【土卒の夢】-延春亭主人-
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四面は寒き夜半の風。 篝火さへも消果てゝ、
寄來る敵の影遠く、 杉の梢に梟の、
友呼代はす聲すなり。 時を守れる老兵が、
木陰にひとり太刀劍、 杖となしつゝ倚蒐(よりかゝ)り、
昔を思續けつゝ、 立てる姿ぞ憐なる。
遠き方にて屍を、 貪啖(むさぼりくら)ふ狼の、
吼ゆる聲だに凄じく、 山の端青き月の顔、
殺せし敵の怨靈が、 恨を含む如くにて、
松虫すだく尾花には、 契りし友の招くかや。
ひとり彳む老兵の、 眠れる影ぞ憐なる。
夢にぞ歸る故郷の 幾重の山路草深く、
これも昔は生死(いきしに)の 海か劍の山間に、
わが友人が其骨を、 埋めし所尋ぬれば、
松こそ茂れ、蟋蟀の、 後を弔ふ聲ばかり。
胸に溢るゝ懷舊の 涙を呑むぞ憐なる。
或は歩む野邊の路、 見し撫子の花の露、
湧きもたつなる峯の雲、 清く流るゝ谷の水、
戯狂ふ山羊羊(やぎひつじ)、 昇り棚引く薄烟、
ありし昔にかはらねど、 變りはてしは我身ぞと、
見る物につけ、己をば、 喞(か)つ心ぞ憐なる。
家に歸りて、父母に、 さす盃は淺くとも、
思はさしも深緑、 待とし聞けばいとゞ猶、
妻子の面もなつかしく、 互に昔語合ひ、
遂には濡らす袖袂。 そも理(ことわり)といふばかり、
慰めかねて老兵の、 惱む姿ぞ哀なる。
=我せ(人+夫) 少しく待給へ。 父上兒(あこ)をも倶したまへ。
旅の疲憊も嘸(さぞか)かしな。 憩給へやしばらく。=と
右左より縋着く 妻と我子の聲聞けば、
流石に猛き老兵も、 床に轉(まろ)ぶと見し夢の
裡に聞ゆる喇叭の音、 起きてぞ修羅に急ぐらん。
【路易帝斷頭臺の場】-延春亭-
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第一
=今迄住みし宮殿も、 今日より長く荒果てん。
庭になくなる鶯も、 誰にか春を告ぐるらん。
夜半の嵐に散果てし 其白梅を見るだにも、
浮世は夢かまぼろしか。 朕(われ)も今より死出の旅。
わが人民の暴逆に、 逢ふて黄金の冠も、
斷頭臺の朝露と、 消えなん事のはかなさよ。
一天四海は我物と、 言ひしは人の僞か。=
馬車の内にぞすご/\と、 涙もろとも入給ふ。
第二
惡魔の息か、革命の 風の渦巻く巴里の街。
血を見て笑ふ狂民は、 那方這方(かなたこなた)に走行き、
折々鯨波(とき)の聲をあげ、 今や遲しと帝王の
馬車の傍(かたへ)に集來る。 昔なりせば花飾、
捧げんものを、彼こそは、 我を苦む暴君……と
睨む眼(まなこ)の恐ろしく、 =暴君殺せ暴君を、
彼を殺さば我活きん。=と 罵る聲も凄じく。
遥に彼方眺むれば、 集まる民は數百萬。
分けて進めば、程もなく、 斷頭臺に着きにける。
第三
かくて帝(みかど)は車より、 下給ひつゝ、徐々(しづ/\)と、
斷頭臺の其下に、 騒ぐ體(てい)なく行給ふ。
最(いと)麗(うるわし)き御姿、 三十(みそぢ)にいまだ楢の木の
蔭は那處(かしこ)にありながら、 身を置きかねし天(あめ)が下。
晴れたる空に身は獨、 涙の雨ぞ降蒐(かゝ)る。
前を望めば、太刀劍、 立込めたりし修羅の場(には)、
隙間もあらず晃(きらめ)くは、 春の野に生ふつばな草、
風に靡くが如くにて、 帝も今は是迄と、
どよめく民に手を揚げて、 =霎時(しばし)=とばかり止給ふ。
第四
=喃(なう)諸人よ朕は今、 科(とが)なき科を蒙りて、
空くこれに死するなり。 此世に別れの一言は、
朕に罪をば言かけし 汝の罪を赦すべし。
朕今流す血をもつて、 この佛蘭西の盛なる
飾となさば、幸多し。 喃諸人=とのたまひし
折しもあれや。サンテルが、 揚げし劍を合圖にて、
打出す大鼓の音凄く、 今は悲や路易帝、
前に立ちたる僧正が、 =いざ=とて勸(すゝむ)る十字架に、
御手をあはせ、伏拜み、 神の御名のみ唱へけり。
第五
又も相圖の喇叭の音。 つれてぞ狂ふ暴民は、
手を揚げ、身をば躍らして =殺せ/\=と叫びける。
憐や帝は御手をば、 後になして、氷なす
刃の下に御頭を、 いとも靜に置給ひ、
目を閉ぢさして、今霎時、 合圖をそれと待ひまも
新身の刃晃きて、 御魂は雲に入相の
鐘も無情の御首を、 手に振廻し、暴民は、
=共和自由萬歳。=と どよめきたつる其響。
御運の程と佛蘭西の 國の樣こそあはれなれ。
【古戰場】-梅のやかをる-
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日影も今は山の端に、 入相時(どき)の鐘凄み、
行きかふ人の跡も絶え、 草も黄ばめる秋の野の
ながめ悲き黄昏に、 風呼叫ぶ高松の
蔭に一宵(よ)を假枕。 見渡す方は古戰場。
塒にかへる群烏、 影は烟の中に消え、
時雨に染みし楓(かへるで)の 梢に叫ぶ猿の聲、
腹(はらわた)を斷つばかりにて、 枯れて背高き篠薄(しのすゝき)の
蔭に苔蒸す白骨に、 鏃(やじり)は深く殘るなり。
或は瀬早き溪川に、 砂ぞ埋めし髑髏の、
半ば水に晒されて、 目も朽ち、牙も落にしに、
猶怨恨をば含むらん、 天を仰ぎし儘にして、
岩が根強く噛附きつ、 波に夜な/\叫ぶなり。
見る目怪き谷蔭に、 頽(くづれ)果てたる古塚の
傍(かたへ)に殘る鎗劍。 奥は幽(かそ)けき洞の中、
猶今ながら矢叫(やさけび)の 音さへ聞ゆばかりなる。
そも此處にこそ壯士(ますらを)が、其亡骸を埋めけめ。
思へば昔此人も、 馴れし故郷の父母を、
跡に見捨てゝ幾年か、 佩(お)びし劍を枕にて、
御國に寇(あだ)す敵(かたき)等を、防ぎしものを、哀にも、
消えては苔の下塚に、 今も怨を呑むならん。
頼む夜毎の仇夢に、 隔つ海山千萬里。
通ふて歸る魂の 右には父よ左には、
母に勸むる盃に、 見る故郷の月と花。
さめて朝の涙には、 望む胡天の秋の雲。
雲羃々として天(そら)黒く、 夜は溟々として鐘遠し。
鳥も聲なく草眠り、 風音信(おとづ)れて松泣かん。
いとゞをぐらき谷蔭を、 閃出でつ飛狂ふ
鬼火は今も往昔(そのかみ)の 餘波(なごり)を殘すものならん。
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