【生ける銃架】
▼
高粱(こうりゃん)の畠を分けて銃架の影はきょうも続いて行く
銃架よ、お前はおれの心臓に異様な戦慄を与える――血のような夕日を浴びてお前が黙々
と進むとき
お前の影は人間の形を失い、お前の姿は背嚢に隠れ
お前は思想を持たぬただ一個の生ける銃架だ
きのうもきょうもおれは進んで行く銃架を見た
列の先頭に立つ日章旗、揚々として肥馬に跨る将軍たち、色蒼ざめ疲れ果てた兵士の群―
おおこの集団が姿を現わすところ、中国と日本の圧制者が手を握り、犠牲の鮮血は二十二
省の土を染めた
(だが経験は中国の民衆を教えた!)
見よ、愚劣な軍旗に対して拳を振る子どもたちを、顔をそむけて罵る女たちを、無言のまま
反抗の視線を灼きつける男たちを!
列はいま奉天の城門をくぐる
――聞け、資本家の利権屋の一隊のあげる歓呼の声を、軍楽隊の吹奏する勝利の曲を!
やつら、資本家と将軍は確かに勝った! ――だがおれたち、どん底に喘ぐ労働者農民に
とってそれが何の勝利であろう
おれたちの唇は歓呼の声を叫ぶにはあまりにも干乾びている
おれたちの胸は凱歌を挙げるには苦し過ぎる
やつらが勝とうと負けようと、中国と日本の兄弟の上に弾圧の鞭は層一層高く鳴り
暴虐の軛(くびき)は烈しく喰い入るのだ
おれは思い出す、銃剣の冷たく光る夜の街に
反戦の伝単を貼り廻して行った労働者を
招牌(しょうへい)の蔭に身を潜め
軒下を忍び塀を攀じ
大胆に敵の目を掠めてその男は作業を続けた
彼が最後の一枚に取り掛かった時、
歩哨の鋭い叫びが彼の耳を衝いた
彼は大急ぎでビラを貼り
素早く横手の小路に身を躍らせた
その時彼は背後にせまる靴音を聞き
ゆくてにきらめく銃剣を見た
彼は地上に倒れ、次々に突き刺される銃剣の下に、潮の退くように全身から脱けて行く力
を感じ
おとろえた眼を歩哨の掲げた燈に投げ
裂き捨てられた泥に吸われた伝単を見詰め
手をかすかに挙げ、唇を慄わし
失われゆく感覚と懸命に闘いながら、死に至るまで、守り通した党の名をとぎれとぎれに
呼んだ
中、国、共、産、党、万……
――秋。奉天の街上で銃架はひとりの同志を奪い去った。
しかし次の日の暮れ方、おれは帰りゆく労働者のすべての拳の中に握りしめられたビラの
端を見た、電柱の前に、倉庫の横に、風にはためく伝単を見た。同志よ安んぜよ、君が
死を以て貼りつけたビラの跡はまだ生々しい。
残された同志はその上へ次々の伝単を貼りめぐらすであろう
白樺と赤楊の重なり合う森のしげみに銃架の影はきょうも続いて行く
お前の歴史は流血に彩られて来た。
かつて亀戸の森に隅田の岸に、また朝鮮に台湾に満州に
お前は同志の咽を突き胸をえぐり
堆い死屍の上を血に酔い痴れて突き進んだ
生ける銃架 おお、家を離れて野に結ぶ眠りの裡に、風は故郷のたよりをお前に伝えないのか
愛するお前の父、お前の母、お前の妻、お前の子、そして多くのお前の兄妹たちが、土地
を逐われ職場を拒まれ、飢えにやつれ、歯を喰い縛り、拳を握って、遠く北の空に投げる
憎しみの眼は、かすかにもお前の夢には通わぬのか
焼きすてられる立禁の札、馘首に対する大衆抗議、全市を揺がすゼネストの叫び。
雪崩れを打つ反戦のデモ。吹きまく弾圧の嵐の中に生命を賭して闘うお前たち、おれたち
の前衛、ああ日本共産党!
――それもお前の眼には映らぬのか!
生ける銃架、お前が目的を知らず理由を問わず
お前と同じ他の国の生ける銃架を射殺し
お前が死を以て衛らねばならぬ前衛の胸に、お前の銃剣を突き刺す時
背後にひびく哄笑がお前の耳を打たないのか
突如鉛色の地平に鈍い音が炸裂する。
砂は崩れ、影は歪み、銃架は血を噴いて地上に倒れる。
今ひとりの「忠良な臣民」が、ここに愚劣な生涯を終えた
だがおれは期待する、他の多くのお前の仲間は、やがて銃を後ろに狙い、剣を後ろに構え
自らの解放に正しい途を撰び、生ける銃架けたる事を止めるであろう
起て満州の農民労働者
お前の怒りを蒙古の嵐に鍛え、鞍山の溶鉱炉に溶かし込め!
おお、迫りくる革命の怒濤
遠くアムールの岸をかむ波の響きは、興安嶺を越え、松花江を渡り、ハルピンの寺院を揺
すり、間島(かんとう)の村々に伝わり、あまねく遼寧の公司を揺るがし、日本駐屯軍の陣
営に迫る
おお、国境を越えて腕を結び、革命の防塞を築くその日はいつ。1932年2月「大衆の友」
【間島パルチザンの歌】
▼
思い出はおれを故郷ヘ運ぶ
白頭の嶺を越え、落葉松の林を越え
蘆の根の黒く凍る沼のかなた
赫ちゃけた地肌に黝ずんだ小舎の続くところ
高麗雉子が谷に啼く咸鏡の村よ
雪溶けの小径を踏んで
チゲを負い、枯葉を集めに
姉と登った裏山の楢林よ
山番に追われて石ころ道を駆け下りるふたりの肩に
背負縄はいかにきびしく食い入ったか
ひびわれたふたりの足に
吹く風はいかに血ごりを凍らせたか
雲は南にちぎれ
熱風は田のくろに流れる
山から山に雨乞いに行く村びとの中に
父のかついだ鍬先を凝視めながら
眩暈のする空き腹をこらえて
姉と手をつないで越えて行った
あの長い坂道よ
えぞ柳の煙る書堂の蔭に
胸を病み、都から帰ってきたわかものの話は
少年のおれたちにどんなに楽しかったか
わかものは熱するとすぐ咳をした
はげしく咳入りながら
彼はツァールの暗いロシアを語った
クレムリンに燻ぶった爆弾と
ネヴァ河の霧に流れた血しぶきと
雪を踏んでシベリヤに行く囚人の群れと
そして十月の朝早く
津波のように街に雪崩れた民衆のどよめきを
ツァールの黒鷲が引き裂かれ
モスコーの空高く鎌と槌の赤旗が翻ったその日のことを
話し止んで口笛を吹く彼の横顔には痛々しい紅潮が流れ
血が繻衣(チョゴリ)の袖を真赤に染めた
崔先生とよばれたそのわかものは
あのすさまじいどよめきが朝鮮を揺るがした春を見ずに
灰色の雪空に希望を投げて故郷の書堂に逝った
だが、自由の国ロシアの話は
いかに深いあこがれとともに、おれの胸に沁み入ったか
おれは北の空に響く素晴らしい建設の轍の音を聞き
祖国を持たぬおれたちの暗い植民地の生活を思った
おお
蔑すまれ、不具(かたわ)にまで傷つけられた民族の誇りと
声なき無数の苦悩を載せる故国の土地!
そのお前の土を
飢えたお前の子らが
若い屈辱と憤懣をこめて嚥み下すとき−
お前の暖い胸から無理強いにもぎ取られたお前の子らが
うなだれ、押し黙って国境を越えて行くとき――
お前の土のどん底から
二千万の民衆を揺り動かす憤激の溶岩を思え!
おお三月一日
民衆の血潮が胸を搏(う)つおれたちのどのひとりが
無限の憎悪を一瞬にたたきつけたおれたちのどのひとりが
一九一九年三月一日を忘れようぞ!
その日
「大韓独立万歳!」の声は全土をゆるがし
踏み躙られた日章旗に代えて
母国の旗は家々の戸ごとに翻った
胸に迫る熱い涙をもっておれはその日を思い出す!
反抗のどよめきは故郷の村にまで伝わり
自由の歌は咸鏡の嶺々に 谺した
おお、山から山、谷から谷に溢れ出た虐げられたものらの無数の列よ!
先頭に旗をかざして進む若者と
胸一ぱいに万歳をはるかの屋根に呼び交わす老人と
眼に涙を浮かべて古い民衆の謡をうたう女らと
草の根を噛りながら、腹の底から嬉しさに歓呼の声を振りしぼる少年たち!
赫土の崩れる峠の上で
声を涸らして父母と姉弟が叫びながら、こみ上げてくる熱いもに我知らず流した涙を
おれは決して忘れない!
おお、俺たちの自由の歓
びはあまりにも短かった!
夕暮れおれは地平の涯に
煙を揚げて突き進んでくる黒い塊を見た
悪魔のように狼煙を投げ、村々を焔の波に浸しながら、喊声をあげて突貫する日本騎馬隊を
だが焼け崩れる部落の家々も
丘から丘に炸裂する銃弾の音も、おれたちにとって何であろう
おれたちは咸鏡の男と女
搾取者への反抗に歴史を綴ったこの故郷の名にかけて
全韓に狼煙を揚げたいくたびかの蜂起に血を滴らせたこの故郷の土にかけて
首をうなだれ、おめ/\と陣地を敵に渡せようか
旗を捲き、地に伏す者は誰だ?
部署を捨て、敵の鉄蹄に故郷を委せようとするのはどいつだ?
よし、焔がおれたちを包もうと
よし、銃剣を構えた騎馬隊が野獣のようにおれたちに襲い掛かろうと
おれたちは高く頭を挙げ
昂然と胸を張って
怒涛のように嶺をゆるがす万歳を叫ぼう!
おれたちが陣地を棄てず、おれたちの歓声が響くところ
「暴圧の雲光を覆う」朝鮮の片隅に
おれたたちの故郷は生き
おれたちの民族の血は脈々と搏(う)つ!
おれたちは咸鏡の男と女!
おお血の三月−その日を限りとして
父母と姉におれは永久に訣れた
砲弾に崩れた砂の中に見失った三人の姿を
白衣を血に染めて野に倒れた村びとの間に
紅松へ逆さに掛った屍の間に
銃剣と騎馬隊に隠れながら
夜も昼もおれは探し歩いた
あわれな故国よ!
お前の上に立ちさまよう屍臭はあまりにも傷々しい
銃剣に蜂の巣のように突き刺され、生きながら火中に投げ込まれた男たち!
強姦され、肉を刳(けず)られ、臓腑まで引きずり出された女たち!
石ころを手にしたまま絞め殺された老人ら!
小さい手に母国の旗を握りしめて俯伏した子供たち!
おお君ら、先がけて解放の戦さに斃(たお)れた一万五千の同志らの
棺にも蔵められず、腐死を兀鷹の餌食に曝す躯(むくろ)の上を
荒れすさんだ村々の上を
茫々たる杉松の密林に身を潜める火田民(かでんみん)の上を
北鮮の曠野に萌える野の草の薫りを籠めて
吹け! 春風よ!
夜中(よじゅう) 山はぼう/\と燃え
火田を囲む群落の上を、鳥は群れを乱して散った
朝
おれは夜明けの空に
渦を描いて北に飛ぶ鶴を見た
ツルチュクの林を分け
欝蒼たる樹海を越えて
国境へ――
火のように紅い雲の波を貫いて、真直ぐに飛んで行くもの!
その故国に帰る白い列に
おれ、十二の少年の胸は躍った
熱し、咳き込みながら崔先生の語った自由の国へ
春風に翼(はね)を搏(う)たせ
歓びの声をはるかに揚げて
いま楽しい旅をゆくもの!
おれは頬を火照(ほてら)し
手をあげて鶴に応えた
その十三年前の感激をおれは今なまなましく想い出す
氷塊が河床に砕ける早春の豆満江を渡り
国境を越えてはや十三年
苦い闘争と試練の時期を
おれは長白の平で過ごした
気まぐれな「時」はおれをロシアから隔て
厳(いかめ)しい生活の鎖は間島(かんとう)におれを繋いだ
だが、かつてロシアを見ず
生まれてロシアの土を踏まなかったことを、おれは決して悔いない
いまおれの棲むは第二のロシア
民族の壇(かき)を撤したソヴェート
聞け! 銃を手に
深夜結氷を越えた海蘭(ハイラン)の河瀬の音に
密林に夜襲の声を谺した汪清(ワンシン)の樹々のひとつひとつに
血ぬられた苦難と建設の譚(ものがたり)を!
風よ、憤懣の響きを籠めて白頭から雪崩れてこい!
濤よ、激憤の沫きを揚げて豆満江に迸れ!
おお、日章旗を飜す強盗ども!
父母と姉と同志の血を地に灑(そそ)ぎ
故国からおれを追い
今剣をかざして間島に迫る日本の兵匪!
おお、お前らの前におれたちがまた屈従せねばならぬと言うのか
ふてぶてしい強盗どもを待遇する途をおれたちが知らぬというのか
春は音を立てて河瀬に流れ
風は木犀の香を伝えてくる
露を帯びた芝草に車座になり
おれたちはいま送られた素晴らしいビラを読み上げる
それは国境を越えて解放のために闘う同志の声
撃鉄を前に、悠然と階級の赤旗を揚げるプロレタリアートの叫び
「在満日本革命兵士委員会」の檄!
ビラをポケットに
おれたちはまた銃を取って忍んで行こう
雪溶けのせせらぎはおれたちの進軍を伝え
見覚えのある合歓の林は喜んでおれたちを迎えるだろう
やつら! 蒼ざめた執政の蔭に
購われた歓声を揚げるなら揚げるがいい
疲れ切った号外売りに
嘘っぱっちの勝利を告げるなら告げさせろ
おれたちは不死身だ!
おれたちはいくたびか敗けはした
銃剣と馬蹄はおれたちを蹴散らしもした
だが
密林に潜んだ十人は百人となって現れなんだか!
十里退却したおれたちは、今度は二十里の前進をせなんだか!
「生くる日の限り解放のために身を献げ赤旗のもとに喜んで死のう!」
「東方解放軍」の軍旗に唇を触れ、宣誓したあの言葉をおれが忘れようか
おれたちは間島のパルチザン。身をもってソヴェートを護る鉄の腕。生死を赤旗とともにする
決死隊
いま長白の嶺を越えて
革命の進軍歌を全世界に響かせる
――海を隔ててわれら腕結びゆく
――いざ戦わんいざ、奮い立ていざ
――ああインターナショナルわれらがもの
1932.3.1 「プロレタリア文学」4月増刊号
【餅の歌】
▼
―全農の林延造氏に―
餅とは
何と
鋤き返された幼い南の郊外の野の思い出のように
甘(うま)いものだろう!
高岡の
ひとりぽっちの
叩き廻っても後の沼地一ぱいがらんどうな響きしかはね返してこぬ
豚箱の中で
僕はしみじみと生のうどんの皮をひっぺかしながら
そう思った
それは
青い蚊帳が雨上がりの甘酸っぱい臭いをたてながら
差し入れの風鈴と一しょにゆさゆさ揺れていた時だった!
背の低い
長髪の
いつも怒ったような顔をした
それでいて人なつこい
三十を越えたばかりの生粋の農民出の労働者
日本化学労働組合員、全国会議全農高知県連の草分け
(激励とともに、これは彼から来た)
――同志、林延造君!
彼は
争議が不利になり
引きぬかれた百舌の巣のように
組織がめちゃめちゃにふみあらされた時も
沮喪せぬ組合常任であることができ
嵐と、土砂ぶりの天候の下で
まつかさのように散らばった部落部落(むらむら)の貧農の
信頼された相談相手であることができ
不当逮捕、監禁、拷問と弾圧下のデモのまっただなかで
傷だらけの額を硬ばらせながら
ひきさかれた服とむしられた頭髪の間から
昂然と
地主に逆襲する土地と革命歌の
乱唱の音頭をとり
生活が
どんなに重く彼の上にのしかかろうと
常に愉快なピオニールの餅屋であることができた
ピオニールが彼の餅屋を愛する以上に
彼は少年らのはつらつさと、彼等の伸びようとする意力と文化とを愛した
風のように
彼はもうちょっとばかし大きいピオニールたちの
豚箱から豚箱に現われた
にっこりと手をあげる間もなく……!
僕はうなずきうなずき――投げこまれた餅の袋の
一きれ一きれを
ごっくりごっくり咽喉を鳴らしながら飲みこんだ
――餅とはめったにこんなにうまいものではないのだ!
しつような土地取上げと
さんたんたる小作争議とが
出来たばかりの組合の仕事にせわしい同志林を
豚箱の昔の部屋へひんぱんに追いこんだ時
重い鳶色の鉄扉が
外の同志とともに
ぶつぎれにどこからともなく元気なたよりを吹き送ってくる餅屋のおやじを
僕と幾重にも仕切ったとき――
この国に
ひとりの
赤ん坊が
生まれた!
満州製の罐詰の底で寒そうに鳴る息子らの骨と
かけがえのない娘たちの肉にまでかえて料(はか)った
赤土まじりの草と、きびとひえの飯まで食わされる百姓と
最大の安全をもつ黒字資本をおろした、吹きっさらしの監獄部屋のある
このツァー国家に
赤ん坊が生まれた
これが
資本家どもの
政変と陰謀的祝賀と
僕らの次の餅のエピソードとの
起源となったのだ――
八人に一人ずつ
囚人労働の短縮を申しわたされ
「祝」と書いた餅が僕らに二つずつ配られた
裾綿のちぎれた赤い筒袖を羽織りながら、みんなはツァーの「恩典」を話し合った
――八カ月……受けるか?
と看守が粉まみれの餅を穴のあいた手袋の上へ転がしながら尋ねた
寒空のちぎれ目にもっとうまそうな青い雲の餅を睨みつけながら僕は答えた
――無条件、絶対に! それとも突っ返そうか!
監守はきっと唇を曲げ
後へ組んだ腕の間で指をぼきぼき鳴らし
で結局
減刑布告と一しょに残された餅は監房の窓に
そして佩剣はひとまわりして遠ざかって行った
僕は
餅をひねりまわし
僕らの労働のはしっくれが、ひとりの赤ん坊の名で、有難く却下されてきたのを苦い顔で
凝視した
瞬間――紅白の上に
顔と一しょに
同志林の愛想のいいふてぶてしさが立ち上がってきた
それは
何物がどんなに重く彼の上にのしかかろうと
党に愉快なピオニールの餅屋であることのできた、あいかわらずの貧農の、同志林だった
同志林――
それはいかつい少しの欠点をたえず克服してきた、精悍な多くの美点を持つ
土地を知り
土地に
ねばりつく
指導的農業労働者の一つの美しい型(タイプ)だったのだ!
僕は久しぶりで砂利だらけの餅を嚥み下した
だが、吹き出ものだらけの赤ん坊同様こんなものは食えるものではないのだ!
搾り上げられた胃の腑がすぐと米粕を突き上げてきた
ツァーの「恩典」は
単なる僕ら自身の一握りの汗の変形としての食糧をさえ、僕らの消化細胞から拒否し去った
自由と、組合と、細胞と、近づいてくる戸外の早春との離別……そして不健康……
ひとりの
赤ん坊は
幼い南の郊外の野の思い出を混濁し
何とすべてのものを食えなくすることだろう
おお、餅とはめったにこんなにまずいものではないのだ!
1935.8.31
【ダッタン海峡】
▼
―ダッタン海峡以南、北海道の牢獄にある人民革命の同志たちに―
春の銀鼠色が、朝の黒樺を南からさしのばした腕のように、一直線に引っつかんで行く。
凍った褐色の堀割りが、白いドローキの地平を、一面に埋める。
――ダッタン海峡! ふいに一匹の速い栗鼠が雪林から海氷の割れ目へ転げ落ちる。
とたん、半分浮絵(うかしえ)になった銀チョコレート色の靄の中から、だ、だ、ただーん、
と大砲を打(ぶ)っ発(はな)した。
狭瀬をはさんで、一つの流れと海面からふき出した一つの島がある。
土人は黒龍江を平和の河と呼び、サハリンを平和の岩と呼んだ。
かつて南北の帝国主義の凝岩がいがみ合ったところ、いま社会主義の熔流が永遠の春
を溶かそうとする。
見はるかす
シベリヤ松とドウリヤ松の平原に
釘靴帯粘土の陸堡砦がかたち造る部落部落(むらむら)のコルホーズ
孤立したパルチザンの沼沢をめぐる麦と煉瓦と木材の工場群
おお、ソウエスチカヤ湾……おおコムソモールスカヤ市……おおバム鉄道!
その名を聞くだに身内をめぐる新鮮な身震いを感じ
ウスリーの少女(おとめ)らが頭に巻くハネガヤの花のような芳醇さを、疲れた胸に吹き込
むそれらの名前は、
数万の、ロシヤと中国とウクライナと白ロシヤと高麗と日本の定住している民族の生活圏
を美しく合成する第二次五ヵ年計画の完成を貫いているんだ!
おお希望の湾……おお青年の市……おお北東の頭蓋を襲う××鉄道………
凍原の砂漠と黒土の流れをつなぐ鉄柱の列は
いま偉大なゲン・プランの軋りもて平和の岩に伸びようとする。
青年突撃隊は進軍するだろう……かれらの指導の下に、工事は進むだろう。
そしてかつて罪によって労働者の群からみずからを脱落せしめたものにも
鉄道敷設と海峡埋立とをソビエトは命じた。
赤い労働器具は、やがて彼等を愉快な移民とするだろう。
思え!
八千キロを疾走する赤い列車が赤軍を満載して
生産の惰眠をゆする労働の響きを島々の突端にどよもす日
対岸の孤島に生きる政治囚の、憂鬱な鉄扉にまでその軋みの伝わる日
母なる間島をつらぬく満州――高麗の主線に対して
東洋人民革命の
最後の鋲を打ち込む北方の腕(かいな)となる日を!
栗鼠はむっくり首をあげ、浅い飴色の岩礁の上をちょろちょろ這って行く。
パルチザンの、ウダールニクのあんなにもたけだけしい思い出を伝えた故郷
かつてムラビヨフ将軍は黒鷲の使者として菊花の軍閥と同じくこう宣言した。
――この地の占領は東部シベリヤ以南の人民の死命を制するだろう。
いまわれわれは、
日本をひたす人民革命の保持者として声明する
――この地は
露日プロレタリヤートの前進の記念碑
東部シベリヤ以南の日本ブルジョワジーの荘麗な墓場となるだろう! と
【小熊秀雄と藤原運】
▼
サガレン。絶北の植民地、――ここに小熊秀雄かつて行商の鍬とともに放浪し
数年後藤原運またショベルを携えて徘徊した
小熊秀雄は自然をもっともよく背後の凹影に見た
藤原運は自然をもっともよく前面の凸影に見た
小熊秀雄は社会を痴呆せる自然の背後におしかくした
藤原運は社会を麻痺せる自然の前面におしすすめた
小熊秀雄は生来の饒舌でしゃべりにしゃべりまくった
藤原運は労働者の簡素さでけんそんに語った
小熊秀雄は自然弁証法の詩人だった
藤原運は唯物弁証法の詩人であるだろう
小熊秀雄は時代の誤りを持つが故に多く愛され
藤原運は絶対に正しいが故に少なく愛された
だが、ルンペンの愛が少数のプロレタリアートの愛に替え難いとしても、わたしらは
時として寂しい
なぜなら、わたしの内にあるいくたのサガレンを正しく、そしてもっと多く世界に伝え
ることは、同志藤原の任務だから
【森山啓に】
▼
漠冥たる成層が旋律を地上で引き裂く
私はあなたの健康がそれに耐え得るかを気遣った
こんな場合、あなたは物狂わしくなるにはあまりに古典的だ
そしてあなたのE線はひとりでに鳴ることを止め
朽ちるまで鳴ることを止めようとした――それは単に私の杞憂だったか
困難な、漠冥たる成層の中で、あなたはまたE線を繋ぎ直した
赤外や紫外や線外やを超えたその他一切の地下の光線をこだわりなく貫く無絃の琴を
われわれは自らの内に奏でることを宣言するのに、あんなにも模索し合った
僕は――と言うのはたやすい、だが君は――と彼はためらった。
君は――と言うはさらにたやすい、だが僕は――と他の彼は口ごもった
こんな時代、あなたが今も昔ながらのE線に自らの芸術を賭けて行く時
曚冥たる成層をそれが征服する時、人民の詩は新しい鍵(キイ)にその楽器をふるわす
だろう
そしてある種の偶然的な隠された音譜の蔭にでなく
黙々たる操作と沈静なる情熱とを抱く労働者技師としてのあなたを持つ「人民詩の工場」
で、あなた自身のE線が生産される時……
【毛利孟夫に】
▼
これやこの毛利孟夫
山間の獄にペンを撫し
戦いに病める君が身を養わんと
函数を釣り
積分にゆあみし
ひねもす
土地と資本の
数字と
符号の
時空における
不統一の空隙を逍遥する
君のマルキシズムは
かかる隙間を埋むるに足りれど
なお詩(うた)もて愛すべき膠着剤とせよ
【大江満雄に】
▼
ここに機械の哲学者がある――
彼は思考し、血汐の中に機械のどよめきをでなく、血汐とともに脈動する機械のリズムを
感ずる
彼ははつらつたる工場の階調を背負って、齟齬しながら鈍重に歩いて行く
ここに機械の哲学者がある――
彼は技師を宣言し、一切に正面照明を送る
照明はゆかいに大大阪を漫歩する
機械にまで虚偽を造る資本の虚偽と、百万の精神を透過し
浮揚する二重性をもって、飢えた子どもの胃のレントゲン絵にまで照入する
ここに機械の哲学者がある――
たしかに彼は巧みな限りにおいて危気なしに進む
だがわたしらをして提議せしめよ――
現実を後にでなく
前に置こう!
前方をして常にかちうべき真実の生産であらしめよ!
【人民詩人への戯詩】
▼
(1)中野重治
「ここは穴だ
黒くて臭い」
これは中野重治の生涯のスローガンだった
彼は帝国ホテルのまん中で立停り
鼻をいじりながらこう呟いた
それから機関車の後姿を見送って
うやうやしく敬礼しながら
だがこの偉大な「大男」の煤臭いにおいにへきえきして
またこう呟いた
列車が雨のふる品川駅につくと
彼は前衛の乗客を見送りながら
大きく息をついて
「さようなら」と言った
中野はいつも「さようなら」と言いたがる
だが中野は党員である
彼は投獄されると、はじめて
いつでも「いよいよ今日から」だという
そして多かれ少なかれがんばらない彼のグループの中で
彼は最後までがんばることで有名である
中野は牢獄であらためてハイネを読み
ハイネはやはり自分よりまずいなと思う
だが中野がハイネに対する長所と短所は
彼が彼の重くるしい同志である妻に対して
ハイネのような恋愛詩集を恐らく一生かかっても書けない所にある
彼は酒をのみ
さながら党員であるかのように
党員をサボタージュしている
そしておっかなびっくり彼の妻に接吻しながら
「おれは今夜お前の寝息をきいてやる」と言う
(2)森山啓
散文は抑揚と句読点によって韻文に転化される
これが森山啓の詩論だった
彼の情熱的な「南葛の労働者」を
人民たちは一字一句を変更することなく
浪花節に引きのばして歌うことが出来た
だがあのころの集会の思い出に
今なお労働者は眉をひそめて彼をなつかしがる
「隅田川いざ事問わん森山啓
過ぎし人望ありやなしやと」
何といっても
「コンミューンの戦士」と「犠牲者の遺児に」は彼の傑作だった
階級的な仕事の中で
個人的な享楽とものを書くことより牢獄を選ばねばならぬときは
ふしぎと思い出したように、いつでもこの詩が愛誦されたときだった
社会主義レアリズムをはなばなしく引っさげて打って出たときは
皮肉にも彼が実にレアルに沈滞した時だった
だが彼の沈滞は
1905年のベードヌイ以上ではない
さすらい人めいた述懐がちらつこうと
常に中国人民に詩と情熱をそそいでいる森山でなければならぬ、「北平の風の中で」の
ように
(3)上野壮夫
「勝つも負けるも力と力
何でやめられよかこのいくさ」
これがあの勇敢なコスモニストの克服者だった上野壮夫の歎声だった
彼がうっかり詩のラインに引き込んだ
「友よゆるせ」の一句は
敗北したインテリゲンチャたちの時代の象徴詩となった
遠地輝武は「音のない群像」と彼の詩を評した
彼は人民を骨の髄まで煽動する
人民が彼の死んだシルエットである間は
彼は「飢餓皇帝」のように、大仰にマントをおっひろげ
大地に耳をすまして、楽屋に合図をしながらぼそぼそ呟く
「そーらまた、飢えた厄介者めが立上るぞ!」
(4)伊藤信吉
彼は風のように来、風のように去った
伊藤信吉は飛翔のできる限り、世界の固有名詞の間を飛翔した
それは彼の「風の歌」だった
ウスリのパルチザンを讃え
中国の白テロにいち早く抗議した彼も
とうとう風を引いた
牢獄の木の扉は、やさしく彼の肩をたたいて「お休み」と言った。
伊藤の故郷は「寒流」の流れるうすらさむい里だ
彼は荒れすさんだ心の大陸の廃墟へ帰って行った
敗北の竪琴は彼のがらんどうな胸の中で
ぶーんぶーんと横っちょに揺れながら
「ソビエトになったら帰っておいで」と彼に告げた
(5)工屋戦二(大谷従二)
同志工屋戦二――この若い労働者はわたしらに、図式化されぬ戦列の行進曲(マルセーユ)
を教えた
おお わたしらは歌った
それは生産の轟音と××の燃焼者として
張りつめた重苦しい思想の激潮――どよめく奔流の疾走者
さざめく周期風に、寛衣をはためかせた檣頭手としてだった
いまわたしらは
静かな組織の微風に胸をおしつけ
瞬間の静寂に、散らされた嵐を呼ぼうとする
そして全線の中で波立つ水平をめぐる気負った清新さとともに
労働の鼓動をうたう青年舵手を見た
それは没落の腐り水を洗う新ネフスキー街の掃除夫
牢獄の暗鬱を吹き払う
さわやかな秋の青嵐――
わたしらはこの日本一のみずみずしさをもつ詩人に、心からの挨拶を贈る
ささやかな、「声なき仮面」を発掘しえぬ若さは
また退却なき
共産青年の春であるだろう
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