宮崎湖處子
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みやざきこしょし(1864-1922)
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| 筑前国下座郡(現福岡県朝倉市)生まれ。本名八百吉。1887年、東京専門学校(現早稲田大学)を卒業。その 前年に受洗。徳富蘇峰に認められて民友社に入り、1897年退社まで「国民新聞」「国民之友」に評論・時 文・詩・小説などを多数発表した。詩作入りの田園小説『帰省』は青年層に愛読され、『湖處子詩集』な らびに自作を含む詞華集『抒情詩』の編著で詩人の名を高めた。『心の緒琴』、『山高水長』にも詩が見 える。後に牧師となるが島崎藤村以前の抒情詩人として詩史的に注目される。/「日本現代詩辞典」より |

『湖處子詩集』より
| 【時】 ▼ さけばうつろふ花の色、 盈(みつ)ればかくる月の影、 をしまぬ人はなけれども、 「時」はしばしも許さめや。 わが世みじかき夏の夜の 寝る間も、止までひゞくなる 胸の鼓のおとけきは、 人とて「時」のゆるさめや。 ひくたび毎に息の緒の ちゞむも知らですむ人は、 胡蝶の夢のさめぬ間に、 空蝉とこそなるべけれ。 とぶよりはやき閃電(いなづま)の ひかりに競はむものや誰、 はやての風か、ものゝふの 思ひいる矢か、春駒か。 かばかりはやき「時」をしも、 かよわき賤(しづ)の少女子は、 ひねもす手ぐる小田巻の 緒にこそ繋ぎ留めてけれ。 百にも足らぬよはひにて 千代の業をば負へる身の、 いつまで酒に醉るぞも、 いつまで夢を見つるぞも。 花をたのみて實もならで。 雪をかぶりて悲しむな。 あるかひもなく年をつみ、 空しく人に譏(そし)られな。 ときはなる世にくらぶれば、 汝はかげろふの影なれど、 いにし人とて誰が世かは、 そのかげろふの影ならぬ。 朝がほよりも疾く起きて、 寐まちの月のふくるまで、 一日をながくいそしまば、 二日の業もなりぬべし。 ときはなる世のあらばこそ、 ときはなる名のありもすれ。 汝もまた業をときはなる 「時」の翼にのせよかし。 「國民之友」 【釣人の歌】 「少年子」 【とまらぬ水】 「家庭雑誌」 【流水】 「國民新聞」 【小川】 「少年子」 |