞ、弾丸を潜りて。
天上天下、 敵あらばあれ、
      敵ある方に、向ふ武士。

    七
戰やまん、 吾武揚らん、
      傲る吾讎、茲に亡びん。
東海日出で、高く昇らん、
      天下明か、春風吹かん。
瑞穗の國に、瑞穗の國を、
      守る~あり、八百萬~。

「帝國文學」第10巻第5(第113) 1904年