前田林外

まえだりんがい(1864-1946)

姫路市生まれ。本名儀作。学資を得るため貿易会社に勤務、ニューギニア渡航を経験。東京専門
学校(現早大)英語学科卒。なお各学校を転々とし、フランス語・ロシア語・仏教学を学ぶ。「明
星」創刊(1900.4)以来、
星菫派の一人として活躍。民族意識を示す『アメリカ彦造の墓』(19
01.7)、史詩『源九郎義経』(1903.1〜8、
鉄幹白星との合作)もあるが、やがて南洋的色彩感
に富む、特異な唯美的浪漫詩風を展開。1903年10月、
泡鳴御風とともに「明星」を脱退、東京
純文社を興し「白百合」を創刊。『夏花乙女』(1905.3)は代表詩集。第二詩集『花妻』(1906)、
正・続の『日本民謡全集』(1907)、歌集もある。/「日本現代詩辞典」より

     
処女詩集『夏花乙女』   第二詩集『
花妻


『夏花乙女』より


【尼少女】

いづれと決(さだ)めて面影うつし
我が世の生命(いのち)と君をば讃(め)でん。
聲なき宿烏(しくう)の御衣(みけし)こそ著け
ふしめにかこちぬ、可憐の姿(さま)か。

さらずば、艱苦(なやみ)、乳房眞白の
小胸(おむね)ぞ貫く、
十束劍太刀(とつかつるだち)。
さらずば、御手(みて)伸べ、御袖(みそで)ぞひろげ
罪の子庇ひぬ、涙の慈相。
否、否、榮光(はえ)ある天女と描き
一と枝添へんか、美(う)まし白百合。
さはあれ、燃ゆるは理想(おもひ)か、戀か
見よ、この畫筆(ふで)の火焔やいかに。

われ、又描かで、聖の丘より
少女(おとめ)の精舎を瞰(み)つつ老いんか。

【魔怨】

夏の夜闌(た)けぬる、闌けてぞあるに
ささやぐ、我には、耳をばかさで、
いつまで、瑠璃燈(るりとう)きららとかかげ
枯れにし御經に生體(いきみ)ぞ委ぬ。

樂慾(げうよく)、戲咲(けやう)の世は幻しぞ
御寺に美少(びやう)を。いと、いと、をしき。
かさねて、咒文、口にな誦(ず)しそ
ああ、又
印相(いんざう)手にな結びそ。
さらばよ、つながぬ魄靈(たま)にしあれば
誘ひのまに/\、つきせぬ愛に。
見よ、ここ、星映え、かつ、百合花(ゆり)こぼる
「叩かばひらかん」。君よ忍び來(こ)。

今宵を靈窓(くしど)に、手をば把らずば
君とし、秘戀(ひめごい)、いつは語らん。


魔障

ああ、又、魅(おそ)ふは何等の魔障
厨に快樂(けらく)を失ひ泣くに。
瓔珞(やうらく)、翡翠と●粧(よそほひ)凝らし
嬌眄(ながしめ)笑みたる優立姿(やさたちすがた)。

誘ひぬ。「霖雨(ながめ)を敗屋(ふしや)にひとり
寂しと詩も無う手枕(たまくら)まくか。
晩餐(ゆふげ)に撥(か)かばや、絲白銀(しろがね)を
金盃、戀をも、君よ、歌へ。」と。
我若し勇者の大願あらば
忍力(はんりき)、熾盛(さかん)に戒は持せんに、
動じて戲れ耗(うつ)けて縋り
「甘し。」と叫べば晝のまぼろし。

艶魔は伴狂(とぼ)けて紅(あか)き蛇となり
窓の戸、苺の葉蔭に睡る。

+---------+
(註)
 ■●=
青編+見=よそおう


【極樂鳥の賦】

    一

ああ、絶南の聖嶋や
寶相樹(チーク)繁茂(しげ)れる深林の
なかに栖みぬる極樂鳥、
あした、旭紅(あさひ)の影を見て
ゆうべ、殘●(いりひ)の影を見て、
水銀懸る長き尾を
右と左に擴げつつ
林離れて翔る時、
別に垂れたる幾線(すぢ)の
玉蟲色の繊き尾は、
黄金そばだつ冠毛(くわんまう)と
日に輝きて、燦(きらめ)きて
あたり何等のR(まば)ゆさぞ。
ああ、人の子は寂し果てて
容姿(すがた)誇るに何ありや、
鳥の驕樂請ふ見よと
扇の如く翼延べ
ほがらに美なる音色して
寶相樹の枝に繰り返し
囀ずる歌曲(うた)の面白ろさ。


    二

我、熱き日の日盛りを
薫る夏花分け來り、
故郷
(ふるさとづと)に奇しき物
一とつ獲んと佇立むに、
たま/\鳥は谿に下り
雌雄(つがひ)、尾を振り(は)を振りて
聖き遊びに戲むるる。
やがて泉に浴し●粧(よそほひ)に、
その御意(みこころ)を凝すごと
翼浄むるていたらく。
我、巖影に身を寄せて
銃身(つつ)は定めて狙ひしも、
餘り容姿の神聖(けだか)さに
心惑うて機を逸(はづ)し
火蓋は切らで止みにけり
ああ、美と慾と驕樂を
罪あるものと否む世に
汝、尊き極樂鳥
何等奢侈(おごり)を極むるや。


    三

ああ、慣習(ならはし)に拘泥(かゝづ)らひ
奢侈は此の社會(よ)を滅すと、
眼(まなこ)小さき博士らは
智慧あり顔に罵りて、
憂たてや、萎微と凋落の
悲境に人を置かんとす。
見よ、文明も道徳も
さては理想も藝術も、
聖き慾より進み初め
はた高まりて新たまる、
奢侈は美の門(と)を開く鍵。
ああ、紅花(はな)一とつ點ぜざる
沙漠に似ずや人ごころ、
斯くて教化(けうげ)も益は無う
誠治も終に何かせん。
感謝す、鳥よ、天降(あもり)して
寂びぬる世にも汝こそ
神の遺せる驕樂(おごり)をば
受けよと翼打ちひろげ
R(はゆ)き證明(あかし)を獨り顯示(しめ)すか。

+---------+
(註)
 ■●=日偏+燻の作り=クン
 ■●=
青編+見=よそおう


花妻』より


【青雀】

秘色(ひそく)の「薫」ゆかしとや
燭(ともし)點ぜぬ闇窓(やみど)より、
床に置きぬる、藻彫畫(もほりゑ)の
古花瓶(ふるはながめ)に、影もなう、
こは靈怪か、入るけはひ。

よし、「夢」にせよ、のがさじと
鈍色薄絹かゝへつゝ
足音忍びて、ちかよりて
ふわりと、瓶をうち蔽ひ、
靈耳立てば、――「韻(にほひ)」あり。

君が御手にぞ捉はれて
はつるはわれの願ひなれ、
さあれ、「光明(ひかり)」と「活氣(いきげ)」より
外(ほか)に形のなきわれは、
君がのぞみをいかにせん。

今、こゝ漏れて何處(いづこ)へか
逃げ、かつ、去るはまゝなれど、
頽釉(ながれぐすり)の「香」も戀ひし
花をいのちに瓶を身に、
こよひ、快樂(けらく)に過ごさなん。

あやしむなかれ、この生を、
よし、小さくも、高御座(たかみくら)、
神に呈祥、淺からぬ
われ青雀が、地にかへり、
君よ、さまよふ、「靈魂」とこそ。