少年詩篇
【冬の日】
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風にひつぱたかれてる
窓外のくろずんだ風景を嫌ひながら
あつたかい布団にもぐりこみ
まだ見たこともない何処かの家の
あかるい内部を夢んでゐると
そこの障子の日だまりに
五つ六つ古足袋の影が映つてゐる
軒下に吊されてあるのだらう
ふとそれに見入つてゐると
どうしたのか
やつと怠惰にぬくもつて快くなつた僕の生活が
それにずんずん吸ひとられていつて
小石を吹きつける 木枯の奴に
ぐるぐる ぐるぐる こころ細くゆすぶられだした
【帆前船】
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よごれた古本屋町に
ぼくの思想をぽかぽか温めてくれる 日向のやうな書物はないかと
一軒一軒 むだに尋ねあぐねて おろおろに草臥れてしまつた
ふいにその時 僕は帆前船が欲しくなつた
子供部屋でたびたび見かける あの小型の帆前船が どこかに無いか
港にはとほい ここら辺の
オモチヤ店の見世先にでも 気まぐれに碇泊してゐはしないか……
十二月の寒い町で
こんな季節はづれの 帆前船を 欲しがつてゐる気持を僕は
洋食屋の温かい料理のなかで やつと解きほごした
【映画館】
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黒い空気の下に おびただしい心臓がうごめいてるやうで 気味がわるい
群集の瞳だまが
たえず動いてる映画の青つぽい思想を見まもつてゐるのだ
【ファンタスチック】
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わたしは小さな詩集を持つてゐる
そのなかに詩でつくつた花畑があり
そこを開くといつも
さまざまな花の匂がする
その花畑に ある晩
一人のお嬢さんが散歩しにきた
咲いた花を寝かすため
すつかりラムプを消したとき
誰だかそそつかしく
月のラムプまで消してしまつたので
お嬢さんはただくらい風の束のやうである
草むらの暗がりをこはがり
ぢつとしてゐた蛾は
そのくらい風のやうなものに流されてくる
かすかな光を見つけるとうれしさうに
翅をばたばたさせて飛んで行つた
夜明の光を凝らしたやうな石が
指輪にかがやいてゐたのである
お嬢さんは声に陰をあつめて
「まあいやなひと」と蛾にささやいた
わたしはいつ蛾になつたのかしら
お嬢さんの指のさきは火の匂がした
【離愁】
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汽車が 僕の離愁をゆすぶつてる
窓からいつぱい油煙が飛びこんできて こんなに咽つぽい
日蔭の青い樹々はぼんやりと車窓に靠れてる僕を黙つて見送つてる樣……
空気の黒ずんだ ある日の午後である
ひどい神経衰弱症が
僕の肉体をあんまり明るい都会から 追つ払つて居るのだ
少年詩篇拾遺
【病夢】
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とある古くさい夜更けの夢に
私はふしぎな病欝を影らしてある 一つの油絵の前に佇つてた
画面はいつぱいめうに明るい灰色で塗られて居て せつないくらゐ単調な
情想だが
その情景の重心のあたりに
細つこい一本の女の指がななめに突つ刺つてる
まだ処女らしくほの青い情慾に疼いてるその繊指――
刺さつてる生爪の尖端から 絹糸のやうな血がすうつと流れてくるやうだ
ふいと私が画題を見るとかう書いてある
なんかが変に気になつて 素晴らしい風景を見つめながら どうしても
そいつが描けないため 僕の愛用の青つぽいペンをまで古壁の真只
中に突き刺して亢奮してる僕の神経です……
【銀座喫茶店】
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真夏の銀座街のとある喫茶店にはひつて
まほがにいの卓子の前に明るく坐つたら
紅淡いろの娘が古風なる模様の支那皿にのせて
もいだばかしと見える美事な桃の果実を運んできた
まあこの色艶の豊かに紅らんでる具合はどうです
またこの桃のもつてる耐らない肉感味はどうでせう
まるであなたの唇のぐるりの繊肉のやうですよ
さう云つてその娘を僕が視つめてると
あでやかににつこりと娘は微笑しながら
華奢な指と指との間にはさんだ銀のナイフを指し出して
「どうぞゆつくり召上つて頂戴……」
【仏蘭西人形】
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たまらなくたのしい四月のひろい野原だ
物倦くだまつて一匹の牛が青いろの草をたべてゐる
空にはおよいでゐる白い雲 入道雲
柔らかな曲線をすべつて小鳥たちは微笑しながら
ああ なんと気持のいい のびのびした静さだらう
若い女達のはなやかな言葉も退屈なので
もの言はぬ 仏蘭西からきた娘の人形を抱きながら
私はひとりで しづかな情慾をたのしんでゐた
そつと唇に胸さきに鼻に足くびにからまつてくる
あかるいたんぽぽ すみれの匂ひ
匂ひはかろく仏蘭西人形を夢にいざなひ
ゆれる微風に薫つて小鳥たちをすこし酔はせながら
ああ ひろい四月の野原は微笑でいつぱいだ
【書物生活】
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どつさり、書物を読んで
いろんな思想をいただいたけれど――
どいつも、こいつも
僕のだるい生活の中で くるくる くるくる から回転ばかりしてる
いくら油を差したつて
滑りのよくなるやうな器機でもなし
ただ僕の頭の心棒さへしつかりしてゐれば何んの文句もないんだがな
そんな心棒のぐらついた生活を抱いて
或る日 のそのそ 町の百貨店の方へ歩いてつたら
だしぬけに僕は 春の白粉くびと ぶつかつた
1924年夏
【ゴミ溜】
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彼女とボオルを投げあつてると
なんと下手な奴だらう
場所もあらうに
ゴミ溜のなかへボオルを放りこんでしまつた
僕がそれを拾はうとして
むりに渋い顔をつゝこんだら
くさいキャベツの葉つぱや
空つぽの罐詰やなんかの間に
一束の、色の剥げかゝつた花が
切なげに、埋まつてるのを見出した
をとつひの晩、接吻と交換した花束ぢやないか
あいつ、この花束といつしよに
僕の接吻もこのゴミ溜に打棄つた気なのかしら
「見つかつて、ボオル?」
「ふん!」
【ハンモックよ】
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ハンモックよ
お前、置いてきぼりにされたのを知つてゐるか
昨日この別荘を
お嬢さんは去つてしまつたのだ
たぶんお前も僕も倦きられたんだらうよ
それに夏も
いまこの庭から逝かうとしてゐる
その夏のうしろ姿は
昨日のお嬢さんのうしろ姿そつくりだ
僕はそれをただ黙つて見送る他はないのだ
乳母のやうに優しいハンモックよ
もう一度でいいから、お前の膝に僕をのつけておくれ
だが、年取つたハンモックよ
なぜそんなに悲しさうな息使ひをするのだ
なに、僕が秋のやうに重たいつて?
【田舎道】
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僕の寝てゐるうちに降つたらしい
雨にびつしより濡れてゐる道
だあれもゐない道
草の蔭が青くなつて気味のわるい道
その道のことばかり考へながら
まるで田舎娘の後をつけてでもゐるやうに
僕はある朝 散歩してゐた
【やがて冬】 …(ランボオの詩のヴァリエーション)
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やがて冬が来て、あたりを小さな馬車の走つてゐるやうな音がみたして
しまふことであらう。
私達は窓のところへ行つて見る。しかしおまへはすぐ眼を閉ぢてしまふ
だらう。顔をしかめてゐる狼のやうな夜の影が、硝子ごしに見えるのを怖
がつて。
その時におまへは頬を引掻かれたやうに感じるだらう。小さな接吻がお
まへの頸を軟かい蜘蛛のやうに走つてゆくのを。
そしておまへは私に言ふだらう。「それを捕へて」と、すこし頭をかしげな
がら。それから私達はその動物を見つけるために、どんなに時間を潰すこ
とであらう。
【野いばら】
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散歩の時には
いつも僕の着ることにしてゐる
スウエタアのちやうど腕のところに、
いつの日からか、
小さな綻びが出来て
それが日増にこんなにも大きくなつて来ました。
さうして僕はやつといま思ひ出すのです、
この間僕がベルヴエデエル・ヒルを散歩してゐた折のこと、
その小さな枝が白い花を一ぱいつけてゐた時分は
あんなにもそれを愛してゐた癖に、
既にそれらの花を失つたその折はもう、
ついそれに気もつかないでその傍を通り抜けようとした僕を
あたかも責めるかのやうに
そのかよわさうな棘で僕の腕を捕まへたきり離さうとはしなかつた
一本の野いばらの木のあつたのを。
(軽井沢のたより)
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作:ライネル・マリア・リルケ/訳詩:堀辰雄
【窓 T】
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バルコンの上だとか、
窓枠のなかに、
一人の女がためらつてさへゐれば好い・・・・・・
目のあたりに見ながらそれを失はなければならぬ
失意の人間に私達がさせられるには。
が、その女が髪を結はうとして、その腕を
やさしい花瓶のやうに、もち上げでもしたら、
どんなにか、それを目に入れただけでも、
私達の失意は一瞬にして力づけられ、
私達の不幸は赫(かがや)くことだらう!
【窓 U】
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お前は、不思議な窓よ、私に待つてゐてくれと合図してゐる、
既にもうお前の鼠色の窓掛けは動きかけてゐる。
おお窓よ、私はお前の招待に応じなければならないだらうか?
それとも拒絶すべきだらうか、窓よ? 私の待つてゐるのは誰だ?
私はもう無縁ではないのではないか、この耳をそば立ててゐる生命に対して?
この恋を失つた女の充溢した心に対して?
私にはなほ行くべき道があるのに、かうして私を此処に引き止めながら、
私に夢みさせてゐる、かの女の心の過剰を、窓よ、
お前は私に与へることが出来るのだらうか?
【窓 V】
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お前はわれわれの幾何学ではないのか?
窓よ、われわれの大きな人生を
雑作もなく区限(くぎ)つてゐる
いとも簡単な図形。
お前の額縁のなかに、 われわれの恋人が
姿を現はすのを見るときくらゐ、
かの女の美しく思はれることはない。おお窓よ、
お前はかの女の姿を殆ど永遠のものにする。
此処にはどんな偶然も入り込めない。
恋人は自分の恋の真っ只中にゐる。
自分のものになり切つた
ささやかな空間に取り囲まれながら。
【窓 W】
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窓よ、お前は期待の計量器だ。
一つの生命が他の生命の方へ
気短かに自分を注がうとして
何遍それを一ぱいにさせたことか!
まるで移り気な海のやうに
引き離したり、引き寄せたりするお前、――
かと思ふと、お前はその硝子に映る私達の姿を
その向こう側に見えるものと混んぐらかせたりする。
運命の存在と妥協する
或種の自由の標本。
お前に調節されて、外部の過剰も、
われわれの内部では平衡する。
【窓 X】
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窓よ、お前は、どんなものでも
何んと儀式めかしてしまふのだらう!
お前の窓枠の中では、人は直立不動になつて
何かを待つたり、物思ひにふけつたりする。
そんな風に、放心者(うつけもの)だの、怠け者だのを、
お前はよくお小姓のやうに立たせてゐる。
彼はいつも同じやうな姿勢をしてゐる。
彼は自分の肖像画みたいになつてゐる。
獏とした倦怠にうち沈みながら、
少年が窓に凭れて、ぼんやりしてゐることがある。
少年は夢みてゐる。さうして彼の上衣を汚してゐるのは、
少年自身ではなくて、それは過ぎゆく時間なのだ。
又、恋する少女たちが、窓に倚(よ)つてゐることもある。
身じろがずに、いかにも脆さうに、
あたかもその翅(はね)の美しいために、
貼りつけられてゐる蝶のやうに。【
【窓 Y】
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部屋の奥、寝台のあたりには、そこはかとない薄明しか漂はせてゐなかつた
星形の窓は、いまや貧婪な窓と交代して、
飽くことなく日光を求めてゐる。
ああ、誰れか窓に走り寄り、それに凭れかかつて、ぢつとしてゐる。
夜の去つた跡で、こんどはその神聖なみづみづしい若さの番が来たのだ!
その恋する少女の眺めてゐる朝の空には、
青空そのもの――あの大いなる模範、
深さと高さと――それ以外にはなんにもない。
その空の一部を円舞台にして、
ゆるやかな曲線を描いて飛び交ひながら
愛の復帰を告げ知らせてゐる鳩たちを除いては。
(朝の空)
【窓 Z】
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私達の区限(くぎ)られた部屋に、
闇が絶えず増大させる
未知の拡がりを与へるやうにと、
屡々(るる)工夫せられた窓。
昔、その傍らにいつも座つて、
一人の婦人が、俯向いたまま、
身じろぎもせず、物静かな様子で。
縫ひ物をしつづけてゐた窓。
【窓 [】
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かの女は窓に凭れたまま、
何もかも任せ切つたやうな気もちで、
うつとりと、心を張りつめて、
夢中で何時間も過すのだ。
猟犬たちが横はるとき
その前肢を揃へるやうに、
かの女の夢の本能が
不意と襲つて、そのしなやかな手を、
気もちのいい具合に竝(なら)べてくれる。
その余のものはそれに準(なら)つて落着くのだ。
さうしてしまふと、その腕も、胸も、肩も、
かの女自身も言はない、「もう飽いた」と。
【窓 \】
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忍び泣いてゐる、ああ、忍び泣いてゐる、
あの誰も凭れてゐない窓!
慰みやうもなく、涙に咽んでゐる、
あの被覆(おほひ)をせられたもの!
遅過ぎてからか、それとも早過ぎないと、
お前の姿ははつきりと掴めない。
いまは全くその姿を包んでゐるお前の窓掛け、
おお、空虚の衣!
【窓 ]】
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最後の日の窓に身を傾けてゐた
お前の姿を目のあたりに見ながらだつた、
私がわが身の深淵を隈なく知つて、
それをはじめてわが物となしたのは。
お前はその腕を闇の方へ向けて
私にそれを振つて見せながら、
私がお前から切り離して自分と一しよに持つて来たものを
私から更に切り離して、逃げて行つてしまはせた・・・・・・
お前のその別離の手振りは、
永い別離の印なのではなかつただらうか?
遂には私が風に変身せしめられ、
水となつて川に注がれてしまふ日までの・・・・・・
ノオト /堀辰雄
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この「窓」(Les Fenetres)一巻は、ライネル・マリア・リルケがその晩年、
余技として仏蘭西語で試みたいくつかの小さな詩集のうちの一つである。
その死後、詩人の女友達の一人だつたバラディンといふ閨秀画家が10枚の
挿絵を描いて、1927年に巴里のリプレリイ・ド・フランスといふ本屋から
500部限定で刊行せられた。
リルケにはかういふ挿話がある。「リルケの思ひ出」といふ本を書いた、
トウルン・ウント・タクジス公爵夫人といふ婦人が、その本の中に引用し
てゐる詩人の手紙の一節に拠ると、――1月の或日(それは1913年のことで、
リルケは巴里に居た)詩人はなんとも説明しがたい誘引を感じて、聖ルイ
島の、ホテル・ラムベエルの方へ向ひ、アンジュウ河岸に沿つて歩いて行
つた。一つの町から他の町へと、簇(むら)がり起つてくる様々な思ひ出
に一ぱいになりながら。それは本当に奇妙な午後だつた。町々の、注意深
く覆はれた、ひつそりとした、高い窓の下を通りかかると、きまつてその
窓帷がふいと持ち上げられたやうな気がし、そしてそれが何だか自分のた
めにされたやうに思はれるのだつた。その度毎に、自分が其処へはひつて
行きさへすればいい、さうすれば何もかもが、そこいらに漂つてゐる匂ま
で、説明されるやうな気がされた、――恰も自分が其処ではずつと以前か
ら待たれて居つて、そしその中へ自分がはひつて行く決心さへすればそれ
らの暗い、厭はしい家は思はずほつとするであらうやうな・・・・・・
この「窓」一巻を成してゐるすべての詩は、さういつた詩人の巴里滞在
中のかずかずの経験を背景にしてゐるのであらう。1919年以来、殆どその
晩年を「ドウイノ悲歌」を書くために端西に隠栖(いんせい)してゐた詩
人も、ときどきその好きな巴里にだけは出て来たらしい。しかし巴里にゐ
ても殆ど彼が何処でどう暮らしてゐるのかは誰にも分らなかつた。時とし
てリュクサンブウル公園などで小さな手帳をとり出して即興的に短い詩な
どを書き込んでゐる、いかにも人生に疲憊(ひはい)したやうな詩人の姿
が見うけられたとも伝はれる。・・・・・・
これらの未熟な仏蘭西語で書かれた即興詩だけではこの大いなる詩人の
全貌が窺へないことは伝ふを俣たない。しかし、これらの詩の或物、――
たとへばその最後の「窓」の詩など――にも、詩人の心血を注いで書いた
「悲歌」の沈痛なアクセントのほのかな余韻のやうなものは感ぜられるの
である。
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