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松本淳三

まつもとじゅんぞう(1895-1950)

詩人・政治家。島根県美濃郡高城村(現益田市)生まれ。本名淳造。1916年慶大中退。1918年、久原鉱
業九州佐賀関精錬所の労働者となった。1920年、堺利彦の紹介で雑誌「中外」の記者となり、日本社会
主義同盟に加入。翌年、10月、再刊された「種蒔く人」に同人として参加し、五反田で国粋会の徒党に
刺された時の実感を描いた「刃に刺されて」を発表。1923年6月
陀田勘助らとプロレタリア詩誌「鎖」
を創刊。1927年、小川未明らと日本無産派文芸連盟を組織した。翌年、日本労働党に入党し、以後しだ
いに詩作から遠ざかり、戦前は社会大衆党中央委員、府会議員として、戦後は社会党代議士として活躍
した。詩集に『二足獣の歌へる』(1923)がある。/「日本現代詩辞典」より

詩集『二足獣の歌へる』より

【反逆】

數丈になほあまる
監獄の赤い煉瓦の壁をまつすぐにのぼるとかげよ
お前の恐ろしい凄い眼よ
お前の白刃と光らす鱗よ
誰を呪ひ、誰を恨んで、このまつぴるまにお前は何處へのぼつて行くのか
數丈になほあまる
監獄の赤い煉瓦の壁をまつすぐにのぼるとかげよ。

【熱狂】

熱狂――
おゝ何といふ必死の力だ
熱狂せよ
旗手は赤旗を握るしゅんかん
すりは袂を狙ふしゅんかん
乞食は、自動車を見詰めるしゅんかん
そして、梅毒の淫売婦は
男を呪ひつめるしゅんかんにだ
おゝ死を期して熱狂せよ!


【衝動】

土瓶がある
こゝに古くさい土瓶がある

土瓶をわれ!

明日の不自由を考へるな!


松の木がある
向ふの丘に松の木がある

高い松の木

おゝ、あの松の木を逆さにしてやれ!


【逆心】

数丈になほあまる
監獄の赤い煉瓦の壁をまっすぐにのぼるとかげよ
お前の恐ろしい凄い眼よ
お前の白刃と光らす鱗よ
誰を呪ひ、誰を恨んで、このまっぴるまにお前は何処へのぼってゆくのか
数丈になほあまる赤い煉瓦の壁をまっすぐにのぼるとかげよ――


【銀座】

このショウ・ウヰンドウの眞珠はどうして
巡査の眼よりも光らぬのか。


【生きよ私の如く】

生きよ、私の如く正しく
私は、すさまじい吹雪にぢつと立つてゐる
大樹のやうに強い
また、森の中に姿をかくして
ひそかに歌つてゐる小鳥のやうに純粋な
――人間松本淳三だ!

私は君たちのやうに
派手な扮装をこらさない
朽ちた傳統、また慣習にも交渉されない
うそと、見得坊と、そこから割出した安價な戀にも賣名にも
――むしろさみしい一人の男だ。

けれども外から、扉の内奥がわかるであらうか
眞の私がわかるであらうか
土砂の底にも、眞個の砂金はつねにまばゆく
くもつた空にも
やはり太陽がまつ赤にまつ赤に燃えてゐるのを
あゝ、誰が誰がしつてゐるのだ!

ふれてみたまへ
私の胸をたゝいてみたまへ
何物にも恐れず、また何物にも領有されない
頑とした男の強さが
君を、泥人形の君を
たちまち其場で枯木のやうに卒倒さすから

とは云へ、私は、
原子の記號的素朴と純潔
また情熱に洗練せられた、無私の美はしい愛の前には
涙をこめた握手ををしまぬ
炎々と燃ゆる焔へ
逆巻き逆巻く怒濤の中へも
誓つて共に行くだらう

おゝ、未知の多數の若い男女よ
生きよ、私の如く正しく
私は、大海の底にどつしりとその根をおろした、大きい火山のやうに剛毅な
また、くさむらの中にほのかに
咲いている白百合のやうにやさしい
――人間松本淳三だ!

1923年11月「鎖」第1巻第3號収載