【我馬は疲れたり】
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時か、一たび嘶(な)けば
千里の道を疾(と)進むに
倦む態(ふり)も無き逸物の
我 馬 は
疲れたり
主人が無才(むざえ)、白雲に
高踏むすべを知りも得ず
終日(ひねもす)、市にさまようて
我 馬 は
つかれたり
年は三才、月毛なり
彼、猛き氣を母に得て
うつや大筒、うつや小筒
煙の中を駆けめぐり
怯(おくれ)氣を見せぬ駒ながら
テミスの旗を守るべく
最後の手段、太刀磨ぎて
矢面、敵(あだ)に向ふにも
我 馬 は
疲れたり
上りて見れば國原は
夕影なびき、母父の
すまゐの里は雲にして
白蓮薫る夜の夢は
戲(げ)列に入るを願へども
數千の劫を餘す身の
西行く道はいと遠く
我 馬 は
疲れたり
尊(みこと)が仁情(なさけ)、傷(て)を負へる
兎の子生きしと聞くものを
今わが馬のいたづきに
不覺や、主人手綱捨つ
天晴龍馬、器量ある
あるじの料に召されなば
大總(ぶさ)子總懸け並(な)めて
しりがひや何、鐙や何、
金覆輪の鞍はおろか
馬物(うまもの)の具の數々を
盡しても猶あきたらぬ
我 馬 は
疲れたり
【ペンキの塔】
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鐘皷響いて囂(かまび)すき
衢の上を美麗(うつくし)の
雲悠然と天(そら)に垂れ
下界に臨む、莊巖や
名に盲ひたる「人」なれば
忙がはしげに道行くと
俯向き勝の刻み足
空なる異象會(ゑ)せねども
小さき才(さえ)の及び無き
自然の色彩(いろ)の輝きは
紅き、紫、花と亂れ
亂れ、春野と榮えにて
繪君(ゑぎみ)何とていさゝかの
繪具の妙を天才ぞ
見よ高樓と十二階
兒(ちご)の戲(たは)れに似たらずや
されどもこゝに下なる子
心小さう育ちては
賢き人が築(つ)き上げし
作品(もの)の高きに驚きて
人よ、獸よ、蠢動(うごめ)ける
淺草街の夕を立つか
池に映れる影を見て
ひとり思に沈む哉
あゝ基礎(いしづゑ)を固うとて
若子、炎と燃え盛る
血を犠牲(いけにへ)に捧げても
必死と業を勵みたれ
衣(きぬ)も汗ばむ勞働に
いそしむ隙を、勵む隙を
人は早くも先んじて
ペンキの塔を建てにけり
手を組み乍ら茫然と
ペンキの塔を見も入るか
光とられし闇心地
寧ろ死なむと思ふ哉
煩悶(もだえ)、苦惱(くるしみ)、憤懣(いきどほり)
踏みたる石を水に蹴つて
藝術(たくみ)の榮(はえ)を嘲けるや
猛然としてわが立てば
空は益々高うして
清澄む秋の夕景色
日輪、山に入り際の
花降姿うつくしき
【うぐひす】
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悲びのむねをとざして
ふで執るに心ゆかねば
扉をいでゝ山を下るに
野は春の名殘とゞめず
黄鳥(うぐひす)はいづちいにけむ
高き香を慕うて來にし
蝶てふの戀をのこして
むらさきは泥(ひぢ)に入り鳧(けり)
里に行く水をとゞめて
なき春の行衞をとへば
百年前(ももとせ)の事は知らずと
問へど水、言(ことば)つれなき
~かたく色彩を封じて
森の景到(さま)さびしき中を
巣ごもりの黄鳥訪ふと
踏行くやうばらの山路
遙(はる)に見て櫻樹(さくら)とせしは
ちかづくに松の雪なり
倦じては雲に問へども
問へど雲、言つれなき
うら枯れし蔭の芝生に
力なき身をよこたへて
わが住みし山を望めば
いと遠く遠く來にけり
春はまだ盡きずと思て
幾とせを庵(いほ)にすごせし
ふる里の森をいづれば
冬や來し
風のつめたき
【三劒擇一賦】
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君子の劒か
宰相の劒か
若くは武人の劒か
三劒一を擇ぶに任ず
抑々君子の劒と云つば
仁を以て鍛へ、義を以て打つ
孝を鋒(ほこさき)と爲し、忠を鍔と爲し
禮は背(はい)たり、信は鐔(たん)たり
智は即ち劒把たり
此劒向ふ所前無く
之を擧ぐれば上(かみ)無く
之を案ずれば下(しも)無く
之を運らせば旁(かたはら)無し
上、~明の意を享け
下、先王の教に従ふ
一たび揮へば民を化し
二たび揮へば國を化す
孔子、孟子の例證(ためし)これ也
宰相の劒と云ふは
智を以て鍛へ、才を以て打ち
勇を鋒と爲し、禮を鍔と爲し
コは背たり、忠は鐔たり
權は即ち劒把たり
此劒向ふ所亦前無く
之を擧ぐれば亦上無く
之を案ずれば亦下無く
之を運らせば亦旁無し
上、天の理に法(のつと)り
下、地の道に順(したが)ふ
一たび揮へば民和ぎ
二たび揮へば國安んず
周公、蕭何の例證これ也
扨(さて)武人の劒と云ふは
鐵を以て鍛へ、鐵を以て打つ
七日七夜の間汚穢(けがれ)を近づけず
齋戒して之を鍛へ
沐浴して之を打つ
鍛ずる音は陰に響き
打(ちやう)ずる音は陽に響き
陽の音は海に入り
陰の音は雲に入る
其時雲には諸々の天~姿を現じ
諸々の菩薩も又身を示して
香華を散らし甘露を降らし
海には八大龍王
八千の眷屬を具して
劒の成就を守護す
其成れる劒の名には
寶の劒、~の劒
降魔(がま)の劒、斬魔の劒
大將のおほん料には
金装飾(ごしらへ)、虎皮鞘
小豆正宗、達磨正宗
祐定は大身(おほみ)、義光は鎧通
壺切、小烏、樣々也
一たび揮へば人を斬り
二たび揮へば馬を斬る
前後左右、觸るゝ所
縦横上下、當る所
或は空竹割、或は車斬
敵を盡さずんば止まず
仇を屠らずんば措かず
往昔(いにしへ)の武王、マホメツト
皆此劒を用ひたり。
今わが撰むは武人の劒
いで眞向に振翳して
群がる敵の中に進み
父を忘れたる子
藥を忘れたる子
教を忘れて子等を誅戮せん
君子の劒は折れたれ
宰相の劒は錆びたれ
此劒は希代の銘刀
一歩に十人、百歩に千人
立(たちどこ)ろに身を失ひ
立ろに躯(むくろ)を失ふ
天晴切味賞鑑也
此劒を持つて往かば
此太刀を持つて進まば
乾坤又敵無けむ
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