丸岡九華

まるおかきゅうか(1865-1927)

詩人・小説家。本名は久之助、別号は春亭・九春亭・延春亭・山茶花(サザンカ)・礫川(レキセン)魔
王・桂堂・梅の舎薫(ウメヤノカオル)。江戸生れ。一橋高等商業学校に学ぶ。1885年、大学予備門の
学生であった尾崎紅葉の硯友社創立に参加。/「全国名前辞典」より


【土卒の夢】-延春亭主人-

四面は寒き夜半の風。      篝火さへも消果てゝ、
寄來る敵の影遠く、       杉の梢に梟の、
友呼代はす聲すなり。      時を守れる老兵が、
木陰にひとり太刀劍、      杖となしつゝ倚蒐(よりかゝ)り、
昔を思續けつゝ、        立てる姿ぞ憐なる。

遠き方にて屍を、        貪啖(むさぼりくら)ふ狼の、
吼ゆる聲だに凄じく、      山の端青き月の顔、
殺せし敵の怨靈が、       恨を含む如くにて、
松虫すだく尾花には、      契りし友の招くかや。
ひとり彳む老兵の、       眠れる影ぞ憐なる。

夢にぞ歸る故郷の        幾重の山路草深く、
これも昔は生死(いきしに)の   海か劍の山間に、
わが友人が其骨を、       埋めし所尋ぬれば、
松こそ茂れ、蟋蟀の、      後を弔ふ聲ばかり。
胸に溢るゝ懷舊の        涙を呑むぞ憐なる。

或は歩む野邊の路、       見し撫子の花の露、
湧きもたつなる峯の雲、     清く流るゝ谷の水、
戯狂ふ山羊羊(やぎひつじ)、   昇り棚引く薄烟、
ありし昔にかはらねど、     變りはてしは我身ぞと、
見る物につけ、己をば、     喞(か)つ心ぞ憐なる。

家に歸りて、父母に、      さす盃は淺くとも、
思はさしも深緑、        待とし聞けばいとゞ猶、
妻子の面もなつかしく、     互に昔語合ひ、
遂には濡らす袖袂。       そも理(ことわり)といふばかり、
慰めかねて老兵の、       惱む姿ぞ哀なる。

=我せ(人+夫) 少しく待給へ。  父上兒(あこ)をも倶したまへ。
旅の疲憊も嘸(さぞか)かしな。  憩給へやしばらく。=と
右左より縋着く         妻と我子の聲聞けば、
流石に猛き老兵も、       床に轉(まろ)ぶと見し夢の
裡に聞ゆる喇叭の音、      起きてぞ修羅に急ぐらん。


【路易帝斷頭臺の場】-延春亭-

     第一
=今迄住みし宮殿も、      今日より長く荒果てん。
庭になくなる鶯も、       誰にか春を告ぐるらん。
夜半の嵐に散果てし       其白梅を見るだにも、
浮世は夢かまぼろしか。     朕(われ)も今より死出の旅。
わが人民の暴逆に、       逢ふて黄金の冠も、
斷頭臺の朝露と、        消えなん事のはかなさよ。
一天四海は我物と、       言ひしは人の僞か。=
馬車の内にぞすご/\と、    涙もろとも入給ふ。

     第二
惡魔の息か、革命の       風の渦巻く巴里の街。
血を見て笑ふ狂民は、      那方這方(かなたこなた)に走行き、
折々鯨波(とき)の聲をあげ、   今や遲しと帝王の
馬車の傍(かたへ)に集來る。   昔なりせば花飾、
捧げんものを、彼こそは、    我を苦む暴君……と
睨む眼(まなこ)の恐ろしく、   =暴君殺せ暴君を、
彼を殺さば我活きん。=と    罵る聲も凄じく。
遥に彼方眺むれば、       集まる民は數百萬。
分けて進めば、程もなく、    斷頭臺に着きにける。

     第三
かくて帝(みかど)は車より、   下給ひつゝ、徐々(しづ/\)と、
斷頭臺の其下に、        騒ぐ體(てい)なく行給ふ。
最(いと)麗(うるわし)き御姿、  三十(みそぢ)にいまだ楢の木の
蔭は那處(かしこ)にありながら、 身を置きかねし天(あめ)が下。
晴れたる空に身は獨、      涙の雨ぞ降蒐(かゝ)る。
前を望めば、太刀劍、      立込めたりし修羅の場(には)、
隙間もあらず晃(きらめ)くは、  春の野に生ふつばな草、
風に靡くが如くにて、      帝も今は是迄と、
どよめく民に手を揚げて、    =霎時(しばし)=とばかり止給ふ。

     第四
=喃(なう)諸人よ朕は今、    科(とが)なき科を蒙りて、
空くこれに死するなり。     此世に別れの一言は、
朕に罪をば言かけし       汝の罪を赦すべし。
朕今流す血をもつて、      この佛蘭西の盛なる
飾となさば、幸多し。      喃諸人=とのたまひし
折しもあれや。サンテルが、   揚げし劍を合圖にて、
打出す大鼓の音凄く、      今は悲や路易帝、
前に立ちたる僧正が、      =いざ=とて勸(すゝむ)る十字架に、
御手をあはせ、伏拜み、     神の御名のみ唱へけり。

     第五
又も相圖の喇叭の音。      つれてぞ狂ふ暴民は、
手を揚げ、身をば躍らして    =殺せ/\=と叫びける。
憐や帝は御手をば、       後になして、氷なす
刃の下に御頭を、        いとも靜に置給ひ、
目を閉ぢさして、今霎時、    合圖をそれと待ひまも
新身の刃晃きて、        御魂は雲に入相の
鐘も無情の御首を、       手に振廻し、暴民は、
=共和自由萬歳。=と      どよめきたつる其響。
御運の程と佛蘭西の       國の樣こそあはれなれ。


【古戰場】-梅のやかをる-

日影も今は山の端に、      入相時(どき)の鐘凄み、
行きかふ人の跡も絶え、     草も黄ばめる秋の野の
ながめ悲き黄昏に、       風呼叫ぶ高松の
蔭に一宵(よ)を假枕。      見渡す方は古戰場。

塒にかへる群烏、        影は烟の中に消え、
時雨に染みし楓(かへるで)の   梢に叫ぶ猿の聲、
腹(はらわた)を斷つばかりにて、 枯れて背高き篠薄(しのすゝき)の
蔭に苔蒸す白骨に、       鏃(やじり)は深く殘るなり。

或は瀬早き溪川に、       砂ぞ埋めし髑髏の、
半ば水に晒されて、       目も朽ち、牙も落にしに、
猶怨恨をば含むらん、      天を仰ぎし儘にして、
岩が根強く噛附きつ、      波に夜な/\叫ぶなり。

見る目怪き谷蔭に、       頽(くづれ)果てたる古塚の
傍(かたへ)に殘る鎗劍。     奥は幽(かそ)けき洞の中、
猶今ながら矢叫(やさけび)の   音さへ聞ゆばかりなる。
そも此處にこそ壯士(ますらを)が、其亡骸を埋めけめ。

思へば昔此人も、        馴れし故郷の父母を、
跡に見捨てゝ幾年か、      佩(お)びし劍を枕にて、
御國に寇(あだ)す敵(かたき)等を、防ぎしものを、哀にも、
消えては苔の下塚に、      今も怨を呑むならん。

頼む夜毎の仇夢に、       隔つ海山千萬里。
通ふて歸る魂の         右には父よ左には、
母に勸むる盃に、        見る故郷の月と花。
さめて朝の涙には、       望む胡天の秋の雲。

雲羃々として天(そら)黒く、   夜は溟々として鐘遠し。
鳥も聲なく草眠り、       風音信(おとづ)れて松泣かん。
いとゞをぐらき谷蔭を、     閃出でつ飛狂ふ
鬼火は今も往昔(そのかみ)の   餘波(なごり)を殘すものならん。