戻る

三木 清

みききよし(1897-1945)

兵庫県揖保郡揖西村(現・たつの市)生まれ。1911年15歳、国語教師の影響で読書に興味をもつ。
この教師との邂逅が「私の一生の幸福」と後に記している。1912年、生命の問題に関心をもち後
の哲学研究に進む機縁となった。この頃から土井晩翠、島崎藤村、北原白秋、三木露風、吉井勇、
若山牧水、石川啄木等を愛読する。1913年中学5年の頃 初めて聖書を読んだ。この頃から自然主
義や頽廃主義文学に反感を抱き、同時に哲学的要求が台頭し始めた。1914年18歳、兵庫県立龍野
中学を卒業し第一高校に入学のため上京。宗教に心ひかれ関係書物を愛読した。聖書を繰り返し
て読み生涯座右の書の一つとなった。1916年20歳、西田幾多郎『善の研究』を読んで感銘。西田
について哲学を専攻しようと決め 翌年9月京都大学哲学科に入学。1918年22歳、この年から翌年
にかけて
谷川徹三等と親しく交わり、彼ら文学派の哲学的傾向に影響された。1919年この年熱心
に詩を作り できるといつも谷川徹三氏に見せて批評してもらった。それらの詩8篇(
下記)が遺稿
として殘された。1920年京大を卒業し大学院に席をおき歴史哲学の研究を続けた。1922年〜25年、
ドイツ・フランスへ留学。1930年、治安維持法により検挙される。このため一切の教職から退い
た。1936年「二・二六事件」当日夕刻まで事件発生を知らず、危難の身に及ぶ恐れのあることを
説得されて、三重県一志郡豊地村(現・松阪市)の妻の実家に行く。1945年3月49歳、治安維持法
により検挙され、6月に拘置所に送られ9月にそのまま獄死する。/『三木清著作集』第16巻より

三木清著作集』第16巻より

 

【小曲】

あこがれ出でゝ野に來れば
草短くて涙すに
よしもなけれど遥かなる
もの思ふゆゑ嘆かるゝ

君よとよびて手をとりつ
春淺うして歌ふには
すべを知らねど仄かなる
夢さめぬゆゑ慕はるゝ

あかつき光薄うして
寂しけれども魂の
故郷(さと)求むれば川に沿ひ
道ゆき行きて還るまじ

【君が情よ】

君が情よ、私の胸に、
川の面わたる朝の風の
一つは一つよりさきに
漣立てゝ吹いて來い。
い藻の私の悲しみの
限なく織らるゝはよい。

君が情よ、私の胸に、
二つ繋いだ陶器の鈴の
素撲に、単純に、
土の響に鳴つた來い。
私の憂の珠の長い房の
皆ひとゝきに共鳴るはよい。

君が情よ、私の胸に、
Kい朽木の窓框(わく)を
音もなく打つポプラーの
黄葉(もみぢ)のやうに落ちて來い。
鮮かな葉脈の私の思の
少し高まれるを君に見るはよい。

君が情よ、私の胸に、
遥かの故郷(くに)の寂しみを
忘れ得でさまよふ
月影のやうに差して來い。
私の心の森の鳥に似て
寝ながてに嘆くもよかるべし。


【ふるさとの冬】

ふるさとのあした、
蔵の南にひとり來て
かよわき憧れを育みて嘆く。
田の面には麥の芽が
空を慕つて寸許り伸び、
石垣の間では草の芽が
暖い日に向つて手を顫はす。
私の心もねんごろに
君を求めて擴つてゆけば、
大きな川が光つてゐる。
ポプラーの林が輝いてゐる。

ふるさとのひるすぎ、
山の麓の園を歩みて
君がよき姿を思ひて嘆く。
皮を剥かれた堆木の肌から
新しい脂の匂が漂ふ。
蜜柑の實、南天の實が美しい。
菊、水仙、山茶花、椿。
私の心はつゝましやかに
君を尋ねて伸びてゆけば、
寂しい啄木鳥が音をたてる。
可愛い頬白が鳴いてゐる。

ふるさとのよる、
赤き灯の窓を開きて
君思ふ心を渡らせつゝ嘆く。
高い藁葺の屋根が落す
月影が廣い庭に籠つてゐる。
長い生垣のもとに殘つた雪を
ほのかに踏んで兎が飛んでゆく。
君よ、かの兎のごとく
わが月の庭に來て遊べ。
あゝわが心に忍び來て戯れよ、
君よ、かの兎の如くほのかに。


【或女に】

お前が私の心に咲いたのは
ひともとの
非時花ときじく)のやうなものだ。
いつのまにか芽が準備されてゐたのやら、
いつのまに蕾が脹らんでいつたのやら、
ついぞ私は知らないでゐた。
或暖い小春日の午後、
お前が私の心で十分開いてゐるのを見た。
私のまはりの多くの人達は
恐らくお前に氣が付かないだらう。
たまに梢のお前を見た人は云はう、
なんと寂しい花なのだらう、
木枯はもう向ふの山まで來てゐるのに。
私は寂しい仄かなお前を
いつまでも暖い心の中で咲かせてゐたい。
けれど凡てを揺動かす滅亡(ほろび)の風を
まぢかに感ぜずにはゐられない。

お前が私の心を訪ねて來るのは
可愛い小さな兎のやうなものだ。
いつのまに畠へ降りて來たのやら、
いつのまに荳の實を食つたのやら、
ついぞ私は知らないでゐた。
或輝いた淡雪の朝、
お前が私の心で遊んでゐるのを見た。
私のまはりの多くの人達は
恐らくお前に氣が付かないだらう。
たまに畠のお前を見た人は云はう、
なんといぢらしい兎なのだらう、
吹雪はもう向ふの山まで來てゐるのに。
私はいぢらしく美しいお前を
いつまでも輝いた心の中で遊ばせてゐたい。
けれど凡てを蔽ふ滅亡(ほろび)の雪を
まぢかに感ぜずにはゐられない。


【無題】

沍えて潤めるものは、
たふとき魂と
かぎりなき命とを湛ふ。
春の夜の星、
磁の壺、
わが君が眼。
美しければみな悲し。

1919.3.19


【建築師】

二十四の春――
私は漂白と修業との旅から
明るい故郷へ歸つて來た。
そして私は私の經験を
建築に作り上げようと思つた。
悲しみの礎を深く埋め、
嘆きの柱を太く削り、
悩みの甍を高く掲げて、
私は私の魂の殿堂を
空の中に建てようと思つた。
――そのとき私は貴方を見出した。
敷地ではもろもろの草の芽が
メロディアスに萌え出で、
川の岸では柳の芽が
リズミカルに伸びていつた。
私は仄かな春の息吹と
貴方の歌とに醉はされて、
初の計畫を忘れさうだつた。
礎となるべき荒い悲しみから
小さい寶石を磨き上げようとし、
柱となるべき強い嘆きから
なよやかな揺籃を組まうとし、
甍となるべき激しい悩みから
愛らしい玩具を拵(こしら)へようとしてゐた。
戀人よ、私は貴方のために
快い住家を作らうとしたのでなかつたか。
けれど私の手は氣の利いた思付や
場當の趣向を刻むには
決して慣れてはゐなかつた。
私は私の家の醜さを感じた。
それよりも私の高い魂が
力と愛との殿堂を欲してゐた。
――戀人よ、私は貴方が私の宮の
女神となつてくれることを願つた。

或朝、私は自ら斧を振つて
私の住家を薙倒した。
崩れゆく小さい家は、けれど、
梢を渡る朝の風の
音ほどの響も上げなかつた。
私は最も快活に笑つた。

春は闌となつた。
敷地では私の血の華が咲き、
私の涙の華が開いた。
私は嵐を恐れねばならなかつた。
不安と憂鬱とに迫られて
私は巷を低く彷徨した。

或日、私は山嶺を高く飛翔し
故郷の廣い野を眺めた。
そして私の魂の殿堂の
建てらるべき理由を見た。
あゝ、されど、戀人よ、
そのとき貴方は私を去つてゐたのだ。

嵐が來た。恐れてゐた嵐が來た。
凡てを揺動かして嵐が來た。
晝の間は規則正しく落着いて
南から北へ吹上げてゆくが、
夜になると自分を失つてしまふ
氣違者の嵐が襲つて來た。
しかし私の創造的な情熱は
私の腕を絶望させなかつた。
押遣られ、奪返され、
抱締められ、突離され、
擔上げられ、投出され。
けれど私は嵐と戦つた。
私の血の華は空しく散り、
私の涙の華は徒に落ちていつた。
しかし私は愚純に、辛抱強く、
男らしく、勇しく、大膽に、
私の殿堂のためにはたらいた。

或夜、工事中の建築は
嵐のために激しい音響をのこして
闇の中に消魂(けだま)しく倒れた。
涙が、涙が。――恐しい勢の涙が。
私は涙の中から遥かの空に
堂宇や塔が聳えてゐるのを仰いだ。
そしてそれらを作つた建築師の前に
私は最も謙遜に踞いた。

嵐は止みさうにも思へなかつた。
しかし私の情熱は陣痛を感じてゐた。
私の力は諦めと投遣とを知らなかつた。
産まねばならぬ者の憂鬱が支配した。
今日、私は夕暮の野を歩いて、
私の深い憂鬱の海の上を
微かな光が流れてゆくのを感じた。
私の腕は直に鑿を掴んだ。
七つの天は徐かに周つた。
はたらいた。はたらいた。
七つの柱が星明の夜の中に
突起てられたのを見た。
そして私は最も寂しく笑つた。

そのとき暁の門が開かれて、
私は貴方が進んで來るのを見た。
私は貴方の前に踞いて泣いた。
あゝ、されど、戀人よ、
私が貴方だと信じて胸に抱いたとき
彼女は自分の正體を現した。
凡てを否定する心
メフィスト
私の雙腕(もろうで)の中で赤い笑を笑つた。
そのとき私の胸は石の扇のやうに
堅く冷たく閉されてしまつた。
けれどメフィストは私に向つて
赤い熱と赤い光とを求めた。
私は顫へながら火をとつて
私の七つの柱の上に置いた。
燃上る盛な焔の誘惑に
メフィストは再び赤い笑を笑つた。

その朝美しい太陽の光が
廣い野原を薔薇色に染めた。
けれど私は私の故郷を斷念して、
私の魂の殿堂を建てるために
高山と氷河とを求めて出發した。

戀人よ、私の宮柱の焼跡では
再び草の芽が出て伸びてゆくだらう。
五月、五月、私の五月が來れば、
私は山の仕事場から下りて、
貴方が訪ねてくれた日の
靴跡を故郷の野に尋ねよう。
そして私は丈長き草の上に
私の涙のかぎりを流さう。

1919.4.26


【月夜の憂鬱】

高い荒土の塀の連りよ!
お前の嘆きは地のやうに
沈默でそして限を知らない。
氣紛で表情的な月の光が
やさしいなさけとあはれみとをもつて
絶えず悲しい頬擦をするが
お前の悩みは孤獨で忍耐だ。

私は廣い野と小さい村とを
秘められた嘆きを抱いてさまよつた。
そこでは悲しみが水のやうに
ゆたかに思ふまゝに流れてゐた。
けれど私の心の悩みは
溶けることゝ流れることゝを知らなかつた。
私は岩のやうに寛げなかつた。

長く續いた荒土の塀よ!
私はお前を村端れに見出した。
そしてお前に於て私の嘆きを感じた。
私はやさしい月の光に背いて
お前の胸にしつかりと寄添つた。
そして私は枯草のやうな
長い頭の髪をつかんだ。

遠くで馬の蹄の音が
私の運命の知らせでもあるかのやうに
響いてゐるのを私は聞いた。
私はふとその音に走り出さうとした。
併し重い苦しい私の悩みが
再び私をお前の胸にとりつかせた。
私は二倍の力を以てすがつた。
寂しい荒土の塀の連りよ!
そのとき初めて私の眼に涙があつた。

1919.6.6


【私の果樹園】

豊かな果樹園をつくるのは
貴い魂にふさわしい仕事だ。
それは孕める羊が産まぬ間に
草原から草原へさまよい歩く
遊牧の民のことではない。
泣き叫ぶ声ききながら日の落ちぬ間に
村から村を襲うて狂う
暴虐な軍隊のことではない。
また次の骰が投げられぬ間に
町から町をかけめぐる
苛立しい都会人のことでもない。
豊かな果樹園をつくるためには、
たましいの思慮と優しさと
堪え忍びと安けさとが必要だ。
それは天国を地上へもちきたす
聖なる魂にさえふさわしい仕事だ。

私も私の果樹園をつくろう。
大きく拡り深く根をはるドイツ語で
しっかりと伸びた果樹をつくり、
美しさと味とに富んだギリシア語で
彫刻的で生気ある実を結ばせよう。
賑かなイギリス語で草をはやし、
素樸なラテン語で垣をめぐらそう。
アッシリア語で風車をつくるもいい。
さてあるときはイタリア語で
暖いふくよかな風をそよがせ、
またあるときはフランス語で
エスプリと香気との風を吹かせよう。

して私は籠(ざる)をさげ、斧をかつぎ、
鋏をもち鎌をとって、
私の果樹園へはいってゆこう。
ホメロスを探そう、ヴィルヂルを尋ねよう。
ダンテ、ゲーテ、バイロン、ヴェルレーヌ。
聖なる言葉と美しい言葉とを尋ねよう。
しかし豊かな私の果樹園では、
愚なる言葉も醜い言葉も
みな一様に栄え茂っているから、
私のもとめる収穫はなかなか困難だ。

でも今年の花はどこへ散ったのであろう。
来る年の草の芽はどこにもとめよう。
そして去年(こぞ)の雪はどこにたずねよう。

1919.12.25