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淵上毛錢

ふちがみもうせん(1915-1950)

熊本県生まれ。本名喬。1935年、20歳でカリエスに罹り郷里水俣で1950年まで仰臥の生活を送った。病と
闘いながら詩作を続け、1939年には「九州文学」同人となり、東京の「詩文学研究会」、熊本の「日本談
義」に入会し、詩を発表した。1943年に処女詩集『誕生』を刊行。金子光晴らの詩誌「山河」の同人とな
る。1946年には郷土文化団体として水俣文化会議をおこし「無門」を発行。1947年に第二詩集『淵上毛錢
詩集』を出版。詩画集に『痩魂象嵌』がある。/「ふるさと文学館 第50巻 熊本県」より



【てふてふさん】

ふゆ日 晴れて
蝶が てふてふが

をとこは孤高なるを愛したり

蝶は 彩うつくしく
とほくもたかく

舞ひまふを愛したり

男は 舞へぬなり あはれ

舞ひを愛すも

ひとりを愛すも

そは生くるがことなり

さあれ

蝶とぶ空は碧くとも

男泣く まなこ あをくとも

愛の哲理は泉の如く湧かぬもの

ほろび行くものは

つねに独り 人の世を愛すとは言へ つねにひとり

蝶蝶のいのち 男のいのち

ふゆ日 晴れて

蝶は去れり

男は黙して歯並をなめかぞへたり

【誕生】

直彦が今日も来た
おい また生れるんだ
いゝねと僕
なにかいゝ名前がほしいんだ
うんと僕
考へといて呉れよ
うんと僕

直彦が今日も来た
炎とつけろよと僕
焔? 炎?
どつちでもいゝが 火の二つ重なる方が
いゝぞと僕
男でも女でもか
うんと僕
直彦は黙つてゐた

 ねえ おい
 この現実から始まる
 新らしい児の時代 それはもう
 絶対に信じてよいのだ
 新らしい児を めらめらと燃えさせるんだ めらめらと

直彦は黙つてゐたが
僕と同じ考へである

よからう
女房にも言ふておこう

直彦は寒い夜道を
帰へつて行つた


【大根抒情】

よごれない
真白い だいこん
あはれそのしろさ
ひようげた
尻つぽに
私はほつとする
蕊から
しろいのが
たまらなくて
薄暮


【川】

いつも
川は流れてゐる
塩からくなるのを
知つてゐるだらうか
いつも
川は流れてゐる
知つてゐるのですが
止まらないのです
と人間なら
言ふだらう


【猫柳】

猫柳の
ねるの玉を
握りしめて
小径に
屈み込んでしまつた
このまま
このまま
日が暮れなければいい


【探求】

さつきから
頭のなかに
一匹の蛍が居て

私の呼吸と
いつしよに
光つたり消えたりする
ときどき息を止めてみた

その蛍が
真理を真理をと
光るんだ

夜が明けたら
私がやつとぐらゐな
人間だもんだから
お陽さまのほうに
逃がしてしまつた

こんどは逃がさない


【再生】

野菊があたりまへに咲いてゐる
原つぱだが牛もゐない
寝ころんでみる
風が少しあるので
野菊がふるへてゐる
背中が冷めたい
どくどくと地球の脈がする

嘘のないお陽さまが
僕を溶かしてしまひさうだ
なにもかもが僕の心をきいてゐる
野菊は咲いてゐるし
ここにこのまま埋まつてしまひ
来年の野菊には
僕がひいらいたひらいた