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水野葉舟

みずのようしゅう(1883-1947)

東京下谷生まれ。本名盈(みつ)太郎。幼時九州に転居、中学卒業の頃から「文庫」「よしあし草」などに投稿
をはじめ、1900年8月上京、新詩社に加入、蝶郎と号し「明星」初期の新進となる。
窪田空穂・砕雨(高村光太
郎)を知り親交を結ぶ。1906年空穂の雑誌「山比古」同人となり 「白百合」「白鳩」にも詩・小品文を寄稿、
散文詩的小品文に独自の境地を見せた。1905年早稲田政経科卒。1906年7月 詩文集『あららぎ』、空穂との共
著歌集『明暗』を発刊。自然主義期に入り小説に転じ一地歩を築く。後年千葉に移住、業績は多岐に及ぶ。小
品文集『草と人』(1915)、詩集『凝視』(1915)、歌集『滴瀝』(1940)がある。/「日本現代詩辞典」より


詩集『あららぎ』より

吾が第一の集を、遥かにニュー、ヨークにある高村光太郎君に寄す
                           葉舟

【犬】

 白熱の夏の光が、ぎらぎらと目もまばゆひ樣に照らして、
廣い街頭(とほり)には、人通りもない。まるで、夜が更けた樣に、
白日の寂寞が、その心を漲らして居る。緑葉の陰はせまく
はつきりと、地に印されて、風が吹けば、さやさやと音をさせる。
 私は、この目の暈(まは)る樣な暑さに苦しみながら、白日の威
に屈服して居る町を通つた。
 自分の足音、砂利を踏む足音が如何にも疲れて居る樣に
聞えて、それにつれて、心まで疲れる樣だ。幾度か吐息を
つき、吐息をつきながら汗をふいた。
 さつと風が吹いて來て、小さく塵をあげて行く。私は緩
るい坂にさしかゝつて來ると、一疋のが來た。
 舌を出して、疲れたらしい息づかひをして、わき目もふ
らずに、坂を上つて行く。全く力全體を籠めて、歩く爲め
に苦しんで居る樣に見えた。
 憐む可き犬よと、私は思つた。
 よく見ると、この憐む可き犬は、注ェの無い鳥の樣に、
更に妙な形をして居る。白い毛は汚れてひつたりと身體に
つき、其尾は短く切られ、其上に耳が頭にひつついて、全
體にまるで裸の樣に、ひだの無い身體をして居る。それに、
其目の餓ゑて居る樣な光! 少しも柔かみのない顔!
 まるでこれは、足も手も斷たれて、たゞ目が怨恨(うらみ)を含ん
で、世の中を敵としてにらんで居る樣に見えた。
私は、其淋しく餘裕の無い、たゞあえぎあえぎ行く犬の姿
を見て、振り返りながら、それが、坂を上つて右の方に曲
つて見えなくなるまで、其せつせと歩いて行くのを見送つ
た。
 それが見えなくなると、また夏の光が輝いて居る道は、
何物もない寂寞にかへつた。

【秋の聲】

秋の果(このみ)の房とりて、
胸しみわたる香をかぐと、
光をあびし前髪の、
かすかにふるふけしきかな。

音しづかなる秋の野の、
小松のかげの虫の聲、
吹かば風にやまぎれなん、
ひくきしらべを君はこふ。

思ひにふける君(われ)呼びて、
秋ゆく聲を聞けといふ、
あゝ空に雲流れてぞ、
ゆく秋の日の歌はかくやも。


【流れてつきぬ秋の野の】

流れてつきぬ秋の野の、
小川の水の響かな。
何處(いづく)の里のわび人か、
聲なつかしき歌の節。

あゝ幾年の秋たゝば、
ありし昔にかへるべき、
夕の門の歌の聲、
旅ゆく人の思はるゝ。

旅は我れにも、うつる世の、
哀しき歌を教へけり。
別れの門に今日もまた、
泣きてぞ人の雲やながむる。


【ひるがほ】

かへり來て、吾が友の
ほゝゑみを受けしごと、
ひるがほの花を見て、
我れそゞろ佇みぬ。

麥刈りし畑のあと、
やさしげに蔓のびて、
蕎麥の芽にからみつゝ、
ひるがほよ、薄色に
ほのかなる花さけり。

見ゆるかぎり武蔵野に、
漲れる夏の威よ、
君据ゑて、相向ひ、
淋しさを追ひはてん、
なつかしき安けさに
吾住まん家はこゝかや。


【月光】

かの夢に我れを返せ、
その花に、心をどりて、
ときめきし思ひを返せ。
如何なれば、かくへだたりて
その夏は移り往きしや。

漉tの野もはろばろに、
くまもなき月の光よ、
名もあらぬ草の芽さへも、
常若き光浴びては、
いと深き思ひあるらし。

われ歩めば、吾が影は
なつかしき夢の姿よ、
幼げに君に見(まみ)えし、
その日にも似たるかと、
我れと我れ、なつかしむ。

あゝ戀し、吾が前に
見ゆるものことごとく、
變らざる光をうけて、
昔をば物語るごと、
吾が胸は、たゞをどりつゝ
新しく君をば戀ふる。


【雨の夜】

倦みはてて、雨の夜を
君にとて筆とりぬ。

「幼き人、さふらんの
花よ。」とて戯れに。
その胸にさゝやきし、
かの年の雨の夜に、
さも似たる想ひかな。

げに清き追懷(おもひで)や、
なつかしき戯も、
夢のごと過ぎ去りて、
をよすけて今はしも、
ほほえみて相思ふ。

たれか我れを運び去りて、
かへり見て思ふまで、
吾が夢を消しにしや、
漉tをつたひ來る。
點滴の音なつかし、
ふと思へば君はしも、
幼げに心映る。


【我れはたゞ獨りなり】

我れをして寂寥の
この境(きやう)に泣かしめよ、
悲しみも皆すべて
神よりは來るなれ。

何故に生れ來て、
この性(せい)の悲しさを
身に荷ひあえぐらん、
吾が母よ、今日こそは
君を見ていぶかしむ。

千年も一瞬と、
神の眼は輝けり、
吾が魂(たま)は縹渺の
境より囚れて、
この肉に宿りては、
一刻をあえぎつゝ
吾が道を失ひぬ。

この血は父のもの、
この肉は母のもの、
父の父の、母の母、
幾代の面影ぞ。

さりながら、魂(たましひ)は
何物か關らん、
我り獨り永劫に
生れ來て目さめしを。

囚(とらはれ)の悲しみよ、
闇にして目を開けば
よき花も目に入らず、
自由なる野を去りて、
地に立ちて、我れは泣く。

吾が魂(たま)の悲哀(かなしみ)を、
醫(いや)すべき人ありや、
あなひさし、永久(とこしへ)に
我れはたゞ獨りなり。――


詩集『凝視』より

 この書は私と婚姻の式をあげてから十一年の間、相住ん
だ人がついに永眠したのに對して、私の心に起つて來る言
葉を書きつけたものであります。
 私がこの詩を新しく書いたのは、自分の情緒、感傷を人
に強ふる爲めではなく、私の生活と相對して、最も親しく
相闘つた親しい友人が死に堕ちて行つたについて、私の心
に生れて来る感銘を言葉にせずには居られなかつたから、
言葉にしたのです。私は自分が藝術に身を委ねて居る一人
として、自分の生活の中から生れるものを、信じて公にす
る心で、この詩集をも公刊のものとするのです。ただ私の
心を激しく撃つたこの私事が爲めに、自分の激動を人に強
いる事は、私の恥づる處で、私はその境には踏み入つて行
かぬと心に思つて居ります。
 私はこの人に向つて、生前には最もあらはな戦ひを挑み、
互に相苦悩した生活を続けて居りました。それに依つて私
達は次第に深く相欺かない心になつて居りました。この人
は私のこれまで知つて居る女性の中で私の最も信頼して居
た一人でありました。この信頼と、争闘とは、私達の友情
であり、また愛でありました。
 この人の死後に於ては、この人は全く私に浸透し、新し
く私の内に生きようとして居ります。
 私は、私のこの集の言葉に心をひそめて下さる人に對し
て、これだけを書き添えます。
  一九一五年六月          水野盈太郎


【凝視】

 (8)

祈る言葉を知らざれば
われは祈らざるなり。

魂の安さは人に托すべきものにあらず。
たきものの姻にむせかへるとも

亡せ行きたる人は幸にあらず。
聲を合せて叫び、そそりたつるとも
その生命が背負ひたる泥を黄金とするあたはじ。

誰か空なる同感と
嵐に驚きたる感激とに迷はんや。
われはただとこしへに御身を見る。
相並びて行くべき道を歩むべきのみ。
御身はさらに明かに生きよ。
御身が負へるものを
何人も代る能はざるなり。

祈る言葉を知らざれば
われは祈らざるなり。
                    七月一日夜


【凝視】

 (10)

闇は靜かに重くなりたり。
地はその底に深く沈み入り
その上を雨降りそそぎ
こまかなる水粒厚く包みたり。
われは目さめて
わが心に映れる幻を見る。
われを見まもりて離れざる
御身の瞳を見る。
涙おのづから心に漲り來りて
全身に惡熱起る。
ものを完くする能はざる
人間の寂しさ切に胸に迫りて
止めがたき悔恨となり
わが心を流れ出す。
愚かなる心が安じたる因果は
われを自ら憎ましむ。
すべてのものわれに向ひて
わが貧しき智惠を笑ふ。
わが痩せたる姿は
日の光の中に燒けて
焦げほそりゆく。
御身の瞳もまたわれを凝視して
笑ひ出でんとす。
この恐れと寂しさとに迫られて
われは逃るる處なし。
涙は一度漲れども
おのづから乾きはて
こゝに残るものは
目を開きたるわが肉體なり。
血はしづまりはてて冷えんとす。
多くの目われを見つめ
わが貧しき智惠を笑へり。
御身もまた笑はんとす。
われは疲れたる目を閉ぢ
病める獸のごとく自ら憎み悲しむ。
誰かわが爲めに祈る言葉を知らんや。
                    七月七日夜


【凝視】

 (11)

靜かなる黄昏は來りぬ。
雨雲は遠く流れ來りて
豊かなる碧き光
わが頭の上にあり。
柔く水を含みたる空より
ゆるく慓ゆる光、漂ひ來る。
寂しさは水のごとく心を浸して襲ひかかる。
わが魔睡にかかれる心は
すべてを忘れて一つのものを見つむ。
わが胸より熱奪ひ去られゆき
力を失ひてただ一つのものを見つむるなり。
されどこの寂しさは
哀しき涙を流さしめず。
わが心を刺して
枝を切られたる木が溢れ出づることなく
新しき芽をふかしめんとす。
わがうちに激し怒りたるもの消え去りて
靜かに涌き出づる水、生れ來る。
わがいのちは痛み
傷つきたれども
われはなほ獨りみづからを恃(たの)めり。
御身の隠れ去りたる悲しみを負ひたれども
われみづからの力は碎けざりき。
われはこの碧き光のもとにある
無數のいのちとともに
今もなほここに立ちてあり。
この寂しさに包まれながら
みづからの中に芽ぐむ新しき力を抱く。
わが傍より隠れ去りたる人よ
われに迫り來れ。
限りなく現れ來る幻の中より
靜かに微笑せよ。
われとともになほ遥かなる道を歩みゆかんとて
微笑せよ。
                    七月七日夜


【目を覺ませ】

目を覺ませ。
その冷却の中より躍り出でよ。
御身を閉鎖せる肉體はすでに地に腐りゆくものなり。
今石のごとく横たはり
多くの人に
圍繞せられて
御身は耻しさにも面をかくすあたはず。

御身は尚ほ疲れはてて懶惰なる休みを願ふか。
躍りいでよ。
輕やかに林を走る兎のごとく
その重きものより逃れよ。
自ら火を吐きて衰へたる身を焼き
新に蘇る孔雀のごとく
その重く冷えたる肉體の中より躍りいでよ。

久しく御身を惱したるさまざまの病は
今その肉體の死ととも滅び行きたり。
御身はかの處女なりし日に
その全身がゴムのごとき強き弾力を帯びて
鋭く、勇しく、輕かりし
かの時に歸れ。
聲をあげて林の道を走りゆけ。

ここに柩の中に横たはれる肉體の冷さよ。
この死の寂寞よ。
人を歎くなかれ。
欺きて悲しく暗きもののみを見するなかれ。
わが愛着は長き時の記憶とともに
この肉體にまつはりて漂へども
ここに目を閉ぢたる人は
かへつて白日の光の下を飛ばんと願へるにあらずや。
日は空と地とに充ち
喜ばしく若やかなる銀の光に涌き立ちてあり。
御身が餓ゆる心にて愛せし林の木は
あざやかなる高フ泉を涌かしむ。
御身は飛ばんことを願へり。
目覺めよ。
この冷き肉體の中より躍りいでよ。


【祈る言葉を知らざれば】

祈る言葉を知らざれば
われは祈らざるなり。

魂の安さは人に託すべきものにあらず。
たきものの烟にむせかへるとも
亡せ行きたる人は幸にあらず。
聲を合せて呼び、そそりたつるとも
その生命が背負ひたる泥を黄金とするあたはじ。

誰か空なる同感と
嵐に驚きたる感激とに迷はんや。
われはただとこしへに御身を見る。
相並びて行くべき道を歩むべきのみ。
御身はさらに明かに生きよ。
御身が負へるものを
何人も代る能はざるなり。

祈る言葉を知らざれば
われは祈らざるなり。


【私の前には現實が………】

私の前には現實が手を出して居る。
私の孤獨は明かにそれを食ふ。
私の身は伴を失つたが
私の肩は殺がれたが
私の足が立つて居る土はくづれない。
私は誰に向つて何を言はう
誰が私に答へ得る。


【今、ここに………】

今、ここに生きて居る男はからだ半分だ。
愛の半分なのだ。
對象を失つた一本足だ。
何と言つても半分だ。

この男はあはれむべき自然のかけらだ。
一度、抱含の圓い形をして居たから
この半分はあはれむ可きものだ。
それぢや
この不具者の半分はどうなるんだ。
別のものを持つて來てくつつければいいのか。
人工植肉法はこの魂を圓くすると言ふのか。
ぜうだん言つちや困る。
生きた魂だ。
便宜で魂は育たない。

見て居てごらんなさい。
今に奇蹟が行はれる。
このなくなつた半分は自然に補填される。
それは外からぢやない。
切り口から芽がふくんだ。
それが自然の力なのだ。
そして一人で一つになる。


【私はただもがく】

私はただもがく
私の手が掴まうとして居ながら
何にもない。
私の目は見て居ながら
形がない。
私の心にその人が親しく生きて
しみ透して來るのを感じながら
私の尖端は茫漠として居る。

この私の弱さは
愛の貧しい爲めなんだ。
私が最も親しく
最もよく知つて居た魂が
今この手に觸らないんだ。
このやうに求めて居ながら
幻影に似たものを見て居る。
だから私のからだが
じりじり締め上げられる。

どうすればそれが掴めるんだ!


【杏の實が赤くなる】

杏の實が赤くなる。
それを見入つて喜ぶ
Kい瞳の瞼は開かない。

この事が私には
宇宙に響き渡る叫喚になつて
心をつき通す。

何故と言ふ言葉を出して
何を振り返る餘地もない。
ただ心をつき通す感動が起る。

玲瓏として
廣く漲つて居る宇宙に
鋭い赤光が一すじ貫いて居る。

この時私の心は
靜かに沁み入り
切られたからだから流れる血を忘れて居る。

鋭く
悲しく
このからだも光る。