【殘逆の世に寄する歌】
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人の浮世の半面に坐る、
金殿よきけ玉樓は耳をかたむけよ、
大厦高樓は宜しく爾の首を垂れよ、
嗚呼爾等殘逆の鬼、
酒池に掉し肉林に戯れ、
爾等が放歌亂舞のどよむうらには、
飢に泣き寒に凍えて、
咽泣日夜に絶ゆるなきを知らずや。
持てる者は益これに與へられ、
持たざる者は持てる物をも奪はるゝとは、
如何に戰慄のことばならずや、
みよ鬼はますます牙するどく、
弱きはますます肉を食(は)まる、
嗚呼殘逆の世や暴戻の世や、
言問はむ貧家に生れて貧に泣き、
飢寒に泣く子は前生果して何の罪、
更に問はむ富家に人となり榮華を得、
飽食暖衣する子は何の巧ぞ、
人知らずわれ知らず、
しかも現世の應報は何處より來る、
よし玄に凡ての疑問は放棄し去つて
心むなしくして世を觀ぜんも、
よるべなき身を飢にないて、
死に行く兒等のあはれを見て
抱いて育てゝ見たくもなき
心なきもの何の人ぞ、
人よきけ富貴は耳をかたむけよ、
爾土塊にこゝろ奪はれ
饑えたる羊のむれを追ふて
その血その肉に飽く事をよろこび
又は可憐罪なき兒まで、
今このまゝに見殺さんとするか、
嗚呼殘逆の世や暴戻の世や、
浮世朝露の如き富を抱いて、
道義人倫を風の如くに吹き過ごしつゝ、
肉と骨とを躍らして狂へ、
狂ふて歌へ爾が虚榮と虚僞の歌を、
さもあらばあれ大自然一度腕を揮ふて
泡沫の虚榮を強くうつとき、
又は人道の征矢とび交ふて
汚濁の大野に押し寄する時、
富もたからも何のためぞ、
歡樂の歌は風前の燈火なるらむ、
嗚呼殘逆の浮世冷酷の人よ、
汝等が生れしは汝等の爲め禍なるかな、
そは寸間の歡樂を夢のまに貪つて
永劫かぎりなき亡びに入るべく
一度生の門をくゞり
永く亡びの暗に行くべければなり。
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(註)
■暴戻=ぼうれい=荒々しく道理にそむい
ていること。残酷で徳義にもとること
■玄=げん=原文は「玄玄」という漢字。
現に、という意味か。
【三つの聲】
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一、虚榮の聲
飲めや友歌へ手嫋
歡樂の數をつくして
山海の珍味を盡さん
夜も晝もわれら飽くまで
善も來よ惡も群れ
浮世をば只我まゝに
我まゝに大手ふりつゝ
渡りゆく身こそ大(えら)けれ
黄金こそまことの帝
大臣も巡査も犬も
此前に頭を垂れて
道コも人倫も空
「あやめ」なは位望むか
さらば只我れになびけや
多額納税貴族に列し
五萬圓任從五位
「小菊」なは盃みたせ
「色香」なは肴をつけよ
「初音」汝は歌ふてひけよ
嗚呼黄金花さく御代や
何を歌ふ?
「しのゝめのストライキ」とや
とんで火にやけ死ぬ虫の
うじ虫の日やとひ職工
捨てゝおけ飢えてや死なむ
社會主義只やせ犬の
墓原に吠ゆるが如く
黄金の城の何のこしやくな
中止解散我意のまゝなり
飲めや友歌へ手弱女
飽かずんば裸に躍れ
コ義何?風教何ぞ
黄金の城の身こそ安けれ
二、貧苦の聲
五月雨の降りしくなかを
破れたる小笠にかくれ
出でゆきてすぐれぬ面の
目につきてこらへかねつも
かこつ心露もたねども
貧の身は「ぐち」に痩せて
一時もやすき眠りに
我がせこを置きし夜もなし
嬰兒(ちご)なけば胸はやぶれて
紅き血の流れはすれど
着するべき衣はなくて
のますべき乳は涸れけり
嗚呼工場の雨に日くれて
疲れはて歸り來ますを
如何にして慰むべきか
この肉をさかば如何にぞ
されどこれもいたくやせたり
嗚呼この世消えて行けかし
此命消えてゆけかし
降る雨の水面に落ちて
名殘なく消えてゆくごと
神樂坂神の助けも
あらざりし世こそうたてき
降る雨にしとゝ打たれて
逝きしとはあさましきかな
其面は土の如くに
其腕は糸の如くに
其胸をやぶりやぶりて
紅き血を吸ひしは誰れぞ
君が血は我等のいのち
君が手は我が杖なりき
さるに今いのちにはなれ
盲目らは杖を折られぬ
嗚呼この世消えて行けかし
此命消えてゆけかし
降る雨にしとゝ打たれて
消えゆきし其人のごと
三、大靈の聲
生めよ繁殖(さかえ)よ地に滿てよ
とはによかれとわがのりし
わが花園は醜草(しこぐさ)の
今さかりなる浮世かな
昔林檎の木かげに
かくれて住みしへびの如
今の錦のもすそには
貧の血を吸ふまむしあり
歌は欄干に漂ふて
絃聲夜氣をふるはする
高樓の下をよくみれば
貧にかれたる骨白く
漸(やう)々もゆる若草は
黄金の岩に壓へられ
逢ふべき春の野べにだも
花に幸なき長恨賦
嗚呼只かりに與へたる
人の權威のなどてかく
罪なき民をくるしめて
其血と肉を貪るか
及ぶ手なきを誇り氣に
嵐を知らぬ花のごと
富と權威の人の子は
此大靈をわすれしや
いざ今さらば四十夜の
雨はかの地に送らずも
無象の風に打のりて
道の軍の鯨波(ごき)あげん
黄金の榮光(さかえ)何日までぞ
小さき權威は水の泡
天のラッパの響くとき
只見る前のちりほこり
立てよ樓下に枯れし骨
起きよ斃れし貧の民
岩のはざまの若草も
今いましらの春や來む
歌へ其時大ごゑに
新らしき世のあり樣を
愛と平和と平等を
われは無限にほゝえまむ
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(註)
■手嫋=手弱女=たおやめ=やさしい女、
しとやかな女
■五萬圓任從五位=五萬圓任(二)從五
位(一)
←原文に返り点あり
■かこつ=嘆く。不平を言う
■うたてき=転き=情けない。嘆かわし
い。気の毒だ。心が痛むほどだ
■鯨波(ごき)=戦場であげる、鬨(とき)の声
【海邊雑咏】
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(一)
夕富士を眺め見ばやと
打出でゝ濱邊にくれば
あやにくに雲かさなりて
天地のひらけし時は
時代(ときよ)經てゆるがぬ山の
彩雲をうしろ地にして
落日にかゞやき立てる
靈巖の姿は見えで
かのそらのうらさびしさや
さはれ見よくろみ渡りて
くれて行く相模の灘を
射るが如しかもしづかに
うすずみの雲間をもれて
落ちて來る夕日の影を
磯に立つあまのつまらは
いかばかりこれを仰ぎて
やわらぎのみちたらふなる
歸り路をのぞみまつらん
ひたすらにおもひをこめて
天地をうかゞふ身には
八重雲の雲のあなたの
いや遠き深きたよりを
つたえきく心地せられて
なつかしき望みに溢る
夕富士のかげはなくとも
彩雲のあやはなくとも
萬物を靜歡すれば
いづれかの自然の業の
天地に歸り來よとて
まねきよぶ聲にあらざる。
(二)
凄ましきものゝ響に
夢うつゝうつゝともなく
こゝまではのがれ來ぬれど
われははやひとりとなりぬ
あしの葉のかげより出でゝ
またそこにかへり行くまで
只友のあやうるはしき
窒「ろのみ我世なりしを
今やかくそれにはぐれて
をちこちをかえりみすれば
雲の波けむりの波の
ものすごく限りなきかな
嗚呼風のつよくふくかな
このなみは何處にさけむ
潮の音のすさまじきかな
この胸のとゞろくばかり
かくれ塲はなきか濱邊に
あしの間かこゝもかひなし
あなさびしうらかなしさや
定めなき水に浮くとり
たづね逢ふ事の望みは
空しともおもひ絶つべき
さとりあるわれにもあらず
また更らに要もなき身や
いざさらば限りなくとも
浦々のなみまなみまを
この恐れつきなむ日まで
このおもひたえなむ日まで
みづかきのくちなむ日まで
此むねのやぶれむ日まで
逢ふ日まで逢はぬも運命
只ひとりかくてある身かむ
うき世この世をうらぶれてみむ
只かくてあるべき身かは
只かくてあられぬ身なり。
【迷へる靈の歌ひける】
(「胡蝶よ人と生るゝ勿れ」の中の第二章)
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樂しいかなや白百合の
にほひもたかく香もたかき
きよき姿をしたひつゝ
晝なほ夢に醉へるとき
かなしいかなやこひわびて
たまたま野邊にきてみれば
手もとゞかじな及ばじな
いばらの中の百合の花
嗚呼あゝ石と身をなさば
餓うるこゝろの飽くべきか
千ひろの龍と身をなさば
たらぬこゝろのたるべきか
さればわが身は蝶となり
かよはき翅は破るとも
見よこのあつき唇を
かの花びらにつけでやむべき
【破れし蝶の歌ひける】
(「胡蝶よ人と生るゝ勿れ」の中の第三章)
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まだ木がらしもすさまぬに
または野に咲く白百合の
花さへ清く涼しきに
なれのみひとり蝶の身よ
破れし翅はいかにぞと
問ひたまふこそかなしけれ
知りたまはずや白百合の
たかき匂ひはきゝながら
やさしきすがた見ながらも
へだてのいばらあつくして
飛び通ふべきすべをさへ
知らではかなき狂ひ蝶
もとより狂ふ身なればや
あつきいばらのとげも見ず
かよはき翅の身もわすれ
たゞ天地に一もとの
花より外を知らざりし
蝶のいのちの秋の夕ぐれ
【鷲の歌】
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あらぶる風に海原は
逆巻きどよむ荒磯の
岩のとがりに荒鷲の
翅を振ふさまを見よ
闇夜をひらく稲妻の
それより凄き眼眸(まなざし)は
潮のはてに掴むべき
物を求むる風情にて
雲とぴ通ふ大空の
おくにひそめる屍に
飢と渇(かわき)にかゞやける
燃ゆる光を送るかな
嗚呼人の世に生れ來て
眞理に飢うる人の子よ
あらしに狂ひ風に鳴き
猛く雄々しき鷲のごと
雲をやぶりて空に入り
迷ひをはらひ神を呼び
嗚呼天地のきはみまで
心のつばさを振へかし
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